高齢者問題に直面した80歳の女性をパワフルに描く『傘寿まり子』。やりたいことはいくつになっても見つけられる、という前向きな気持ちにさせてくれる本作の見どころを全巻余すことなくご紹介していきます。
「傘寿」は80歳を表す呼び名。本作の主人公は、八十路に突入した女性です。
作者のおざわゆきは「年をとっても仙人にはなれない」と言っていて、いくら年齢を重ねても人間的にそう変わるものではないとのこと。主人公のまり子も、80歳にして見つけた夢に向かって突き進んでいきます。
インターネットを使ってみたり、趣味にまい進したり、恋をしたり……自分の居場所を見つけ、若者と関わりながらいきいきと生活をする姿が印象的。老いるのも、それほど悪いものではないのかもしれないと思わせてくれるでしょう。
もちろん、家族との同居問題、孤独死、認知症など、高齢者ゆえの不安もかなりリアルに描かれているので、その点にもご注目。
この記事では、そんな本作の魅力と見どころを全巻分ご紹介します。ネタバレを含むのでご注意ください。読後にあなたは何を思うでしょうか。
- 著者
- おざわ ゆき
- 出版日
- 2016-11-11
主人公の幸田まり子は、80歳のベテラン作家。夫に先立たれ、息子夫婦、孫夫婦と同居中です。しかし家が狭いこともあり、家族は毎日のように揉めています。
ある日彼女のもとに、若い頃想いを寄せていた八百坂親承(やおさかちかつぐ)という男性から連絡が。作家仲間で、八百坂の元妻でもあったじゅん子が亡くなったという報せでした。死因は孤独死……。
まり子は葬儀に参列した際、じゅん子も家族間に複雑な事情を抱えていたことを知ります。そしてなんと、家出をして80歳にして独立することを決意するのです。
まずは住む家を探します。しかし、いわゆる高齢者への「入居差別」を受け、なかなか部屋を借りることができません。お金がかかるためホテル暮らしもあきらめ、ついにネットカフェ難民に⁉そんななか八百坂と再会して「一緒に暮らしてくれないか」と頼まれ……。
80歳からはじまるまり子の波乱万丈な毎日です。
まり子は雑誌「群星」で長期間執筆を続けているベテラン作家。しかし最近編集部から減ページの提案が出され、複雑な気持ちになっていました。
子供夫婦、孫夫婦と同居していますが、家は手狭。家族はいつもイライラしています。
そんなある日、携帯電話に知らない番号から電話がかかってきます。出てみると、昔密かに恋をしていた八百坂親承からで、彼の元妻でまり子の作家仲間でもあったじゅん子が亡くなったという報せでした。
葬儀の席で遺族にお悔やみを伝えると、じゅん子の娘から「嫌味か」と激昂されてしまいます。いっぱいいっぱいだという娘の怒りに、まり子は言葉を失いました。
「自分でもつらいのよ どうせこの先長くない人間なのに まだ生きててごめんなさいって」(『傘寿まり子』1巻より引用)
その後、家を建て替える話が出たことをきっかけに、まり子は家出を決意。しかし不動産会社からは高齢者に対する「入居差別」を受け、部屋を借りることができません。仕方なくネットカフェで寝泊りをしていると、偶然再会した八百坂から同棲を申し込まれ……。
年齢ゆえか知人が次々と亡くなり、昔ほど精力的に仕事もこなせなくなってしまったことで、自らの老いをあらためて認識するまり子の姿に胸が苦しくなります。「終の棲家」とはなんだろうか、とも考えさせられることでしょう。
またじゅん子は家族がいるにもかかわらず孤独死をしていて、若いころは美しくたおやかだった女性とのギャップにも心が痛くなるはずです。高齢者が直面する問題をリアルに描いているところが、本作の魅力だといえるでしょう。
憧れの八百坂との同棲生活を受け入れたまり子。自分のことを「魅力的」「可愛らしい」と褒めてくれる彼にドギマギする毎日を過ごします。
頭の中にはどんどん新作の文章が湧いてきて、それを「群星」の編集部に送ると、担当の斉藤は彼女の文章から今までにはなかった艶っぽさを感じ取っていました。増ページを編集長に打診しますがあっけなく却下され、さらに新進クリエーターの連載が決まったら、まり子の連載を打ち切るというのです……。
一方で不動産屋のオーナーも、八百坂との同棲について警告を発します。
「その年で男と暮らすなんて 寿命縮めるだけだよ」 (『傘寿まり子』2巻より引用)
ただこの言葉を聞いても、まり子は「幸せになってみせる」と決意を固めていました。
部屋に書斎を作ろうという八百坂に連れられ、豪華な家具店へ。張り切って机などを選ぶのですが、自分で言ったことを忘れてしまう彼の姿を見て、違和感を抱くのでした……。
- 著者
- おざわ ゆき
- 出版日
- 2017-02-13
2巻の前半は、まり子と八百坂の初々しい同棲生活が印象的。できることを懸命にするまり子の姿が微笑ましいです。しかしずっと憧れていた八百坂にも老いは確実に忍び寄っていて、認知症らしき傾向が見え隠れします。
「女性」としての心を目覚めさせる反面、がっかりしたくないと思う女心がうかがえるでしょう。
また不動産オーナーのセリフも響きます。
「若い者同士の同棲は結婚やら妊娠やらで”増える”けど 年寄りの同居は”減る”んだよ」 (『傘寿まり子』2巻より引用)
寂しさに耐えられず同居をしても、年寄り同士の同居はお互いを削るだけ……彼女たちの同棲はうまくいかないのでしょうか。
またまり子は、新しい原稿を編集部に持参します。編集長が現れて褒めちぎってくるのですが、そこにある悪意を感じ取り、彼女はその場で原稿を破いてしまうのです。「小説を書く」と言い残し、編集部を後にしました。
その後、八百坂と取材旅行に出かけます。しかし交通事故に遭ってしまい……。
車で事故を起こしてしまったものの、幸いなことに無事だったまり子と八百坂。警察に取り調べを受けているところへ八百坂の娘が到着し、厳しい批判を受けます。
まり子の孫の妻、彩花ががやってきてその場を収めてくれましたが、八百坂は娘に引き取られることになりました。別れ際に「二度と会わないで」と釘を刺されます。
まり子は同棲をしていたマンションにひとり帰ることに。しかし八百坂のことが頭から離れず、会いにいってしまいました。玄関先で浴びせられた言葉は……。
「年寄りが恋愛とか……気持ち悪いったら!」(『傘寿まり子』3巻より引用)
どうやら八百坂の家族は、彼を施設に入れることを検討しているようでした。まり子は八百坂に感謝の気持ちを伝え、キスをして立ち去るのです……。
- 著者
- おざわ ゆき
- 出版日
- 2017-05-12
まり子と八百坂の同棲生活は、悲しい終わりを告げました。高齢者が恋愛をするということは、そんなにいけないことなのでしょうか。
猫のクロとともに、再びネットカフェでの生活に戻ります。小説の執筆が思うように進まず、煮詰まっていると、顔見知りのアルバイト店員がパソコンでゲームをしているところを見かけ、彼女も挑戦してみることに。
ゲームの世界でまり子は、とても強い勇者「ちえぞう」と出会いました。「自分は75歳」というコメントを残していたことが気になり、会話をしていると、相手から住所と名前が書かれたメッセージが届いたのです。
まり子は「ちえぞう」に会いにいくことを決意しました……。
彼女の行動力は健在。悲しい出来事をひとつ乗り越えて、ますます逞しくなっているようです。
勇者「ちえぞう」は、しのという女性でした。彼女が行ってみたかったというゲームセンターを2人で訪れ、満喫します。
格闘ゲームの台にたまたまいた有名ゲーマーと対決することになり、ちえぞうが奮闘。大金をつぎ込んだものの負けてしまいましたが、ギャラリーは大盛り上がりです。さらにゲーマーがSNSにアップした対戦動画が拡散され、ネットニュースにも取り上げられます。
楽しい1日を過ごしたまり子の頭には、小説のアイディアが浮かんでいました。しかし「群星」では作家の大量打ち切りが決定していて……。
- 著者
- おざわ ゆき
- 出版日
- 2017-09-13
ちえぞうと出会い、さらにゲームセンターという未知の場所でガリオというゲーマーの青年に出会います。刺激を受け、SNSやブログなど、やりたいことが次々と浮かんできます。
スマートフォンで漫画が読めることを知ると、「ウェブで文芸誌を作りたい」という夢を持ちはじめました。
「橋がなくなってしまったら 自分からかければいい」(『傘寿まり子』4巻より引用)
80歳がインターネットの世界に挑む姿は少しハラハラしますが、面倒見が良いガリオの存在に支えられます。最新ツールを使いこなそうとする彼女の様子に、不思議と勇気づけられるでしょう。
さてまり子は、どのように夢に向かっていくのでしょうか。
「孤島にいる人たちに ネットという橋を渡してあげたい」(『傘寿まり子』5巻より引用)
書く場所を失った作家たちのために、ウェブ文芸誌を立ち上げるという夢を掲げたまり子。しかしインターネットへの疎さは隠しきれません。
そこで、いま大人気のクリエイター「くらはらてつろー」にアポを取り、会いにいきます。
指定されたのは寂れた商店街の鮮魚店。そこにいた全身黒ずくめの若い女性が、くらはらてつろーでした。
話を聞いたくらはらは、「ウェブで雑誌を作る意味があるのか?」「なかよし老人会の同人誌?」と辛辣な言葉を投げかけます。しかしまり子は、なぜか彼女に同意の意向を示し、もっと意見を聞かせてほしいと頼むのです。
- 著者
- おざわゆき
- 出版日
- 2017-12-13
謎のクリエイター、くらはらてつろーは、上から目線の皮肉屋。しかし棘のある言葉のなかに、信念とビジョンを持っているようです。ひたむきに意見を求めてくるまり子の姿に、徐々に心が動かされているようでした。そして、スポンサーと看板作家が必要だとアドバイスをしてくれます。
その後、とあるバーで個性的なファッションの女性と知り合ったまり子。その相手がかつて一世を風靡した作家の小桜蝶子ではないかと気づき、こっそり家までつけていくと……そこには驚きの光景が。なんと彼女の家は、ゴミ屋敷と化していたのです。
時代に愛されていた作家が、いまやゴミ屋敷の住人……その長い人生に、何があったのでしょうか。
そしてまり子は無事にウェブ文芸誌を立ち上げることができるのか。まだまだ目が離せません。
小桜蝶子の自宅を訪れたまり子。しかし、クロが欲しい蝶子は、まり子と一緒に家の中に閉じ込めてしまいます。蝶子が男性に騙されたと知り消沈するまり子でしたが、閉じ込められた部屋の中で見つけたのは、何と小桜蝶子の未発表の小説でした。
帰らないことを心配したガリオとちえぞうに助け出されたまり子。彼女はウェブ雑誌「レトル」準備号の目玉として、蝶子の原稿を手に入れると宣言します。何とか原稿はまり子の手に渡り、いよいよ「レトル」準備号が配信され、蝶子の新作『孤独スイッチ』はかなりの注目と高評価を集めました。
そんなある日、蝶子の自宅の様子がケーブルテレビの番組で放送されてしまいます。かつてのスター作家の落ちぶれた生活に幻滅するレトル読者たち。ショックを受けた彼らからは、レトルの解約申し込みが相次いで寄せられ……。
- 著者
- おざわ ゆき
- 出版日
- 2018-04-13
6巻では、人気作家・小桜蝶子の今の姿を通して、高齢者が陥る「セルフネグレクト(自己放任)」に関する問題定義がなされています。近年、遺品整理などとあわせて高齢者問題のなかでも注目されているセルフネグレクト。高齢者の孤独死とも直結するこの問題が、非常にリアル感を伴って心に響いてきます。
自分が推した以上、蝶子を見捨てられないまり子。一方、蝶子はチヤホヤされた挙句、時代に捨てられた自分の作品を「ゴミ」としか思えません。それでも持ち前の真っ直ぐさで少しずつ蝶子の心を開いていくまり子でしたが、ラストでは蝶子から意外なことを持ちかけられ……。
今回も、まり子の機転と蝶子への愛情が道を拓いていきます。
蝶子にレトルのための作品を寄稿してもらったものの、その続きをゴーストライターとして書いてくれと言われてしまった、まり子。過去にもその手法で繁忙期を乗り切ったとあっけらかんと話す蝶子を見て、ファンとして、編集長としてショックを受けます。
小説家としてのプライドはないのかと聞くと、それがあるからこそ、今の衰えた自分を見せつけられているようで執筆したくないのだ、と蝶子は駄々をこねます。
後日、打ち合わせとしてネコ好きの彼女を猫カフェに連れていくのですが、そこでもどうしても書こうとしない蝶子に、まり子はつい、強くこう言ってしまいました。
- 著者
- おざわ ゆき
- 出版日
- 2018-07-13
「どうして書かないの
いまでもあなたはすごいのに
読者にあれだけ待たれているというのに(中略)
なんでもいい
なんでも思いついたことをここへ ほら」
(『傘寿まり子』7巻より引用)
そう言って紙とペンを渡すまり子に、蝶子はいつもののらりくらりとした態度ではなく、涙を流してこう返すのです。
「なにさ ……あんたに何がわかる…
ずっとずっと現役で 仕事もらって
書き続けていられて
あたいだって あたいだって
あんたみたいに書いていたかったよ
無理 なんにも思い浮かばないよ
書いてよ 書いていいよ
あんただから言ってんじゃん
あんたなら…」
(『傘寿まり子』7巻より引用)
そのあと考えるところのあったまり子は、何の気なしに彼女の文体や特徴を真似て「蝶子」として文章を書いてみます。そしてそれが思いの外うまくいったことに満足してそのままそこで寝てしまいます。
そこにやってきたのが、ちえぞう。彼女はそれを読んで、感動。そのまま編集部に原稿のコピーを送ってしまい……。
そこからは、あれよあれよというまに、まさかの展開へと進んでいきます。この大騒動は、なぜか寂れた商店街の再建に繋がっていくのです。
しかもラストシーンは、忘れかけていた、まり子が出ていった家のある問題が描かれます。読者をどんどん引きつける展開が収録された7巻。スルスルと読めてしまう面白さを、ぜひご覧ください。
現代の高齢者問題をうまく絡めながら、それでも自分の夢に向かっていく80歳女性を力強く描いた本作。考えさせられると同時に、ポジティブな気持ちになれます。ぜひ読んでみてくださいね。