「カイジ」「アカギ」など、数々のギャンブル漫画を世に生み出した福本伸行が描いた『天-天和通りの快男児』。福本はこの作品で人情作家から新たな境地を開拓します。その片鱗を『天-天和通りの快男児』で感じてみましょう。
『天-天和通りの快男児』は「麻雀」を通じた勝負漫画として描かれています。その認識で相違ありませんし、作者である福本伸行は今や「カイジ」や「アカギ」といった作品でギャンブル漫画と緻密な心理描写を軸に描く漫画家です。
しかし、『天-天和通りの快男児』以前のデビュー作である『よろしく純情大将』や初めて単行本が発売された『ワニの初恋』といった作品は「カイジ」などのような雰囲気の作品ではありませんでした。本作も麻雀を題材にしてはいるものの、元は人情作品として描かれる予定だったのです。
- 著者
- 福本 伸行
- 出版日
その影響を受けているのが序盤の1~3巻。内容については詳しくは後述しますが、序盤では麻雀を通じた人と人の出会いが描かれます。それを試行錯誤しながら、心理戦を軸に描いた勝負漫画へとシフトしていったのです。
本作は作者が今の細かな心理描写を描くようになった原点ともいえます。本作から一転、作者は以前までのスタイルから脱皮したのです。従って、本作は作者の脱皮の片鱗を垣間見れる作品といえるでしょう。
もちろん、本作の魅力は勝負の肝である心理戦。さらに、もとの人情作品からも脱線せずに人情味溢れる多くのキャラクターが登場します。彼らが発する言葉からは重みを感じることでしょう。
上記2点の魅力に注目しながら『天-天和通りの快男児』をご紹介していきます。
- 著者
- 福本 伸行
- 出版日
雀荘で素人相手に荒稼ぎをしていたひろゆきは、天(てん)と呼ばれる麻雀を請け負い業とする男と出会います。二人は麻雀にて激突、以来付き合いを続けていたのでした。
天やヤクザの沢田といった人たちとの出会いで、ひろゆきは代打ちの道を歩みだします。しかし、裏社会で生き延びるための才能と残虐さをひろゆきは持ち合わせていませんでした。自身の麻雀が「理論」のみを武器にした薄い麻雀であることを感じたひろゆきは代打ちから足を洗い、自分は表社会で生きることを決意します。
そして2年後、大学に進学し表社会で学生として生きているひろゆきでしたが、心の奥ではひりついた麻雀勝負を求めていたのです。そんな時に知り合いの麻雀仲間から近々「東」と「西」の裏プロたちが雌雄を決する「東西戦」が行われることを耳にします。
東の大将が天であることを聞いたひろゆきは再び裏の世界に身を投じることを決意したのでした。
本作は主人公「天貴史」ともう一人の主人公「井川ひろゆき」との雀荘での出会いから始まります。ひろゆきが表の打ち手であるのに対し、天は裏の打ち手。そのことをひろゆきは承知して二人は勝負しました。
ひろゆきが有利に勝負が進んで迎えたオーラス、32000点の差があった状況が天のイカサマで一発逆転されてしまったのです。ずっとイカサマを警戒していたひろゆきでしたが、天のイカサマを封じることはできませんでした。
この勝負を機に、二人は親睦を深めます。そして、この二人や隣人との触れ合いが描かれるなか、ひろゆきは裏の世界へ代打ちとして足を踏み入れていきます。ひろゆきの実力に目をつけたヤクザがスカウトしてきたのです。
レベルの高い勝負を求めていたひろゆきはヤクザの誘いに応じます。代打ちとしての初仕事、なんと相手が天だったのです。しかし、これは仕組まれた勝負で、裏の世界に身を投じる覚悟がひろゆきにあるのか試す勝負なのでした。こうして二人は再び激突します。
- 著者
- 福本 伸行
- 出版日
序盤でも麻雀については描かれますが、麻雀が軸というよりは麻雀によって出会った天とひろゆき、そして彼らの周りの環境を温かい話を交えて描かれている、といったほうが正しいでしょう。福本伸行はそのように人情漫画として描く予定のようでした。
しかし、序盤にて試行錯誤の予兆が見て取れます。緻密な心理戦、とまではいきませんが麻雀の「理」については細かく説明されているのです。その理を具現化しているのが主人公の一人であるひろゆき。一見冷静で機械のような麻雀を打つひろゆきですが、自分の容量を超える事態には弱い少年です。
一方、もう一人の主人公の天は、一見能天気のお気楽な男に見えますが、その実勝負事には冷静かつ絶対に諦めない姿勢をみせます。このように対照的に描かれる主人公二人がはたしてどのような展開を織りなすのでしょうか。
この序盤は新たな境地を開拓しようとする福本伸行の試行錯誤を感じながらお楽しみください。
天との出会いから2年、ひろゆきは表の世界で普通の大学生として生きていました。裏の世界からは離れていたものの、心の奥では身を焦がすような勝負を望んでいたのでした。
そんなひろゆきが知り合いから東西の裏プロたちが戦い合う「東西戦」なる決戦が開幕されることを聞きます。さらに、東の大将が天だと聞いたひろゆきは東西戦に志願しました。
ひろゆきに表の世界で生きるように言ったのは天。ヤクザの代理戦争ともいえる今回の勝負に首を突っ込むのは危険だという理由で天はひろゆきの志願を断ったのでした。
しかし、今回のひろゆきはそれで諦めることはなく、熱意と執念で代表の座を手にします。
- 著者
- 福本 伸行
- 出版日
東と西の面々は錚錚たる顔ぶれ。中でも注目が東の天と赤木、西の原田と僧我です。
天は人情に厚い男で、麻雀においてもかなりの実力を持ちます。さらにその実力に優る絶対に諦めない心を持ち合わせるのです。そして、赤木は誰もが認める天才博徒。かつて才能のみで裏の王として君臨し、数々の伝説を持ちます。
そして、西の原田は「赤木の再来」と恐れられる現役最強の打ち手です。殺気をむき出しにした麻雀は日本刀に例えらる鋭さを秘めています。そして、僧我は赤木の名が広まる前までは裏世界最強と呼ばれた怪物でした。
この4人にひろゆきを加えた5人を中心に東西戦は描かれます。「ビケ殺し」という下位脱落の麻雀、「トップ取り」という上位を狙う麻雀、「満貫縛り勝負」、「クリア麻雀」という特定の役を2つあがらなければならない麻雀、そして「二人麻雀」という特殊な麻雀で東西の優劣を決めていきます。
この中盤から福本伸行の才能が開花。特殊なルールを麻雀に設けることで、麻雀の勝負よりも心理戦の比重を上げることができたのです。敵はもちろんのこと、自分が生き残るために味方まで騙す心理戦は手に汗握る展開を見せてくれます。
さらに、すでに福本らしさという雰囲気が出来上がっており、緻密な心理描写が描かれています。これは読者を緊迫の世界観に引き込めるだけの技量をすでに有していました。
『天-天和通りの快男児』にて新たな境地を開拓した福本、彼の原点ともいうべき本作の中盤は心理戦に注目しながら読み進めましょう。
『アカギ~闇に降り立った天才~』の主人公である赤木しげるは、『天-天和通りの快男児』の赤木しげると同一人物です。赤木の少年~青年時代の戦いを描いたスピンオフ作品が「アカギ」となります。
- 著者
- 福本 伸行
- 出版日
さて、スピンオフにもなることから赤木はかなりの人気を得ていることがわかります。その人気は天、ひろゆきという二人の主人公を食いかねない勢いです。そして、人気だけではなく作中でも二人の主人公に負けない、むしろ優る活躍を見せつけてくれます。
なぜこんな人気なのかと言うと、「華」があるからでしょう。麻雀である以上地味な技が多いなか、赤木の技はとにかく派手です。さらにただ派手なだけではなく、理に適っているところが彼の凄まじい点なのでしょう。
そして、なにより赤木が放つ闇の雰囲気、これが読者を惹きつけてしまいます。独自の感性や死生観を持つ彼にどこか恐怖を抱きながらも憧れてしまうのです。「神域の男」「鬼神」「百年に一人の天才」と呼ばれる彼ですが、言葉などでは表せない闇の深さと実力を秘めています。
しかし、常人には理解できない言動や理論も多く、普通の理と彼の理がずれていることを感じることもしばしばあります。そのずれたことを平気でやることができるのが赤木の凄いところであり恐ろしいところです。
このような「赤木しげる」という素晴らしいキャラクターを生み出したことは福本伸行の功績の一つともいえるでしょう。もちろん、赤木のみならず天やひろゆき、その他のキャラもいい味をだしているので彼らにも注目してください。
魅力のひとつである名言。こちらのいくつかを紹介していきます。
「圧力に屈した者に勝ちの目はもうねえんだよ……」(『 天―天和通りの快男児』2巻より引用)
天と室田は互角の勝負を繰り広げていました。しかし、天の策略によって室田は絶対的な自信をもっていた読みに迷いを抱いたのです。迷いの末に自分の読みと心中できなかった室田に天はこの言葉を告げたのでした。
「手段を選ばず勝つ……!」(『 天―天和通りの快男児』7巻より引用)
東西戦にて、ひろゆきが味方を騙してまで勝ちを取りに行きます。これは理論ばかりに頼っていたひろゆきの成長ととらえることができるでしょう。
- 著者
- 福本 伸行
- 出版日
「天才は初太刀で殺す、これが鉄則……!」(『 天―天和通りの快男児』8巻より引用)
原田は銀次のガン牌トリックを見破ります。その対抗策をもっとも効果的な場面で使い、一撃を銀次を沈めたのでした。
「冷たいやつってのはいつだって傍観者だ」(『 天―天和通りの快男児』16巻より引用)
赤木の望みを聞いてやった金光はその行いを冷たい行動だと後悔します。しかし、赤木は金光に対して礼を言ったのでした。
ここまでの紹介にとどめますが、終盤の16巻以降は心に響く言葉が次々と出てきます。それらの質の高さには感嘆することでしょう。その終盤について次のセクションで詳しく説明します。
東西戦から9年、裏の世界から身を引いてサラリーマンとして暮らしていたひろゆきは、ある日たまたま新聞の訃報欄に赤木しげるの名を見つけます。驚きと困惑のなか赤木の葬式、通夜と参列したひろゆきでしたが、実は赤木はまだ生きていたのです。
なぜこんなことをしているのかと赤木に問うと、衝撃の事実が告げられます。アルツハイマーにかかった赤木が、「赤木しげる」であるうちに死ねるように安楽死によって逝くことを決意したのです。
そのことを聞いた東西戦の者らは敵味方問わず、赤木の元へと訪れます。引き留める者、見届ける者、対話を経て赤木は、そして残される者たちは何を感じるのでしょうか。
- 著者
- 福本 伸行
- 出版日
物語の最後は死生観について語られます。人はいずれ死ぬ生き物、ならばその最後を自分で決断したい。赤木はそのように考えます。そして、赤木しげるであることを忘れる前に、赤木しげるとして死ぬことを選択しました。
この選択は認められない者が多く、たいていの者らが赤木の行動を止めにきます。赤木を一方的にライバル視していた僧我すらも赤木を止めようとするのです。このことから赤木が多大なる影響力を持った人物であることがわかります。それほど、失うには惜しい男なのです。
東西戦の者たち全員の会話を経て、赤木は安らかに眠りにつきます。本当に悔いのない、安心しきった顔を見ると、この赤木の選択は間違っていいのかもしれないと思わされます。そして、自らの希望通り、誰の心の中でも赤木しげるとして生き続けるでしょう。
安楽死についてはおいそれと意見できるものではありません。しかし、本作にて深く考えさせられることでしょう。その時、何を想い何を感じるかはあなたの自由です。
このような議題を投げかけられる機会を無駄にせず、一度深く考えてみてはいかがでしょうか。答えを出す必要はありません。考えることにこそ意味があるのです。
『天-天和通りの快男児』の名言を紹介した<『天-天和通りの快男児』の名言を全巻ネタバレ紹介!ドラマ化漫画が無料!>の記事もおすすめです。
麻雀、心理戦、赤木の最後と数々の見どころがある『天-天和通りの快男児』。福本伸行の現在のスタイルの原点ともなった本作をぜひお楽しみください。