ガキ大将ジャイアンにそっくりな彼の妹ジャイ子は、『ドラえもん』の世界観を支える名脇役です。実は物語の根幹に関わる重要人物でもあるジャイ子について、意外な設定をご紹介しましょう。
国民的人気作品『ドラえもん』の印象的な名脇役ジャイ子。
ジャイアンの妹というだけでもインパクトは充分ですが、彼女自身もかなり個性的なキャラクターです。今回はそんなジャイ子について掘り下げてみたいと思います。
- 著者
- 藤子・F・不二雄
- 出版日
- 1974-07-31
まずは彼女の人となりについて。作中初期を除くと、ジャイアンの妹と思えないほど穏やかな性格の持ち主です。兄に似ず純朴で乙女チックな少女。ジャイ子という名前は兄ジャイアンにちなんだニックネームと思われます。本名は原作漫画のとあるコマで、彼女が携えていたスケッチブックに名前があったという噂もありますが……?
顔形はジャイアンそっくり。髪型だけは違っていて、おかっぱ頭にもみあげが特徴です。
アニメ版では小学3年生とされていますが、原作では詳しい年齢は不明。作中の描写からおそらくは2~3才歳は離れていて、小学校低学年くらいでしょう。
アニメで彼女を演じた声優は4人います。そのうち最も長く親しまれたのが、いわゆる大山のぶ代ドラえもん時代の青木和代です。実はジャイアンの母ちゃん役と兼任でした。今現在ジャイ子を担当しているのは山崎バニラです。
また事実上(?)の実写版として製作されたトヨタのドラえもんCMでは、AKB48(当時)前田敦子がジャイ子に扮したことで話題にもなりました。
ジャイアンについて紹介した<ジャイアンに関する13の事実!『ドラえもん』ガキ大将の性格は良い?悪い?>の記事もあわせてご覧ください。
ジャイ子はジャイアンの妹ということはよく知られています。しかし、その名前はまったくと言ってよいほど知られていません。
なぜなら、ジャイ子の本名が明かされたことはないからです。ジャイアンが剛田武であることは有名ですが、ジャイ子が作中で本名を呼ばれたことはありません。母親すらあだ名であるジャイ子と呼んでいるほどです。
準レギュラーと言って差し支えないにも関わらず、名前が出てこないのは不思議ですね。
では、先述したスケッチブックに名前が出ていたという件はどうでしょうか。そこには「香」と書かれていた、と言われています。しかし有志が調べた結果、該当する場面はありませんでした。あるいはジャイ子の本名は「モタ子」である、という説もあります。こちらも根も葉もない都市伝説に過ぎません。
ジャイ子の本名がついぞ明かされなかったのには、ある理由があったのです。それは原作者、藤子・F・不二雄の没後に判明しました。作者はジャイ子の名前が出ることで、同じ名前の女の子がいじめられることを危惧し、あえて作中に出さなかったというのです。
ジャイ子の本名がないことにそんな理由があったなんて驚きますよね。
『ドラえもん』の連載初期、ジャイ子はかなり嫌な感じの女の子でした。ジャイアンと違って暴力こそ振るわないものの、人の不幸を見て呵々大笑するような性根の悪いキャラだったのです。
それが徐々に柔和な性格へと変化していき、ロマンスにときめく純朴な少女へと変わっていきました。特に少女漫画家を目指すという特徴を得てからは、その傾向が顕著になったように思えます。
ジャイ子の漫画家への情熱は本物で、後述する話題にも繋がってくることですが、自作漫画に駄目出しされてもめげない、芯の強い子として描かれるようになります。
ジャイ子は初登場時は、まるで女版ジャイアンとも言うべき小憎らしい少女でした。それが段々と穏やかな性格に変化していったのは、もしかするとドラえもんが未来からやって来た影響の1つなのかも知れません。
ドラえもんが及ぼした最も大きな影響はジャイ子の将来の配偶者が変わったことですが。
1話で明かされた本来の歴史ではのび太とジャイ子は結ばれ、その後のび太が事業に失敗してしまい、玄孫セワシの代まで一族が借金まみれになってしまうのです。ドラえもんが送られてきたのはその運命を変えるため。
ドラえもんが介入したことで未来は変わり、私達がよく知るようにのび太はしずかちゃんと結婚することになります。
なお、1話目で明かされた未来とは別に、アニメ版のオリジナルエピソード「さきどりカプセル」では、ウェディングドレス姿のジャイ子とのび太が並び立つシーンが出てきます。のび太はしずかちゃんと結婚するはずなのに、これは一体どういうことでしょう……?
のび太について紹介した<のび太に関する13の事実!『ドラえもん』のいじめられっ子は意外とリア充?>の記事もあわせてご覧ください。
- 著者
- 藤子 不二雄
- 出版日
- 1983-12-16
漫画家を志すジャイ子は投稿用のペンネームを持っています。その名も「クリスチーネ剛田」。
まだ10歳に満たない年齢ながら100本もの投稿をこなし、それでいて作品を冷静に分析する向上心を持っています。落選した作品に対しては自己評価が低いものの、描いた本数のおかげか絵の腕前はかなりのレベル。この若さにしてすでに後の実力の片鱗を感じさせます。
多少なりとも創作に手を出した方には実感としてわかることですが、話を1から構成して曲がりなりにも完成させることは至難の作業です。29巻では、100本も描き上げ、投稿出来ていることが明かされ、この時点でジャイ子の実力は本物といえるでしょう。
実際、新人賞に落選はしていても編集長から激励のメッセージを受けたり、自費出版した作品を漫画コレクターが高く評価するなど、その上達ぶりが描かれます。
そんな努力の甲斐あって、彼女の才能は見事開花。プロの漫画家になることが示唆されました。
漫画家と言っても、プロの世界は厳しいのものです。プロデビューはスタート地点に過ぎません。本当の試練はデビュー後にあり、読者の率直な評価、つまるところ売り上げで漫画家の生命が決まります。
その点、少女漫画家となったジャイ子はというと……なんと『ウェディングメロン』という作品が大ヒット。アニメ作品での情報ですが、500万部もの売り上げを叩き出したというのですから、ジャイ子は超の付く売れっ子作家です。
実は先述したジャイ子のウェディングドレス姿とは、この『ウェディングメロン』の出版記念パーティでのこと。作品内容に合わせてドレスアップしたわけです。のび太はその場に居合わせただけで、2人が結婚式を挙げるわけではありませんでした。
ジャイ子の容姿は兄ジャイアン(正確には母親)にそっくり。しかし、内面や趣味嗜好、才能はまるで違うのです。
たとえば歌。ジャイアンと言えば悪い意味で歌唱力に特徴がありますが、ジャイ子の音楽センスはまともなようで、兄の歌声に辟易している描写が存在します。
ジャイアンのもう1つの悪癖、それは料理の腕です。彼の酷さは『ドラえもん』13巻に収録された話、「ジャイアンシチュー」にて明かされました。本人は気付いていませんが、ジャイアンリサイタルに勝るとも劣らない酷い出来映えなのです。
ではジャイ子はどうかと言えば、これが兄に似ずかなりの料理上手。アニメ版オリジナルエピソードではジャイアンシチューと対になるような「恐怖のジャイ子カレー」という話がありました。
ジャイ子が1人で作ったカレーは、彼女の見事な女子力が発揮されており、専門家が絶賛する出来だったのです。分量は勘でおこなうなど、天性の才能を感じさせました。このことから、ひょっとすると同じメニューでも作る度に味が違うかも知れませんが、美味しければ問題ないでしょう。
ちなみに恐怖と冠されたこのお話のオチについては、「1人で」と強調する点からお察し頂けるかと思います。
すでにご承知の通り、ドラえもんはのび太の未来を変えるために送り込まれてきました。その未来とは、直接的にはジャイ子との結婚です。それを契機に連鎖的に未来を変えるのが目的でした。
つまり本来の歴史において、ジャイ子はのび太の妻となるはずだったのです。ではその結婚生活が不幸の積み重ねであったかというと、断片的に語られる内容から察するに、決してそんなことはありません。
むしろ逆です。2人はたくさんの子供にも恵まれており、夫婦仲が円満であったことが窺えます。のび太の事業の失敗さえなければ、一族に支払いきれない負債がかかることもなく、セワシがドラえもんで過去改変を試みることもなかったはずです。
全てはのび太とジャイ子の結婚に由来することかも知れませんが、その原因をジャイ子に求めるのは酷なことですし、かわいそうでしょう。
ここまで述べてきたように、初期はともかくとして、中期以降はジャイ子のよい側面が強調されます。性格も良くて料理上手、漫画家の才能もあるなど想像以上のハイスペックです。
さらに言えば、彼女の兄ジャイアンの存在。普段の素行から目の上のたんこぶと思われがちですが、将来は大手スーパーのオーナーになる立派な成功者です。ジャイ子のことを大切に想っている彼は、親族になればきっと頼れる身内となるでしょう。
ジャイ子が不細工だから結婚相手として良くない、と判断するのは早計なのです。
ただし、ジャイ子が売れっ子漫画家になるのは、ドラえもんによって変えられた未来でのこと。のび太と結婚した場合、彼女が漫画家として大成する未来はありませんでした。
どちらの人生が幸福かは、本人にしか分かりません。
再三繰り返してきましたが、『ドラえもん』の物語の発端には、のび太とジャイ子の結婚を阻止する子孫セワシの介入がありました。
そしてそこには、『ドラえもん』という作品最大の矛盾があるのです。
セワシはのび太とジャイ子から見て、玄孫(孫の孫)に当たります。従ってのび太としずかちゃんが結婚すれば、のび太とジャイ子の玄孫であるセワシは産まれてこないはずです。
そうすると何が起きるか。セワシが産まれなければ、ドラえもんが過去に送られる未来もなくなります。ドラえもんがいなければ、のび太としずかちゃんの結婚もありません。彼らの結婚がないということは、のび太とジャイ子がくっつくはずで……。
いわゆる「親殺しのパラドックス」に陥ります。
一応作なかでも説明が付けられますが、多世界解釈でこの問題の解決は可能です。多世界解釈では過去改変が行われた時点で時間が分岐し、枝葉末節は違えど大本は同じ2つの未来が生まれるのです。
1つの未来にはしずかちゃんの玄孫のセワシが産まれ、もう1つにはジャイ子の玄孫のセワシが産まれる。ジャイ子の玄孫のセワシが、同一存在の自分を救うためにドラえもんを過去に送ってくるのです。
しかし、本編第1話のセワシの説明によれば、科学アドベンチャー『Steins;Gate』の世界線変動が一番近いといえるかも知れません。
- 著者
- 藤子・F・不二雄
- 出版日
- 1993-04-27
さて、未来が変わったことでジャイ子がのび太と結婚することはなくなりました。では、それでジャイ子の幸せがなくなるかと言えば、そんなことはありません。
まず彼女は夢にまで見た漫画家で成功します。そしてそれと同じくらいよいことが起こるのです。
それは茂手もて夫という少年との出会い。40巻「泣くなジャイ子よ」、44巻「ジャイ子の新作まんが」に登場するこの少年は、ジャイ子のスケッチブックを拾ったことで彼女と意気投合します。2人には漫画を描くことが好きという共通点がありました。一致協力して同人誌の製作をするうち、徐々に惹かれ合っていきます。
このエピソードは同じタイトルでアニメ化されただけでなく、単独の映画『がんばれ!ジャイアン!!』としてリメイクもされました。
茂手もて夫はジャイ子の趣味に理解があるだけでなく、女の子にもモテる好青年ならぬ好少年。考えようによってはのび太よりよほどお似合いの相手かも?
- 著者
- 藤子 不二雄
- 出版日
- 1983-12-16
登場する度に印象に残るジャイ子。そんな彼女が言い放った名(迷)言のベスト5をご紹介して締めにしたいと思います。
第5位:
「やあ、首つりだ、ガハハハ」
(『ドラえもん』1巻より引用)
記念すべき第1話で見せたいきなりの危ない発言です。まだ意地悪キャラだったこのころは、まさに小さな女ジャイアンといった感じでした。
第4位:
「まあ、たいへん! ねつが800度もある」
(『ドラえもん』4巻より引用)
近所に住む仲良しの友達ガン子とお医者さんごっこで遊ぶ一幕。子供らしい無茶な体温設定です。ちなみにガン子は同作者の『パーマン』からゲストとして出演したキャラです。
第3位:
「今度かくギャグまんがの主人公のモデルにしたいの」
(『ドラえもん』35巻より引用)
ジャイ子のトレードマークともいえる、ベレー帽をかぶっての一言。身近なものからインスピレーションを得ていくという、向上心を感じさせる台詞です。この時はのび太を元にしたギャグ漫画の構想を練っていました。
第2位:
「はっきりいってくれてよかった。これで目がさめたわ」
(『ドラえもん』29巻より引用)
後述する台詞とも対応していますが、自作をスネ夫に批評された時の言葉です。批判を真摯に受け止めるのもある種の才能と言えます。
第1位:
「どれもこれも、プロのまねじゃないの。
あたしのかきたかったまんがは、こんなものじゃないんだわ」
(『ドラえもん』29巻より引用)
新人賞に応募するも落選が続き、あらためて自作を振り返った時のこと。視野狭窄に陥ることなく、客観的に自己批判出来るのはジャイ子のプロ根性の表れです。不振を乗り越え、初志貫徹して自分の描きたい作品を見つけられたからこそ、彼女の後々の成功に繋がったのでしょう。
いかがでしたか? これまで脇役としてあまり意識して来られなかった方も、ジャイ子について興味が湧いたのではないでしょうか?