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栗本慎一郎のおすすめ本5選!脳梗塞から復活した経済人類学者

更新:2017.8.31 作成:2017.8.31

様々な学問領域を渉猟し、示唆に富む分析を見せる経済人類学者、栗本慎一郎。ここでは彼の優れた分析や、その考え方を知るきっかけとなる5冊を紹介します。私たちが常識と思っていたことが、栗本によって次々と覆される爽快感をお楽しみください。

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経済人類学者、栗本慎一郎とは

栗本慎一郎は1941年生まれ、慶応大卒の経済人類学者です。奈良県立短期大学助教授、ノースウェスタン大学客員教授、明治大学教授などを歴任しました。

また、評論家としての顔ももち、1977年に『現代思想』で論壇デビューを果たし、「新人類」という言葉を提唱するなど、ニューアカデミズムを牽引した筆頭としてあげられます。

メディアへの露出も多く「朝まで生テレビ!」に出演するなど、様々な発信の場を利用して吉本隆明や糸井重里などと交流を重ねました。

1999年に脳梗塞を患うも、持ち前の困難に立ち向かう気概で克服していく姿は、多くの人に勇気を与えました。

栗本慎一郎は学者でありながら、学者という権威性に対して懐疑的であったといえます。例えば、経済人類学の活動では、従来の経済学が前提としておいていた合理性モデルに意見しました。経済活動は個人の合理性追及ではなく、習俗によって規定される無意識の動機によってなされるものと主張したのです。

また、経済人類学という枠にとどまらず、法学、精神分析学、歴史学などに立ち入って研究を構成する複眼的な思考の持ち主で、動物行動学や量子論など、文理の別なく様々なフィールドから着想を得ていく知識の貪欲さ、関係づけのうまさは、滅多に見られない知性の持ち主であることを象徴しています。

ここでは、そんな栗本の知性の奥深さを知ることができる5冊を紹介しましょう。

常識を覆す経済の見方

本書はまず、経済的営為の実存がどこにあるのか、簡単にいうと、人はなぜ経済活動をするのかという問いに、経済人類学の視点から答えます。

その答えは、人間と人間の相互の交渉にあり、経済活動をするのは人間存在の深層にあるエネルギーによるものだと栗本は主張します。

つまり経済人類学から見ると、経済的営為とは、人間に本質的に備わっているものであり、生産と消費という概念で経済を分析し、経済と人間を切り離して考える経済学とは逆のものと言えるでしょう。

栗本慎一郎は、経済人類学とは何か、そしてその視点では日米貿易摩擦はどのように映るのかといった問いに答えていきます。そしてその答えの中には、私たちの知っている経済の見方をひっくり返すような知見があるのです。

著者
栗本 慎一郎
出版日

経済学は多くの方がご存知かもしれませんが、では経済人類学とは何でしょうか。本書と、それから同じく栗本慎一郎が執筆した『経済人類学』はその入門書として、あるいは第一級の研究書として一読をおすすめします。

経済思想家ポランニーによると、経済行為には交換、再配分、互酬があり、普段私たちが「経済」としてイメージするものは交換にすぎません。

つまり、非市場的な経済がベースにあるのに、経済学は三類型の一つ「交換」に関心が集中し、その他を見落としてきたのです。

市場経済だけが経済ではありません。人間活動の深層と経済を結ぶ経済人類学は、多面的に物事を捉える力、目から鱗の読書体験を提供してくれるでしょう。

シルクロードは辺境の歴史ではない!ユーラシアの中の日本

シルクロードは東洋と西洋を結ぶ交易路で、対外交易は経済人類学が関心をよせるテーマの一つです。

従来の通説では、中国や朝鮮などから浸透した漢文化が日本文化を方向付けたとされますが、本書の目的はむしろそれに批判を加え、日本文化の基礎が、北のシルクロードに由来するものだと結論づけることです。例えば著者は、孤立言語とされる日本語も北ユーラシアの語法や価値観と共通する部分があると主張します。

大きなユーラシア大陸のうねりの中に日本を有機的に位置付けようとするその作業は、あまり注目されてこなかった雄大な中央アジアの存在感の大きさを教えてくれることでしょう。

著者
栗本 慎一郎
出版日

シルクロードというと天山山脈の南やタクラマカン砂漠を通る南ルートがイメージされますが、実は日本は、もっと北にある広大な草原ルートを通ってやってくるペルシア商人などと直接接触していたのだとか。

これまで明かされてこなかった日本とユーラシア大陸の関係、そこに眠る謎を解き明かす過程は、我々の知的好奇心を呼び起こしてくれるでしょう。

本書は学術的な色彩が強いですが、下から見上げるクンルン山脈など、多く写真が掲載され、視覚的な中央アジアのイメージをつかむことができ、半ば旅をするように読み進められるのが大きな特徴と言えるでしょう。

世界史は一つではない!栗本慎一郎の世界史観とは

経済人類学を極める栗本慎一郎が放つ、渾身の世界史です。歴史とは、同時代で経験はできないため事後解釈になります。そしてこれまでの世界史は、日本との関係では中国文化圏の中の日本として描かれることが中心でした。

つまり、日本を漢文化の歴史におくのは一つの解釈に基づく世界史の構築であり、自明のものとされてきたのですが、栗本はむしろ、日本をユーラシアのなかに位置付けることで、これまで主力とされてきた中国やヨーロッパの歴史観から脱出しようとします。

新しい「世界史」のストーリーを、この本から読み解いてみてはいかがですか。

著者
栗本 慎一郎
出版日
2013-04-13

歴史学では当然史料分析が行われ、そこから当時の生活や統治のあり方、対外関係がわかってくるものなのでしょう。つまり、文章化されたデータが後世に残されやすく、逆に口頭伝承は残りづらいと言えます。

そしてユーラシアの大草原は遊牧民が中心の社会で、後世に記録が残るような媒体を定住文明ほどにはもたなかったため、世界史として語られるユーラシアの多くは辺境のような扱いだったかもしれません。

しかし、本書を読めばわかるように、ユーラシアを歴史の中心におくことは可能で、そこには西洋的、中国的な歴史しか知らない多くの人にとって、驚きの事実があるでしょう。

人間とは何か?その答えは「パンツ」にある

服を脱ぐ素振りで異性を誘惑したり、道徳を堅持したり逆に犯したりするおかしな行動は、人間に特有のものですが、生物学から納得のいく説明はなされませんでした。

そこで栗本慎一郎は、こうした行動が制度化されたものを「パンツ」と表現し、人間はサルがパンツをはいたものであると説明する試みに挑戦しました。

すると、法律や経済だけでなく、人間らしさの所以である理性的行動から、果てはバカな行動まで、あらゆる行動がきちんと説明できたのです。

この本は、学問の専門分化が進み、人間や地球上の諸問題に解答が出せない状況へのアンチテーゼとして、生物学や、物理学、法学、経済学などをまとめて、人間とは何かという問いに答える意欲作です。

著者
栗本 慎一郎
出版日
2017-04-19

「パンツ」をはくとは、その社会の規範を守るような行動のことで、逆に脱ぐとは、規範から逸脱する行動です。そしてその「パンツ」は社会によって異なります。例えばキリスト教では同性愛がタブーとされたのに対し、日本ではむしろ公然の制度としてあったそうです。

本書は、人間とは何かという深い問いに、体系的な説明をする論文ではありません。しかし、学術的な概念を使いつつも、世界各地の文化事情、社会制度といった素材で、いかに人間が「パンツ」をはく存在で、それを脱いだときに動物的になるかを軽快でちょっとシニカルな文体で描くところに魅力があります。

彼の学術性と俗物性のバランスの取り方には、学者世界への批判があり、簡単な言葉で難題に取り組む栗本の深い知性が窺える作品で、初めての方にもおすすめです。

脳梗塞に立ち向かう栗本慎一郎の気概

栗本慎一郎は1999年に脳梗塞になりました。左半身麻痺という後遺症を抱え苦しみますが、「ミラーボックス」というリハビリ法を試した結果、症状が緩和し、今では車を運転できるほどに回復したそうです。

本書はそうした栗本の闘病の経験から書かれたもので、脳梗塞がどのような病気か、発生の兆候はあるのか、またいかに回復を遂げたのかについて、平易な文体で書かれています。

著者
栗本 慎一郎
出版日

脳梗塞とは簡単にいうと、血管が狭くなったり、詰まったりすることで、脳に酸素と栄養が十分に行き渡らなくなることで生じる障害のこと。

日本人の死因として悪性腫瘍や肺炎、心疾患と並んであげられるこの病気は死の危険性が高く、脳への障害が後遺症として残ることが多く、社会復帰することが難しいそうです。

しかし、本書はそうした脳梗塞についてまわる負のレッテルを振り払うかのように、前向きな栗本の克服への気概が前面に出されているものです。

困難を前に立ち向かう栗本の姿勢は、脳梗塞の経験の有無にかかわらず、多くの人にとって一つの指針となるでしょう。

私たちの経済に対する常識を覆す経済人類学、あるいは私たちの歴史に対する常識を覆すユーラシアに中心性をもたせた歴史観など、栗本のテーマは多岐に渡ります。難解な概念の操作を嫌う彼の文体は、門外漢でも読み進められる軽快で自信に満ちた文章です。どれを読んでみても、「そうだったのか」という新たな発見となるでしょう。