赤塚不二夫のおすすめ名作漫画5選!『天才バカボン』以外の作品、知ってる?

更新:2018.2.6

ギャグ漫画界の巨人、赤塚不二夫。多数の国民的人気漫画に流行語など、その残した功績と作品は余りにも多く、今なお強い存在感を放ち続けています。今回はそんな奇才赤塚不二夫の名作漫画を5作品ご紹介しましょう。

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昭和ギャグ漫画の王様、赤塚不二夫

赤塚不二夫(あかつかふじお)は1935年9月14日生まれ、2008年8月2日に72歳で亡くなった漫画家です。手塚治虫に影響され、数々の超有名漫画家が過ごしたという伝説のアパート「トキワ荘」出身の1人。

赤塚家は旧満州国(現在の中国東北部)に住む家族で、赤塚不二夫はその6人兄妹の長男として生まれました。第2次世界大戦前夜の過酷な時代を過ごし、敗戦後、彼が11歳の時に母方の実家である奈良に移り住んだそうです。

戦争で傷付き、戦後も家族が離散した赤塚少年の転機となったのは、小学5年生の時に出会ったある貸本(レンタルビデオの走り、有償図書館のような制度)の漫画でした。それは手塚治虫の『ロストワールド』で、この作品と出会ったことをきっかけに見様見真似で漫画を描き始めたそうです。

以後は数々の投稿を続け、1956年に『嵐をこえて』でデビュー。投稿時代に知り合った石ノ森章太郎に誘われる形で上京し、かの有名なトキワ荘の住人となります。

当初は貸本の少女漫画を主要な活躍の場としていましたが、1962年に「週刊少年サンデー」と「りぼん」で連載を始めた『おそ松くん』、『ひみつのアッコちゃん』両作品がブレイク。一挙に人気作家となりました。ともすればナンセンスに見られるギャグを得意とすることで知られています。

はちゃめちゃドタバタでも、これでいいのだ『天才バカボン』

これは東京に住む、とあるヘンテコな家族のお話です。バカ田大学出身で騙されやすいパパ、お人好しでおっちょこちょいの長男バカボン、とてつもない天才児の次男ハジメちゃん、そして優しいママの4人家族。

笑いの絶えないナンセンスな日常が、ヘンテコ家族と近所の風変わりな住民の間で繰り広げられます。

著者
赤塚 不二夫
出版日

本作は1967年に「週刊少年マガジン」や「週刊少年サンデー」他、多数の雑誌で連載されていた作品。漫画の内容もですが、連載誌の変遷もかなり破天荒でした。当初講談社で始まった連載が、半ばにして小学館のサンデーへ移籍、そして再度講談社へ出戻りして一端完結しました。が、その後も掲載誌を乗り換えて断続的に新作が発表されたのです。

行ったり来たり、ひらりひらりとスタンスを変えるところは、作品自体がバカボンのパパの口癖である「さんせいのはんたい」や「はんたいのさんせい」を思わせる天の邪鬼さを備えているようでもあります。あるいは作者赤塚自身の人柄を反映したのかも知れませんが。

本作は何度もテレビアニメ化や映画化、テレビドラマ化されるほどの人気作。長期に渉る連載のため作風はホームコメディ風であったり、ナンセンスギャグ、シュールギャグにブラックユーモアと多様に変化しています。

バカボンのパパのお決まりギャグや、お気楽を絵に描いたような活躍(騒動含む)を読めば、日々の悩みもきっと吹き飛んでしまうことでしょう。

流行語にもなった国民的ギャグ漫画!『おそ松くん』

とある町内の一軒家に松野一家が暮らしています。この松野家には他にはない特徴がありました。それは一家の息子が6人もいるということと、全員が同じ顔をしているということです。彼らは揃って悪戯好きな6つ子でした。

長男おそ松をはじめとして、強烈過ぎる個性を持ったキャラが、ところ狭しと暴れまくるナンセンスギャグ漫画です。

著者
赤塚 不二夫
出版日
2004-11-01

本作は1962年から「週刊少年サンデー」、「別冊少年サンデー」等で連載されていた作品。こちらも『天才バカボン』に負けないくらい、連載中に掲載誌を渡り歩いた作品となっています。

多数の人気キャラを輩出して、赤塚不二夫の名を浮動のものとした伝説のギャグ漫画です。近年では本作の設定を大胆に変更して、大人になった6つ子を主人公としたアニメ『おそ松さん』が大変な人気を呼んだことでも記憶に新しいことでしょう。

主役はご存知、「松」の名前を冠した6つ子ですが、イヤミやチビ太、ハタ坊といった脇役のレギュラーキャラも大変個性的です。特にフランスかぶれのイヤミは、一発ギャグの「シェー!」が一世を風靡して当時の流行語にもなりました。あまりにも個性が強すぎて、連載が進むと6つ子の出番を奪ってしまうほどの活躍をします。

1話完結型の日常ナンセンスギャグから、大作映画を思わせるストーリーモノまで、幅広くバラエティに富んだ内容が楽しめます。

『おそ松くん』については<『おそ松くん』キャラの性格、特徴など徹底紹介!原作の最終回が怖すぎ!?>の記事で紹介しています。気になる方はあわせてご覧ください。

女の子の永遠の憧れ! 魔法少女はここから始まった『ひみつのアッコちゃん』

アッコこと加賀美あつ子は、ちょっと背伸びしがちな普通の小学5年生の女の子。アッコが母親に代わって留守番をしていたある日、お気に入りの鏡がどこからか飛んで来た野球のボールのせいで割れてしまいました。

悲しむアッコの元へ、「鏡の国」の住人を名乗る不思議な男が現れて、アッコに新しい鏡を渡します。その鏡は呪文を唱えると、願った姿に変身することの出来る魔法の鏡でした。

こうしてアッコの、日常のちょっと困ったことを鏡の力で解決する素敵な日々が始まったのです。

著者
赤塚 不二夫
出版日
2009-01-24

本作は1962年から「りぼん」で連載されていた作品です。

こちらも何度もメディアミックスが行われた超有名作品となっています。テレビアニメ化に際しては何度か続編が描かれており、初期と続編とでは設定に若干の差異があります。アニメでだけ知っている方にとって驚きなのは、「テクマクマヤコン」という本作の代名詞的なあの呪文が、実はアニメ版初出だということでしょう。

作者の項目でも触れましたが、赤塚は元々は少女漫画畑出身の漫画家です。そのノウハウを活かして創作された本作も、非常に女の子の夢に溢れたメルヘンチックな物語となっています。

いつの世でも、小さな子が胸に抱く変身願望を具現化したファンタジー。言わば変身魔法少女モノの元祖であり、日曜朝のあのアニメも、月の美少女戦士も元を辿れば本作に辿り着くのです。ごく普通の女の子が不思議な力で変身して人助けを行う、というお決まりの流れがすでに完成されており、その完成度の高さから今読んでみても色褪せて見えることはありません。

なお、アニメでもお馴染みのコンパクトは、逆輸入の形で原作第2期から登場します。

赤塚流江戸っ子人情ギャグ漫画!『もーれつア太郎』

東京は下町で、昔ながらに八百屋「八百×」を営む親子がいました。と言っても、切り盛りするのは江戸っ子気質でしっかり者の息子、まだ小学生のア太郎です。父親の×五郎(ばつごろう)は店をア太郎に任せきりのダメ親父でした。

どんな風向きか、×五郎が真面目に働き出したのはいいのですが、ひょんなことから命を落としてしまいます。ア太郎は1人、家業を継ぐことになりました。偶然彼と出会った少年、デコッ八はア太郎に惚れ込んで子分となり、住み込みで働くようになります。実は死ぬ予定ではなかった×五郎の幽霊が、天国から店に戻って来ているのですが……。

ワイワイガヤガヤ、下町コメディの始まりです。

著者
赤塚 不二夫
出版日
1994-11-28

本作は1967年から「週刊少年サンデー」で連載されていた作品です。テレビアニメやドラマ化もされました。

こちらも連載に当たっての逸話があって、マガジンで大ヒットした『天才バカボン』に対抗するため、当時のサンデー編集部は連載中の人気漫画『おそ松くん』を終了(交渉の末、月1連載に変更)させた上で本作をスタートさせたそうです。

当時『おそ松くん』も誌面ではトップクラスの人気だったので、わざわざ終わらせて新連載というのは今ではちょっと考えられませんね。

そうして始まった本作ですが、最初は月1連載の『おそ松くん』を前にして苦戦したそうです。それが×五郎の死、デコッ八などの登場で人情路線を加速させ、仕上げに喋る猫ニャロメや毛虫のケムンパスが出てきた辺りで爆発的に人気を獲得しました。

このように、赤塚らしいナンセンスギャグは随所に見られるものの、どこかホロリと来る人情話が本作最大の魅力です。

ちなみにア太郎という珍妙な名前は、×五郎があいうえお順に子どもを名付けていくつもりだった名残です。

赤塚不二夫のシュールな世界へ、レッツ・ラ・ゴーン!『レッツラゴン』

主人公のゴンと、その父親「おやじ」は同じ家で2人暮らしなのに、別々の生活を送っていました。自分の食い扶持は自分で稼ぐという家訓です。そのせいなのか、ゴンは小学生なのにほとんど学校へは行ってません。

そんな型破りなゴンの家族に、山で出会った熊のベラマッチャまで加わって、日常がさらにしっちゃかめっちゃかになっていきます。

著者
赤塚不二夫
出版日
2013-09-27

本作は1971年から「週刊少年サンデー」で連載されていた作品です。

赤塚ギャグ漫画のご多分に漏れず、本作にも連載開始の逸話が存在します。新連載を目前に控えているのに、アメリカ旅行から一向に戻らない赤塚。そんな折りに赤塚から、アメリカ滞在中に覚えたデタラメ英語「レッツラゴーン」から取られた『レッツラゴン』のタイトルが編集に送られたそうです。そしてそれがそのままタイトルになりました。

なんとも昭和ならではの豪快なエピソード。そんなちゃらんぽらんな赤塚の手癖が作品にも反映されており、当初は奇妙な父子家庭を描いたナンセンスコメディだったのが、徐々にシュールを超越したカオスな内容へと変化していきました。

喋る動物が出てくるところまでは旧作にも見られましたが、本作ではさらにそのナンセンス深度が深まり、赤塚本人や担当編集の武井俊樹までが客演する始末。その先の見えない展開は他の追随を許しません。2人で打ち合わせをしながら、赤塚がその場で原稿に描き込んでいたというのだから、それも仕方のないことでしょう。

こうして奇抜で滅茶苦茶な作品に仕上がったにも関わらず、赤塚自身は本作を最高傑作だと自負していたようです。その真髄は実際に読んでみた方だけがわかる……のかも?

ちなみにゴンには上に亡くなった兄が5人いて、それぞれア太郎、デコッ八、おそ松、チビ太、ハタ坊という名前だったとか。旧作の主要キャラを死別した設定で登場させるセンスとは……。

いかがでしたか? 赤塚不二夫が2008年に亡くなって、今年でちょうど10年になります。赤塚作品を知っていたという方も、知らなかったという方も、この機会にぜひ赤塚ワールドに触れてみて下さい。

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