5分で分かるホロコースト。大量虐殺の原因と真実に迫る!関連本も紹介

更新:2021.8.2

第二次世界大戦のナチスによるホロコーストは、人類史上もっとも大規模な虐殺でした。これにより、ヨーロッパのユダヤ人600万人が犠牲になったといわれています。今回は、歴史的背景や虐殺がおこなわれた原因をわかりやすく解説し、ホロコーストに関連するおすすめの本を6冊紹介します。

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ホロコーストとは?もともとの意味はユダヤ教の儀式

ホロコーストとは、ナチスドイツがおこなったユダヤ人の大量虐殺のことです。

羊や山羊などの丸焼きなどを供するユダヤ教の儀式に「燔祭」というものがあり、元々はその儀式を意味するギリシア語でした。時代がたつにつれ、火災による大規模な破壊や虐殺、全滅を意味するようになります。

ナチスによるユダヤ人の迫害は、政権をとった1933年1月以降ホロコーストに至るまで、4段階の過程を経てエスカレートしていきました。

第1段階(1933~1935年)ではユダヤ人をボイコットするための規則を法制化、次の第2段階(1935~1938年)の間にユダヤ人から人権を奪い非合法化、さらに第3段階(1938~1941年)になるとドイツから隔離し収容、最終的には第4段階(1941~1945年)として収容者の虐殺という道をたどりました。

【第1段階】

ナチスの実力部隊によるユダヤ人の経営する店舗の営業を妨害がはじまり、ユダヤ人が競技場やレストランなどへ立ち入ることを禁止します。

【第2段階】

1935年にナチスによって2つの法律からなるニュルンベルク法が制定され、そのうちの「帝国市民法」によりユダヤ人の公民権が無効にされました。また「ドイツ人の血と名誉を守るための法律」では、ドイツ人がユダヤ人と結婚することを禁じています。

この頃からナチスの実力行使が始まり、ユダヤ人は財産や、命を脅かされます。公立学校からユダヤ人の子供は追放されました。

【第3段階】

1938年には、「クリスタルナハト(水晶の夜)」といわれる事件でドイツ各地のユダヤ人の住宅や商店、教会が襲われ、放火されます。ユダヤ人が強制的に収容所に送られる地域もありました。

【第4段階】

1941年、独ソ戦(ドイツ=ソビエト連邦戦争)の開始と時を同じくして第4段階が始まります。「移動虐殺部隊」がつくられ、ドイツ軍が進出したところ、特にポーランド、リトアニア、ウクライナなどでユダヤ人やロマ人や共産主義者(ソビエト連邦兵士)などを虐殺していきます。

そして1942年1月、「最終的解決」として物理的な絶滅が決定され、「絶滅収容所」が建設されることになりました。

ナチス勢力下の各地から列車により輸送されたユダヤ人の7〜8割は、収容所に到着するとすぐに毒ガス室に送られ、殺されたといいます。それを逃れたとしても、劣悪な生活環境の下で強制労働が課せられ、多くの人が飢餓と病気で亡くなりました。このようにして1945年までに約600万人が犠牲になったといわれています。

 

ホロコーストが起こった理由。「最終解決」に至るまで。

 

一般的にはナチスのユダヤ人に対する憎悪が原因と考えられていますが、最近の研究では、それまでの歴史的経緯や、ナチス内部での迷走など、複数の要素が複雑に絡み合った結果だったとする意見が優勢です。

ホロコーストの背景には、まずヨーロッパ社会が伝統的にユダヤ人を嫌悪していたことがあります。ヒトラー個人やナチスに限らず、ヨーロッパ全体に反ユダヤ主義が根付いていました。ナチスはそれを利用して、政治権力を獲得したのでした。

しかしナチスも当初から物理的な抹殺を考えていたわけではありません。ユダヤ人政策については、ナチスの対外戦争の計画が優先されたこともあり、「最終解決」までにはかなりの迷走がありました。「最終解決」とは、収容しているユダヤ人たちを効率的に大量虐殺することを意味し、具体的には絶滅収容所を建設し、行政が一体となってホロコーストを進めたのです。

ナチスは当初、ドイツからユダヤ人を追放し、国内から一掃することを想定していました。当時のドイツ国内のユダヤ人の数は約56万人でしたが、彼らのすべてを国外に移送したいと考えていたのです。フランスを占領すると、フランス領であったマダガスカル島に移送するという計画もありました。

しかしドイツの占領地帯が拡大すると、ユダヤ人の数も増えていきます。ポーランド地域には200万人のユダヤ人が暮らしていたのです。ソ連の東部を手中に収めた後は、ドイツとポーランドに住むすべてのユダヤ人をそこに移住させる目論見でしたが、すでにそこにはユダヤ人が300万人も存在していました。

移住計画はとん挫し、対ソ戦が膠着してくると、ソ連の占領地のユダヤ人の大量射殺が起こりはじめました。結果的には50万人以上を殺害したといわれています。

この殺戮が常態化すると、ポーランド領内のユダヤ人を同じように大量虐殺し、一挙にユダヤ人問題を処理しようとナチスは考えるようになりました。その後、効率的におこなうため、ユダヤ人の移送方法、収容所のガス室による殺戮方法などが準備され、大量虐殺に至ったのです。

ホロコーストは組織的な分業体制により、国家が運営したことが近年の研究で明らかになりました。

 

ユダヤ人の犠牲者数

ホロコーストによるユダヤ人の犠牲者はどれくらいだったのでしょう?

ナチス指導者はこの犯罪の痕跡を消そうとしたため、彼らが記録していた文書は残っていません。そのため今日に至るまでの間、消去されずに残っていた断片的な資料を収集することによって多角的に検証されてきています。

この研究によると、最大で600万人を超えるいう試算結果がでました。この数はヨーロッパ全体のユダヤ人の数を、戦前と戦後で比較した際の減少数にも合致しています。これらの検証から600万人と推定する説がもっとも有力です。

ホロコーストの真実とは

 

現在に至っても、ホロコーストについてすべてが解明されているわけではありません。ヒトラーの個人的な憎悪が原因のひとつであることに疑問の余地はありませんが、ナチスとしての反ユダヤ主義、さらにはドイツ国民全体のユダヤ人への差別意識がどのように結合し、ユダヤ人の絶滅政策を国家としておこなうようになったかについては研究者の間でも意見が分かれ、どれが真実であるかははっきりしていません。

ホロコーストを推進したのは誰かということについては論争が今でも続いています。大きく分けると「意図派」と「機能派」の対立ですが、それぞれのグループのなかでさらに見解が分かれており、大変複雑です。意図派の主張は、ヒトラーのユダヤ人への憎悪が主たる原因であったとしますが、機能派はナチスの行政組織の内部的な混乱や対立が大量虐殺の主な原因であったという見解をしています。

他にも包括的な大量虐殺を最終解決と決定した時期がいつなのかについては、現存する資料では特定することができていません。ヒトラーはユダヤ人政策については例外的に、口頭で直接命令することが多く、それも方針だけ伝えて、実行については部下に任せていたことが特定を難しくしています。

またどのようにして大量虐殺が実行されていたのかという点についても、新たな研究領域とされています。官僚機構が絶滅機構となり、それ自体が自律的に動き続けるマシーンとなってしまったことは、ドイツ社会の歴史的な研究にも大きな意味を持つと考えられはじめました。

第二次世界大戦後にドイツそのものは東西に分割されたこと、大量虐殺がドイツの本土ではなくドイツの占領地でおこなわれ、その地が共産主義陣営のとなったこと、さらにはドイツの歴史家たちがホロコーストに関心を持たなかったことなど、さまざまな理由から真実の解明は遅れているのです。

 

ホロコーストの否定派も存在する

真実を明らかにするのが難しいという現状のなかで、ホロコーストの一部、もしくはすべてが無かったと否定する者もいるのです。この「ホロコースト否定論者」たちは主に犠牲者数を数十万人に訂正したり、その計画性を否定したりしています。

ただこれらの主張は、反ユダヤ主義的思想に基づいているものだとされるとともに、ヘイトスピーチと認識され、ドイツなどでは違法行為とされています。

時系列で読むホロコーストの概要書

本書はホロコーストの歴史を整理し、重要なポイントに絞って解説しているので、概要を知るには最適といえます。

ヒトラーがナチスの首脳にユダヤ人をアウシュヴィッツで抹殺するように命令した、というような一般的に語られている直線的で単純な構造ではなかったことが分かるでしょう。

著者
芝 健介
出版日
2008-04-01

本書では、初期の段階ではユダヤ人の追放であったのが、隔離することになり、それが最終解決という虐殺に発展していく過程が、時系列で解説されています。強力な指導者が計画し、実行部隊が初めから虐殺していた、ということではなく、細分化された組織機構のなかで、二転三転しながら最終解決として大量虐殺に至ったのでした。

ホロコーストは、ユダヤ人を集めて収容所に送る部署、その収容所を建設する部署、大量虐殺をより効率的におこなう方法を研究する部署など、それぞれが縦割りになっておこなわれていた組織犯罪でした。

そのため、ドイツ国民はこの事実を検証することを長らく放置し、ヒトラーとナチスの犯罪として切り離していたことも本書は指摘しています。国家として戦争犯罪を清算する難しさはドイツが例外なのではなく、我が国と通底しており、興味深い内容といえるでしょう。戦後史を考えるうえでも、大変参考になる一冊です。

ユダヤ人医師が記すホロコーストの体験談

本書は精神科の医師であった著者が記した、自らが体験した収容所の過酷な生活の記録です。極限の状態であったからこそ見えてしまう人間の本性が、精神科の医師という視点で描写されています。目の前の悲惨な光景があっても、冷静に人間を観察し、その心理を分析していることは特筆すべき点です。

著者は善と悪、被害者と加害者の二元論に陥ることなく、人間が置かれた状況によってどのように変化するのかということを淡々と書いています。というのも、ナチスの悪についてよりも、ユダヤ人同士の争いや、収容されたユダヤ人の中から選定され、同じユダヤ人を管理する立場となった監督役の囚人の横暴さについての記述が目立つのです。

著者
ヴィクトール・E・フランクル
出版日
2002-11-06

「いい人は帰ってこなかった」と著者は総括します。神の奇跡でもなく、偶然でもなく、生き残った人々は「生存競争のなかで良心を失い、暴力も仲間から物を盗むことも平気になってしまっていた」というのです。

隣人に対する愛、同胞との連帯、宗教による救済など日ごろ尊いとされていることがすべて忘れ去られ、生存のみが目的となってしまったような環境で生きる多くの人々。「人間の幸福とは何なのだろうか」ということを考えずにはいられなくなります。

死を常に意識し、自分の運命に絶望するほかないような状況でも、最後まで「人間とは何か」を考え続けることをやめなかった著者の体験は、生きるために大切なことを数多く示唆しています。悲惨な歴史を通して、人間の本当の豊かさ、幸福とは何かを考えるきっかけを与えてくれるでしょう。
 

ホロコーストの本当の原因は

ヒトラーがナチスの政治思想をまとめた『我が闘争』において、「東方生存圏(レーベンスラウム)」の獲得と「スラブ民族の奴隷化」がドイツの繁栄に欠かせないとしていました。これは、モスクワ、ウクライナ、クリミア、コーカサスの広い範囲を植民地化し、ドイツ人の入植者と食料生産地にする構想であったといわれています。
 

著者
["ティモシー・スナイダー", "Timothy Snyder"]
出版日
2016-07-16

ソ連に侵攻したドイツ軍は、独ソ戦の開始から2ヶ月でウクライナを占領しました。ソ連の統治組織が崩壊した後に、ドイツの支配体制が整備されるまで、ウクライナ一帯は国家のない状態でした。このことがこの地域でのホロコーストの原因になったと著者は指摘しています。被害にあったユダヤ人のほとんどは、戦争によりドイツが占領した地域で殺されており、加害者側の半分はナチスドイツではなかったのです。

著者は、ホロコーストはヒトラーという狂人によるものではなく、飢えや貧困の恐怖と国家が解体されるという異常な状況下において起こった生命の破壊だったと分析しています。また、戦争により異常な秩序が構築された当時の状況を理解すれば、大量虐殺に至った原因は理解できると主張しています。

さらに本書を読み進めると、多角的に被害の実態が検証されており、これまでの常識が覆されるでしょう。

ホロコーストがユダヤ人絶滅を目的としていたことは例外的ですが、それ以降もくり返される大量虐殺や民族浄化にも共通している点は、国家の弱体化または国家が内戦状態であることです。

上記の点を意識する必要があることを、著者は私たちに教えてくれています。

現在の国際社会において、貧困の問題と国家の弱体が起こっている国や地域はどこでしょうか。惨劇をくり返さないようにするために、私たちは何をすればよいのか、人道的な視点から国際社会を見直すきっかけとなる一冊です。

レジスタンスの証言

ポーランドがドイツとソ連によって占領され、解体された時期に、ポーランドの地下組織の一員となり、抵抗運動を続けた外交官の証言である本書。彼は2度にわたり、ワルシャワ市内のゲットーに潜入した後、収容所にも潜り込み、ユダヤ人の迫害の実態を調査しました。

その後、彼は連合国へ脱出し、ロンドンではイギリス外相に、ワシントンではアメリカ大統領に直接説明しましたが、すぐにユダヤ人たちを救うことはできなかったのです。

当時、英米はドイツとの全面衝突を避けるという理由で、ポーランド情勢について静観の姿勢をとっていました。実際に救出されるまでには大量のユダヤ人が殺され、生き残って収容所をでることのできた人はほんのわずか。このことを著者は人類の「第2の原罪」であると考えています。

著者
ヤン・カルスキ
出版日
2012-08-23

実体験の記録がもつ圧倒的な臨場感と、独特の軽やかな筆致により、著者の強烈な生命力と不屈の闘志が再現され、読む側を圧倒するパワーに満ちています。そして周囲の力なき抵抗者たちへのまなざしも印象的です。戦場で見た、自己犠牲をもって祖国のために働く女性を著者は讃えました。

生き残った者が死んでいった者たちを慈しみ弔う思いにあふれていて、当時の人々の息遣いや空気感までもが伝わってくる内容です。この証言から学ぶことは多く、風化させないようにすることが必要だと教えてくれる点で、一読をおすすめします。

ホロコーストを生き残った少女が負った深い心の傷

本書では、少女時代にホロコーストで生き残った女性の体験が綴られています。収容所内でおこなわれていた人体実験や、子供がむごたらしく殺される様子など、語るのが苦しくとも残しておかなければいけないという強い意志が感じられる本です。

妹と双子に間違えらえたことにより、実験用に選別され、殺されずに済んだという主人公は、アウシュヴィッツから生きて解放されました。必死に考えて機転を利かし、ユダヤ教を捨てキリスト教に改宗するなどして、奇跡的に戦後に家族と再び巡り合うことができました。

しかし、すぐにかつてのように幸せな家族の生活が戻るわけではなかったのです。それぞれにつらい体験の記憶が残り、互いにその間、何があったのかを語ることをためってしまうのでした。

著者
エヴァ・スローニム
出版日
2015-10-22

生き残ったらそれでよかった、という話にはならず、それぞれが抱えた心の傷は家族との絆でも癒すことができなかった、という話には胸が痛みます。

戦争で犠牲になる子供は、今もなお世界に存在します。悲惨な経験をする彼らに私たちができることについて考え、子供が平和に育つことの尊さを心に刻むことのできる一冊です。

一般人も手をくだす、ホロコーストの真実

ホロコーストの舞台はドイツから見るとヨーロッパ東部であるポーランドやウクライナでした。殺戮は収容所だけでなく、郊外の森の中や市内でもおこなわれ、手を下していたドイツ人のなかには女性も含まれていた事実は、あまり知られていません。本書は女性が担っていた役割とその背景にメスを入れ、戦場における人間性を分析しています。

家父長制の束縛からの自由を望み、東部戦線の親衛隊の秘書となった女性は間接的に殺戮に関わったといえます。また親衛隊の妻として夫に尽くすため、あるいは教師や看護師などの職を得て東部に移住した女性たちも、ホロコーストの事実を知らなかったわけではありませんでした。

著者
["ウェンディ・ロワー", "Wendy Lower"]
出版日
2016-07-27

本書が歴史の事実から暴き出すのは、信念や思想によって大量殺人を続けていくことではなく、組織内での栄達や報酬、夫への愛や国家への忠誠などの日常的な理由こそが、無慈悲な殺戮を可能にしてしまうという人間の本性です。そのことが、ホロコーストに加担してしまった女性の悲劇を通して明確になっていきます。彼女らのなかには、戦後になると逆に自分の立場を理由に、戦争犯罪の訴追の対象にならなかった人もいました。

客観的に事実の検証がおこなわれており、思わず読むことを止めたくなるような記述もあります。しかし、この信じられないような事実を正視し、真実を知らなくては、ホロコーストの悲劇について真実を知っていることにはならないでしょう。本書は、日常の生活の延長に戦争の狂気があることを示しており、平和な時代を生きる私たちに警鐘を鳴らしています。

ホロコーストに関する本を読むと、想像すらできないような凄惨な出来事が事実であることに震撼せざるを得ません。歴史的事実を正視し、この恐ろしい事件の教訓を全世界で共有することは大変重要な意味があります。ぜひ今回紹介した歴史の本をきっかけに、人間らしい生き方や世界の平和について考えてみてください。

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