硬い言葉使いと論理的思考を用いれば、様々なものを哲学的に考察してみることが可能です。当記事は、言葉遊びと豊かな発想力を用いて描かれる『吾輩の部屋である』という哲学系コメディ漫画について紹介していきます。
出典:『吾輩の部屋である』1巻
本作の魅力は変わり映えしない景色と普通の大学生というパッとしない主体を作品の絶対条件に置きながら、日常のあらゆるものを対象において暴走気味の思考を巡らせているところです。対象は無限大、その自由度こそが作品にスパイスを加えています。
2017年秋からテレビドラマ化が決定していますが、主人公の1人芝居がドラマ演出に向いているのか、実写化には向いていないのではないかなど、作者すらも半信半疑で取り組まれた、異質の作品です。
本作の主人公は彼女のいない1人暮らしの大学生・鍵山哲郎です。そして、唯一の登場人物でもあります。憧れの女性である植村さんも、高校時代からの友人である吉田も、レポート提出で何かと頭を悩ませている教授も、誰一人顔すらでてきません。
部屋の中で1人、何かしらの話題について熟考し始めます。どういうわけか周囲の家電やインテリアが彼の考えや独り言にツッコミをいれるという、哲学とシュールコメディが合わさった作品です。
全ての始まりである第1巻では、哲郎が携帯メールを通して植村さんという女性にアタックする際の戦略を哲学的に考察したり、料理の工程から自分の取るべき行動の指針を見つけ出したりするなど、毎日のちょっとした出来事に思考を巡らせています。
部屋の中で独り言を言いながら思索している変人ではありますが、やはり主人公は大学生です。第2話の「ホコリの発生原因について」という話では哲学的に言い訳をしながら大学生あるあるが繰り広げられています。
- 著者
- 田岡 りき
- 出版日
- 2015-11-12
1万字のレポートを残り13時間で書き上げないという状況で、哲郎は集中力をあげるためにクラシックを聴きながら作業することを思いつきます。CDラックにはホコリが積もっており……。予想できるかと思いますが、哲郎は部屋の掃除を始めてしまうのです。
カバの置物に「何をしている……!」とツッコまれればホコリによって及ぼされる健康被害を口にする始末。そのうちホコリがどこからやってきて、綿のように集まり固まる原因について考え始めます。
そして行き着いた答えは「服がすり減っている」から。数少ない私服がすり減り、それによって冬の寒さをより感じるようになってしまうことに哲郎は怒りを露わにします。ホコリへの嫌悪感を増した哲郎はコロコロまで取り出して掃除を続行します。
空き瓶の「何をしている……!」という言葉にもう耳も貸しません。部屋が一通り綺麗になるも、レポート提出期限まであと7時間。レポートも真っ新な綺麗な状態のまま……。どれだけ硬い文章で現状について考察しようとも、大学生のレポート提出期限はどうこうなるものではありませんでした。
第2巻では、姉が泊まりに来ることに備え、見られてはいけないものを人間の心理を突いて隠す作戦をたてる話や、植村さんからもらったジャムの瓶を開けようとするも固くて開かず、瓶のふたを植村さんの心と見立てて試行錯誤する話が収録されています。
第2巻では、このように一見関係なさそうな周囲の物や人物の心理を、さまざまな出来事に結び付けて考える話がいくつか見られます。 そして、予兆や占いといったものに何かと心を揺らがされる哲郎は、第27話においても、あらゆる日常的な出来事や物に“ポジティブな”予兆を見出してゆくのです。
- 著者
- 田岡 りき
- 出版日
- 2016-06-10
植村さんとの花火大会デートを目前にした哲郎は、記念にと布団を干すことにします。もちろんここでも家電が「記念てなんだ……」と読者の気持ちを代弁したツッコミを入れてくれています。
1つ目の予兆は布団たたきの形がハート型であること。何かの暗示ではないかと心を躍らせ布団を叩きすぎたところ、ハート部分が折れてしまい下の階へ……。しかし哲郎はポジティブな思考回路を駆使し、植村さんと花火へ行ける事実には変わりないと即立ち直ります。
2つ目の予兆は布団のホコリがたくさん出てくること。バトミントンのラケットを布団たたきに見立てたところ、叩いても叩いても無尽蔵にホコリが出てくるのです。「これは植村さんとの仲が無限に続くことを示唆しているのか……!?」と、驚くほど関係ないところからも予兆を見出します。
しかし、布団を叩いてホコリを出すことによって、布団が痛んでしまう事実を知ってしまいます。第1巻のホコリの話と同様、哲郎は私物をすり減らしていたことに気づき無言になるのですが、今日の彼はポジティブ思考です。
「まあ関係ないな。植村さんとデートだし」とつぶやくにこやかな哲郎は、哲学的思考というよりはむしろ、単に浮かれてる楽観的思考の持ち主へと変貌しているのでした。
第3巻は主に冬のエピソードで構成されています。3巻の後半ではクリスマスの時期に近づき、憧れの植村さんとの距離にも注目です。
また、ネクタイが結べないゆえに、参考写真とトポロジー的には立方として同一(つまりネクタイのかたち自体は一緒というだけのこと)とこじつけて自分のネクタイを正当化する話では、哲郎の不器用加減が伺えます。
特にオススメな話は第40話です。資本主義という現代のシステムの問題提起(哲郎の金欠に対する単なる文句)から始まります。
- 著者
- 田岡 りき
- 出版日
- 2016-12-12
生活費を切り詰めなければ文化的生活も危うい、と考える哲郎が電気代を節約することに。家電たちからのバイトを推奨するツッコミは見事にスルーされます。
ブレーカーを落とすことで日の入りと共に眠り、日の出と共に目覚める生活を送ろう、人間のあるべき姿だ、と哲郎は悟るのですが、「すでに文化的生活が危うい」とツッコミを入れる棚のボトルの正当性には思わず口の端が上がってしまうことでしょう。
日の入りの夕方6時、もちろん寝付けるわけがなく、お酒を飲んで眠ろうとするも、少量のアルコールに火をつけて明かりを灯すことを閃きます。自家製アルコールランプを使用しながら漫画を読む哲郎、文化的生活や人間のあるべき姿はどこにも見当たりません。
しかし、このアルコールランプはアルコールの燃費が非常にわるいのです。700ml1500円のお酒は、100mlで20分ももちません。1時間あたり643円!
電気代の何十倍だと悲嘆する哲郎に、何百倍だぞと訂正を入れる家電。キテレツな発想がツッコまれるならまだしも、哲学的思考と論理的口調で物語を進める哲郎が、単純な数学まで苦言される始末です。
最後に哲郎は「いい勉強になったな!バイトをしよう!」と良い笑顔で述べます。これだけ哲学する根気と結論を実行する行動力があるのなら、もっと早くその結論にたどり着いてほしいものですね。
第4巻では最初の話から哲郎が研究のチームリーダーとして群馬へ行くことになります。皿や携帯画面が割れ、おみくじでは大凶をひき、植村さんとの関係についての悪い予兆ではないかと疑っていた矢先の出来事でした。
- 著者
- 田岡 りき
- 出版日
- 2017-05-12
居は移っても、やはり舞台は彼の部屋であり、登場人物は彼のみです。 新居の現状把握をしようと部屋の中を徘徊しながら熟考しはじめた哲郎ですが、トイレを見て部屋を気に入り、本格的な料理をしないのに台所を褒めるなど、結構ズボラな評価をつけていきます。
また、いつも突拍子もないことを考えている哲郎が、57話の新居でのテレビの配置を考えるシーンでは、日差しと画面の反射について考察しています。珍しく現実的な行動です。
しかし、エアコンが壊れ、冬にもかかわらず冷風が出てきているのを見て激怒、部屋の評価は最悪になってしまいました。哲郎にとって、良物件の条件とは、設備の不具合がないことのみのようです。
この回ではまだ家具がまともに揃っていません。しかしツッコミ役はいます。第1話から登場し続けている家具の置物です。なぜか哲郎のリュックに入れられて持ってこられており、リュックのポケットから顔を出してツッコミを入れている姿は、不意打ちの可愛さでした。
以上、4巻までの哲学や魅力をご紹介しました。今までに見たことのない連載漫画ですよね。実写化されることも踏まえ、漫画を読んでからドラマを見てみるのも良いでしょう。あなたも哲学的な思考で哲郎のように愉快な生活を送ってみるのはいかがでしょうか。