これまでの作風だったギャグ漫画の世界観から一変、ギャグ要素無しのシリアス漫画として臨んだ、古谷実渾身の力作『ヒミズ』。同作品は、2012年に染谷将太と二階堂ふみのW主演で実写映画化もされ、話題になりました。新たな古谷漫画の魅力をどうぞ知ってください!
作者の古谷実はこれまで『行け!稲中卓球部』などのギャグ漫画を中心に描いてきました。しかし本作以降、作風を一気にシリアス路線へ移行させ、読者を驚かせています。
『ヒミズ』は不道徳がはびこった漫画です。主人公の住田祐一(すみだゆういち)は中学3年生にして「殺人」という罪を背負い、普通の世界からかけ離れてしまいます。己の歪んだ人生を肯定するために彼は一つのルールを設け、それに従い、何とか自分の人生に意味を与えようともがくのです。
ギャグ漫画を手掛けてきた作者だからこそ描ける不道徳の世界。それは「笑いと不道徳の根源は、実は繋がっている」という事を確かに気付かせてくれるものです。
ぜひ、古谷作品を読んで、その幅広い世界観を堪能してください!
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古谷実と聞いてあなたが思い浮かべる作品はなんでしょうか。『行け!稲中卓球部』?それとも『ヒミズ』?両者はまったく正反対の漫画ですが、どちらも古谷作品。今回は作品間のギャップが激しい古谷実作品のベスト6をご紹介します。
中学3年生の住田は特別である事を忌み嫌い、普通である事を最優先する少し変わった少年です。そんな彼なりの平凡な生活は、衝動で父親を自らの手で殺すという、普通でない体験によって一変してしまいます。
「人殺し」という特別な存在となった彼は、自らの人生を残り1年と決め、余った時間は街に生きる「悪い奴ら」を探して殺すために費やそうとします。不条理から日常を奪われてしまった中学生の絶望と葛藤、そしてリアルを描き切った漫画です。
第1巻で描かれるのは、住田と友人たちの日常です。
特別である事を何よりも嫌う捻くれ者の住田は、「特別な才能」などに期待して夢を追いかける人を見下していました。そんな彼の持論は「クズはゴミ。他人に迷惑をかけるな」という、かなり極端なもの。しかしそれ以外は何の変哲もない中学生です。
貸しボート屋を営んでいる家は極貧といっても過言では無い状況でしたが、それでも母親とは喧嘩も無く、平穏に暮らしていました。
- 著者
- 古谷 実
- 出版日
- 2001-07-13
住田は、学校では以前から仲のよい夜野正造(よるのしょうぞう)と、「漫画家になる」という夢をも持つ赤田健一(あかだけんいち)とともに過ごしていました。「特別嫌い」の住田は、赤田に対しては夢を見る事への愚かさを罵るなどしますが、友達として静かな日常を送っています。
そんな住田の悩みは、視界の片隅で自分をじっと見つめる妖怪の存在です。一つ目の奇妙な妖怪は、彼以外の人物の目には映りません。最後まで住田の行動を監視しすることとなるこの妖怪は、物語の大きな鍵となります。
たとえ貧乏であっても、親がいて友達がいる平凡な生活を続けていた住田。しかしそんな日常も、ある日を境に大きく変わります。母親が以前から愛人関係にあった男性と、家を出て行ってしまうのです。
母親に出て行かれてしまった住田を夜野は気遣いますが、当の本人は「学校に行けなくなった、という項目が日常に増えただけ」と認識し、特に気にする様子も見せないのでした。
これまでギャグマンガを中心に描いてきた古谷実の作品は、個性際立つキャラクターと、彼らの表情の崩し方、テンポのよい会話、唐突なストーリー展開などが大きな魅力として知られています。そんな作者の持ち味が第1巻には滲み出ているため、前作までと同じ古谷作品として楽しむことができるでしょう。
しかし物語は、第2巻以降に急激に変化していくのです。
母親がいなくなっても、何とか普通の日常を保とうとした住田。しかし、中学生が1人で生きていくだなんて並大抵のことではありません。学校にも行かずに働きながら、必死に食いつないでいきます。その様子を知った同級生の茶沢景子(ちゃざわけいこ)は、以前から住田に好意を寄せていたこともあり、心配した夜野とともに彼の家を頻繁に訪れるようになりました。
ある日住田が夜野とともに家に帰って来ると、突然ヤクザが押しかけてきます。彼らは、蒸発した住田の父親が作った600万円の借金を返してもらいに来たと言うのです。600万円だなんて大金を持っているわけもない住田は、ヤクザたちから激しく暴行を受けました。
夜野はそんな住田を助けたいという思いから、夜の街でスリ行為をはじめます。そんな折り、偶然スリの常習犯である飯島テル彦(いいじまテルひこ)に見つかってしまい、彼の子分に下りました。そんな飯島は夜野に「2千万円の強奪をしないか」と持ち掛け、成功すれば現金は山分けするという条件から、夜野はその誘いに乗ります。成功すれば、住田を助けられると思ったのです。
こうして、住田を取り巻く人物たちの日常は崩れていきます。
- 著者
- 古谷 実
- 出版日
- 2001-12-26
盗みに入った飯島と夜野は、現金だけを盗む計画だったところを家主に見つかってしまい、とっさに家主を殺害してしまいます。2人は家主を山中に埋め、手に入れた2千万円は約束通り山分けしました。夜野は人殺しに加担してしまった事に猛烈な恐怖を感じながらも、住田の借金を1人で返しに行きます。
一方住田はたび重なる不幸から、しだいに日常が壊れていく事への怒りが爆発しそうになりますが、その感情をどこへぶつけたらよいのかもか分からないまま苦しんでいました。そんな時、失踪していた彼の父親が姿を現したのです。
母親が出て行った事を告げても、大した関心も示さずに帰ろうとした父親の姿を目にし、住田の感情は限界を迎えます。コンクリートブロックを持って父親の背後に近づくと、そのまま殴り殺してしまうのでした。
人を殺すという凄まじい経験が彼から「普通」を奪い、「特別」を与えます。どんなに日常が変化しても「平凡」な生活を保とうとした住田は逞しいとも言えました。しかし彼の身に降りかかった不幸は、到底中学生の少年が抱え切れるようなものではなかったのです。これまでの、まるで自分を誤魔化しているかのように戦っていた彼の姿は、言葉にしがたい切なさを感じさせるでしょう。
しかし、第2巻から突如として始まるシリアスな展開は、はやく続きを読みたくなるようなスリルの連続で、読者を一気に物語へと引き込みます。
人を殺してしまったことで、自身が当初否定していた「他人に迷惑をかける最低のクズ人間」に墜ちてしまった住田。彼はその翌日からの自分の生活を「オマケ人生」と称し、少しでも社会に役立つ人間になろうと決意します。
オマケ人生の期限は1年間。この間彼は、悪い人間たちを見つけて殺害することで、社会の役に立とうとするのです。
- 著者
- 古谷 実
- 出版日
- 2002-04-30
3巻以降ではさらに内容はシリアスになっていき、展開も、より複雑となっていきます。
住田は毎日包丁を入れた紙袋を持って、偶然見つけた人間をクズかどうか査定し、クズであれば殺す好機をうかがいます。しかし現実的にはうまくいきません。悪い人間だと断定し、いざ襲おうとしても、警察に邪魔されてしまいます。さらに現場で住田を目撃した被害者の申し出により、彼が警察に疑われ始めてしまうのです。
そんななか、茶沢だけはずっと住田の事を不安視し、気遣い続けました。彼女は住田の留守中に目にした痕跡から、住田が人を殺したのではないかと疑い始めます。
一方住田は殺害対象を探して街を徘徊し続け、腕には入れ墨を入れます。この入れ墨が、社会と大きくかけ離れてしまった住田の存在を強調させました。いまさら感情も無く、「社会の役に立つため」に生き続ける日々。その期限は刻一刻と迫っていきます。
そんな住田の脳裏には、4つの選択肢が浮かんでいました。「自殺」、「自首」、「残りの1年間で幸運を探す」、そして「今から頑張れば人生を取り戻せるかも知れない」というものです。
悪い人間を殺して自分も死ぬ、それが「オマケ人生」の当初の意義でした。しかし殺人に失敗してしまうたびに「人を殺さずに済んで良かった」と思ってしまう住田のやりきれない様子を見事に描き表したシーンが、3巻の見どころです。
経験しないことの方が圧倒的に多いはずの極限状態で葛藤する住田の様子が、生々しいほどリアルに描き出されていて、読者に「もし自分だったらどうするだろう」と考えさせます。
もしかすると、このまま住田は更生し、人生をやり直せるのではないか?と期待したくなりますが、ここでまたしても、一つ目の妖怪が現れます。妖怪はまるで、彼の結末を知っているかのようにあざ笑うのでした。
夜の街で、偶然出会ったヤクザの金子(かねこ)に車で送って貰った住田。別れ際、金子から拳銃を一丁渡されます。「好きなように使え」と言われましたが、彼は家の前の洗濯機の中にその銃を放り込みました。
住田のあてどない悪い人間探しは続きます。しかしどれだけ探しても、悪い人間は見当たりません。
目をつけた一人の中年男性の後をつけていくと、男性は神社の境内で首を括り、自殺を図っている最中でした。住田は男性に近づき、「こんな場所で自殺をして人に迷惑をかけるな」と諭します。
このように住田の目には、悪い人間どころか、人生に弱り切った人たちばかりが映るようになっていました。
- 著者
- 古谷 実
- 出版日
- 2002-07-03
中学卒業式の日。茶沢は卒業証書を住田の家に持って住田の家に訪れました。そしてその日、彼は初めて彼女に自分の罪を告白します。すでに彼の殺人に気付いていた彼女は自首を勧めますが、住田は応じません。
しかししだいに希薄になっていく「オマケ人生」の意味を前に、彼も茶沢の進言を無視出来ないようになっていくのでした。
そしてとうとう疲れ果てたある日、茶沢が警察に連絡を入れた事をきっかけに、住田は翌日出頭をすると警察官に約束をします。その夜茶沢は住田に「出所後に直ぐに結婚しよう」と持ち掛けます。「幸せな将来を想像してみて」という茶沢の言葉を聞きながら住田は目を閉じ、眠りにつきました。
しかしその夜、一発の銃声によって目を覚ました茶沢が外に出ると、死体となった住田が倒れていたのです。
元々住田は、「他人に迷惑をかける、特別であると思い込んでいる無能は死ぬべき」という持論を持っていました。結果的に殺人を犯し、「オマケ」と称して社会の役に立とうという「特別な存在」にもなろうとしてしまった彼は、持論上、どうしても死ななければならなかったのかもしれません。
しかし、住田の周りには救いの手がいくつもあったはずでした。彼のために借金を返そうとした夜野に、彼を思い続けた茶沢。それに気づいていたのか、気づいていなかったのか、「自殺」という結末を選んでしまった彼が最期に何を思っていたのかを、読後も考えさせられるような演出です。
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『ヒミズ』は作者が宣言したとおり、完全な不道徳がはびこっています。しかしギャグ漫画家が路線を一気に変更してまで描こうとした内容には、大きな意味が隠されているのです。
何ともやり切れないラストですが、生きる事、生きる上での不条理、不道徳、不平等を考えるうえで、一度は読むべき漫画と言えます。