上原善広は被差別部落をテーマにノンフィクション作品を生み出してきた作家です。彼が書き綴った膨大な取材から成る被差別部落の記録や作品の中から、今回はおすすめの5冊をご紹介します。ぜひ差別について考える契機として読んでみてください。
上原善広は、自身も被差別部落出身という生い立ちから、被差別部落や差別をテーマとした執筆活動を続けているノンフィクション作家です。
単刀直入に取材をする所や、嘘偽りなく淡々と描いていく文才に評価が集まる一方、有名人かつ被差別部落出身者のリストや記事を雑誌に売るなどの行為から多くの批判も受けています。被差別部落であったことと相まって、家族事情にも様々なトラブルがありました。
こういった苦難を乗り越え、様々な観点から被差別部落に焦点をあてる活動をやめず、多くの読者に「被差別部落」という言葉の再定義を広めた人物です。
上原善広自身、「被差別部落」に分類される更池の出身でした。更池での幼少期を思い出しても、「被差別部落」という言葉に印象付けられるような差別を受けた記憶はない、と上原は語ります。
「被差別部落」のことを「路地」と呼んだ中上健次に倣い、上原は被差別部落を路地と呼びます。そして、自身の住んだ更池をはじめとした「路地」をめぐる旅をします。日本には6000以上の「路地」が存在するそうです。そこに住んでいる人たちだけのリアルがあり、「被差別部落」という言葉はイメージだけが先行しています。
上原は、そんな「路地」をめぐりそれを書き記すことで、いわば「被差別部落」というもののリアルを描き出そうとしました。閉じられた世界、誰にも描かれない世界を『日本の路地を旅する』に鮮明に書き写したのです。
- 著者
- 上原 善広
- 出版日
- 2012-06-08
上原善広は『日本の路地を旅する』で大宅壮一ノンフィクション大賞を受賞しました。自身が被差別部落出身である経験をもとに、そのルーツを探る旅を克明に記した作品が高い評価を得たのです。
一方で、当時上原は被差別部落出身の芸能人やスポーツ選手を暴露する記事を売るなどの行為をしていたため、ノンフィクション作品の華である賞を受賞することに対する批判の声もあがりました。
上原が本作品を通じて描きたかったことは、「被差別部落のスケッチ」という言葉に表されています。ただそのものを描き、その解釈は読者に任せる。そんな意志をくみ取れます。
いずれにせよ本作によって「被差別部落」という存在に対する関心が深まった読者は多く、作品の意義はあったと考えられるでしょう。
上原は被差別部落というテーマを食というコンセプトに絞って一冊の本にまとめあげました。日本の被差別部落、インドの不可触民、アメリカ南部の黒人奴隷。世界には様々な形で差別を受けた人々がいます。
その人々が愛した文化・食を上原は取材したままに描いていきます。その土地や民に根差した食べ物を「ソウルフード」と呼びますが、上原は世界中のソウルフードを自ら食べ、その土地の人々に取材をしました。
いまや一般的に食べられているフライドチキンだって、元々は黒人奴隷のソウルフードです。白人が捨てた手羽先を揚げることで食べられるよう加工したのが始まりでした。そして、上原が愛した家族の味、「あぶらかす」も、故郷である更池ならではの料理だったのです。
- 著者
- 上原 善広
- 出版日
- 2005-06-16
食は、人々の文化として大切な一つの要素です。音楽や文章などと違って伝播する方法が極めて少なく、その土地の慣習や成り立ちに深く根差したまま今も形をとどめているものが多いでしょう。
上原善広が『被差別の食卓』を通じて目指したのは、被差別部落の解放でした。被差別部落がクローズドなものであるうちは差別はなくならないと考えた上原は、誰もが共感しフランクに入ることのできる料理というテーマを掲げることで、読者に被差別部落への偏見を取り払ってもらおうとしたのです。
この本は、まさにその願いを叶えるもので、単純に美味しそうなものが世界中で愛されていることは差別の壁を越えることを誰もが理解することができます。
更池は牛を殺し、肉にする工程を担う職人のいる地域でした。牛が殺されるまでのプロセスは見事な手さばきによって行われ、まるで湯気が立ち上るような描写でその全てが書き記されています。
やがて上原が成長するにつれて、路地の解放の波が押し寄せ、そこにあったシステムは徐々に崩れていきます。自身の家族内でも離婚や兄弟の起こした犯罪など様々な問題が続き、上原自身も不良の道へと突き進んでいくのです。
更池の解放運動に関わる政治と金の問題は徐々に大きく広がり、上原の父は時代の変化が引き起こす渦中へと巻き込まれていきます。
- 著者
- 上原 善広
- 出版日
- 2017-06-16
更池という土地で過ごしたこと、そしてその意味を克明につづったノンフィクション作品です。実際に見ていたものにしかわからないことの顛末や、そんなことまで書いて良いのかと不安になるほど生々しいエピソードが語られています。
内容もさることながら、関西弁で語られる言葉のリズムや、五感で感じられる当時の更池の風景が見事な一冊です。1人の男の一人称視点で描かれたドキュメンタリーをずっと見ているような感覚で読むことができます。
また、肉にまつわる時事問題も当時のままに描かれており、ニュースでは報道されなかった事件の裏側にスポットをあてているところも読みどころです。
上原はここまでノンフィクションというスタイルで描いてきた「路地」という存在を、改めて学術的に定義することを『路地の教室 ―部落差別を考える』で試みています。
本書は一限、二限といった形で章が構成されており、まるで授業のようです。まず、路地の定義からはじめ、その路地を書き綴るということの意義、さらには路地がなぜできたのかという点に掘り進めていきます。
路地を描くことによって「差別」とは何であるかを問う作品となっており、今まで部落差別について取材し、書き続けてきた作者の活動の集大成とも言える作品でしょう。
- 著者
- 上原 善広
- 出版日
- 2014-01-07
上原善広が執筆活動を通じて伝えようとしていることは共通しており、被差別部落という存在の真の解放でした。それは被差別部落というものに対する正確な定義をすることであり、差別問題に対する正しい認識をより多くの人に届けることを意味します。
その意味で、非常に教科書的に作られた本書は一番上原が目指したものに近い形をとった書籍と言えるかもしれません。単純に学ぶために読むという観点から本書は楽しめます。
本書に書いてある内容は被差別部落をテーマにしつつ人権や差別などへの問題提起を数多く残しています。大きなテーマへの起点としても読み進めることができるでしょう。
いわゆる一般的な「日本人」という存在から見た時に、明らかに異質な生き方をしている人たちに上原が取材した記録が『異形の日本人』です。
例えば、花電車のストリッパー。女性器を用いて様々な芸をする女性に対して上原は淡々とその生き様に関わる質問を投げかけていきます。あるいは、やり投げ選手の溝口和洋です。溝口はあまりにも口下手で不器用でありながら、やり投げに関しては徹底した訓練を行い、トップにのし上がった選手として有名になりました。
こういった人生を異とする者の考え方や生き様を通じて、上原はむしろ日本人というものを描いているように感じます。
- 著者
- 上原 善広
- 出版日
- 2010-09-01
「異」とは何か、という問いは、差別にも繋がるものです。常に人は正常さや常識というものを保っておくため、あるいは顕在化させるために、「異」を作り上げます。
日本人という大きなくくりに対して「異」として捉えられた本書に登場する人物たちは、みな大変個性的で、かつ印象に残るすさまじい言葉を残しています。そんな言葉を引き出せる上原善広の取材能力や文才にも改めて気付かされる一冊です。
嘘なく直球勝負で質問を投げかけていく上原のスタイルが、相手の深層心理を引き出すのかもしれません。そして、この本もまた、被差別部落という切り口とは別個の解放運動のように感じられてなりませんでした。
上原善広は執筆活動を通じて差別というものと向き合ってきた作家です。ノンフィクションだからこそ持ちうるパワーや、現実を読むということの尊さを感じることができます。これを機会に、上原善広の作品を通じ、世界共通のテーマである差別について考えてみてはいかがでしょうか。