エコノミストとして資本主義の内側から経済を見てきた水野和夫。歴史的経済観を持ち合わせた経済と金融のスペシャリストから見ると、現在の経済はどのように映るのか。ここでは、彼の経済に対する主張が簡単に理解できる5冊の著作を紹介します。
水野和夫は1953年、愛知県生まれです。早稲田大学を卒業し、三菱UFJモルガン・スタンレー証券でチーフエコノミストを経験しました。
民主党政権下で政権入りし、内閣官房内閣審議官など官職を歴任。そのほか埼玉大学や日本大学などで教鞭をふるったこともあります。
彼の主張の骨子は、経済成長を求める時代が終わり、これからは「ゼロ成長社会」にシフトするべきというものです。証券エコノミストとして経済分析など実務経験も豊富な一方で、経済や金融を文明史の視点から概観する分析も持ち合わせています。
ゼロ金利、ゼロ成長、ゼロインフレの時代に、資本主義はどうあるべきか。このような問いに彼は明確に解答します。それは、いき過ぎた資本主義にブレーキを組み込むこと。
スノーデン事件とルターの教会批判を重ねて論じるなど、現在のことばかりではなく歴史の大局から現状を分析する彼の主張は、いまの社会がどこへ向かおうとしているか、そしてどうあるべきかを考えるための材料を、整理して私たちの前に提示してくれるものです。
ここでは、彼の5冊の著作をとおして、私たちの生活と結びついた経済の現状と今後を考えていきましょう。
本書は、近代資本主義が立ちいかなくなって国家が解体しつつある現状を指摘し、資本主義に代わる新たなシステムを模索するためのアイデアを提示するものです。
資本主義の限界とは、資本を実物に投資しても利潤が低く、資本の拡大再生産ができないため、「電子・金融空間」にマネーを投下することで資本主義を延命せざるをえない状況のことをいいます。
その結果、資本家は潤う一方で、多くの中間層は低賃金や失業に悩まされるような構造になっていました。
資本を拡大させるという資本主義の命題は、近代が成長や発展といった言葉で語られる時代だったと筆者は説明します。つまり、現代は成長がいき詰った時代で、これからは「脱成長」システム、「ゼロ成長」社会へシフトし、資本主義のいき過ぎにブレーキをかける仕組みを持つことが重要だと指摘します。
- 著者
- 水野 和夫
- 出版日
- 2014-03-14
大手証券会社のチーフエコノミストも経験した水野。成長を目指す資本主義の中心にいたような人物です。そんな彼だからこそ、内側から資本主義の限界を指摘するのは真実味があります。
地方と国を合わせて1000兆円以上の借金がある日本ですが、それは借金ではなく、むしろ日本で豊かなサービスを享受できる出資金であると発想転換する必要があるというのは、新しいアイデアだといえるでしょう。
いま、超低金利という状況も重なって、現在の経済システムが立ちいかなくなるシナリオがよりはっきりしてきました。資本主義は私たちの生活に入り込んだもの。その将来を考えるのに最適な一冊です。
株式会社という制度は、近代資本主義の産物です。本書では、今日ではあまりにありふれた言葉となった「株式会社」の歴史に触れながら、資本主義が終わるなら株式会社にも当然先がないことが説明されていきます。
東芝の不適切会計問題など企業の不祥事や、人口減少、債務国家化、格差問題といった社会状況を踏まえつつ、「資本主義の終焉」という抽象的な議論に、「株式会社の終焉」という具体的な議論を加え、将来の社会のあり方について方向性を示す意欲作です。
- 著者
- 水野 和夫
- 出版日
- 2016-09-30
株式会社という制度をとおして、会社は株を発行して資金調達し、出資者はリスクを背負いつつ配当で利益を享受することができます。経済成長が実現したのは、ひとえに株式による経営と所有の分離の賜物といっても過言ではありません。
それでは、もはや投資によって成長できない世界が現れたとき、会社はどう振る舞うべきなのでしょうか。
ゼロ成長社会におけるこうした問いに、水野は解答を用意しています。サラリーマンから経営者まで、この本を読めば株式会社の将来を考える絶好の材料を得られるでしょう。
本書は、朝日新聞と日本経済新聞に水野が掲載した書評を中心に集めたものです。ゼロ成長論を掲げる水野の視点からは、他人の著作はどのように映るのでしょうか。
収録されている本のテーマは多岐にわたり、哲学、宗教、科学史、経済とさまざまで、ブローデルやシュミット、ピケティ、ベックなど有名な研究者の著作が並びます。
こうしたテーマの土台に据えている問いは「資本主義とは何か」というものです。資本主義が終わりつつあるという水野の認識は、近視眼的なものではありません。彼の主張の根拠には、過去の思想や研究、歴史を渉猟して得られた視野の広さ、知性の深さがあるということをうかがわせる著作です。
- 著者
- 水野 和夫
- 出版日
- 2016-02-09
本書には、資本主義とは何かを考えるうえで示唆に富む引用が多く残されています。たとえば、ウォーラーステインは『近代世界システム』で、「自由貿易はもうひとつの保護主義である」と主張しました。自由主義に立脚する資本主義のはずが、特定の集団にとっては保護主義的性質をみせるというのは鋭い分析です。
資本主義を経済学から分析しても、その本質は見えてきません。むしろ、資本主義が導入された歴史的経緯や、どのような思想が根底にあるのかといった部分に、マクロな視点から迫らなければ意味がありません。
水野は資本主義に対する私たちの認識の狭さ、もっと大きな文脈のなかで考えなければならない必要性を、この書評という営みを通じて教えようとしているかのようにみえます。
朝日新聞記者の近藤康太郎を聞き手にして、水野の経済理論を解き明かしていく対談本です。市場とは何か、貨幣とは何か、そして資本主義とは何かといった大きな問いに、水野独自の歴史的な視点から迫る経済論で答えを探していきます。
本書は対談本の良さがしっかりと出ていて、難しい事柄が平易な記述で説明されており、門外漢の方にも理解しやすい構成になっているといえるでしょう。
- 著者
- ["水野和夫", "近藤康太郎"]
- 出版日
- 2013-10-23
この本は、利子率の低下が前代未聞の状況であること、先進国が軒並みデフレに苦しんでいることから成長ベースの資本主義が成り立たない、という水野の経済理論をわかりやすく解説したものです。
聞き手としての近藤は、水野理論を一般の方にもわかりやすいように聞き出すことに成功しています。ゼロ成長なら、今後はどうすればいいのか。当然の疑問ですが、この本は私たちの素朴な疑問を氷解させるような率直さがあります。
水野の頭のなかを覗くなら、まずは本書を手にとってみることをオススメします。
水野和夫と哲学者の萱野稔人らが、世界経済の展望を示したコラボ本です。本書も対談形式をとっており、平易ながらも世界経済への深い洞察がうかがえるものとなっています。
経済構造を、100年以上の長いスパンでの歴史変化と関連させる水野と、社会への深い洞察を見せる萱野。2人の異なる知性のミックスが、世界経済の行方をより鮮明に描き出します。
- 著者
- ["水野 和夫", "萱野 稔人"]
- 出版日
- 2010-11-17
世界経済を見通す言説は多く見られますが、水野のオリジナリティは歴史から資本主義を探る点にあります。
実物経済から金融経済へ、という流れは歴史の大局を掴むなかでしか把握できません。資本主義の将来も、資本主義を自明のものと考えていては見えてきません。
資本主義という制度を歴史的に把握するということは、歴史上のさまざまな経済システムを並置して対象化することといえます。あくまで冷静に、資本主義を見通す彼らの眼差しの怜悧さを、存分に味わってみてください。
水野和夫の経済史観には、経済学が前提としてきた資本主義をひっくり返す大胆なアイデアが盛り込まれています。それは決して机上の空論でも、ただの印象論でもありません。資本主義を長い歴史の経過から問う視点と、資本主義のプレイヤーとして証券業に関わった感性を、これほどうまくミックスさせたエコノミストは彼の他に一体どれほどいるのでしょうか。先行きの不透明さを透明化する水野の世界に触れてみるのはいかがでしょう。