『刻刻』は、時間を止めた世界に入り込むことができる力を持った家族と、それを狙う謎の宗教団体との戦いを描く、現実と非現実の狭間の物語。SFやアクション的な要素だけではなく、家族への思いや人間の本質を描写しているリアルなドラマが展開されていきます。
『刻刻』は「増刊モーニング2」にて2008年から2014年まで掲載された、堀尾省太による作品です。独特の世界観や緻密に練られた設定のなかで、緊迫感のあるストーリーが展開されていきます。
SF、伝奇ものとしての面白さや、演出としてのほどよいグロさ、そしてホームドラマのような家族関係などをバランス良く取り入れているのが本作の魅力です。それぞれの登場人物の設定にも凝っており、物語の中心になる佑河家のみならず、敵側である宗教団体「実愛会」の人物たちも丁寧に描かれています。
「止界」という一種の閉鎖空間の中で、どこにでもあるような住宅街を背景に殺戮がおこなわれるシーンが多く、そのリアル感はゾクゾクものです。
作者の堀尾省太は高橋のぼると能條純一に師事しており、1996年に『磯助』でアフタヌーン四季賞の大賞を受賞しました。本作は連載デビュー作で、満を持しての大作だといえます。
2018年にはTOKYO MX等でもアニメ化が放送され、2021年3月現在アマゾンプライムでも配信されています。
今回は物語の要となる「止界」、「神ノ離忍」、「実愛会」などの伏線と全8巻のあらすじをご紹介していきましょう。
- 著者
- 堀尾 省太
- 出版日
- 2009-08-21
時が止まった世界である「止界」を舞台に「止界術」を受け継いできた佑河家と謎の宗教団体「実愛会」が、秘密を握る石を巡ってバトルをくり広げていきます。
何気ない日々に誘拐事件が突然起きたことで、代々引き継がれてきた血の秘密に触れてしまい、思いもよらない非日常の世界に巻き込まれていくのです。
記事の本題に入る前に、少し作者についてもご紹介しましょう。
堀尾省太は広島県出身の男性漫画家です。1996年に大賞をとったものの、デビューとなった本作『刻刻』の連載はそれから12年たった2008年のことでした。公式には年齢は発表されていないのですが、彼が34、5歳あたりでの遅咲きとなったのです。
それを聞いた当時の担当は絶対に天才ではあるが、天才すぎてデビューできないのではないかと思ったそう。才能はあるものの、万人ウケする王道の漫画家ではないということがそこからも伝わってきます。
- 著者
- 堀尾 省太
- 出版日
- 2009-08-21
そんな梶尾は、本作の着想を「閉鎖空間を描きたかった」と言います。しかしただのファンタジーではなく、本作が秀逸なのが人物描写です。
彼らの描写はリアルにしたかった、あとから多少設定が変わってもキャラクターの考えを尊重することはこだわっていたと言います。
止界に入るまえのリビングでぼーっとしてる無職の父親、虚ろな目でゲームをする兄の様子や、いきなり極限状態に置かれたらうまく立ち回れれないであろう一般人の慌て具合は特にリアル。それぞれ仕事仲間から聞いた家族の様子を描いたものや、作者のこだわりだそうで、その現実味のある様子にも納得できます。
そんなリアルな人物描写に定評のある本作ですが、父が徐々に大きな活躍を見せるようになることでストーリーが動き出し、どんどん展開も加速していきます。
作品作りに妥協しない姿勢からデビューに12年もかかったとも言える彼のデビュー作。この記事ではそんな才能溢れるストーリーの伏線、見所と、各巻の内容をご紹介させていただきます。
配慮してはおりますが、ネタバレも含みますので未読の方はご注意ください。
堀尾省太の2作目となる『ゴールデンゴールド』も3年連続でマンガ大賞にノミネートされるなど話題の作品となっています。『ゴールデンゴールド』についてはこちらの記事で紹介しているので、気になる方はぜひご覧ください。
漫画『ゴールデンゴールド』が怖いのに面白い!魅力をネタバレ紹介!
「フクノカミ」と呼ばれる奇妙な生き物によって、とある島の生活が変わっていくさまを描いたSFホラー漫画『ゴールデンゴールド』。不気味な恐ろしさと謎を追求していく面白さをあわせもった作品です。
「止界」とは時間の一部を切り取った世界であり、人や物などすべての時間が静止した閉鎖的な空間のこと。止まった人々は「止者」と呼ばれています。
空気はあるので普通に呼吸することができ、そこに存在する物は移動させることも可能。食べ物を食べることもできます。
佑河家の人間は「止界術」の伝授により、「止界」に入り込んで自由に動くことができるのです。「止界術」は代々伝えられてきましたが、じいさんは息子の貴文や孫の樹里の性格を考え、伝授をためらっていました。
「止界術」は本石と術者の血によって発動させることができ、石に触れているものは体に「霊回忍(タマワニ)」と呼ばれる白いクラゲのようなものを取り込むことで自由に動くことができます。
本石の表面にはなぜか大きな文字で「努力」と、右下には「両国国技館」と書かれており、どうやらカモフラージュされているようです。上部に筒型の穴が空いていて、ここに術者の血を入れて術をおこないます。
敵対する宗教団体の「実愛会」が持つ属石の力でも「霊回忍」を取り込めるため、信者たちも「止界」で自由に動くことができます。ちなみに属石は単体では「止界術」を発動させることはできず、本石が発動した時でないと効果は発揮されません。
「止界」で「止者」の命を奪うことは許されず、「止者」に殺意を持つと、それに反応して「神ノ離忍(カヌリニ)」が現れ、たちまち殺意を抱いた者を殺してしまいます。佑河家の者は「管理人」と呼んでおり、「止界」のルールを守る恐ろしい存在です。
また、「霊回忍」を体に宿した佑河家の者は、特殊能力を得られる場合があります。樹里の祖父・じいさんは瞬間移動の能力をもっていておよそ10mを一瞬で飛ぶことができるほか、樹里は他人の「霊回忍」を外に出す力、すなわち敵でも味方でも「止界」から強制退場させることができるのです。
「神ノ離忍」は凄まじいパワーで「止界」のルールを破る者に制裁を加えますが、そのもとになるのは「止界」で精神が不安定になった人間の変わり果てた姿なのです。
これは、実愛会の相談役である間島翔子が、教祖の佐河順治に協力した理由にも繋がっています。彼女は、かつて属石の力で「止界」に迷い込んでしまった際に、両親と兄が「神ノ離忍」になるのを目の前で見ており、家族を救いたいがために実愛会に参加しました。
「神ノ離忍」が人間に干渉するためには物質化することが必要で、これはエネルギーの消耗が激しく、何度も出現することによってその姿はしだいに小さくなっていきます。
「実愛会」の正式名称は「真純実愛会」であり、母体の組織としては200年以上の歴史があるとされています。「止界」の研究をする創始者により設立され、「大円行記」を教義書とした講社(宗教行事をおこなう結社)として存在していました。
「総主」と呼ばれる教祖を中心とした宗教団体になるのは戦後であり、本作における重要人物、佐河順治が「総主」になったのは物語の舞台から約20年前になります。
「止界」への信仰は廃れていましたが、佐河は探求心から研究を重ね、やがてストーリーの始まりとなる誘拐事件を起こし、佑河家の者に「止界術」を発動させるのでした。
主人公の佑河樹里は、彼氏と別れたばかりで就職活動中の28歳。頑固な変わり者で協調性のない祖父、無職で自らを中年ニートと称している父の貴文、引きこもりでゲームばかりしている兄の翼、佑河家の希望の星である甥っ子の真、そして妹であり真の母の早苗、家族の稼ぎ頭である母の伸子という、多少訳ありな感じの家族に囲まれながら日常を過ごしてきました。
ところがある日、幼稚園へ真を迎えに行った翼が、突然真とともに誘拐されてしまいます。犯人からは500万円の身代金を持ってくるように要求の電話が入りますが、制限時間はわずか30分足らず。間に合わなければ翼を殺すと脅してくるのでした。
預金通帳をかき集めて何とか準備をしますが、とても時間までに間に合いそうになく、このままでは翼の命に危険が迫ります。無鉄砲なところのある樹里は、もし翼が殺されたら犯人は自分が殺すと包丁を持ち出し、貴文は必死にそれをやめさせようとしてパニック状態です。
- 著者
- 堀尾 省太
- 出版日
- 2009-08-21
その時、じいさんが動きました。
2人を呼びつけてから、「努力」と書かれた大きな石を机の上にどん!と置いたのです。戸惑う樹里と貴文を座らせ、じいさんは樹里が持ち出した包丁で少し手を切り、石に血を垂らします。
すると、白いクラゲのような塊が近づいてきました。じいさんが「衛盒(えいごう)」と呪文を唱えると、体内に入り込んでいきます。
そしてこの瞬間の時間が止まり、すでに3人は「止界」に足を踏み入れたのでした。
時間が止まったので、誘拐された真と翼を助けだすのは簡単に終わるはずでしたが、なんと犯人たちは「止界」を自由に動くことができ、樹里たちは逆に捕まりそうになってしまいます。じいさんの特殊能力である瞬間移動により、貴文は置き去りになるも何とか窮地を脱したのでした。
ここまではプロローグのようなものですが、ここから「実愛会」や管理人と呼ばれる化け物「神ノ離忍」も登場して物語を盛り上げていきます。今後の物語で重要な役割を果たす佐河、翔子、潮見も1巻から登場するので見逃せません。
「本石」を確保しようとした樹里は「実愛会」の罠にはまり、危うく殺されかけますが、その時に他者の「霊回忍」を追い出す特殊能力が目覚めて形成逆転します。樹里に触られた人は「止者」になり、「止界」からは強制退場をさせられてしまうのです。
「実愛会」で特別な存在として扱われている間島翔子は、実は22年前に樹里と会っていて、この特殊能力で「神ノ離忍」にならずにすんだ経験を持っていました。
かつて間島家は、両親と兄と翔子の4人家族でした。母方の叔母の形見分けでもらった石が「属石」で、彼女は何も知らずに相続してしまったのです。
- 著者
- 堀尾 省太
- 出版日
- 2009-08-21
同じころ、幼い樹里が飼っていた愛犬が死んだことでじいさんが「止界術」を発動させたことがきっかけで、属石を持っていた間島一家は「止界」へ入り込んでしまいます。
まず父がどうしようもない不安感のため精神のバランスを崩して「神ノ離忍」へと取り込まれていきました。続いて母や兄までもが目の前からいなくなり、翔子の不安と孤独は強まります。
自分もついに取り込まれてしまうのか、という時に、樹里との出会いが待っていたのでした。
2巻では翔子の過去が主に描かれ、彼女が何のために実愛会と手を組んだのかが明らかにされています。
「止界」の管理人の役目を果たすべく出現する「神ノ離忍」は、膨大なエネルギーを消費するため、現れるたびに小さくなっていきます。
実愛会のメンバーは油断をしていましたが、翔子は「神ノ離忍」が単体ではなく複数存在するのを知っているので、忠告します。
そして案の定、彼女は別の「神ノ離忍」と遭遇するのですが、それはついに見つけた愛すべき家族の変わり果てた姿でした。
- 著者
- 堀尾 省太
- 出版日
- 2010-08-23
「神ノ離忍」を見る翔子の表情は悲しげで、家族を思う心情がひしひしと伝わり、作者の画力がわかります。
2巻に続いて翔子の物語が中心で、樹里とじいさんの出番は少ないですが、貴文はしっかりと登場。伝承されてもいない「止界術」についての妄想を膨らますシーンで、見事な駄目っぷりを発揮しています。
「神ノ離忍」が「止界」のルールを破った者に制裁を加えると、「霊回忍」は死体から離れますが、その後翼と真の体に融合したことで、彼らは「止者」の状態から抜け出して「止界」を自由に動けるようになっていました。
歩き回ったすえにやっとのことで佑河の家に辿り着きますが、実愛会の残党が2人を襲ってきます。翼は必死に抗い何とか難を逃れるも、真がいないことに気づき、ついに精神のバランスを崩してしまいました。それは、この世界でもっとも危険な状態に陥ることを意味します。
翼は「神ノ離忍」に変貌していきます。果たして樹里は兄を救うことができるのでしょうか。
- 著者
- 堀尾 省太
- 出版日
- 2011-04-22
一方、真は翔子に捕まっていました。翔子は樹里に、交換条件として「神ノ離忍」に取り込まれた自分の家族の奪還を要求します。
樹里は真を人質にする行為を許さないとしながらも、翔子の気持ちも察することができ、その条件を受け入れるのでした。
4巻は特に緊迫したシーンの連続ですが、2人のヒロインが手を組むきっかけにもなる重要な巻です。
5巻から、ついに佐河が本性を表し、樹里たちを追い詰めていきます。
佐河の目的のひとつは、「霊回忍」を完全に支配して「神ノ離忍」の力を自由に操ることでした。
- 著者
- 堀尾 省太
- 出版日
- 2012-03-23
彼は信じられないパワーを発揮し、樹里とじいさん、翔子、そして実愛会のメンバーまでをも圧倒していきます。潮見という部下にだけ唯一手伝わせ、その見返りとして実愛会を任せることを匂わせるのでした。
新たな展開を見せ、終盤に向けての序章のような内容になっていますが、実愛会から助けられた貴文がムードメーカーとしての本領を発揮しており、今後の彼の活躍が期待されます。
6巻では主に佐河と樹里たちの攻防戦が描かれ、ラストでは衝撃的な急展開が待っています。
実愛会のメンバーで、死ぬことを悔やんでいる飛野という人物が、「神ノ離忍」とは別の異形の者として蘇りました。しかしそこに本人の意識はなくただ人を襲う存在であり、狂った「神ノ離忍」、またはゾンビのような存在として描かれています。
貴文と真が襲われかけた時、真に新しい特殊能力が覚醒し、異形の飛野は真の命令にだけ従うようになりました。余談ですが、貴文は案の定よからぬ企てを頭の中で張り巡らせ、得意の駄目っぷりとカッコ悪さをここでも発揮しています。
また本巻では、じいさんの叔父の話も出てきて、「止界」を巡る佑河家の過去が明かされます。事なかれ主義の佑河家は「止界術」を悪用したり、金儲けに使ったりするようなことはしませんが、過去に1度だけ人の命を奪ってしまう出来事があったのでした。
- 著者
- 堀尾 省太
- 出版日
- 2013-03-22
そして物語は、今後のゆくえを左右する急展開をしていきます。
佐河と潮見は本石を使い、1番厄介な存在であるじいさんを「止界」から追い出そうとするのです。再び術が発動すれば、術者の「霊回忍」は体から抜け出すので、彼は「止者」になってしまいます。
じいさんの血液を手に入れた佐河と潮見は作戦を決行しますが、樹里は究極の対抗策、つまり本石を破壊することでこれを阻止しました。
本石が破壊されると、外の世界に出る方法は樹里だけになります。潮見は佐河を裏切り、佑河家側に寝返りました。
究極の選択で本石を破壊した樹里でしたが、このことは彼女にとっても重大な決断でした。他の者は樹里の特殊能力で「止界」から脱出することができますが、樹里自身は本石がなければ現実世界に戻ることは不可能だからです。
また、潮見から佐河の行動の源が語られます。彼は力を手に入れて世の中を支配したいわけではなく、純粋に未知の世界を見てみたいという探求心によって動いていました。そのためには人を殺すことさえ厭わないことが、佐河という人間の恐ろしさでした。
- 著者
- 堀尾 省太
- 出版日
- 2013-11-22
最終決戦を覚悟した樹里たちは、じいさんの瞬間移動の能力を使って貴文と真と合流しようとしますが、そこではなんと、真が操る異形の飛野と佐河が、激しく交戦している真っ最中だったのです。
真と飛野は、順調に佐河にダメージを与えるも、簡単に倒すことはできません。しかしここで、本巻の表紙にもなっている貴文がキャラを活かし、周りを唖然とさせるまさかの大活躍をくり広げるのでした!?
弱ってきた佐河は、体力回復のため繭のようなものをつくり、そこに閉じこもっていました。樹里は調子にのって負傷した貴文と疲労困憊の真を「止界」から出し、長い戦いに決着をつけるべく、繭に触れていきます。
すると、繭から出てきたのは、胎児でした……。
樹里はこれまで一緒に戦ってきた仲間たちを次々と「止界」から出し、この世界に残って暮らすと言っていたじいさんも、彼が寝ている隙に元の世界へ戻してしまいます。
- 著者
- 堀尾 省太
- 出版日
- 2014-10-23
樹里は、繭から生まれた赤ん坊を、「止界」から出る衝撃に耐えられるくらいまで育てると、同様に外の世界に出してしまいます。
そして彼女は本当に孤独になり、ついに心のバランスを崩しはじめるのです……。樹里はこのまま、「神ノ離忍」になってしまうのでしょうか。
その時、ある人物が登場し、この世界の秘密が明らかになって、最後の奇跡が起こるのです。
全8巻におよぶの物語はこうして幕を閉じますが、意外にもそれはハッピーエンド。スッキリとした読後感を味わえます。
『刻刻』は、設定の緻密さによるトリック的な面白さ、スリル感のあるストーリー展開もさることながら、それぞれの登場人物の魅力があますところなく描かれている作品です。気になった方はぜひ読んでみてください。
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