ブルース・リーにまつわる意外な事実6つ!人々の心に残る格闘家

更新:2017.9.16

ブルース・リーといえば、世界中で愛される東洋のアクションスターです。没後40年以上も語り継がれる彼の作品と逸話は、今を生きる人の心に激しくも率直に問いかけてきます。激動の時代を駆け抜けたひとりの英雄を、エピソードと貴重な本とともにご紹介いたします。

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ブルース・リーとは

ブルース・リーは1940年、サンフランシスコの中華街にて生まれました。第二次世界大戦が終わって間もないころから、当時イギリスの植民地下にあった香港で育ちます。

植民地では現地の中国人がいくら働いても、利益の大半をイギリス人に搾取されてしまう圧倒的な奴隷生活を強いられていました。まだ子供の彼はこの状況をうまく理解していませんでしたが、父が暗い部屋でアヘンを吸う姿を見て、やり場のない閉塞感を胸に抱えながら成長します。

無力さを暴力で抗うように、リーは不良同士の喧嘩に明け暮れました。喧嘩で強くなるために詠春拳を習得しています。

18歳の時、父親がリーの将来に不安を感じ、彼をアメリカへ修行させることにしました。その時リーは「この世界で俺は絶対成功してやる」という強い野心を胸に、シアトルの地へ降り立ったそうです。

所持金は100ドルほどしかなく、渡米早々貧乏生活が始まりましたが、彼はすぐに学問の必要性を感じ、大学進学を決意します。新聞配達のアルバイトや、路上で武術を教えるなどして学費と生活費を稼ぎました。そして大学で哲学を学びながら道場を作るまでに成長したのです。

1966年のある日、彼が出場していた国際空手選手権大会の映像が偶然TVプロデューサーの目に止まり、リーはTVシリーズの準主役へ大抜擢されます。しかし1年で番組は打ち切りに。ここから彼は、自分の命を全力投球するように、俳優として作品づくりにのめり込んでいきました。

始めてのテレビ出演からわずか6年後、1972年に代表作の『燃えよドラゴン』がアメリカ全土で上映され、ブルース・リーが世界中で称賛された時、すでに彼はこの世にいませんでした。32歳という若さで亡くなった彼の死にはさまざまな憶測が流れ、今もなお謎が多いままになっています。

ブルース・リーにまつわる逸話6つ!

1:ボディビルダーも絶賛する肉体だった

リーは映画や武術界だけでなく、さまざまな業界にも影響を与えました。ひとつの例として、当時のボディビルダーはより大きな筋肉が賞賛される時代でしたが、彼の綺麗に割れた腹筋や、メリハリとバランスを重視した肉体美は、ボディビル界のトップ選手でも衝撃を受けたといいます。

2:かなりの近視だった

学生時代からメガネを掛けているところが目撃されており、撮影時はコンタクトレンズを使用するなどして対応していました。幼いころから目が悪かったので、近接格闘に持ち込むために詠春拳を学んだというコアなファンの推測があります。

3:体幹(コア)トレーニングを重要視していた

いまやスポーツ科学の間では定番となった体幹トレーニングですが、彼は独学で体のコアの部分を鍛える重要性を理解していました。筋トレのメニューには、「ドラゴン・フラッグ」という腹筋を中心に全身の筋肉を鍛える体幹(コア)トレーニングがありました。

4:ブルース・リーの息子も謎の死を遂げている

彼の息子、ブランドン・リーも俳優として活躍していましたが、撮影中に用意された小道具のピストルに空砲ではなく実弾が入っていたため、相手の役者が発砲した際に銃弾に倒れ、28歳の若さで亡くなっています。親子で不運の死を遂げる、偶然のようで偶然ではないような出来事です。

5:ブルース・リーが初めて道場に入門させたのは、黒人である

ジークンドーという自分の流派を持ったリーに対し、各流派の伝統を重んじる中国拳法の使い手たちは反感を持っていました。彼の周りには敵が多く、いろいろな営業妨害を受けたそうですが、その魅力にいち早く気づいて道場に入門してきたのは黒人の方たちでした。

その後彼の道場は、当時では珍しくさまざまな人種が集まる道場となりました。

6:道場破りを返り討ちにして弟子にした

当時の在米中国人武術家のなかでは、武術を伝えるは中国人同士でなければいけない暗黙のルールがありました。彼は道場開設と同時にルールを破り、型にはまることを否定しています。

さらに「ジークンドー」という総合格闘技に近い格闘術を創設したことで、チャイナタウンすべての道場を敵に回すことになり、道場破りが絶えず殴り込みに来ました。リーはその挑戦状をいつも受け入れ、もれなく返り討ちにします。

そして倒した相手に自分の武術感を伝えると、感動した相手が弟子になるというまるで青春漫画のようなストーリーを実践していました。

体が傷ついても心は折れないブルース・リー

本書では、生前のリーが読んでいた本やインタビューなどを細かく解析し、彼が目指していた哲学を検証しています。

著者
羅振光
出版日
2014-10-24

少年時代、喧嘩でしか自分を守れなかった彼は、アメリカへ渡ると哲学を通して人生の豊かさを模索しました。

中国の武術に伝わる伝統を飛び出し、新たな道をつくった彼の哲学を理解すれば、型にはまらないアイデアを生むカギになるかもしれません。

合気道や空手などの要素も取り入れた、最強ハイブリッド護身術

ブルース・リーが創始した格闘術ジークンドー。本書では、彼の直弟子から教えを受けた筆者が、ジークンドーのテクニックを披露しています。
 

著者
御舘 透
出版日

リーが香港で修行した詠春拳をベースに、ジークンドーをストリートファイトで積み重ねたより実践的な護身術としてレクチャーすることで、格闘術を身近なものにしています。

いまも世界中に門下生が数多くいるジークンドー。本書では初心者でも理解しやすいように、状況ごとの活用法が紹介されています。

もし、彼の死が偶然ではないとしたら?

インターネットが普及する前で情報が少なかった1970年代。スクリーンに映るブルース・リーの姿を見ながら、あまりにも早すぎる死にファンはただ悲しむことしかできませんでした。

著者
松宮 康生
出版日
2008-09-03

没後20年が経ち、彼が亡くなる前後に彼や彼の周辺の人物の行動に不可解な点が多いことがニュースで取りあげられ、その死があらためて注目されるようになりました。

本書はリーが亡くなってから35年が経った2008年に発表されています。彼にゆかりのあったアメリカと香港の地を徹底的に取材し、真実がどこにあるのか、探ろうとしています。

妻が語る、ブルース・リーの姿

リーを生前支え続けた妻が、彼の生涯について語っています。

著者
リンダ リー
出版日

ブルース・リーについて書かれている本は数多くありますが、妻のリンダが語ったのはこれが初めてになります。実に彼の死から20年が経っていました。

愛しさに溢れた文章からは、リーがスクリーンで見せていたものとは別の、優しい顔と家族愛を伺うことができます。

いかがでしたでしょうか。ブルース・リーが人々に愛され続ける本当の理由は、演技だけでなく、差別や苦悩に負けずに自分自身と向き合う努力を続けてきたからではないでしょうか。子供なら彼のようなヒーローに、中国人なら彼のように差別に負けない人に、アメリカ人なら彼のように自由を手に入れるパワーがある人に……観客それぞれの思いをリーに重ねることができたから、世界中の人々の心に鮮明なまま記憶されているのでしょう。

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