『ハチミツとクローバー』偏愛レビュー【高尾苑子】

『ハチミツとクローバー』偏愛レビュー【高尾苑子】

更新:2021.12.2

切なくてきれいで、苦くて甘い。そんな淡い世界観の羽海野チカさんのマンガ「ハチミツとクローバー」。まるで青春の日々をアルバムに切り取ったような、優しい読み心地と苦いような苦しいような切なさがいっぱいに詰まった、最強の作品です。 切ないシーンや苦しいようなシーンがたくさんあるにもかかわらず、全体的にはふんわりと微笑ましいようなイメージが残る読み味は、まるで大人になって昔のアルバムを懐かしい気持ちで眺めているときのよう。 セリフや絵やストーリーの全てが、あなたの心に響くこと間違いなしの作品です。

ブックカルテ リンク
著者
羽海野 チカ
出版日
2002-08-19

この作品はアニメや映画にもなっていて、今でもイラスト展などが開催されているくらい人気のあるマンガなので、名前や、ほかの媒体では知っている方が多いと思いますが、本好きの私がやっぱり一番おすすめしたいのはマンガ。絵のタッチや、コマの感じもこのストーリーの一部で、何回読み直してもそのたびに新しい好きを見つけられます。全10巻と読み始めやすい量なので、このコラムで気になった方はぜひ手に取ってみてください。

舞台は東京のとある美術大学。竹本、真山、森田の三人は同じアパートに住む男子学生で、ある日、花本教授の姪っ子の「花本はぐみ」に出会います。そして真山にずっと片思いを続けている「山田あゆみ」も加わったこの6人が、このマンガのメインキャラです。誰かの誕生日やクリスマスなどのイベントには一緒に集まってパーティーをしたり、みんなで遠くに旅行に行ったりする仲良しメンバーたち。ここで出会った六人がそれぞれ影響しあいながら、学生最後の時間を過ごしていきます。

「登場人物のみんなが片思い」っていうのはこのマンガのひとつの特徴です。少女漫画といえば両思いでハッピー!がデフォルトだけど、このマンガの子たちは、好きな人がいても、自分の気持ちに気付けなかったり、今の関係を壊すのが怖くて何もできなかったり。

登場人物みんながみんな控えめで優しい子たちなので、じれったかったり、切なかったりするけど、ハチクロといえばこんなもどかしさも魅力のひとつ。

そのなかでも恋愛面が一番フォーカスされているのは、真山にずっと片思い中のあゆみちゃん。他の人のことを想っている真山に気付いていながらも、どうしても好きでいることをやめられないあゆみちゃんの気持ちが痛いくらいに伝わってくるエピソードがたくさんあります。

真山に見てもらうためだけに夏祭りに浴衣をきていくシーンや、薄暗い校舎の金木犀の香りの中で真山を探すシーン。夏の終わりに、途中で折れてしまったシソを自分に例えて、ベランダで物思いにふけっているあゆみちゃんのシーンとかは、読みながら「あああ~っ」ってなるくらい切ない……。片思いの経験がある方は絶対あゆみちゃんに共感してしまうはず……。

真山もあゆみを恋愛感情ではないけれど大切に思っているので、他に好きな人がいるからって突き放したりはできないまま。なので、あゆみはもう生殺し状態。絶対に苦しくてきついはずなのですが、その状況さえうらやましいくらいに綺麗なんです。

そして、私の好きなキャラクターは、そんなけなげなあゆみちゃんを救出しに(!?)登場したキャラクター、野宮さん。仕事もできてクール。大人でかっこいい野宮さんは、真山に夢中なあゆみを最初は可愛いなあって見ているんですが、だんだん本当に好きになってきちゃって、焦って告白してしまったり、思わずダサいセリフを言っちゃったり。クールな野宮さんもいいですが、あゆみを好きになって人間味が出てきちゃう野宮さんもすごく推せます♪

そしてこのマンガのもうひとつの特徴は「青春の自分探し」。これは主に竹本君なんですけれど、もうすぐ大人にならないといけない時期なのに、自分のやりたいことが分からなくて、得意なこともわからなくて。これからどうしたらいいのかってぐるぐる考える真面目な竹本君。才能あふれるはぐみちゃんや森田さん、ちゃんとした仕事について、しっかり社会人をやっている真山を見て、焦って、自分が分からなくなってしまいます。わけが分からないままアパートを飛び出して、自転車でひたすら走り続けた竹本君は、行った先々でいろんなものを見て、いろんな人に出会います。

何か明確な答えが見つかったわけではないけれど、走り続けて、自分なりに生きていく足掛かりみたいなものを見つけた竹本君がすごく輝いて見える素敵なエピソードです。

大人になっていくと無くなってしまうようなある種の感情だったり、ジレンマだったり。そんなものを美しくとっておくことができる人って少ないと思うけど、確かにあったそんな時代をこのマンガは思い出させてくれます。ストーリーももちろんだけど、たまに入るポエムみたいな文章も素敵で、ノートにコピーして貼っておきたいくらい。あなたの大切な心の癒しになってくれること間違いなしのこのマンガ。ぜひ読んでみてください。

『ハチミツとクローバー』に関連したおすすめ本

著者
羽海野 チカ
出版日
2008-02-22

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