ビジネスの世界ではイノベーションという言葉がよく登場します。「イノベーション戦略」や「イノベーション人材」という言葉まであります。しかし、そもそもイノベーションとは何でしょうか? 日本では「技術革新」と訳されたことにより、大きく誤解されている言葉でもあります。本記事ではイノベーションについて、その「発見」から紹介していきたいと思います。
イノベーションという「現象」を発見したのは、経済学者のヨーゼフ・シュンペーター(1883-1950)です。1912年に発表した『経済発展の理論(上)(下)』(岩波文庫)において、その理論は明確にされていますが、同書を読むには経済学の基礎知識(均衡、限界生産性、収穫逓減など)が必要な上、その文章も難解とされています。そこで本記事では、シュンペーターの伝記であり経済理論の解説書でもある伊藤・根井『シュンペーター』(岩波新書)を紹介しましょう。
- 著者
- 伊東 光晴 根井 雅弘
- 出版日
- 1993-03-22
本書では第4章でその理論が解説されています。シュンペーターがまず前提としたのは、静態的な経済循環です。この状態では需要と供給が均衡し、企業利潤は発生しません。人口増減や自然災害といった変化に伴い均衡点が移動することはあっても、それは連続的(ゆるやか)な変化に過ぎないというのがシュンペーターの意見です。しかし現実には「非連続的(急激)な」経済変動も発生します。そのような例として「駅馬車にいくら連続的な変化を加えても、鉄道は得られない」と述べています。
では、鉄道を実現した「非連続的な変化」の要因は何なのでしょうか。シュンぺーターはそれを経済活動の「新結合」であると考えました。この「新結合」こそが「イノベーション」です。シュンペーターが定義した5つの新結合の類型は、現在もイノベーション理論の中心にあります。
新しい財貨、あるいは新しい品質の財貨の生産
新しい生産方式の導入
新しい販路の開拓
原料あるいは半製品の新しい供給源の獲得
新しい組織の実現
(『シュンペーター』P128より)
このような新結合により「非連続的な経済活動=イノベーション」を実現し、「独占的な市場」で利潤を獲得するのがシュンペーターの言う「企業家」です。しかしその新結合は時間の経過に伴い模倣され、非独占的となり、企業家の利潤も減少していきます。そしてまた新たな新結合が生まれていく。これがシュンペーターの「経済発展」についての考え方でした。
シュンペーターは、あくまで経済発展の要因としてイノベーションを捉えました。そのため個別の企業がどのようにしてイノベーションを起こすべきか、といったことにはあまり言及していません。それどころかイノベーションを起こせなかった企業の衰退や消滅、あるいは一時的な経済不況ですら、イノベーションによる経済発展の過程として肯定的に捉えているように思えます。しかし企業で働く個人あるいは組織にとってはそれでは困ってしまいます。
そこで以降は、企業がイノベーションを起こすための方法論についての本を紹介していきましょう。
イノベーションに関わる本で最も有名なのは、クレイトン・クリステンセン氏による一連の著作『イノベーションのジレンマ』『イノベーションへの解』『イノベーションへの解 実践編』(いずれも翔泳社)でしょう。今回紹介する本は、上記3冊の翻訳者である玉田俊平太氏による監修の元、そのエッセンスを1冊に凝縮し図解で解説しています。
- 著者
- イノウ
- 出版日
- 2014-08-05
「イノベーションのジレンマ」とは、ある事業で成功を収めて一定の顧客・市場を獲得した企業がそれに囚われて「非連続的なイノベーション」を起こしにくくなってしまい、その間に新規企業などによる「破壊的イノベーション」によってその市場を奪われてしまう現象です。そして、そのような事態を防ぐ方法が示されているのが『イノベーションへの解』です。
分かりやすい例として、ゲーム市場で考えてみましょう。例えばSONYの「Play Station(以下PS)」は大成功を収め、その後、技術的な向上(持続的イノベーション)が加えられ「PS2」「PS3」「PS4」とリリースされてきました。しかしそのゲーム機およびゲームソフトのもつ機能は、もはやライトユーザーの求めるレベルを超えつつあります。
このように持続的イノベーションでは、いつか顧客のニーズを超えてしまいます。しかし「PS」の主要顧客であるコアユーザーを維持していくためには、他社(例えばX-BOX)との開発競争に勝たなければいけません。またライトユーザー向け製品の開発は、売上の食い合い(カニバリゼーション)を起こしてしまい「PS」の収益を減少させてしまうことが想定されます。そのためSONYがライトユーザー向けの製品開発に大きく舵を切ることは困難になります。
その一方で、ライトユーザーをうまく取り込んだのが任天堂の「Wii」や「ニンテンドーDS」でした。直感的なコントローラーや「Wii Fit」などは「PS」に対して起こした破壊的イノベーションと呼べるかもしれません。
しかしその任天堂も「Wii U」や「ニンテンドー3DS」などの「持続的イノベーション」に向かった結果、今度は「スマートフォン向けゲーム」に顧客を奪われつつあります。これに対して任天堂は「モバゲー」を運営するDNAとの提携を行いました。これは見方を変えれば、任天堂が自社でさらなる破壊的イノベーションを起こすことが難しいと判断したと捉えることもできます(あるいは、後述する「オープン・イノベーション」であると捉えることもできるでしょう)。
以上の例は、理論上では様々なイノベーション論が進んでいる一方で、実務的には、成功企業がさらに破壊的イノベーションを起こすことの難しさを示していると言えるかもしれません。そこで以降では3つの書籍を通して、より具体的に提唱されているイノベーションを実現するための手法を紹介したいと思います。
「オープン・イノベーション」とは企業で生まれた「知」を、企業内だけに留めるのではなく企業外へと解放することで「外部の知」を利用して起こすイノベーションです。そしてそれを製造業だけでなくサービス業にまで発展させたのが、「オープン・サービス・イノベーション」です。その背景には、製造業ですら、その収益の多くが製品ではなくサービス分野からもたらされているという著者の認識があります。
「オープン・イノベーション」は、「自社の知(研究成果など)」を外部に解放するのですから収益を生まないように思えます。しかし自社でその「知」を活用、商品化して市場に出せないのであれば、どちらにせよ収益は生まれません。それならば「外部の知」によって商品化してもらい、ライセンスなどによってマーケット経路に介入することで収益を生みだしたほうが良いという考え方をとります。
イノベーションというと製造業だけをイメージしてしまいがちですが、本書『オープン・サービス・イノベーション』はサービス業でもイノベーションの必要性があること、その理論的な意義を説いた本でもあります。サービス業に従事する人にはお勧めの本です。
- 著者
- ヘンリー・チェスブロウ
- 出版日
- 2012-10-20
「オープン・イノベーション」が「知の活用範囲」を企業内から企業外へと広げたものであるとするならば、「ユーザーイノベーション」はそれをさらに消費者にまで広げた考え方です。本書ではこれを「イノベーションの民主化」とも言っています。誰でもイノベーションに参加できる社会と言い換えることもできるでしょう。
- 著者
- 小川 進
- 出版日
- 2013-09-25
本当にそんな社会になっているのでしょうか。ビジネス書にありがちな煽り文句では?と疑いたくなるところですが、本書ではその根拠となるデータも示しています。
P23で紹介されている資料によると、「消費財メーカーの開発費用と、消費者による推計開発費用(自作に費やすお金)」は、イギリスでは「36億と52億」、アメリカでは「620億と202億」、「日本では「434億と58億」(単位は全て米ドル)となっています。イギリス・アメリカに比べれば日本の消費者開発費用の比率は低いものの、それでも1ドル100円換算で5800億円分に相当する商品開発が消費者によって行われていることになります。しかも、消費者によるイノベーションは企業のそれのわずか8分の1の費用で行われているという報告まであるというのです。
ユーザーイノベーションの最もわかりやすい例はDIYです。DIYでは既成製品とは異なる工夫を凝らしたモノづくりが行われています。またクックパッドも、ユーザーがレシピを開発するという点でユーザーイノベーションを最大限に利用していると言えるでしょう。
本書では他にもユーザーから生まれた製品として、マウンテンバイク、雑貨マスキングテープ(本来は工業向け)、デコクロ(ユニクロ製品に自分で加工を加えること)、そして初音ミクなどのボーカロイドによって生まれた音楽などを挙げています。
問題はそういった「ユーザー製品」を、多くの企業が「シロウトモノ」として捉え製品として適正に評価しないことです。しかし既に 『イノベーションのジレンマ』で見たように、どんな高い技術で作られたものでも、ユーザーのニーズを超え過ぎた高機能は市場に評価されなくなってしまいます。本書を読めば、そういった状況を打破する「破壊的イノベーションの種」は、あらゆるところに存在することに気付くのではないでしょうか。
最後に紹介するのは『リバース・イノベーション」です。本書はその名の通り、イノベーションの考え方を「逆転」あるいは「逆流」させるものです。
旧来、先進国で開発された最先端の商品を新興国や途上国に輸出することで企業は収益を上げることができると考えられてきました。そして、それが事実であることも本書は否定していません。しかしその一方で、それだけでは先進国の企業に危機が訪れてしまう可能性を示唆しています。
先進国で成功した製品が新興国や途上国で容易に受け入れられない要因には、文化等の違いが挙げられます。そこで製品には、その地域に合わせたカスタマイズが施されます。これは「グローバルなローカライズ」=「グローカリゼーション」と呼ばれます。ところが、グローカリゼーションだけでは必ずしも途上国での販売を成功させることはできません。
本書ではその原因を端的に「途上国では10ドルを使える人が1人いるのではなく、1ドルを使える人が10人いると考えなければならない。そしてどちらも大きな市場である」として繰り返し述べています。また「途上国で求められている製品は90%の価格で90%の性能ではなく、70%の価格で70%の性能でもなく、15%の価格で50%の性能である」とも述べます。それを実現するにはグローカリゼーション(=連続的イノベーション)では不可能で、「白紙から始める」、つまり非連続なイノベーションが必要であるとしています。
そして新興国や途上国で成功した製品は、その安さと「ほど良い機能」により、先進国へ逆流し、破壊的イノベーションを起こす可能性を十分に秘めています。これがリバース・イノベーションです。その担い手が先進国の多国籍企業ではなく、新興国・途上国の現地企業であれば、先進国の企業が淘汰される可能性もゼロではありません。このように、先進国の企業が「新興国や途上国で売れないのは経済が十分に発展していないからだ。経済が発展するのを待ってから自社製品を売ればよい」と考えることは間違いであると指摘しています。まさにイノベーションに対する既成観念を逆転させる1冊です。
- 著者
- ビジャイ・ゴビンダラジャン クリス・トリンブル
- 出版日
- 2012-09-28