【第7回】女を演じなくてもいい場所
エンタメ
趣味/実用

【第7回】女を演じなくてもいい場所

更新:2017.10.1 作成:2017.10.1

この前、友人とゲイバーに行った。「死ぬまでに行きたい場所リスト」というのが私にはある。ゲイバーはそのひとつに随分前から入っていたのだけれど、軽い気持ちで足を踏み入れていい場所ではないように思えて、行けていなかった。

チョーヒカルプロフィール画像
アーティスト
チョーヒカル
1993年東京生まれ。ボディペイントアーティスト。体や物にリアルなペイントをする作品で注目され、日本国内だけでなく海外でも話題に。多数のメディア出演に加え、SamsungやAmnesty International、資生堂など企業とのコラボレーション、国内外での個展など多岐にわたって活動。ペイントの他にも衣服のデザイン、イラスト、立体、映像作品などの制作もおこなう。著書に『SUPER FLASH GIRLS 超閃光ガールズ』がある。
  • twitter
  • facebook
  • line
  • hatena

性をカテゴライズすることの困難さ

性をカテゴライズすることの困難さ

友人と新宿でご飯を食べた帰り、偶然新宿二丁目に通りかかった。金曜日だったということもあって、もうすぐ終電とは思えない活気が通りにあふれていた。少し古い海外のポップソングが店から大音量で流れ、道まで溢れ出した客たちが体を揺らしながら歌っている。

どうしても行きたい。今を逃すわけにはいかない。そう思って私は半ば無理やり友人の袖を引っ張った。といっても、普通のオシャレなバーに入ることにすら躊躇する人間なので、なかなか店に入ることができない。

やはり、ゲイではない自分が好奇心本位で踏み込むのは失礼なのではないか。尻込みをしながら30分ほど同じところを回った後、友人が「行ったことがある店があるかも」と言ったので、勇気のない私は友人の背に隠れながらそこに行くことにした。

二丁目のお店たちはどこも小さく、ほとんどがカウンター席。マスターとの会話は避けられない。ビクビクしながら暖簾をくぐると、「アラ? どうぞ!ハー! 」とヒゲの生えたマスターが迎えてくれた。特徴的な笑い方だ。ガタイが良い。

店には先客の女性一人と男性の集団がいて、マスターと頬にキスをし合ったりして笑っている。私と友人は席を一つ開けて座り、弱っちくて甘いアルコールを頼んだ。はちゃめちゃに緊張する。

なんの話をしたらいいのか、どういう立場として振る舞えばいいのか、好奇心は隠すべきなのか……どうしようかとチビチビ酒を飲んでいたら、急にマスターがこちらをじっとみて「あんた可愛いわね! ハー!」と言った。面食らってしまった。

私は人に褒められるのがすごく苦手なのだ、特に容姿に関しては。いつも褒められると反射的に、「え、いや、まぁ……」みたいなクソ気まずく相手にも失礼な最悪の反応をしてしまう。そもそも自分の顔が好きでは無い上に、万一にでも自分の顔を可愛いと思っていると思われたく無い。

なので大抵、複雑な気持ちになってまともにお礼も言うことができない。だけどこの時、私は素直に嬉しかった。本当にそう思ってくれているんだ、有難いな、と素直に受け取ってしまったのだ。そんなこと初めてで、少し驚いた。

澄ました顔をして「いやいや、ありがとうございます」と返すことができた。まあ、直後に「なに真に受けてんのよ! 冗談よ! ハー! 」と言われましたけれど。なんなんだよ。素直損かよ。

笑いながら隣にいる男性の集団の話に耳を傾けてみると、どうやら彼らはストレートらしい。かと思えばマスターとキスをしている。なんだかもう「ストレート」という基準すらナンセンスに思える。そんな綺麗にカテゴリーにあてはめることなんてできないんじゃないか。私だって昔女友達のことがどうしようもなく好きだった。

「男に愛されなければならない女」ではなくなった瞬間

しばらくして、マスターがその中の一人の指を男性器に見立て、手淫の真似事をしはじめた。指使いがマジでめちゃめちゃ勉強になると思いながら凝視した。下ネタは世界共通である。こちらにも話が振られたので、大いに下品な発言をした。「あんたやるわね」と言われ、えへへと笑う。また奇妙な感覚。なんだか許されている感じがした。
 
普段、男女で会話する時「性役割プレッシャー」が空気中に存在している気がする。異性を意識しなければいけない、意識されることを避けられないという、何か無言の圧力のようなもの。

例えば、若い女の子は華やかで慎ましくあれ、という空気。男性からの褒め言葉に含まれている(可能性のある)下心、もしくは下心があるべきだという雰囲気。「男女」という型に無理やりあてがわれているような息苦しさがある。

慎ましやかな女と正反対の言動をしようものなら、場はなんとなくバランスを崩す。もしくは「お前は女ではない」というレッテルが貼られるのだ。女でいるためには、常に異性の模範的な性対象でなければいけないらしい。なんじゃそりゃ気持ち悪い。

ここにはそれがない。二丁目の小さなバーの中で、私は何一つ役割を押し付けられていなかった。服のダサいショートヘアーの女、それ以上でもそれ以下でもなく、私がどういう人間か、私自身が主張する前に決めつけるなんてことはなかったのだ。

例え私が性の話をしても、男性が私の手に触れても、含みがない。ほとんど人生で初めて、性別なんていうくだらないものから少し解放された気がした。私は「男に愛されなければならない女」ではなくなった。爽快。ここで言われる褒め言葉は、何のバイアスもなく、本当に私自身に向けられているんだと思えるのも、そういうことが原因だったのだと思う。

性別や国籍でその人のあり方を判断するのは、本当に気持ちの悪いレッテル貼りだ。私たちはレッテルで人を見ることに、見られることに慣れすぎていて忘れている。そんな数文字で表せるほどわかりやすくできていないだろうに。

自分にだって、もっと言葉にできない部分がある。言葉にできない部分、今までの自分の物差しでどうにも測れない部分を、「言い表せないから存在しない」と言い切ってしまう人が少なくないけれど、そんなことはないよね。定型に当てはまらない部分は完全に存在しているから、諦めよう。

また来ようと静かに誓いながら店を出る。終電の時間はもう過ぎていたけれど、街はまだ賑わっていた。ここは誰かのためだけの場所ではなくて、誰でもその人らしくいられる場所なのかな。

まあ、まだ一回しか足を踏み入れてない私が語るには早すぎるけれど、ここでは女でいなくてもいい。いつも「女らしさ」という言葉に苦しんで来た私には、なんだか初めて居場所をもらえるように思えた。また来たい。そしていつか、のど輪締めを教えてもらいたい。

女性として生きることへの救いを与えてくれる2冊

著者
西 加奈子
出版日
2015-11-06

アダルトビデオのモザイクがけが仕事の花しす。すぐに変わってしまう「今」を少しでも残そうと、レコーダーで色々な人を隠し録りするのが趣味。仕事や結婚、初潮や女性器。私達は逃れられない程「女」であるけれど、それは異性や、誰に決められたものでもない。生きるということを考える一冊。

著者
雨宮まみ
出版日
2016-06-27

Webでのお悩み相談連載“穴の底でお待ちしています”を書籍化した一冊。正論で割り切れないことばかりだから、皆悲しい歌を歌ったり、物語を書いたり、友達に愚痴を言ったりするのです。

そんな愚痴に一つ一つ、正論ではない、けれど正直な言葉で寄り添い、がんじがらめになってしまった自意識を丁寧にほどいてくれる。出会ったことも無い誰かの愚痴に救われる、優しい一冊です。

そして、初の漫画『ストレンジ・ファニー・ラブ』が祥伝社より発売中。 想いが詰まっているのでぜひ読んでみてください!

試し読みはこちら! http://shodensha.tameshiyo.me/9784396791148
予約はこちら!! https://www.amazon.co.jp/dp/4396791143