文芸評論家として、思想家として多くの著書を世に送り出してきた柄谷行人。社会構造を独自の視点から見た著書『世界史の構造』は、思想書としては異例の売り上げを記録しています。その多くの著書の中から選りすぐりの5冊を紹介します。
1941年に兵庫県に生まれた柄谷行人は、文芸評論家および思想家です。東京大学を卒業し、法政大学教授、イェール大学客員教授、近畿大学教授、コロンビア大学客員教授などを歴任しました。
近代日本を代表する作家の文芸批評を数多く発表することはもちろん、現代の社会システムにも言及します。『世界史の構造』は、1万2千部を超える、思想書としては異例の売り上げを記録。彼の著書の多くがさまざまな言語で翻訳され、世界で広く読まれています。
1969年に論文「〈意識〉と〈自然〉―漱石試論」が群像新人文学賞の評論部門を、1978年に『マルクスその可能性の中心』で亀井勝一郎賞、1996年には『坂口安吾と中上健次』で伊藤整賞を受賞しました。
『世界史の構造』は、「交換様式」に着目して世界史の流れを検証し、世界の展望を開こうという企てをもって著された本です。
この「交換様式」の構想は、すでに柄谷の著書『トランスクリティーク――カントとマルクス 』で提示されているものですが、本書ではまずこの構想をふりかえります。
そしてそれを元に、未開社会から現在までの社会が、分類された「交換様式」のいずれが主となる社会構造であるかを検証し、最後にその社会構成体の変化がいかにして生じてきたのかを解明するのです。新たな世界システムの可能性を示唆しています。
- 著者
- 柄谷 行人
- 出版日
- 2015-01-16
マルクスは生産様式から社会構成体の歴史を考えていますが、柄谷は社会構造を考える鍵として「交換様式」に着目しています。
このように着眼点を「交換様式」においた結果、マルクス理論では説明できなかった近代以前の社会や宗教、ネーションといった社会の上部構造とのつながりや、贈与や商品交換、貨幣といった個々の事象があきらかになっていくのは、読んでいて気持ちの良いものです。
難解な部分もありますが、世界史を歴史的事象だけで捉えることに不満を覚えている方には、ぜひ読んで欲しい一冊です。
『世界史の構造』において、論じきれなかった古代ギリシア哲学についてまとめられたのがこの本です。
ギリシアのデモクラシー(民主主義)が注目されることが多いのですが、柄谷行人によれば、古代イオニアにおける概念、イソノミア(無支配)こそ重要で、それを明らかにするために本書を著したといいます。
とかくアテネを中心に語られるイオニアの思想家たちですが、イソノミアを明らかにするため、ソロンやプラトン、アリストテレス、ヘロドトス、ヒポクラテス、ピタゴラス、ソクラテスなど、古代の多くの政治家や歴史家、哲学者たちの考えを改めて検証し、イオニアの自然哲学を紐解いています。
- 著者
- 柄谷 行人
- 出版日
- 2012-11-17
現在の民主主義が完璧でなく、その後の世界がどうあるべきかを模索している我々にとって、この本には次の世界が目指すもののヒントが含まれています。アテネのデモクラシーが現在につながるものである一方で、イオニアのイソノミアにはそれがあるのです。
さらに、古代ギリシア哲学を再考するためにも本書は役立ちます。アテネ中心主義で語られる哲学思想を別の角度から見ることができるのです。
巻末には、『世界史の構造』の要約も載っていて、柄谷が展開する「交換様式」について、手短にその要点を知りたいという人にはこちらもおすすすめです。
本書は1977年と1978年に東京新聞などで連載していた「文芸時評」を、一冊にまとめたものです。柄谷の文芸評論家としての活動を知ることができます。
中上健次、村上龍、三田誠広、藤枝静男、津島佑子、富岡多恵子、宮本輝、中沢けい、増田みず子など、100名近くの作家を取りあげ、その作品を評論しています。
近代文学の転換期、70年代後半の文学作品の変遷を知ることができる一冊です。
- 著者
- 柄谷 行人
- 出版日
- 2012-05-11
柄谷は、本書の最後に添えた章で「私はこれらの文章を本にするつもりで書いたのではなく、書き捨てのつもりで、とりとめもなく書きつづけてきたにすぎない」と書いています。それがかえって、評されている作品の時代や彼のテキストの読み方を分かりやすくしている効果があるのです。
個々の評論は短いですが、その作品を的確に批評しています。70年代後半の文学作品ガイドとして、また70年代後半の時代を知るテキストとしても楽しめるのではないでしょうか。
西欧中心主義の文学論に異議を唱え、明治20年代の文学を新たな視点で評論したのが本書です。柄谷がイェール大学で明治文学史を教えていた時に着想されました。
近代文学のリアリズムは風景のなかで確立したわけですが、その本当の意味での「風景の発見」がいつであったのか、言文一致運動は何をもたらしたのか、キリスト教、ことにプロテスタンディズムの影響、児童の概念、文学における「病の持つ意味」などさまざまな事象を文学作品のテキストから紐解いています。
- 著者
- 柄谷 行人
- 出版日
- 2009-03-10
この本の面白さは、柄谷が提示する切り口から文学作品を見ると、作家のスタンスの違いがはっきりと見えてくることでしょう。
たとえば、文学作品のなかにはいつの時代も風景の描写があるわけですが、「写実主義」をうたう坪内逍遥の風景と正岡子規の「写生」の中にある風景は、明らかに違うのがよく分かります。
また、演劇や児童文学について言及していることも見逃せません。「風景」や「内面」といった概念が、実は歴史的にできあがったものにすぎないのではないか、という視点で文学作品を考えてみたい人に、じっくり読んでいただきたいです。
『世界史の構造』に先がけ、『トランスクリティーク――カントとマルクス』で提示した、資本、国家、ネーションを3つの「交換様式」から見て、さらにそれを超える可能性を第4の交換様式に見出すという考えを、一般に向けて書き直したのが本書です。
まず、マルクスの理論を「交換様式」から検証し直し、未開社会、アジア的な国家、ギリシア・ローマ、そして日本を考え、さらに経済活動、宗教などといった活動も「交換様式」で考えています。読む人に新たな世界「世界共和国」への道筋を与えてくれる本です。
- 著者
- 柄谷 行人
- 出版日
- 2006-04-20
この本の1番の魅力は、何といっても読みやすさです。先の4冊に比べて、文体も用語も分かりやすく、図説も入り、展開されている理論の内容が理解しやすくなっています。国家の4つの形態や19世紀の構図は、図を見ることでより良く理解でき、また理論が分からなくなった時にも利用できて便利です。
本書の内容は『世界史の構造』と重複する部分もあるため、『世界史の構造』の理論をより理解するための手助けにもなってくれます。学生や哲学書になれていない人におすすめします。
資本主義の先に来る世界の形を追求する柄谷行人の著書は難解と思われがちですが、何冊か読むことで、その全貌が浮かび上がってきます。彼の著書を何冊か手元に置いて、「世界共和国」へ至る道筋を探ってみてはいかがでしょうか。