あなたは『この世界の片隅に』をご存知でしょうか。2016年に映画化され、話題になったこの作品は漫画が原作で、アニメ映画版では内容が異なります。今回の記事では、『この世界の片隅に』について徹底考察! 戦争の時代を描いた作品ではありますが、どの世代の読者にも響く深いテーマを扱っている作品の魅力に迫ります。映画版と原作の違いにも触れていくので、これから鑑賞しようとしている方は参考にしてください。 ちなみにスマホアプリで無料で読むこともできますので、そちらもどうぞ!
『この世界の片隅に』は、第二次世界大戦中の広島に生きる人々を描いた作品です。食事や風俗、歴史上のできごとなどを忠実に再現したリアリティのある作風が特徴です。
ドラマ化、アニメ映画化もされており、2018年夏には連続ドラマ化もされました。さらに、2019年12月に『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』の公開が予定されています。この映画は前作では描かれてないエピソードや上映時間の都合上カットされたシーンを入れた長尺版です。
追加されたシーンではすずの人間性が描かれていると公式に発表されており、『この世界の片隅に』の世界観をより楽しめる作品になっているでしょう。
また、すずが遊郭で出会う女性・テルが新しく登場し、声優の花澤香菜が演じます。
映画の最新情報は、「この世界の(さらにいくつもの)片隅に」の公式サイトをご覧ください。
- 著者
- こうの 史代
- 出版日
- 2008-01-12
戦争を扱った作品というと、悲惨な描写や重苦しい作風を想像しがちかもしれませんが、『この世界の片隅に』はそうではありません。画風はやわらかく、笑える場面もあります。
作品のテーマについては後述しますが、単なる反戦ものではなく、普遍的なテーマを描いています。構成はよく練られていますが、難解な場面はなく、誰でも楽しめる物語です。
- 著者
- こうの 史代
- 出版日
- 2008-07-11
昭和9年、小学生のすずはおつかいで中島本町に行く途中に人買いにさらわれます。捕まったかごの中で周作という少年と出会います。2人は機転を利かせて脱出しますが、それは夢なのか現実なのか分からないできごとでした。
すずは太平洋戦争中に縁談のしらせをもらい、北條周作と結婚しました。北條家に住むことになったすずは、小姑の径子に小言を言われたりしながらも、たくましく生きていきます。
しかし戦局は悪化。配給も乏しくなっていく時勢に、彼らを待ち受ける運命とは……。
『この世界の片隅に』の序盤には、周作とすずをさらおうとする人買いが登場します。2人は連れ去られまうのですが、すずの機転でどうにか脱出しました。
この場面はすずの不思議な体験として描かれ、なんの説明もなく物語は進みます。人買いは毛むくじゃらの妖怪のような姿で、リアリティのある作品の雰囲気とは不釣り合いな存在です。人買いの存在は何を意味するのでしょうか。
人買いという設定は、さまざまな作品で使われます。古今東西あらゆる物語作品で、「子どもがさらわれる」といった話は利用されます。『鉄腕アトム』や『ピノキオ』でも子どもをサーカスに売るなど、人買いやそれに似た設定は使われました。
「人買い」は、『この世界の片隅に』でも妖怪のような姿で描かれていので、非日常的な存在だといえます。それに触れたすずと周作は、つまり非日常の世界に触れているともいえるのです。それはこのあと2人がたどる運命を暗示しているようです。
『この世界の片隅に』は、一部評論家から「優れた妖怪漫画」とも評価されており、現実と非現実が入り交じった作風になっています。冒頭の人買いは、非日常を象徴する存在として登場しているのです。
『この世界の片隅に』は原作と映画で内容が異なっています。もっとも大きな違いは、遊郭のリンの存在です。原作では重要なエピソードとして描かれていますが、映画版ではカットされました。
すずは迷子になったところをリンに助けられ、彼女のために絵を描いてあげます。親交を深めるうちに、リンが周作の前の婚約者であったことに気づきます。自分は彼女の代用品にすぎないのではと思い悩むすず。
- 著者
- こうの 史代
- 出版日
- 2009-04-28
リンの存在は、この作品のテーマに関わっています。なぜ『この世界の片隅に』というタイトルになっているのかを知るヒントが、彼女のセリフには隠されています。リンがすずにかける言葉に注目すると、作品のテーマを理解することができるはずです。
リン自身が伏線になっており、物語のなかでも重要な役割を果たします。リンはいわば、サイドストーリーの主人公のような存在。彼女との交流を通して、すずの苦悩や葛藤が描かれるので、ストーリー上、重要な存在なのです。
映画では、すずとリンの出会いは一度限りでした。漫画では何度か会っており、リンの過去も詳しく描写されています。映画と漫画を比べて鑑賞する際は、この違いに注目すると面白いですよ。ドラマではどのように描かれるのか、楽しみです。
『この世界の片隅に』はコミックでは新旧阪が出版されています。新装版が2冊セットになっていて、旧版が上中下巻の3巻セットです。どう違うのかご説明します。
- 著者
- こうの 史代
- 出版日
- 2008-01-12
新装版は、サイズがB6版になっています。描きおろしのおまけ漫画がついているのも特徴です。お値段も旧版よりは安くなっているのですが、絶版なので古本屋などで探すしかありません。
旧版はA5版になっており、大きな絵で物語を楽しめます。上中下巻の3巻セットで、話の区切り方が絶妙で、続きが読みたくなるような場面で終わる構成となっています。
市場に出回っているのは旧版のみなので、これから読まれる方はこちらに触れることになるでしょう。
『この世界の片隅に』には伏線がたくさんあります。そこまで長い作品ではないのですが、巧妙に仕組まれていて、回収したときにははっとさせられます。主な伏線としては
というものがあります。
- 著者
- こうの 史代
- 出版日
- 2008-07-11
物語序盤で、すずは祖母の家に遊びに行きます。昼寝をしているときに天井裏から女の子が出てきて、スイカの残骸を食べるのですが、彼女の正体が一つの謎になっています。「座敷わらし」といわれていますが、一体誰だったのでしょうか。この伏線が回収されたときには、すずを取り巻く運命に驚きを隠せないでしょう。
すずの幼なじみである水原哲は、海軍に志願しました。すずと周作が結婚したあとに彼らの家を訪れ、一泊しています。
哲はすずの家を訪れた際、サギの羽を渡します。これは彼自身のメタファーとなっており、生死を暗示する役割を果たしています。その羽に注目していただければ、哲の未来がわかるはず。この伏線はうまくできていて、作者の手腕に驚きを隠せません。
すずが北條家に嫁入りする前に、祖母にアドバイスをされます。それは「傘を一本持ってきたか」と聞かれたら「新しいのを一本持ってきた」と答え、「さしてもいいか」と聞かれたら「はい」と答えるように、というものでした。
これは新婚初夜にかわされる会話のバリエーションで、民俗学では「柿の木問答」とよばれるものです。すずと周作がこのやりとりをしたあとどんな行動に出るのかに注目です。微笑ましい2人の姿が見られますよ。
伏線と緻密な構成が魅力の『この世界の片隅に』。謎が多いこともこの作品の特徴です。
戦争を描いた作品ということもあり、反戦をテーマにした漫画とも解釈できますが、単純明快なものでは終わりません。この作品のテーマを考察してみます。
- 著者
- こうの 史代
- 出版日
- 2009-04-28
『この世界の片隅に』という題名の意味ですが、登場人物の発言にそのヒントが隠されています。
すずは北條家に嫁入りし、名字も住む場所も変わってしまいます。戦争に翻弄されながらも、自分がいるべき場所を探していきます。居場所がないことに悩むすずに、リンはこういいました。
「誰でも何かが足らんぐらいでこの世界に居場所はそうそう無うなりゃせんよ」
(『この世界の片隅に』中巻より引用)
リン自身も遊郭で働き、居場所がないはずです。それだけに彼女の発言は重みがあります。このセリフにすずは少し救われます。
そして物語の最後で、すずは周作にいいました。
「周作さん
ありがとう
この世界の片隅に
うちを見つけてくれてありがとう周作さん」
(『この世界の片隅に』下巻より引用)
すずは物語を通して、さまざまな葛藤をしてきました。広島に帰ろうとしたり、自分はリンの代用品であるのではと苦悩したりします。右腕と晴美も失い、失意の底に沈んだこともありました。それでも、最後には周作を愛し、彼の隣が自分の居場所だと確信するのです。
引用したセリフは、すずが自分の運命を受け入れた言葉ともとれます。『この世界の片隅に』は、すずが居場所を見つけ出す物語なのです。
戦争の時代を生き抜く人々を描いた『この世界の片隅に』。緻密な構成と伏線が魅力で、誰でも楽しめる作品になっています。この夏からのドラマ化に備えて、漫画とアニメ映画版をぜひ鑑賞しておきましょう!
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