西洋哲学、仏教美術など幅広い分野の知的探求に取り組み、日本を代表する思想家でもある和辻哲郎という人物がいます。彼の業績を、おすすめの本とともにご紹介していきます。
和辻哲郎は1889年生まれ、現在の兵庫県姫路市出身の哲学者であり、倫理学者です。
1912年に東京帝国大学文科大学哲学科を卒業し、その後研究の道へと進みます。当初は西欧の哲学者の思想を中心に研究をし、夏目漱石のもとを頻繁に訪ねるようになり、『ニーチェ研究』を出版しました。谷崎潤一郎や芥川龍之介などの作家陣とも交流があったといいます。
その後は次第に日本古来の古美術や伝統的な価値観に関心を持つようになり、仏教倫理などにも対象を広げていきました。
東洋大学や法政大学、龍谷大学などで教鞭をとった後、東京帝国大学で倫理学の教授となった和辻は、尊王思想に関する研究や講義を行います。そのため戦後は国策や戦争遂行に協力したとして非難を浴びたこともありましたが、1955年には文化勲章を受章、 1958年には皇太子妃となる正田美智子のお妃教育の講師を担当するなどの功績を残しています。
1960年に心筋梗塞のため、71歳でこの世を去りました。
本書は1935年に刊行され、世界の各地域を湿度に基づく風土の類型「モンスーン」「砂漠」「牧場」の3つに分類し、それぞれの風土によって文化や社会の性質もまったく異なるということを明らかにした、比較文化論の古典的名著です。
風土とは単なる自然現象や気候の違いといったものではなく、そこに住む人々が自然環境とどのように向き合うかということで、それが人間社会の根本を決めているのだと説いています。
- 著者
- 和辻 哲郎
- 出版日
- 1979-05-16
1935年に初版が発表されたにも関わらず、現代の私たちが読んでも理解しやすい内容になっています。その理由は、和辻が読者の誤解を招かないように配慮し、同じ概念であっても表現を変えてくり返し説明してくれているからです。
21世紀になっても世界各地で紛争が止まない原因を考えるとき、彼が本作で示した考え方は参考になるでしょう。それぞれ異なる文化や社会に属する人々が、お互いと、そして自らを理解しようとするとき、背景に持っている風土を抜きにしては語ることができないのです。
本作は、まだ20代であった頃の和辻哲郎が友人たちと奈良を中心に古い寺の数々を訪れ、そこで出会った仏教美術に感銘を受けて書いた旅行記です。
飛鳥時代や奈良時代の仏像や仏閣の美しさに触れた彼が、そのもとになったインドや西域など、いにしえの世界にまで思いをはせながら、魅力を語っていきます。
- 著者
- 和辻 哲郎
- 出版日
- 1979-03-16
1000年以上も昔の仏像がいかに素晴らしいかを熱く語る、若き日の和辻と一緒になって、インドの古代王朝から遠くギリシアの地までを旅しているかのような感覚にひたることができる作品です。時空を飛び越えて物事をとことん探求していく彼の想像力の豊かさと、その世界に読者を引き込んでいく筆力の高さとを、存分に味わうことができるでしょう。
奈良への旅行をする際には、ぜひガイドブックと一緒に携えて、実り豊かな寺社巡りのために活用してほしい一冊です。
和辻哲郎は1927年よりドイツに留学し、そのさなかにイタリア旅行へと出かけます。ローマやフィレンツェといったイタリア諸都市の教会や美術館をめぐって多くの絵画や彫刻、建築に出会い、彼はそのなかで考えたことを手紙に書いて、妻に送っていました。
本書はその手紙をもとにしたもので、西洋美術に対する彼の鋭い考察が示されています。
- 著者
- 和辻 哲郎
- 出版日
- 1991-09-17
数々の名画や名作に対する評論が本書の内容の中心ですが、そのなかでも彼は常にイタリアの気候風土やイタリア人の気質といった部分に目を向けていました。これが後の『風土―人間学的考察』で彼が展開する文化論につながっていったといわれています。
また、日本的な価値観をふまえると西洋美術の表現がどのように見えてくるのか、という美術作品に対する考え方も面白みがあるでしょう。世界的に有名な作品であっても、自分の感性にしたがって称賛や批判をする痛快さも、本書を読み応えのあるものにしているポイントのひとつです。
和辻哲郎の学問的な集大成である主著として『倫理学』というものがありますが、本書はその入り口に立つ本として、倫理学とは何かを一般向けにより分かりやすく説明するために執筆されました。
アリストテレスにはじまる西洋哲学の系譜を辿っていきながら、「倫理学とは人と人との間を結ぶためのルールとして捉えられるべきだ」という和辻の主張につながっていきます。
- 著者
- 和辻 哲郎
- 出版日
- 2007-06-15
倫理学者としての和辻は、「人間」という概念を人と人との「間」として定義し直し、そこにあるべきルールが「倫理」だと考えました。
本書では、西洋哲学がどのような人間観を持っていたかということが語られ、特に彼と同じ年に生まれたドイツの哲学者ハイデガーの理論に対しては重点的な説明が加えられています。それらの哲学への理解と批判の上に立ち、彼が目指した倫理学とは何だったのかを知ることができます。
和辻哲郎の思想のエッセンスが詰め込まれており、倫理学の入門編としてこれからも読み継がれるべき作品でしょう。
本書は『倫理学』と並ぶ和辻の主著であり、日本の思想の歴史を古代から近代に至るまで通して論述した大著です。
日本における倫理思想が、社会の変化とあいまってどのように展開してきたのか、そして近代・戦前の道徳が誤った方向へと進んでしまったのはなぜだったのか、ということが述べられています。
- 著者
- 和辻 哲郎
- 出版日
- 2011-04-16
和辻によって語られる日本思想史のスケールの壮大さこそが、本書の見どころです。たとえば古代の天皇の成り立ちと神との関係や、江戸時代に発達した朱子学の思想など、各時代の人々がどのような考えを持っていたのかが、社会情勢や文化の状況など密接に関わる事項をもふまえて説明されています。
彼が生涯を賭けて研究してきたことのすべてが注ぎ込まれた力作であり、本書を著した彼がいかに偉大な思想家であったか、ということが十分に伝わってくるでしょう。
全4冊の長編ですが、読者の知的好奇心を刺激してやまない作品なので、ぜひ1度チャレンジしてみてください。
日本を代表する思想家として確固たる地位を築きあげ、今も語り継がれる和辻哲郎の著作にぜひ触れてみてください。