「クソムシが」というセリフが印象的な『惡の華』で有名になった作者。他の作品も魅力的なものばかりです。リアルすぎるキャラクターがたくさん登場する、思春期の少年少女の複雑な内面に斬り込んだ作品を6つ紹介します。
1981年生まれ、群馬県出身の漫画家。彼は思春期に日本三大奇書のひとつと言われる『ドグラ・マグラ』や、個性の強い作者が多いことで有名な漫画雑誌『ガロ』を愛読する少年でした。
そんなの押見修造の作風はかなり独特。ネットカフェが漂流する、純愛がいきすぎて体操服を嗅いでしまうなど、設定のインパクトが強いものが多いです。また、『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』では自身も中学2年生から患った吃音症の少女を描いています。
押見修造の作品の最大の魅力は、思春期や生きづらい人間の息苦しさをリアルに描いている点。それは地方出身の彼自身の体験からくるものです。高校を卒業して上京した彼は地方特有の同調圧力のようなものを息苦しく感じ、「これ以上地元にいたら死ぬか殺すかしていたな」と振り返るほどです。
また彼の作品のもうひとつの魅力は常に工夫を怠らず、変化する作風です。たとえば代表作『惡の華』ではヒロインの顔が序盤とはかなり異なることでも有名。作画の上達という面もあるかもしれませんが、彼女の丸顔が成長するにつれてシュッとしていくなど、リアルな変化が見られます。また、表紙も4巻、7巻以降で雰囲気がガラリと変わるのも面白いもの。
独特の作風で物語を紡ぎあげ、常に作品を進化させていく天才漫画家、それが押見修造なのです。
楳図かずおの『漂流教室』をアレンジした作品です。
現実世界からいきなり荒野に飛ばされ殺し合いになる部分は似ていますが、漂流したのが大人ばかりで人数が少ないという違いがあり、閉ざされた空間で徐々に変わっていく人間の怖さが特徴です。
- 著者
- 押見 修造
- 出版日
- 2009-02-28
主人公の土岐は妊娠中で気が立っている嫁と喧嘩し、家に帰りたくないと思いネットカフェに立ち寄ります。そこで中学時代の初恋の相手「遠野」と出会い、つい「このままずっと夜が明けなければ」と思うのでした。
大雨で帰れなくなり、ネットカフェで一晩過ごすことにした土岐と遠野が目を覚ますと、ネットカフェの周りには見たこともない荒野が広がっていて……。
漂流した人たちは土岐と遠野を含めて19人。他のメンバーの豹変ぶりは凄まじいものです。サラリーマンの松田は勢い余って上司を殺してしまい、ネットカフェ難民の寺沢は暴力を使って、場を支配しようとします。特に寺沢はひどいやつで、ミクという女子大生をレイプして自分に従わせ、ミクを使って他の男たちも自分の傘下に加える暴君ぶりをみせています。
この漫画は性的で暴力的な描写が少なからずあるので、エログロが苦手な方にはオススメできません。漂流世界から抜け出す方法も(ネタバレになるのでここには書きませんが)残酷です。しかし、怖いなぁ、やだなぁと思いながらもついつい読み進めてしまう。そんな不思議な魅力がある作品といえるでしょう。
本作は、自分の名前を言おうとすると言葉が出づらい「吃音症」を患った少女が主人公の漫画です。作中ではあえて「吃音」という言葉は使われていません。「吃音症」としてではなく、思春期の男女が抱えたありふれた悩みとして向き合う物語だからです。
- 著者
- 押見 修造
- 出版日
- 2012-12-07
この漫画に登場する吃音症の志乃と、音痴の加代という、コンプレックスを持った2人の少女。特に志乃のコンプレックスは重く、吃音症のせいで後ろ向きな性格になり、周囲から孤立してしまいます。しかし、志乃と加代がユニットを組んで歌うことで、志乃は居場所を得ることができ、加代は自分の代わりに歌ってくれる志乃のおかげで、音痴を笑われないようになりました。
ところがささいなすれ違いから、文化祭では音痴の加代がひとりで歌うこととなり、笑い者にされてしまいます。そんな加代の姿を見て志乃は心を動かされ、自分の気持ちを流暢に話せないながらも必死に伝えました。加代は歌うことで、志乃は自分の名前を叫ぶことで、ようやくコンプレックスから解放されたのです。
押見修造があとがきで「個人的でありながら誰にでもあてはまる物語になればと思った」と語っているように、この物語は誰にでもあてはまる悩みがテーマとなっています。人はそれぞれ違ったコンプレックスを抱えています。それとどう付き合えばいいのか、どう向き合っていけばいいのか考えさせられる作品です。
『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』については<漫画『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』が胸をえぐる>で紹介しています。気になる方はぜひご覧ください。
主人公・ノボルは、幼い頃のトラウマから巨乳の女性に苦手意識を持っていました。
失敗した合コン帰りにたまたま見かけた巨大な風俗店「デビルエクスタシー」に入ると、そこには貧乳の美少女「メルル」が働いていて、一目惚れしてしまいます。しかしそこは男の「精(ザーム)」を吸い取らないと生きていけない「サキュバス」たちが働く闇の風俗店で……。
- 著者
- 押見 修造
- 出版日
- 2013-04-05
サキュバスは、メルルを除けばほぼ全員がかなりの巨乳の持ち主なので、どんな男でも満足させてきました。しかし、ノボルは巨乳に対してただならぬ恐怖を抱いているので、サキュバスの胸を見て嘔吐してしまいます。サキュバスたちにとって自分の魅力が効かないノボルは、まさに天敵ともいえる存在だったのです。
ノボルが巨乳の美女に迫られたときの表情は、まるでホラー漫画のよう。巨乳が苦手な主人公は、貧乳のサキュバスと結ばれることができるのか……。恋と乳を巡るホラーコメディです。
よくある入れ替わりモノかと思いきや、ちょっと変わったミステリー要素もある作品です。
主人公の小森功は、ほぼひきこもりの大学生。彼の唯一の楽しみは毎夜コンビニに現れる天使のような美少女を見ることでした。いつものようにコンビニの天使を追いかけていたら気を失ってしまい、目が覚めると自分がコンビニの天使「吉崎麻理」になっていることに気づきます。
- 著者
- 押見 修造
- 出版日
- 2012-12-07
本作では次々に新しい謎が現れてきます。1番大きな謎は、本物の麻里の行方。麻里になった小森は「自分」に接触しようとしますが、「自分」は普段通りの生活を続けていました。ここから小森と麻里が入れ替わるだけの単純なストーリーではないことがわかります。
物語が進むと、麻里の部屋から小森が読んだ覚えがあるエロ本が出てきたり、本物の麻里らしき人物から電話がかかってきたり、小森の部屋に麻里からのメッセージがあったりと、謎が謎を呼ぶ展開になっていきます。
最終巻では麻里の行方、小森が麻里の中に入った理由など全ての謎が明かされます。ミステリーが好きな方は、読みながら推理していくと面白いですよ。
『ぼくは麻理のなか』については<漫画『ぼくは麻理のなか』の魅力をネタバレ紹介!押見修造の話題作>
いじめられっ子の高校生・岡崎はレンタルビデオ店に向かう途中、髪の長い少女に襲われて血を吸われてしまいます。飛びそうな意識のなかで、少女から「このまま死ぬ?それとも同じになる?」と問いかけられた岡崎は、とっさに死にたくないと答えます。すると少女はどこかへ去って行ってしまいました。
- 著者
- 押見 修造
- 出版日
- 2015-07-09
吸血鬼となった岡崎は、ジャンプ力やパンチ力が上がり、自分をいじめていた勇樹をパンチ1発で倒し、さらには勇樹をリンチしていた不良までをも倒してしまいます。不良を倒したおかげで、勇樹と友達になった岡崎。周囲の見る目も変わり、以前とはうって変わって順風満帆な学校生活を送れるようになりました。
この作品は、石田スイの『東京喰種』によく似た描写が多くあります。戦闘シーンが多い『東京喰種』よりも、登場人物の心情について深く掘り下げているところが押見修造らしいといえるではないのでしょうか。
2018年現在、続刊中の本作。まだまだ謎が多いので、これからが楽しみです。
『ハピネス』については<『ハピネス』の魅力を全巻ネタバレ紹介!押見修造が描く吸血鬼漫画>の記事で紹介しています。気になる方はぜひご覧ください。
彼を一躍有名にした代表作です。思春期の男女が他人に向けるいい子ちゃんの皮を破り、薄暗い内面を曝け出していくラブストーリーです。
ボードレールの『悪の華』が愛読書の春日は、ある日、教室に落ちていたクラスのマドンナ佐伯の体操服を盗んでしまいます。そのシーンをクラスメイトの女子・仲村に見られ、ばらされたくなかったら自分と契約しろ、と脅迫されてしまい……。
- 著者
- 押見 修造
- 出版日
- 2010-03-17
春日は、もともとは佐伯が好きで体操服を盗んだはずです。しかし仲村と契約して一緒に過ごすようになったことで、仲村に好意を寄せるようになっていくのでした。体操服を着たまま佐伯とデートさせられたり、一緒に教室を荒らしたりしたことで、日常とは違う状況に興奮して吊り橋効果となり、仲村を好きになったと勘違いしたのでしょう。
一方、クラスのマドンナである佐伯は春日に告白され、外面は優しい春日のことを好きになっていきます。体操服を盗んだことや、教室を荒らしたこと知りながらも、春日を受け入れようとする佐伯と付き合い続けるか、それとも春日の暗い内側を理解してくれる仲村を選ぶか。結局春日は、どちらも選ぶことができずに3人の関係はこじれていきます。
1巻~6巻までは中学生編で、春日・仲村・佐伯の3人がやり場のない自分の「変態」的な内面をあふれさせていくストーリーです。7巻以降は高校生編で、春日と、男子の憧れの的である常磐を中心に、いなくなった仲村の影に思いを馳せるストーリーとなっています。
『惡の華』については<漫画『惡の華』を最終回まで全巻ネタバレ考察!この青春はやばい!【映画化】>で詳しく紹介しています。
以上6作を紹介しました。押見修造の作品は、ほとんどが中学生や高校生などの若い男女を中心に描かれていますが、主なターゲットは思春期をすでに経験した大人たちであると思います。彼の紡ぐ物語は、かつての熱い青春を思い起こさせてくれることでしょう。