【第11回】女ふたりで旅に出た話

【第11回】女ふたりで旅に出た話

更新:2018.4.8 作成:2018.4.8

香港にある九龍公園で一人きり、ベンチに座っていたら大きめのブルーベリーみたいな青い実が雹(ひょう)のように降ってきた。ぽつぽつ、というほどは優しくない。ボン、ボン、ボコンとそこそこの重さとリズムをもって私のつま先や手の甲、頭の上へ落下した。 痛くはないけれど確実に当たった感じはある。私の座っていたベンチの後ろの方から罵り合う声が聞こえて振り返ったら、上下黒い服を着た男と鮮やかなターコイズブルーのワンピースを着た女が二人掛けのベンチを立ち上がったところだった。

石山蓮華プロフィール画像
女優
石山蓮華
埼玉県出身。「石山蓮華の電線礼讃オリジナルDVD」発売中。主な出演作は、映画「思い出のマーニー」、舞台「遠野物語-奇ッ怪 其ノ参-」、ラジオ「アフター6ジャンクション」、テレビ「ナカイの窓」など。趣味は電線、配線の写真を撮ること。 「石山蓮華の電線礼讃オリジナルDVD」 ●Amazon https://www.amazon.co.jp/dp/B07M7TV8LG ●アスマート http://www.asmart.jp/Form/Product/ProductDetail.aspx?pid=10019484 公式ブログ https://note.mu/densenraisan 公式ツイッター https://twitter.com/rengege 公式インスタグラム https://www.instagram.com/renge_ge/
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二十年来の幼なじみ・晴美とふたりで、一週間香港へ行ってきた。

目的はそれぞれで私は「アジアのなかでも電柱地中化がされている香港で、いい電線は見つかるのか探す」「地中化に向かう日本でどう電線を愛でるかの未来予想図を描く」こと。美大生の晴美はアジア最大の芸術見本市「香港アートバーゼル」を観ることと「香港に住む祖母に会うこと」だ。

そもそもの目標はそこそこいい感じに達成できて、それぞれ興味深いことがあって、香港まで行ってよかったなあっていうのをしみじみ思ったんだけれど、それ以上に今回の旅行で衝撃的だったのは「晴美とはぜんぜん共感できない」ことだった。

よく言われがちなこととして、女友達は共感することを重要視するという説がある。

彼女とは二十年来の女友達なんだから、好きな食べ物とか好きな人のタイプとか、そうでなくとも服の趣味や夜型朝型など、どこかしら共通点や共感ポイントがあるだろうとのんびり信じ込んでいた。嘘でした、一ミリも合わない。もはや笑えないほど合わない。真顔。

わたしは甘いものとお酒が好きで、夜型で、服はいい子ちゃん風の白い襟付きシャツが好きで、周りの人にはたとえ嘘でも丁寧にあたっていきたい。

晴美はしょっぱいものが好きでお酒はあんまり好きじゃなくって、夜の8時には眠くなっちゃって、好きな服はスパンコールのついたTシャツや間の抜けた顔の竜の刺繍の入ったブルゾンだ。そして「戦いが好き」と言って憚らないほど人当たりに関して嘘を付けない。

あらためて書いていて、どうして私たちが互いに対して辛抱強く友達をやめないのかがわからなくなるほどバラバラだ。笑える。

思い返せば旅行前、航空券を取るときに並びの席を取るか、離れた席にするかどうかで話し合った。 その結果「大人だからもうそんなに喧嘩なんかしないだろう」と言い合って並びの席で航空券を予約した。なぜふたり旅行でそんなことが議題にあがるかというと、成田から香港までの3、4時間隣にいたら喧嘩するんじゃないかというのが心配だったからだ。

7泊8日の旅程のなかで、私たちが一緒に帰宅した日程は半分に満たなかったと思う。大人になった、何ならアラサーに足を踏み入れた私たちは中一の頃、剣道部に一緒に入部して竹刀で防具の隙間の素肌をひっぱたきあう(うそ、本当はへたくそな私ばっかりひっぱたいてた)ほどの離れがたさから全然変わっていなかった。

毎日朝から夜までいると、それぞれの体調のリズムや機嫌の上がるタイミングがずれにずれるから、日が暮れる頃には互いに口を利かず3メートルくらいの距離をとって香港の雑踏の中を歩いた。

Wi-Fiを持っている晴美はGooglemapの点線の上を黙々と歩き、手ぶらの私はしょっちゅうよそ見をしながら振り返らない彼女の背中が遠ざかっているのを見ながらゆっくり歩いた。

そうして私たちは何度も何度もはぐれて、その度に私は言葉も土地もなんにもわからない香港の街にオフラインの、育ち過ぎた迷子になって、晴美が迎えに来てくれるまでぽつねんとするのだった。

帰国の便でとうとう私たちは隣同士に座って、旅行でほとんど飲まなかったお酒をプラスチックカップに注ぎあった。雲の上でお酒を呑むと、頭がぼうんとする。

飛行機が成田に到着したとき、私はすっかりグロッキーになっていた。

私が荷物より先に空港の便座を掴んで機内食をきれいに戻している間、晴美はビールなんか一滴も飲まなかったみたいな足取りで先に出国審査を受け、荷物を受け取り、出国ロビーから家へ帰った。

性食考

著者
赤坂 憲雄
出版日
2017-07-26

今回の旅行に晴美が持って行った一冊。アートバーゼルのチケットを買うために湿気た熱を浴びながら並んだときや、行きの飛行機、滞在中のバスの中などで彼女はこれを開いていた。たまにふと目を輝かせ「頭のいい人が話しているのを聞いているみたいで楽しい」と一方的にしゃべった、と思った三秒後には、また黙々とページを繰っていた。

ある日の朝食後、晴美が「なんだかあまりにそれっぽ過ぎて恥ずかしいから、カバーをかけたい」と言ったので私は書店員バイトの経験をフルに生かしてカバーを折った。

出来上がったカバーは中途半端で「えっ、任せてって言ったのに?」と言われた。彼女が中国語のチラシで折りなおしたカバーはB6のハードカバーを綺麗に包んでいた。

撮影:石山蓮華