『沈黙の艦隊』はかわくじかいじの大人気架空戦記漫画です。核攻撃可能な潜水艦を主軸にしたこの物語は、エンターテインメントとして優れているだけでなく、軍事的、政治的にもリアリティのある問題提起を行っています。 それが如何なるものなのか、全巻通して考えてみたいと思います。ネタバレを含みますのでご注意ください。
日米共同開発による日本初の原子力潜水艦「シーバット」は、突如反乱を起こした艦長の海江田四郎以下クルーによって奪取、如何なる国にも属さない戦闘国家「やまと」を名乗り独立を宣言した……。
かわぐちかいじの『沈黙の艦隊』は、おおよそこのような形で始まります。かわぐちは架空戦記モノに定評がある作家で、本作もオリジナルの艦艇やSF気味な要素はあるものの、実艦や実際のデータを元にした大胆にして骨太な物語が好評です。
その人気から、大本のモーニングKC版以外にも愛蔵版であるモーニングデラックス版や文庫版、各エピソードに焦点を当てたアンコール版などが出版されています。この記事はモーニングデラックス版(愛蔵版)に準拠しますので、別のバージョンでは多少内容が前後することをご了承ください。
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かわぐちかいじのおすすめ漫画ランキングベスト5!克明な心理描写が光る!
世の中に軍事、政治を扱った漫画は数ありますが、枕詞に「リアルな」が付く作品は限られます。かわぐちかいじは圧倒的描写でリアリティある作品を描く漫画家です。今回はそんなかわぐちかいじのおすすめ漫画ベスト5をご紹介したいと思います。
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- かわぐち かいじ
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軍事兵器がメインであることから、本作は戦争礼賛、右翼礼賛的に思われがちですが、実際には違います。作品の本質は架空戦記を通した現実の平和への疑義です。
現実の日本は憲法の理念に則って、専守防衛が原則。劇中の日本も同様で、「やまと」もそれを引き継いで専守防衛を貫きますが、それは決して不戦を意味するわけではありません。攻撃された場合には、断固たる反撃が鉄則。抑止力としての核兵器すら保有しています。
この抑止力がキーポイントです。タイトルの『沈黙の艦隊』とは、潜水艦戦力を意味する「Silent Service」に由来しますが、潜水艦最大の強みは地表の大半を覆う海のどこにでも行けて、どこにでも潜めるところにあります。核の照準に狙われているかも知れないと思えば、迂闊な軍事行動には出られなくなるのです。
当然、各国は対処に躍起になります。日本でも「やまと」を巡る政争が起こり、竹上首相と海渡幹事長の間で処遇が真っ二つ。こうした政治上の駆け引きも見所です。本作の連載はアメリカとロシア(旧ソ連)冷戦の末期でした。まだ核戦争が現実的だった当時、現実の国会でも本作の話題が取り上げられたほど、ある面ではリアルな描写だったのです。
日本を離れた「やまと」は独自に行動を始め、米ソを手玉に取って世論を味方に付け、強大な戦力を持つ大西洋艦隊と対峙しながら、世界最大の軍事大国アメリカに挑んでいきます。
ある時、日本のディーゼル潜水艦「やまなみ」がロシアの原潜と衝突する事故が起こりました。艦長およびクルーの生存は絶望。しかし、潜水艦「たつなみ」艦長深町は疑問視し、ソナー手の南波に密かに解析を依頼しました。
実は「やまなみ」のクルーは生きていました。彼らは日米共同で極秘建造された初の原潜「シーバット」の乗員に選ばれ、偽装工作で死んだように見せられていたのです。この艦は日本の船にも関わらず、米海軍所属という欺瞞にまみれた船でした。
しかし、さらに艦長・海江田はクルーと共謀して離反。独立戦闘国家「やまと」の樹立を宣言しました。「シーバット」の責任者である海原は捕獲を命令しますが……。
潜水艦が独立国家を名乗るという奇抜な展開もさることながら、クールな海江田の指揮が光ります。米海軍第7艦隊と渡り合い、3隻の潜水艦を向こうに回しての水面下の静かな戦いが熱いです。
米海軍の包囲を抜けた「やまと」は、国同士の同盟締結のために一路日本へ向かいました。
一方、日本政府は「やまと」援護を目的とした海上自衛隊第2護衛隊群を出動させ、米ソと対立。日本近海は日米ソ3国の思惑が入り乱れる一触即発の場と化しました。
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「やまと」の扱いで対立する日米政府は、ハワイで会談を設けます。しかし交渉は難航し、ついには日米艦隊間で戦端が切って開かれました。
ここから本格的に「やまと」だけでなく、日米が積極的に関わってきます。が、海上自衛隊は護衛艦「くらま」がタイコンデロガ級ミサイル巡洋艦(イージス艦)「ヴァリ・フォージ」の犠牲になるなど、空母「ミッドウェイ」率いる第3艦隊に手も足も出ません。
一方「やまと」も原潜「レッド・スコーピオン」を始めとするソ連潜水艦隊や、空母「ミンスク」との戦いに突入していきます。
海江田を頂点とする「やまと」は、核発射能力を武器に世界のパワーバランスに介入しようとしていました。日米首脳会談では、「やまと」を危惧した米大統領ニコラス・J・ベネットが日本の再占領をちらつかせます。
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ソ連包囲網を脱した件の「やまと」は、海上自衛隊に痛打を与えていた米海軍第3艦隊を攻撃、旗艦「ミッドウェイ」撃沈を始めとして壊滅状態に陥れました。通常兵器だけで第3艦隊を手玉に取った「やまと」。奥の手の核兵器の存在が世界を揺るがします。
そして日本側は「やまと」との同盟を決意し、その承認を国連安保理事会にかけることにしました。
1隻の潜水艦が国家と、大国と対等の席に着けるのか。強攻策も辞さないベネットは一見高圧的ですが、ある面では非常に理性的。「やまと」と敵対していますが、彼の言動にもご注目ください。
その日、海江田の姿は東京にありました。日本政府との交渉は進み、独立国家「やまと」と日本は友好条約を結んで、同盟関係となりました。
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その日本政府から派遣された浮きドック「サザンクロス」は、米海軍の制止を振り切って東京湾で「やまと」と接触。その状況を察知したベネット大統領はただちに攻撃命令を下しました。米原潜の攻撃で「サザンクロス」は大破炎上、「やまと」もろとも沈んでしまいます。
ここで潜水艦に付いて回る弱点が露呈しました。いくら「やまと」でも無補給、無整備というわけにはいきません。入渠(整備ドックに入ること)中は無防備とならざるを得ないのです。
辛くも難を逃れた「やまと」は「たつなみ」の援護で北上。そこへ「やまと」を上回る性能のシーウルフ級原潜が襲いかかってきます。
北上する「やまと」は北極海に到達しました。ここに至って、ベネット大統領は「オペレーション・オーロラ」の発動を宣言。北極海に展開中の戦力を引き揚げ、最新鋭攻撃型原潜「シーウルフ」を投入したのです。
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最新鋭の原潜の機動力に対して、「やまと」は劣勢に立たされます。海江田は地形や氷塊を利用してうまく立ち回りますが、その後方にやってくるもう1隻の影がありました。「シーウルフ」は2隻いたのです。
一方の地上では、ベネットが「やまと」とそれに与する日本を非難し、反日ムードを造り上げ始めていました。
圧倒的な力を見せ付けてきた「やまと」が、ベネットの企みでここに来て初めて追い込まれます。数でも性能でも劣る「やまと」が、いかに戦況をひっくり返すかが見所です。
海江田が北極海を目指した理由は、民自党鏡水会の大滝淳と会見することにありました。大滝は独自の保険構想「やまと保険」を提案し、海江田もこれを受け入れます。
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反日の気運高まるアメリカに対して、日本では次の選挙戦が迫っていました。ここでも「やまと」の扱いが最大の焦点となっていきます。民自党と新民自党の間で大荒れになったものの、結局は民自党が与党となり、竹上登志雄首相が誕生しました。
そんな中、ワシントンでサミットが行われます。米海軍大西洋艦隊は事前に対「やまと」を想定した軍事演習をしていましたが……。
「やまと保険」は大滝がイギリスの保険会社ライズにかけ合って、世界を巻き込んでの大計画です。漫画ならではの無茶な発想ですが、着眼点が面白いです。
「やまと」は探信音を駆使した奇妙な戦術で米海軍大西洋艦隊を完全に手玉に取り、残った空母「セオドア・ルーズベルト」を標的としました。が、ここで不測の事態が起こります。空母艦載機が「ルーズベルト」を狙う「やまと」に体当たりを敢行したのです。
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「やまと」は魚雷発射装置が故障。無事な発射管1門しか使えない状況になってしまいます。不良を察知した大西洋艦隊と「やまと」とのギリギリの攻防がくり広げられます。
そして総攻撃をしかけてきた大西洋艦隊に、ついに「やまと」から核弾頭搭載と見られるハープーンミサイルが発射されました……。
息詰まる交戦と、切り札の核攻撃。世界最小の国「やまと」は、世界中に核の恐怖を見せ付けるのです。
米海軍大西洋艦隊に勝利した「やまと」は、ニューヨーク沖で浮上するとともに、米政府へ友好同盟を申し出ました。動揺する米海軍を尻目に、ACNのTVクルーが北極海の会見に同席した縁で「やまと」に乗船し、「やまと」のメディアを担当する「情報国家やまと」となります。
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情報戦を始めるその背後で、「やまと」を狙う英仏露中印5ヶ国の原子力潜水艦5隻が集合しつつありました。しかし、彼らは魚雷を装填したものの攻撃には移らず、「やまと」との交信を始めました。
この交信で海江田の真意、原潜艦隊による核抑止力構想が明かされます。途轍もないスケールの発想は各艦艦長の胸を打ちました。
「超国家原潜艦隊=沈黙の艦隊(サイレント・サービス)」計画。中継で明かされた遠大な核抑止力構想に世界中が沸き立つ中、ワシントン・サミットは攻撃決定を下しました。
対潜ヘリの包囲網が出来つつある中、「やまと」はあらためて米政府に対して宣戦布告。
- 著者
- かわぐち かいじ
- 出版日
- 2001-09-21
開戦直前、ACNは世界市民投票を実施し、6千万人のうち70%を越える「やまと」支持が提示されました。またそれと同時に、対「やまと」で派遣されていた5ヶ国の原潜も「やまと」に賛同。
ここに至って「やまと」を認めるか、認めないかの2つの意見が世界レベルで沸き起こりました。その圧倒的な数は大国アメリカも無視出来ません。その上でベネット大統領が、海江田がどう出るのかがポイントです。
「やまと」は進路を塞ぐ空母「ジョン・F・ケネディ」と文字通りに激突し、艦が傾き、浸水しながらもニューヨークのヴェラザノ橋を通っていきます。衆人は快哉を挙げて出迎えました。
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- かわぐち かいじ
- 出版日
- 2001-09-21
ニューヨークに入港した「やまと」は、各国の原潜の集結と国連総会の実施を要求。それに対しては、軍事関連企業など反対勢力がマスコミと政府に圧力をかけ、反「やまと」の風潮を生み出そうとします。5ヶ国の原潜は撃沈命令が下るも従わず、「沈黙の艦隊」構想への参加を表明しました。
世界情勢が怒濤のように動いていきます。読者としては最早見守ることしか出来ません。
200を越える参加国の国連総会が開催。市民は熱狂し、「やまと」支持の世論は固まったかに見えました。
総会のために海江田不在となった「やまと」にミサイル攻撃が行われました。たった1発で沈みゆく「やまと」。ニューヨーク平和特使となっていた速水らが、懸命に脱出を試みます。
一方、海江田は国連総会で登壇して持論を展開。ベネット大統領と世紀の和解が見られようかという時――取材席に混じっていた暗殺者が、海江田を狙撃しました。幸い、一命を取り留めたものの……。
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- かわぐち かいじ
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「やまと」を失い、海江田も倒れた今、「沈黙の艦隊」構想は果たしてどうなってしまうのか。まとまりかけた世界は再び混迷に突入していくのでしょうか。
しかし、旗艦を引き継いだストリンガーは、こう言いました。
「我々は何も失ってはいない」
(『沈黙の艦隊』11巻より引用)
誰もが意気消沈する中、放たれたこの言葉こそ本作屈指の名言といえるでしょう。この名シーンが物語の結末、その行方を示唆しているようでもあります。
潜水艦乗り、海の男達が立ち上がった意義。現実の平和に照らし合わせて読めば、きっと何か感じられるものがあるはずです。
いかがでしたか? 『沈黙の艦隊』が単なる海洋ロマンでもなければ、画一的な戦争モノではないことがご理解頂けたと思います。物語がどのような答えを導くか、ぜひ実際にお確かめください。
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