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赤瀬川原平の作品おすすめ6選!美術家な作者の代表作は『超芸術トマソン』

更新:2017.9.9 作成:2017.9.9

前衛美術家、漫画家、イラストレーター、コラムニスト、芥川賞作家、脚本家、路上観察学会会員、など多岐にわたる顔を持ち、幅広く表現活動に身を投じた赤瀬川原平。ありあまるインスピレーションで、ナンセンスから侘び寂びまで、広く鋭く見つめました。

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前衛美術家にして芥川賞作家。赤瀬川原平とは?

美術家、作家、漫画家、脚本家、といくつもの顔を持っていた赤瀬川原平。純文学作家としては尾辻克彦というペンネームを使っていた時期もあります。

生まれは神奈川県横浜市。子供の頃から絵が好きで、高校の美術科を出たあと、現・武蔵野美術大学油絵科に進学。学費の問題もあり中退しましたが、後にはここで客員教授を務めることになります。

1958年には読売アンデパンダン展に初出品し、幅広い芸術家たちと交友、精力的に活動の幅を広げました。しかし、1965年、千円札の片面だけを印刷し手を加えた作品が、通貨及証券模造取締法違反に問われ、多くの芸術家たちが擁護するも有罪となり、これ以後は前衛芸術から身を引いていきます。

1970年に雑誌「ガロ」で漫画家デビューをし、複数の媒体で活躍します。「朝日ジャーナル」に連載された『櫻画報』では、ヌードの表紙や政治色が問題となり、雑誌は自主回収、編集長他多数の人事異動が行われ2週間の休刊にいたりました。

その後は作家としても小説などを執筆し、1979年『肌ざわり』での中央公論新人賞はじめ、『父が消えた』で芥川賞、『雪野』で野間文芸新人賞など、さまざまな賞を受賞します。1989年には映画「利休」の脚本でアカデミー賞も受賞しました。

2014年に亡くなるまで、まさに生涯を芸術に捧げた人生でした。

無用の長物を追って、赤瀬川原平がカメラに収集

それは1972年のこと。盟友、南伸坊、松田哲夫とともに、四谷の旅館に缶詰になって創作活動をしていました。

昼食を食べに外出したとき、ふとその旅館にくっついている階段に目が留まります。それは外壁に沿って数段上がり、2、3歩先からはまた降りているという謎の代物。昇ったところに入口の扉があれば普通ですが、何もなく、昇って降りるだけ。一体何のための階段なのか分かりません。

3人は、これはもうこういう形をした芸術というほかない、いや、超芸術ではないか、という考えに至るのです。

著者
赤瀬川 原平
出版日

この無用の造作物の探索活動にぴったりの名前が欲しいと考えた赤瀬川。ちょうどそのとき目に留まったのが、当時ジャイアンツの4番バッターながら、日々ひたすら三振を積み重ねていたゲーリー・トマソン選手です。彼らの追求物件を「トマソン」と呼ぶことに決まりました。

やがて同様の物件報告は、ユーモアセンスに溢れる全国各地の「トマソニアン」から、かなりの数が寄せられるようになってきました。街歩きの途中で写真を撮る、という行為は現代の方が盛んです。ただ、きれいなものやかわいいものだけを撮るより、意味の分からないもの、なんの役にも立たないものに目を向け、試しに撮影してみると、案外愛着の持てる1枚となるのかもしれません。

本書で紹介されている物件は、恐怖すら覚える信じられないようなものから、思わず考え込んでしまうものまでさまざまですが、それに付随している赤瀬川の文章も秀逸です。わざと生真面目に、それでいて終始ふざけたことばかり述べています。

これらの物件はあまりにも目立たず、沈黙していて、誰にも気づかれないものが多いです。時代が経つにつれて道路は綺麗に整備され、こういった不思議な状態のものを見かける機会はさらに減っていきます。

もうほとんど存在していない物件の写真を見る、貴重な経験をしてみませんか。

地味、高尚、つまらない。赤瀬川原平ならひっくり返せる

時の武将、秀吉のもとで、寵愛と嫉妬を受けながらも、自己の新しい「前衛」的表現を開花させていく利休の知己と、ドラマチックな生涯。 彼の侘び・寂びの精神とはどのようなものか、改めて赤瀬川の目で問い直します。

著者が共同脚本で日本アカデミー賞を受賞した、映画「利休」をきっかけとして、さらにその精神性に迫ります。

著者
赤瀬川 原平
出版日
1990-01-22
日本文化、禅の精神、侘び寂び、茶道……何だかよく分からないし難しい、と感じている方におすすめです。文章はユーモアたっぷり、しかし急に鋭く、そして深く突っ込むので、どきりとさせられます。

利休を目指しながらも、それにまつわる芸術の流れを、徐々に外堀から埋めていくこの一冊。赤瀬川が路上観察で見つけたわけの分からないものたちに感動することと、かつて利休たちが茶碗の歪みや欠けを何だか良いと感じた気持ちの、共通するものを見出していきます。著者は、教科書的でなく、実感的概念として理解したいのでしょう。

映画「利休」の脚本依頼がきたとき、赤瀬川は相当驚いたそう。そしてこの依頼を受けたあとの彼の勉強法はユニークで、誠意を感じます。

まずは日本の歴史についての新書を買ってみたものの、読書が苦手でなかなか進みません。次にジュニア新書を買いますが、それでもうまくいかず、ついに学習漫画を買ってみると、流石にこれはヴィジュアルで頭に入ってきました。

そこから徐々に読書のレベルを上げ、広げていきます。何かを学ぶ時には、まずは分かるところまでレベルを下げて、そこから1歩ずつ登っていくというのはやはり王道です。

著者がイチから勉強を始め、茶の湯と海外文化の関係や、日本人の国民性、普段飲む煎茶についてまで、脚本の執筆をきっかけにしてさまざまな事柄に及ぶ考察をまとめた、類を見ない一冊です。

名画はなぜ名画と呼ばれているのか、赤瀬川原平が易しく読み解く

世の中的に「名画」なのだから、当然名画に違いないと思い込みとにかくありがたがる人もいれば、名画の呼び名に反発心が生まれて見る気が起こらない、という人もいます。しかし著者は、そんな水掛け論を抜きにして改めて見てみると、名画はやはり名画だと思う、と言うのです。

なぜこれが名画なのかピンとこなかった作品から、本当の魅力を見出していくときは実に嬉しく、もし名画の化けの皮が剥がれたとしても、それはそれで痛快なのだそう。

章ごとに15の名画の画像写真と、それについての解説がされています。ぜひ赤瀬川流に鑑賞してみましょう。

著者
赤瀬川 原平
出版日
1992-11-25

赤瀬川いわく名画鑑賞のポイントのひとつは、「早足で見ること」だそうです。しかも、猛スピード。そのなかでどうしても足が止まるものだけを見ると、義理や理屈でなく、自分が本当に見たいものだけを見ることになり、本音を確かめられるのだそうです。

もうひとつのポイントは、「買うつもりで見てみること」。この画を買ったら飽きずにずっと飾れるのかどうか……もちろん実際に名画を買うことができる人はそうはいませんが、確かにこの方法だと責任を持って本気で作品を鑑賞できそうです。

一般人が絵画をどう鑑賞するかの手引きにもなりますが、実際に絵を勉強している人にも貴重なヒントが満載です。たとえば人の脚は、2本きっちり地面まで描かず、1本ぐらいにまとめてしまい、地面に接する手前で止めておくと軽やかに立っているように見える……など。付箋やマーカーペン必須の解説書です。

一気に読めてしまいますが要点が凝縮されていて、これ一冊読むだけで、絵画鑑賞の際はかなりの助けとなるでしょう。よく知っているはずの有名な作品でも、本書の解説を読んだ後にもう1度見てみると、驚くほど見違えます。なぜこんなポーズ?なぜこんな構図?など、名画だからこそ気付かなかった不思議を、赤瀬川が次々と解明してくれます。

美術解説本は多々あるけれども、なるべく早い段階で読んでおきたい一冊です。

ついに自宅までもが作品に。屋根にはニラが植えられて。

主人公である「A瀬川源左衛門」が、地鎮祭である今日、この土地を探しだすに至った経緯を振り返っています。

資材も自ら探し出して採取をし、本気でこだわって理想の家の建築を目指します。譲れないポイントは、中庭とアトリエです。

施主の熱意は果てしなく、そのうえパートナーである建築デザイン担当のF森氏も、突拍子もない提案を嬉々として出してきます……。
著者
赤瀬川 原平
出版日

A瀬川源左衛門という、ほぼ著者そのままの人物を主人公に、自宅建築をゼロから始める物語です。フィクションとしながらも家は実際に建築され、あとがきは著者がその自宅にて書いています。

この家づくりにおいて、友人であり建築家であるF森氏の存在は、施主以上に大きいです。施主は国王であり、国政は首相にまかせてある、と語っています。つまり、銀行との交渉や書類処理は自分でやるが、土地探しから建築まではすべて建築家を信頼しており、手出しをしないのです。

建築家にとっても、これは理想の施主かもしれません。何しろ自分のアイデアに次々と許可がもらえるのですから、さらに張り切って面白いアイデアを出したくなるというもの。幸福な関係性です。本作の中盤でF森氏は、勢いあまって自らの家も建築しはじめました。

果たしてこの2つの邸宅はどんな仕上がりになるのでしょうか。恐らく、読者の期待は裏切りません。

赤瀬川の文章も面白いですが、それだけでなく、日本の聖域にはなぜ砂利が敷き詰めてあるのかなど、普段は当たり前すぎて気づかないことも芸術家の目にはとまり、そのたびに興味深い考察をしています。

なんてことない光景に、敢えて目を向けてみる

町でみかける、なんてことのない風景も、赤瀬川の目には芸術に見えています。

道に落ちているゴミ、看板、犬や猫、植物、水たまり、ガードレール、敷石……よく見れば不思議な形状をしていることがしばしば。何に使うものかさえ分からないものも見つかります。

そんな光景を、著者は「路上観察学会」なるものを発足して、自ら写真に収めました。1993年に前作『正体不明』を出してから、約10年分の写真が載っています。洒脱な作品名と、短く添えられたコメントが何ともいえず深い味わいを醸し出しています。

著者
出版日
本書で紹介されている作品は、ひと目見て噴き出してしまうものもあれば、いくら見つめても何もわからないものもあり、さまざまです。赤瀬川ワールド初心者にもおすすめできます。

昭和レトロの雰囲気を感じさせる写真もあり、町の様子からは、住民のゆとりや明日への希望のようなものが漂っています。著者の好みなのか、たびたび登場するトタンは、それ自体現代では見ることが珍しくなりました。

著者は20代前半で初めてモノクロのカメラを買い、本書の作品もフィルムカメラで撮られています。この本が刊行された2004年前後は、ちょうどデジタルカメラが出回り始めたころ。対象が何であれ、写真というものはこうして撮るのだ、という主張も感じられる、想いのこもった一冊です。

赤瀬川原平が辞書を「読む」。

ある夜、赤瀬川のもとに、知人から報告の電話が入ります。三省堂にて新明解国語辞典を見ているが、何だか辞書らしからぬ強い自己主張を感じるとのこと。翌日も、速達郵便にてその報告が届きます。

たとえば「馬鹿」の項目にはこうあります。「一、記憶力・理解力の鈍さが常識を超える様子。またそういう人。〔人をののしる時に一番普通に使う語。公の席では刺激が強すぎるので使わない方がいい〕」(『新解さんの謎』より引用)

公の場で使うなという親切なアドバイスまで書いてあるのです。編纂者は、まるで人生のトラブルを未然に防ごうとまでしてくれているようです。

著者
赤瀬川 原平
出版日
1999-04-01
「かねがね」の項目は、第1版では1行しか説明がなかったのですが、第4版では14行にまで説明が増えています。正しくミスのない説明を、という普通の方針からいつの間にか、読者にわからせてやるぞというパワーが溢れてしまっているのです。

赤瀬川に連絡をしてきた知人は、この辞書に「新解さん」とあだ名を付けます。確かに、あまりにも実感を伴ったこの辞書に「さん」付けするというのは、自然なアイデアにも思えます。

新解さんは保守的ではなく、いつも攻めの姿勢を崩しません。それだけに、たまには問題発言もしてしまいます。

著者も知人に呼ばれ三省堂に行くことになり、気になった項目を次々とピックアップしていきます。新解さんは、男女や性に関する用語のときには特に個性を発揮するようです。この時本当に恋をしていたのではないか、と思えるような正直な気持ちが溢れてしまった、という印象です。

著者が他の項目を読み続けるうちに、さらに新解さんの人となりが想像されていきます。動物が好きなのではないか、やはり恋をしているのでは、仕事に熱意を持っているらしい……など。

本書の後半はまったく別のテーマで、赤瀬川自身が日々思う、書くこと、書くものなど紙に関するさまざまなことが徒然に語られています。

赤瀬川原平の世界は、身近なものから宇宙を見据えたものまでさまざまです。しかし一貫してユーモア精神は欠かさない人なので、どれも面白くておすすめです。一冊でも読んでみると、身近にあふれるアートなものに、目を向けるようになれるかもしれません。効率ばかりが重視される現代に、持っていて悪くない視点ではないでしょうか。