天才筒井哲也の描いた『予告犯』をご紹介します。現代社会に警鐘を鳴らすかのような問題提起、息つく間もなく巻き起こる事件の数々。張り巡らされた伏線が回収され、真実が明かされるラストの瞬間、読者は戦慄するでしょう。 スマホアプリで読むこともできるので、そちらもどうぞ。
『予告犯』の作者、筒井哲也は高い画力と作り込まれたストーリー構成、何より作品から溢れるメッセージ性の強さで知られています。
日本の漫画の中でもトップクラスといえる質の高い作品をいくつも輩出しているにも関わらず、国内での知名度はそれほど高いとは言えないでしょう。
『予告犯』の実写化が話題になり日本でも少しずつその名前が知られはじめましたが、世界ではすでに何年も前から筒井哲也の名は注目されていました。
- 著者
- 筒井 哲也
- 出版日
- 2012-04-10
日本ではまだ筒井がほとんど知られていなかった2007年。この時にはすでに彼はフランスで開催されていた「パリ国際ブックフェア」に出展していました。
フランスでも最大級のブックフェアによばれた筒井ですが、現地の読者やジャーナリストたちと作品や社会についての深い議論を交わし、自分の世界観が広がるのを感じると同時に、その頃落ち込みつつあった「漫画を描きたいという気持ち」が再び芽生え始めたといいます。
2008年には、パリで開かれた第9回「ジャパン・エキスポ」にも招待されていました。
世界各国が参加しているこの大規模なイベントに招待されていたことにも驚きですが、さらにその前にはヨーロッパの各地でサイン会をおこなっており、諸外国で高い評価を受けている漫画家だということがわかります。
「こんなことが自分の身近でも起きた」「こんな事件が現実でも起きそう」と読者が思う、リアルな描写が世界で高い評価を得ている理由のようです。
ある日ネット上で、頭に新聞を被っているため「シンブンシ」と呼ばれる新聞男が、某食品加工会社へ放火すると予告した動画を投稿します。
最初はいたずらのように扱われていましたが、実際にその会社が放火され、現地のニュース映像にその新聞男が映っていたことから警視庁も対策を余儀なくされました。
新設されたばかりのサイバー犯罪対策課は複数犯によるものだと考え、シンブンシ一味の逮捕に向けて捜査を進めますが、その間も犯罪予告がくり返され、警察の対応も虚しく予告はどれも遂行されていきます。
そのなかで少しずつそのしっぽをつかみ始めるサイバー犯罪対策課。しかしシンブンシ一味は、狡猾な手段で犯行をくり返すのです。「世界を変えてやる」と口にし、現代社会を舞台にしてくり広げられる事件に隠された、彼らの真の目的とは一体……。
IT系の会社でプログラマーをしていた主人公の奥田宏明。優れた才能をもつ奥田でしたが、無茶な仕事の納期を押しつけられたりパワハラを受けたりしたため、なかなかその才能を発揮できずにいました。その結果、会社から不当解雇されるという目にあってしまいます。
沸々と湧き上がる不満の対象は、次第に会社から世間へと変わっていき、ある事件をきっかけにして彼は「シンブンシ」として社会の悪を斬る存在となるのです。
彼が対象とするのは、集団食中毒を引き起こした食品会社や、性的暴行を受けた女性に対して「男にホイホイついてく女も悪い、自業自得じゃねえの?」と言った男性、東北大震災で津波の被害にあった人々に「天罰だ」といって喜んだ団体などさまざまです。
こういった現実の日本でも起こった事件や物事をとりあげて、シンブンシが制裁を加えていきます。
日本では私刑は認められていません。しかしこのような事件に対して多くの人が当時やりきれない気持ちを抱いていたのも事実でしょう。それを裁いていくシンブンシには、どこか爽快感のようなものを抱いてしまう読者もいるかもしれません。
シンブンシの行為が正義なのか悪なのか、それを常に作品からのメッセージとして考えさせられ、その間にもシンブンシは次から次へと裁きを下していきます。それはどれも現実的に可能な手口が使われていて、いまの日本にもそういった人間が現れてしまう可能性があることを思い知らされているようです。
この漫画でシンブンシが標的とする対象は、どれも現実で似たような事件を起こしているものばかりです。
作品冒頭では集団食中毒事件が起こり、その事件を引き起こした会社がシンブンシの制裁の対象になります。実際にどの事件をモチーフとしているのか定かではありませんが、日本でもしばしばこのようなことが起こり、回収騒動になって酷いときには倒産してしまう会社もあるのです。
また、SNSなどでの失言で炎上が起こり個人情報を暴かれる、ということは日常的に起きています。何より終盤で制裁の対象となった設楽木の唱える「インターネットの実名化」は、インターネットを日常的に利用している現代の人々にとって忘れられない議題のひとつでしょう。
実際に日本でも同じような法案が提案されていますし、作中の「嘘を嘘と見抜ける人でなければ掲示板を使うのは難しい」というセリフは、匿名掲示板「2ちゃんねる」を創設した西村博之が、テレビで実際に言った言葉です。
『予告犯』で提示される問題は、どれも現代の日本にとって身近なものばかり。そのひとつひとつがリアルに描かれており、結果的に読者は現代社会について深く考えさせられることになるでしょう。
また本作は、基本的に主人公目線ではなく警察側の目線で描かれています。「日本の警察は優秀だ」とよく耳にはするものの、実際にどのような手順で捜査をして犯人を逮捕しているのか、それを国民が知ることはほとんどありません。しかし、本作ではそういった部分をほんの少しだけ垣間見ることができるのです。
たとえば、警察が現場に残った犯人の足跡を見つけると、まずその足跡の付き方に着目します。一方の足跡には大した特徴がないけれど、もう一方はかかとの部分に重心がかかっていることを見つけ、重心の位置が違うという理由から複数犯であると推理するのです。
作中での捜査の仕方には「なるほど」と感心させられることが多く、これも『予告犯』に惹きこまれるポイントのひとつになっています。
作品内で警察が常に疑問視していて、読者も物語終盤まで気になり続けるのは「犯人の動機」でしょう。シンブンシが語る「俺が世界を変えてやる」という言葉にももちろん本心は入っているかもしれませんが、それにしてはネットで炎上しただけの個人を裁く彼の行動は、世界を変えるには程遠いように思えます。
上述したように、主人公の奥田宏明は不当解雇にあっています。その後、彼は土木作業員として日雇い労働で生活費を稼いでいました。酷い労働環境に身を置きながらも仕事を続けていられたのは、同じ日雇い労働の仲間たちのおかげでした。
数日間の住み込みのような形で派遣された職場には、奥田を含めて5人の仲間たちがいました。そのなかには皆からヒョロと呼ばれるフィリピン出身の男がいて、彼の人懐っこさが5人の間をまとめていたのだといいます。
しかしある時ヒョロを巻き込んだ事件が起こり、その事件を発端として残りの4人は「シンブンシ」として世間を騒がせることになるのです。シンブンシを提案したのは奥田であり、作品終盤では彼がシンブンシを生み出した本当の目的が語られます。
その目的には多くの伏線やヒントが隠されていながらも、読者の誰もが思いつかないであろう驚きの理由があったのです。そこから溢れる奥田の仲間たちへの想いは、涙なくして読めるものではありません。
物語の最重要ポイントとなる「シンブンシの目的」については、ぜひご自身の目で作品を読んで確認してみてください。作者の筒井哲也が伝えたかったのであろう「現代社会の問題」についても深く考えるきっかけになるでしょう。3巻完結ですので、空いた時間に楽しむことができますよ。
本作を含むおすすめのサイコ漫画を紹介した<人間の心理が怖いサイコホラー漫画おすすめランキングベスト21!>もあわせてご覧ください。