漫画『鋼の錬金術師』に登場し、欲望のままに振る舞う傲慢さを持ちながらも、仲間を守るために敵を倒す「ホムンクルス」のグリード。今回は、その男らしい生きざまがかっこいい彼の魅力を、徹底紹介していきます。ネタバレを含みますので、未読の方はご注意ください。
- 著者
- 荒川 弘
- 出版日
グリードは、漫画『鋼の錬金術師』において、主人公たちの敵対勢力である人造人間「ホムンクルス」のうちのひとりです。左手の甲にウロボロスの紋章を持っています。(ホムンクルスについては<漫画『鋼の錬金術師』ホムンクルスを徹底考察!生まれた順番で一覧紹介!>で解説しています。)
その名は「強欲」を表し、彼らの創造主である「お父様」によって3番目に作られました。体内の炭素の結合度を変えることができ、それゆえに皮膚をダイヤモンド並みに硬くすることができ、「最強の盾」と評されることもあります。
また、その硬さは防御だけでなく、攻撃力も増し、グリードの強さを補完しています。
彼の性格はとにかく自分の欲望に忠実で、この世のありとあらゆるものを欲しているという分かりやすいもの。財力も、女も、命も、地位も、名誉も、すべてを自分のものにしたいという性格なのですが、実は自分の信念を貫くという特徴もあります。
女性は殴らない、嘘はつかないという信条を持っており、それゆえにもともと敵役だった頃から何となくかっこいい印象を受けるキャラクターです。
そんなグリードは自分の求めているものはここにはない、という理由から、100年ほど前にホムンクルスでありながらお父様のもとを離れ、仲間とともに自由奔放に生きるようになります。
親離れが早かったとも言える彼は、その強欲さゆえに、ついにはお父様の目的である「神」さえも横取りして自分のものにしようとします。お父様も自分の心から生まれたものの、グリードの行動は予想外のものが多かったのではないでしょうか。
ちなみに2度アニメ化されたうち、1期目は諏訪部順一、2期目は中村悠一といずれも実力派の声優が声を担当しました。
グリードは初登場時、永遠の命を欲してエルリック兄弟へと近付きました。
ちなみにアルを捕らえてエドワードの居場所を聞いた時には、なぜかエドワードが死んだと勘違い。アルを気遣うという情け深い面も見せました。こんな一面があるからか、デビルズネストを根城にして仲間と活動していた時にはかなり彼らから親しまれていました。
しかしこの一連の行いによって他のホムンクルスたちに居場所を悟られ、お父様の下へと連れ戻されてしまったのです。そしてそこで聞かされた彼らの計画への協力を拒否したことにより、お父様によって賢者の石に戻されてしまいます。
その後、同じく不老不死を追い求めているシン国のリン・ヤオが、ホムンクルスたちのアジトで捕縛され、彼の体にグリードの賢者の石が投入されたことで、リンという人間をベースとしたグリードとして復活したのです。
復活直後の彼はグリードとしての人格が優先されていましたが、リンの人格も意識下に残っていました。そこから内面で対話することが増え、リンがいずれは精神を取り戻すと堂々とグリードに宣言したことを気に入り、最終的には戦いの最中にそれぞれの意識を交互に表出させるようになります。
時にはリンの願いを聞くようになるなど、グリードと彼の間には奇妙な絆も育まれていくことになるのです。
彼らの関係を深めたきっかけのひとつがこの次にご紹介する仲間に関連するエピソード。それぞれの部下を思う気持ちに感動させられます。
ちなみにひとつの体に2つの魂を持ったリンベースのグリードは、主人公のエドワードなどから「グリリン」と呼ばれるように。某竜の玉漫画を彷彿とさせるネーミングですが、なかなか親しみやすいキャラクターになりました。
復活後のグリードは、お父様の計画に従い主人公であるエドワードたちの前に敵として立ちはだかります。しかし意識下に残っていたリンの人格によって、かつての仲間を傷つけることを咎められ、徐々にお父様の下で動く自分に対し、疑念を抱くようになっていくのです。
決定的だったのは、グリードの時に部下だったビドーがホムンクルスのアジトに迷い込んだ時のこと。彼は、侵入者排除のために自身の手でビドーを殺害したのです。
あっさりと「悪いな それたぶん前のグリードだ」と言って躊躇せずにその身を貫きますが、彼の血にまみれた手は震え、過去の記憶がフラッシュバックします。そんな彼の様子を見ていた内面のリンは、怒りの表情でこう言います。
「仲間に手を掛けるとはどういう了見ダ? あァ?」
(『鋼の錬金術師』20巻より引用)
そんなリンの様子に対し、仲間じゃない、前のグリードの記憶で自分には関係ない、過去など忘れている、と自分に言い聞かせるように答えます。それにさらに怒りをあらわにしたリンは、こう詰め寄ります。
「仲間ってのは魂で繋がってんだヨ!!
魂に染みついちまっているものをすすいで落とすことなんかできないんだヨ!!
グリード!! おまえハ!! 魂の家族を切って捨てやがっタ!! その手にかけタ!!
全てを手に入れんとする”強欲”が聞いてあきれル!!」
(『鋼の錬金術師』20巻より引用)
その言葉で過去の記憶を一部取り戻し、かつての仲間を殺したという自責の念から錯乱したグリード。仲間を思う気持ちが強かったことが伺えます。そしてその精神状態のまま、部下を殺したホムンクルスのひとりキング・ブラッドレイを襲撃します。
これによって完全にホムンクルスと袂を分かつことになるグリード。隙をついてリンが意識を奪い、エドワードのもとへ向かったことをきっかけに彼らと協力関係を築くようになります。
ちなみにその時は一旦は断るものの、「手下になってやるよ!」というエドワードの言葉に乗せられて承諾。徐々に彼らとの絆を深めていくのです。
リンという良心を取り込んだこともあるかと思いますが、そもそもグリードにとっての仲間は、すべて自分の所有物。だからこそ、見捨てることはしないという絶対の矜持があります。
それゆえに彼らを殺され、ついには自分の手で殺してしまったことが信条に反した行為で耐えきれなかったのでしょう。しかしエドワードたちと行動をともにすることになる時には、持ち前の強欲さが少し戻った様子が伺え、読者としてはなぜか安心してしまいます。善人ではないにせよ、完全な悪人ともいえないところがグリードの魅力かもしれません。
グリードの立場は、物語の進行とともに少しずつ変わっていきます。ホムンクルスでありながら、より人間らしく、人情味に溢れた性格になっていくのです。その過程がわかる名言を3つご紹介します。
1つ目は、グリードがブラッドレイを襲撃してしまった際に、記憶の混乱とともに呟いた言葉です。
「どういう事だラース……消えねーんだよ
なんだこれ……なんなんだよこれは……
俺の頭ン中でガンガンとうるせーんだよ……
なんでお前が……キング・ブラッドレイが出てくんだ……
おまえ俺のモンに何をした……!!」
(『鋼の錬金術師』20巻から引用)
かつて自分の仲間を切り殺したラースに対し、怒りを露わにする場面です。仲間を所有物だとするグリードが転生しても許せなかったことは、仲間殺しだったという、「仲間」という存在への想いの強さが感じられるシーンです。
2つ目は、最終決戦前にラースがセントラルを襲撃した際、震えながらブラッドレイに向けて銃を構えたかつての部下・ファルマン少尉とバッカニア大尉の助太刀に入った時の言葉です。
「本当にまったくその通り!激情にまかせて吠えた所で得な事なんてありゃしねぇ
だけどなんでかねぇ……
見捨てる気持ちにはなれねえんだよな、そういうの!」
(『鋼の錬金術師』24巻から引用)
助太刀に入った理由は、ラースへの報復という個人的な因縁ではありましたが、それでもなんともしびれるタイミングでの登場と口上です。弱者を蹂躙する絶対的強者という構図で、弱者を見捨てずに強者に立ち向かうちょっと捻くれたヒーローは、いつ見てもカッコいいです。
3つ目は、最終戦、お父様との戦いで放ったひと言です。ここに、グリードというキャラクターの本質が集約されているといってもいいでしょう。
神という存在を体内に入れたお父様。しかしエドワードたちは最後まで諦めず、彼を攻撃し続けることでその巨大すぎる力を抑えきれなくなる状況にまで持ち込みます。
みなが満身創痍で戦うなか、徐々にエドワードの攻撃がお父様本体にダメージを与えていきました。それを見て、横から彼を応援する人々。そんな人間がひとつになって戦う姿を見て、リンに素直に認めたらどうだ、と言われたグリードはこうつぶやくのです。
「ああそうだ 俺が欲しかったのは
こいつらみたいな仲間だったんだ」
(『鋼の錬金術師』27巻から引用)
グリードはこれまでも、すべてを欲すると口にはしてきたものの、ひと際執着を見せていたのは仲間に関することばかりでした。
彼が実際に手に入れたかったのは、不老不死でも、賢者の石でもなく、ただ自分と歩んでくれる仲間たちだということに気付かされたのでしょう。
グリードにとって仲間を殺した張本人であるラースは、まさしく倒すべき宿敵といえる存在。そんなラースとグリードの戦いは3度おこなわれているのですが、作中でもトップランクの実力者同士の戦いであるため、いずれも見ごたえ抜群です。
1度目は、転生前のデビルズネスト掃討戦、2度目、3度目は先述したブラッドレイ邸への襲撃と、セントラルでの攻防となっています。
ここで注目したいのは、すべての戦いで、彼は自身の能力をフルに活かした全身硬化をおこなっていないこと。神業とはいえ通常の刀剣を武器にするブラッドレイ相手であれば、全身硬化を使えば有利に戦闘を進められたにも関わらず、です。
1度目は、明らかにラースをただの人間と油断したことが敗因でした。
2度目については、グリード自身が冷静ではなく、戦略も何もあったものではない状態だったので、これも理解できます。
しかし3度目については、十分に準備をして出迎えたにも関わらず、なぜ全身硬化をしなかったのでしょうか。
作者の荒川弘が明らかにしていないため真偽のほどは分かりませんが、グリードは過去に、全身硬化をすると不細工になるからあまりやりたくないと言っていました。また、硬化と再生は同時にできないため、リスクがあるということも考えられます。
また、デビルズネストの時と同じ状況下で、ラースを真っ向から自分自身の力でねじ伏せたいという欲に従ったのではないかという考え方もできます。
疑問は残りますが、読者がグリードらしい理由を考察できるように、荒川が余地を残してくれたのかもしれません。
物語が進むにつれてどんどん魅力が増していくグリードですが、そのカッコよさのピークは、彼が亡くなる際にある次の言葉を発した時ではないでしょうか。
最終決戦時、足りなくなった賢者の石を補充するためにお父様がグリードを取り込もうとします。
そんなグリードの精神を、リンが必死に引き止めめます。お前までお父様に取り込まれることはないと止めるものの、あきらめないリンに、「一緒に闘おうぜ」と言うグリード。
しかしリンがホッとした主観を狙って彼をぶち、「ここでさよならだ」と別れを告げます。
「がっはっは!!
まんまと騙されやがってションベンガキが!!
さっきのは俺様の最初で最後のウソだ」
(『鋼の錬金術師』27巻から引用)
嘘をつかないことを信条とするグリードが最後にそれをやぶってまでリンを庇うのです。
そしてランファンによって連結部分を切り取られたグリードは完全にお父様のものに。「うまくうるさいガキから分離できたぜェ!!!」と笑ったあとに、お父様の体を脆い炭に変質させエドワードたちの援護をします。
「遅めの反抗期だよ 親父殿!!」と抵抗しますが、最後は結局お父様に賢者の石を砕かれて息絶えることになってしまいます。
そして消滅する際、自らを心配そうに見つめるエドワードやリンの姿を見て、ひとり静かにこう呟くのです。
「十分だ
ああ、もう十分だ
なんも要らねぇや
がっはっは……
じゃあな 魂の……友よ」
(『鋼の錬金術師』27巻から引用)
これまですべてを欲してきたグリードが、真に仲間と呼べる存在、友と呼べる存在を噛み締めながら消えていくのです。
「強欲」が何も要らないと満足して死んだこの場面は、身震いするほど感動する、シリーズ全編をとおしても指折りの名シーンだといえるでしょう。その感動は、ぜひ漫画原作で体感してみたください。
いかがでしたでしょうか。敵として登場した際もカッコいい口上を放っていましたが、味方になってからのグリードはさらに魅力が増しています。原作を読んでぜひチェックしてみてください。