江藤淳のおすすめ著書5選!夏目漱石の評論で一躍有名になった文芸批評家

更新:2021.11.9

江藤淳は、夏目漱石や小林秀雄の評論のほか、大江健三郎や石原慎太郎など戦後日本の同時代の作家の評論も手掛け、多方面の文学者に大きな影響を与えてきました。論客としても注目を集めた彼の著作から、選りすぐりの5冊をご紹介します。

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戦後日本を代表する文学批評家であり保守派の論客、江藤淳

江藤淳は1932年に生まれた文学評論家です。慶應義塾大学文学部を卒業し、同大学院に進学。1962年には、ロックフェラー財団の研究員としてプリンストン大学に留学し、後には東京工業大学、慶應義塾大学、大正大学などの教授を歴任しました。

1956年の『夏目漱石』を刊行したことで注目を集め、1961年の『小林秀雄』により新潮社文学賞、1970年には『漱石とその時代』で野間文芸賞と菊池寛賞、1975年『海は甦える』で日本芸術院賞など、その他にも多くの賞を受賞し、著作も多数残しています。 
 

1999年、妻の後を追うように自殺しました。

近代日本文学を読み解く、江藤淳の文体論

文体に着目し、戦後日本の作家たちを批評した江藤淳の初期の代表作です。前半では、小林秀雄やサルトルの文体に対する論証を批判しながら、言語や時間と文体との関係を論じ、自身の考えを提示しています。

後半では、大江健三郎や石原慎太郎、三島由紀夫、野間宏、椎名麟三、埴谷雄高、大岡昇平、武田泰淳らの文体を具体的な例を示して解析し、その違いを明確に論じ、時代を経て変化する作家のスタンスを解明していきます。

さらに、坂口安吾や石川淳、福沢諭吉などの文体を例に近代日本における散文にも言及し、鋭く現代を読み解く評論です。

著者
江藤 淳
出版日
2005-05-11

明確な理論で文体と作家との関係を論じ、文体は作家の行動の軌跡であるという論理のもとそれぞれの作家を分析していて、その理論がとても明確なのが魅力です。

具体的な作品を論じる際は引用箇所が適切で、それ以前の日本社会の古い要素と新しい要素がわかります。文学作品から作家だけでなく、その時代も明瞭に感じさせてくれることも、さらなる魅力といえるでしょう。

たとえば大江健三郎の小説の文体から、作者の論理的で明確な行動によって支えられて解放されたイメージを見出し、近代的な発見をする一方で、別の文体からは戦前の作家たちと同じく西洋作品の模倣で終わったために、不消化で閉鎖的なイメージで終わっていることを指摘するのです。読者に、当時大江が置かれていた混沌とした時代を示してくれます。

若い頃の著作ですが、鋭い批評をみせた評論です。

「母」という存在から近代日本の歪みを評論

安岡章太郎著『海辺の光景』、小島信夫著『抱擁家族』、遠藤周作『沈黙』、吉行淳之介『星と月は天の穴』、庄野潤三『夕べの雲』などの引用を軸に、小説に描かれる母と子の関わりを分析しているのが本書です。

上記それぞれの小説を比較するだけでなく、漱石や永井荷風なども引用し、時代による「母」や「父」の描かれ方を明確に比較し、母子密着型の日本文化のなかで、子である主人公にとっていかに「母」という存在が重いもので「父」は希薄なものであるのか、そして社会の近代化により「母」の存在が崩壊しているさまを明らかにしています。

著者
江藤 淳
出版日
1993-10-04

江藤が2年間のアメリカでの生活を経て書いた評論で、海外生活をするなかでそれまで見えていなかった感覚に気が付き、この本を書き始めたといいます。それだけに、日本人が無意識のうちに感じている感覚が浮き彫りになっているといえるでしょう。

それぞれの小説を読み込む江藤の洞察力は鋭く、読んでいて真に近代化できていない日本人の思想のずれがよく分かります。作品の評論であると同時に、戦後日本の人々を束縛するものは何なのかを知ることができる良書です。

江藤淳の評論活動の根幹を成す漱石を描く

全5巻にわたり、夏目漱石の誕生から晩年までの軌跡を描き出したのが本書です。

第1部では、漱石の幼年時代から五高教授時代までを、第2部ではロンドン留学や『吾輩は猫である』執筆までの漱石を、第3部は『吾輩は猫である』発表から東京朝日新聞社入社までのいきさつを描きます。

さらに、第4部は朝日新聞の小説記者となり、『虞美人草』『三四郎』『それから』などを執筆したころを、第5部は『行人』『心』『道草』を執筆した晩年の漱石を論じ、漱石の実像に迫っていきます。

「新潮」紙上に連載されたものをまとめた本書は、江藤淳が永拠により未完で終わりました。

著者
江藤 淳
出版日
1970-08-01

引用は小説だけでなく、漱石の手紙からもされ、江藤の詳細な調査研究に驚きます。幼少時代の苦労話、新聞社時代の漱石の執筆の様子など、漱石が時代に翻弄されながらも対峙して、懸命に生きている姿に心が打たれ、再度小説を読み返してみたくなります。

本作は、漱石が生きた時代を描いた江藤のひとつの作品であって、単なる漱石の研究書や評論というだけのものではありません。全5巻とボリュームはありますが、明治の時代に想いをはせ、漱石の小説とあわせて読むのはいかがでしょうか。

最愛の妻の看取りの記録

本書は、一卵性夫婦とまで言われた江藤淳の最愛の妻の、闘病と看取りの記録です。

顎の不調を訴えた妻が病院へ行き、その結果脳内出血と診断された、と連絡がきます。いやな予感に襲われていると、今度は院長からの電話で、実は妻は末期がんだと説明を受けたのでした。

看病のために、毎日病院へ通う江藤。自分より健康だったはずなのに、日に日に病状が悪化していく妻の容態……回復を信じる妻の姿に、告知をすべきか否か逡巡する彼の姿が克明に描かれます。

著者
江藤 淳
出版日

妻の死が迫ってくるに従い、江藤にとって病院で付き添う時間は、日常を離れた甘美な生と死の時間であることに気が付きます。死と競うように続く看病は、闘病記録でありながら、夫婦の愛の深さを語ってくれる時間でもあったのです。

この本から感じる江藤の妻に対する愛の深さは、読む人の心を打ち、美しいとさえ感じます。と同時に、妻の死後間もなく自らの命を絶った事実を思うと、やるせなさも沸き起こります。これまでの著作とは趣が異なり、自らが評論してきた文学作品同様に感動を与えてくれる作品です。

江藤淳×吉本隆明。戦後の2大批評家の対話を全網羅

それぞれ左翼と保守派の論客と評される吉本隆明と江藤淳の2人が、1960年代半ばから80年代後半にかけておこなった5回の全対話を年代順に収めているほか、江藤の死去から12年後に対話集が刊行されるのに際しておこなわれた吉本へのインタビューが収録されています。

2人の対談の内容は、文学者の社会運動の在り方、文学者の思想の原点、勝海舟をめぐる話題、現代文学の倫理感などについて。また巻末には、解説対談として内田樹と高橋源一郎による対談もあります。

 

著者
["吉本 隆明", "江藤 淳"]
出版日
2017-02-21

彼らの対談を読むと、江藤と吉本は思想や文学において、対立する立場であるのがよく分かると同時に、その根底には一致する思想があり、お互いが良き理解者であるという印象を持つのではないでしょうか。

また、2人とも大変な知識人という印象も強く受けます。解説で高橋源一郎が、江藤と吉本2人のことを「最後の『批評家』」と呼んでおり、なるほどと思う人も多いはずです。

評論と違い対談集というスタイルであるがゆえに、江藤が終戦直後や戦後の文学者の立場をどのようにとらえていたか、近年の文学者をどう感じているかが明確に引き出されています。これも、吉本隆明という優れた対談相手がいるからこそ成せる技かもしれません。

非常に明確な理論で文学作品を批評していく江藤淳の文学評論は、読みごたえ十分です。今一度、文学批評家としての業績を辿ってみてはいかがでしょうか。

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