「女子高生型のロボットを兵器とした戦争」を描いた『女子攻兵』。不条理と混沌に満ちた世界観と、エログロの描写が話題を呼んでいます。
『女子攻兵』は、『未開の惑星』『フリージア』などの作者である松本次郎による作品です。連載は2011年から「月刊コミック@バンチ」誌上でおこなわれました。全7巻のコミックスが発売されています。
本作はロボットものですが、その内容はこれまでになかった異質なものとなっています。
まず何といっても「女子攻兵」という兵器ですが、これはその名のとおり女子高生の形をした巨大ロボットです。しかし兵器という特性上、人間が搭乗して操縦をしており、結果として人間を模したロボットを人間が操縦して戦争をおこなうというきわめて異質な設定になっています。
多方面で話題を呼んだ本作ですが、人気漫画『ヴィンランド・サガ』の作者・幸村誠も、自身のTwitter上で「読むべし」と絶賛しました。この記事では、そんな隠れた名作である『女子攻兵』の魅力をネタバレギリギリで解説し、最終回まで考察していきます。
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- 著者
- 松本 次郎
- 出版日
- 2011-11-09
時は次元世紀2011年。異次元へと移り住んだ一部の人類は、地球からの独立を図るために武装をしました。彼らと地球との対立は激化し、やがて「異次元独立開放戦線(通称:EZO)」が勃発、地球連合軍との戦争へと突入します。
戦時国家の新東京都市では、地球連合軍が大量投入した女子高生型のロボット「女子攻兵」を使用した戦争がくり広げられていました。
主人公のタキガワ中尉は、通称「ハイエナ部隊」と呼ばれる第13独立女子攻兵猟隊を指揮し、任務にあたります。
タキガワ中尉が軍令部から受けている極秘任務は、謎の女子攻兵・ツキコの捕獲です。彼女は異次元空間の奥地にいるといいます。女子攻兵を駆って敵陣地を突破し、彼はツキコの元へ辿り着けるのでしょうか。
これまでの戦争の形を覆す、女子高生型ロボット兵器による新感覚のSF戦争漫画です。
タキガワ中尉は、この世を統制するスーパーコンピューター「予言者」に妻殺しの冤罪をかけられ、女子攻兵に乗ることになってしまいます。そして、「ツキコ」という精神汚染されてしまった女子攻兵を狩れと命令を受けるのでした。
女子攻兵は、異次元に移住した人類が造った兵器です。生体兵器であり、外見は人間の女子高生そのものですが、ビルくらいの大きさがあります。パイロットは頭の部分に乗り込むのですが、搭乗時にその頭がパッカリと割れる描写がかなり印象的です。
女子攻兵に乗り続けると、しだいに精神が汚染されていき、「思考が女子高生化」してしまいます。これは一見コミカルな要素に思えますが、実際に読んでみるとサイコ的な怖さがあるのです。
さらに女子攻兵たちに装備されたものとして「携帯電話」が登場し、タキガワ中尉の元にも「ツキコ」からメールが届きます。なぜこれがどの女子攻兵にも標準装備されているのか不思議に思ってしまうのですが、その衝撃の理由は読み進めるうちに明らかになります。女子攻兵たちが携帯電話を使って無邪気におしゃべりをしたり、メールをしたりしているさまは、かなり不気味です。
ロボットが直接パイロットの精神と繋がっているという設定は、あの『新世紀エヴァンゲリオン』を彷彿とさせるかもしれません。エヴァに端を発したとも言うべき「セカイ系」と呼ばれるジャンルですが、本作の主人公・タキガワが自我の崩壊を防ぐためにもがいている姿は、まさにその系譜なのかもしれません。
- 著者
- 松本 次郎
- 出版日
- 2012-07-09
スーパーコンピューター「予言者」によって造られた、次元兵器である「女子攻兵」。彼女たちは普通の銃弾では破壊することは不可能で、戦地ではまさに無敵を誇っています。
たとえ戦車の砲弾であっても、女子攻兵を破壊することはできませんし、すべて無効化されてしまいます。彼女らを倒すためには、同じく女子攻兵による攻撃か、「次元弾」「次元ヘリ」などといった専用武器を使用する必要があるのです。この設定も『エヴァンゲリオン』を彷彿とさせます。
その「無敵」に対するリスクが、「精神汚染」です。端的に言えば「発狂」。しかしただの発狂ではなく、パイロットが自分を女子高生だと思い込み、行動が女子高生化していくという恐ろしいものです。
精神汚染が進行すると携帯電話に電話やメールが来るようになるのですが、それらは全部いるはずのない相手から。彼女たちは汚染を予防するために、「GHB」という精神安定剤を服用しています。
また女子攻兵は生体兵器のため、キズを受けると出血します。さらには肉片が飛び散ったり、果ては内臓を撒き散らす描写もあり、絵面として読者に強烈なインパクトを与えてくれるのです。それだけではなく、あくまで生体の女性なため、生理だって存在します。
女子攻兵たちには「ラヴ・フォックス」や「マッド・ハニー」という機種名の他に、ホーリーネームと称して「キリコ」「ユミ」などという普通の女性名が与えられています。これらの名前も、彼女たちがまるで生きている普通の人間であるような感覚を助長するのです。
さらに、女子攻兵には適応した人間が乗らないと起動しない、という設定も。この部分も『エヴァンゲリオンに似ていますね。生体兵器・精神汚染というワードが本作の重要な展開を担い、物語はラストへ向けて集束していきます。
本作のテーマのひとつに、「アイデンティティ」というものがあります。「(自己)同一性」を意味するこの言葉ですが、女子攻兵に搭乗するパイロットたちのなかには、自分自身としての視点と女子攻兵としての視点の2つが存在しています。
その境界が徐々にぼやけ、やがてなくなってしまうことで自我の崩壊を引き起こすのですが、ここに「自分とは何か」という概念が存在しているのです。
日頃、動いたり・感じたり・見たり聞いたりしている「自分」という存在を、自分はどう認識しているのか。自我を保つことができれば、現実世界と妄想の境界を生み出せるのか、本作は根底から問いかけているようです。ただのエログロではない、自己探求の究極の姿を示してくれているようにも感じます。
「自分」と「女子攻兵」の間でアイデンティティが揺さぶられていきます。読む際は、搭乗するタキガワ中尉の内面にもぜひ注目してみてください。
「自分」というものが明確である人間は、ほとんどいません。迷いながら、他者や社会との折り合いをつけていき、そのために奮闘することこそが「アイデンティティ」だというのが、作者から読者に向けて送られたメッセージなのではないでしょうか。
自分自身と世界に対して決着をつけるタキガワ中尉の選択が、どのような結末を呼ぶのか。作中では、彼の過去も少しずつ明らかにされていきます。
そしてツキコとはいったい何者なのか?タキガワ中尉も精神が汚染されてしまうのか?あなたの目で、その衝撃的なラストを見届けてください。
- 著者
- 松本 次郎
- 出版日
- 2015-12-09
一見エログロ、しかしその正体は独自の設定がこれでもかと盛り込まれたSF戦争漫画である『女子攻兵』。その重厚な世界観と設定のなかには、人間の自我を問うテーマが隠されています。読んだ後、自分の内面に思いを馳せてみるのも、本作の楽しみ方のひとつではないでしょうか。