衝撃の話題作『血の轍』。そのテーマは「毒親」です。『惡の華』を描いた鬼才・押見修造が描く、何気ない日常の中に確かにひそむ不穏と静かな恐怖。連載開始当初からその独特の世界観が話題を集めている『血の轍』の魅力を、ネタバレ紹介していきます。
『ぼくは麻理のなか』『ハピネス』など、圧倒的な世界観をもつ傑作を世に送り出している鬼才・押見修造の最新作が『血の轍』です。彼の作品の最大の魅力は、痛々しいほどのリアリティ。圧巻の画力で描き上げられたキャラクター達は、作者によって確かに命を吹き込まれ、流れ落ちる汗の一粒一粒が匂い立ち、息遣いや鼓動までも響いてくるような迫力をもっています。
本作のテーマは「毒親」。なんてことのない平穏な家族の日常に、静かにひそむ狂気と不穏……。
「この漫画は凄い」。その一言に尽きます。ぜひご一読を。
- 著者
- 押見 修造
- 出版日
- 2017-09-08
中学生の静一が見た「夢」。母・静子と手をつなぎ歩いていると、静子が指さす先に猫を見つけます。ふたりは猫をなでてみるのですが、その手触りで、もう死んでいることが分かりました。なんで死んじゃったのかなぁと問いかける静一に、静子はなにも言わず、にっこりとほほえみます。
- 著者
- 押見 修造
- 出版日
- 2017-12-27
この印象的な夢の回想から物語は始まります。
描かれるのは、なんてことのない日常、温かい家庭。でも、なにかがおかしい。おかしいとまでは言わずとも、普通ではないなにかを抱えたまま、物語は淡々と進みます。
息子を愛する母の愛情は、どこか異質で異様なものでした。そしてある事件をきっかけに、壊れていく息子。読んでみなければ分からないほど、静かに静かに恐怖が押し寄せます。
少し内気な、どこにでもいる少年です。クラスメイトとふざけ合いをしたり、気になる女子にちょっかいを出したり、思春期真っただ中の中学生です。静子とのスキンシップを照れて嫌がりもするけれど、友達との約束よりも、好きな女の子の気持ちよりも静子を優先します。
静子が起こした事件のあとも、静子をかばい、必死に守ろうとします。静子の、暗に押し付けるような愛情を決してはねつけることなく、むしろ受け入れているようにも見受けられます。
若く美しい容姿で、息子の静一に対しときには恋人のような態度をみせます。頬や髪に触れたり、抱きしめたり、頬にキスをしたり、そればかりでなく……。
義理の姉家族と出かけた旅行先で、ある事件を起こします。その瞬間は一時的に混乱状態に陥るも、その後は平静とした態度を見せ、容易に嘘をついてみせます。
2巻では、静一に好意を示すクラスメイト・吹石に対し、笑顔でありながら明らかに嫌悪感を見せています。吹石への嫉妬から静一に泣いてすがりつき、ついには彼女からのラブレターを静一と一緒に破り捨てるといった異質な行動も見せるようになります。
あらすじで述べた猫の夢の回想で始まる1巻。そのなんともいえない異様な雰囲気はなんだったのかと拍子抜けするほど、ごく普通の日常が描かれていきます。
ある日、静一の従兄弟であるしげるとその母が遊びに来ます。テレビゲームで遊んでいると、しげるがあることを言い出します。
「静ちゃんちってさ、カホゴだいね」(『血の轍』1巻より引用)
母親がそう言っているというしげるの顔に、悪意は感じられません。静一は、そもそも「過保護」という言葉を知りませんでしたが、しげるにその意味を知らされるなりぴしゃりと言い返します。
「お母さんのこと、変なふうに言わないでよ」(『血の轍』1巻より引用)
- 著者
- 押見 修造
- 出版日
- 2017-09-08
ここまでは、静一も静子も、少しスキンシップの多いごく普通の仲のよい親子という様子です。「過保護」と揶揄され、むっとした様子の静一にも、さほど違和感は感じません。普段は「ママ」と呼ぶ静一が、友人やしげるの前では「お母さん」と呼ぶことも、思春期にありがちなごく普通のことでしょう。
一方で、静子の笑顔には、時折やけにどきりとさせられることがあります。その理由は分かりませんが、作者が意図してそう描写しているであろうことは、押見作品の読者であれば誰もが感じることでしょう。
何とも言えぬ気味の悪さ、何も起こっていないのになぜか心がざわつく不穏な気配こそ、この作品の真髄といえます。静子の心理描写が一切なされず、彼女が何を考えているのかまったく分からないところも、より一層恐怖心をあおります。
夏休み。静一としげるは、両親を含めた家族6人で山登りに出かけることになりました。その道中のこと。しげるは、景色がよいからと崖のきわまで静一を呼び、いたずらでその背中を押します。よろめいた静一に驚いた静子は、とっさに静一の体にしがみつき、抱きしめました。
その様子を見て、しげるの母は「過保護すぎる」とバカにした態度で大笑いするのです。
大事件が起きたのは、それから間もなくのことでした。それを引き起こしたのは、他でもない静子。
取り返しのつかないことを起こしながら、彼女は一瞬のほほえみを浮かべます。そう、物語の冒頭で静一が見ていた夢、死んだ猫の夢で見たあのほほえみです。
物語は、平穏の中に静かな不気味さを漂わせていた1巻とは異なり、あきらかに異様な方向へとすすんでいきます。静子はもちろんのこと、静一にも見え隠れする歪み。
事件が起こったその時、静一は、「ママを助けなきゃ」という思いに駆られていました。わき上がる恐怖心と闘いながら。
一方で、事故を起こした当事者である静子は、一時的に混乱するものの、驚くほどすぐに冷静さを取り戻していました。駆けつけた警察官に対しても、飄々と嘘をついてのけるのです。静子の供述が真実か否か、警察官に問われる静一。
「ママの言う通りです」(『血の轍』2巻より引用)
そう答える静一の肩に、静子がそっと手をそえています。この手は、何かの暗示なのでしょうか。無意識の中で、静一をコントロールしている象徴のようにもみえます。
- 著者
- 押見 修造
- 出版日
- 2017-12-27
もうひとつの事件は、静かに訪れました。
一人で留守番をしていた静一のもとに、クラスメイトの吹石がたずねてきます。そこへ静子が帰宅し、吹石と鉢合わせになりました。
普通の、ごく普通の母親として笑顔を見せる静子ですが、その態度や表情に違和感を覚えずにはいられません。たった1ページの描写、それも笑顔であるにも関わらず、心底ゾっとするシーンであり、静子の異様さがありありと伝わります。
実は吹石からラブレターを受け取った静一。とっさに隠しましたが、静子に見つかってしまいます。
「静ちゃん、それ見せて」
「それ 手に持ってるの。ママに見せて」
「早く」(『血の轍』2巻より引用)
静一が差し出した手紙を読み始めた静子は、みるみるうちに涙を浮かべます。そして、驚くべきことを口にするのです。
それに対して静一の、声にならない言葉……。彼がぱくぱくと動く唇がようやくしぼり出したのは、おそろしいほど意外な言葉でした。これは、本当に静一の本心なのでしょうか。それとも、封じ込めた本心の変わりに口をついて出た言葉なのでしょうか。
驚くべき静子の提案に、静一は「従った」のか、それとも自分の意思でそうしたのか。2巻はそんな衝撃のラストシーンで幕を閉じます。
1巻の冒頭でこそ、「なにも起こらない気味の悪さ」が際立っていた本作ですが、この2巻ではあきらかに親子のゆがんだ関係が見てとれます。
衝撃的な終わり方をした、2巻。自分の言う通りに行動した静一に、静子は、微笑みながらある行為をして……という内容でした。
3巻では、さらに静子が静一への愛を深めていきます。彼さえいればいいとでもいうように、事件の被害者であるしげるのお見舞いにすら行かず、親戚付き合いもせず、夫の一郎にすら敵意をむき出しにします。
しかし、他者に向ける温度のない笑顔や、激しい怒りに対し、静一にだけは、いつでも不気味さを感じさせる、優しい笑顔を見せます。
それに対し静一は、2巻の終わりからその兆候を見せていた、吃音を発症します。どう考えても静子の起こした事件や、ラブレターを破いたこと、そのあとに静子にされた行為が原因で、精神のバランスを崩しています……。
- 著者
- 押見 修造
- 出版日
- 2018-04-27
そして夏休みが終わり、心の不安定さとは関係なく、日常が始まります。吃音を発症し、それを誰にも相談できず、逃げるように家に帰ろうとした時に、彼に声をかけてきたのは、吹石でした。
彼のいつもとは異なる様子に気づいてくれるのですが、静一は彼女に背を向け、逃げていってしまいます。これが、希望に繋がる伏線になればいいですが……。
そしてどんどん家庭内も不穏な空気になっていきます。一郎と静子はしげるへのお見舞いをきっかけに言い争いをし、家でも静一の居場所がなくなってしまうのです。
しかし3巻の見所は、これだけではありません。このあと、しげるのお見舞いに行ってさらに自責の念を強める静一に、家で待っていた静子が追い打ちをかけるような行為をするのです。
いまだ3巻ながら、毎回、読者の心をえぐってくる本作。怖いながらも、4巻が待ちきれません。
不安定な精神状態から、吃音の症状が出てきてしまった静一。学校でも友人にあたってしまい、そのはずみで教壇を蹴り、穴を開けてしまいます。そして学校で親に連絡する、とまで言われてしまうのです。
この頃様子のおかしい静一を心配した吹石は、彼が下校するあとを追いかけ、心配して声をかけるのですが……。
- 著者
- 押見 修造
- 出版日
- 2018-09-28
下校途中に一緒にベンチに座り、話をする吹石と静一。そこで彼はようやく彼女からの手紙が嬉しかったことを伝えます。そして「嬉しい」の意味を聞いてくる吹石に、静一は意を決して付き合おうと言うのです!
やっと静一を安心して見られる展開が描かれる4巻です。2人の蜜月の様子は、今まで心を痛めてきた読者なら誰もが癒されるでしょう。彼女のおかげで静一はまた学校でいつもどおり話せるようになるのです。
しかし友人にあたってしまったことから、いじめのようなことをされるようになってしまったり、家で静子に話す時はやはりまた吃音が出てきたりしてしまいます。
そしてもちろん、静子は静一の小さな変化を見逃しません。ある日、吹石と静一が2人っきりで寄り添う姿を見て、物語は大きな動きを見せるのです。
ついに自分の意思を伝えた静一。それに対して、静子はあの異常な表情を見せます。その狂気の様子はぜひ、作品で。5巻でさらに大きく展開が動きそうです!
吹石と逃げた静一は、母親が昔からあんな風なのかと聞かれます。しかし過去を思い出そうとしますが、記憶がおぼろで断片的にしか情報が見えません。
そんな困惑した彼をみて、吹石はわからないままでいい、と語りかけます。
「私はお母さんを捨てたから。頭ん中で」
(『血の轍』5巻より引用)
そこから2人の逃避行が始まるのですが……。
- 著者
- 押見修造
- 出版日
- 2019-02-28
吹石の部屋で彼女と2人っきりと閉じこもる静一。彼女のお風呂上がりのショートパンツ姿にドキドキし、さらに一緒のベッドで寝ることになり、母親以外の女性とこれまでにないほど、近づきます。
そして彼が吹石から言われたのは、「ずっと…捨てない…?」という言葉。今までずっと母だけのことを思ってきた世界に生きてきた静一の脳内に浮かんだのは、やはり、静子。
そんな彼の考えをよそに、吹石はそのままキスしてくるのですが……。
吹石の家庭事情、静子の異常な執着、静子と静一の間にある、いわくありげな過去……。これまでの展開をさらに誇張するかのように「血の轍」、その一族にめんめんと受け継がれてきた負の遺産の存在を感じる内容です。
そして最後に静一がした行動は、読者の予想を裏切るもの。予測不能の展開が、彼らの運命をどう動かすか、そして「血の轍」は果たして負の側面しかないのでしょうか。
吹石に女を感じ、初めて「子供」から「ひとりの少年」に変化した静一。しかし吹石からの気持ちを受け取ることはできず、彼女からも逃げ出しました。
そんな時、ついに彼は静子に見つけられます。そして雨が降るなかずぶぬれになった2人は抱き合います。そして彼女は「すべてを話す」「静一をひとりの人間として見る」と伝てくるのですが……。
- 著者
- 押見修造
- 出版日
- 2019-08-30
6巻ではやっと静子が本音を話します……。と思いきや、やはりこの女、一筋縄でいくはずがありません。「すべてを話す」というのは巧みに真実をゆがめ、静一を洗脳するためのオトリだったのです。
そして静一にもいなかった間に何があったかすべてを話せと詰め寄るのですが……。これを聞いたあとの彼女の表情が、トラウマもの。ここまで人の怒りをおぞましく表現できるのかと思わせられます。また、静一が不憫でしょうがないです……。
しかし、結局静子の独壇場になるかと思いきや、6巻の後半では彼女に不利なあることが起こります。そこから彼女がどう立ち回るのか、怖いもの見たさで7巻が待ちきれません……。
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果たしてどうおかしいのか、なにがおかしいのか、真のおそろしさはこの作品を読まずには伝わらないことでしょう。そして物語はまだまだここから。ぜひ、押見ワールドへ迷い込んでみてください。