世の中に軍事、政治を扱った漫画は数ありますが、枕詞に「リアルな」が付く作品は限られます。かわぐちかいじは圧倒的描写でリアリティある作品を描く漫画家です。今回はそんなかわぐちかいじのおすすめ漫画ベスト5をご紹介したいと思います。
かわぐちかいじ、本名・川口開治は1948年7月27日生まれの漫画家です。永島慎二の『漫画家残酷物語』に刺激され、上京。明治大学漫画研究会に入り、在学中に『夜が明けたら』でデビューしました。
広島で生まれたかわぐちは、小さい頃に瀬戸内海を運航する父親の船によく乗せてもらっていたそうです。父親は戦時中掃海艇の乗組員で、そのためか、双子の弟と共に軍事兵器に夢中でした。潜水艦についての興味もこの頃から持っていて、小澤さとる『サブマリン707』に影響され、後に『沈黙の艦隊』を上梓することになります。
プロデビュー後は10年ほど売れない時期が続きましたが、「近代麻雀オリジナル」で麻雀漫画の連載を持つようになってから人気が出るように。リアリティのある設定と思想で登場人物がぶつかり合う、という作風はこの時培われました。時代劇を題材にした『意気に感ず』で画風を改め、現在まで至るかわぐちかいじの原型が完成します。
代表作は『アクター』、『沈黙の艦隊』、『ジパング』、『太陽の黙示録』。広い世界観でヒロイックな登場人物の活躍する大河調の作品が得意としています。
2002年8月、京浜大地震を契機に各地で地震や噴火が相次いで日本を襲います。後に「日本大震災」と呼ばれる大災害です。首都圏は壊滅状態。京都、大阪、奈良の3地域が水没し、日本は地理的に2つに分断されます。
政府は東京を脱出し、札幌を拠点として臨時政府を設置、復興計画が模索されます。ところが政府内で思惑が錯綜。アメリカ主導を推進する日米同盟重視の石倉派と、中国主導を推進する国連重視の柳派が対立します。遂には石倉派は政府を離脱して、博多に独自の臨時政府を発足。
こうして日本は名実ともに分裂、札幌の北日本政府と博多の南日本政府が主導権を奪い合う混沌の時代に突入して行きます。一方国外には、復興を待ち望む一時避難民が世界中に散っていました。最初の京浜大地震で両親を亡くした主人公、柳舷一郎もその1人。彼は台湾社会での日本人避難民問題に接するうち、「日本」を目指すようになります。
- 著者
- かわぐち かいじ
- 出版日
- 2003-05-30
大地震、そして津波や火事の二次被害、三次被害。東日本大震災でのことが想起されますが、本作の連載が始まったのは2002年のことです。念頭にあったのは恐らく阪神淡路大震災でしょう。また、苦境に立たされた日本が国際情勢に翻弄されるという構図は、小松左京の『日本沈没』を思わせます。かわぐちはそれらを組み合わせたのかも知れません。
主人公の柳舷一郎、ライバルの宗方操、北日本を裏で操る孫市権作、暗躍する董藤卓也。これかの名前で『三国志演義』の劉備、曹操、孫権、董卓を想起しませんか? どうやら本作は『演義』を踏襲しているようで、それに由来する名称や組織が多数登場します。本作の行く末を『演義』と照らし合わせて、予想しながら読むというのも1つの楽しみ方です。
物語は2つに分かれた日本、世界に散らばった日本人の想い、そして日本の利権を狙うアメリカと中国という2大国家の思惑が入り乱れます。散り散りになった避難民達の、日本人としてのアイデンティティ。国とは、人種とは、「日本」とは一体何か? かわぐちかいじが得意とするリアリティ溢れる政争、翻弄される市井の人々の心理描写が光ります。
2010年、日本人4人で構成された「ファブ・フォー」の面々は、ビートルズのコピーバンドとして六本木のステージに立っていました。本物より上手いという自負がありながら、コピーバンドに甘んじる日々。
そうやって悶々と過ごしていたファブ・フォーは、ひょんなことから1961年の日本にタイムスリップします。それはビートルズがデビューする前年でした。ビートルズより上手い、ビートルズの後継者を自認していたファブ・フォーは、あることを思い付きます。それは、ビートルズの曲でビートルズより先にデビューしてしまおう、というものでした。
- 著者
- かわぐち かいじ
- 出版日
- 2010-08-23
本作は「モーニング」編集部主催、投稿形式不問の漫画新人賞「MANGA OPEN」で大賞となった藤井哲夫の同名作品(漫画ではなく漫画原作)を元にしています。審査員を勤めたかわぐちはちょうどビートルズ世代。作品の新奇性を評価し、自身の手による漫画化を希望したところ、作画を担当することになりました。
ビートルズのコピーバンドがビートルズに成り代わる。本作はそのセンセーショナルな内容が賛否両論を巻き起こしました。蓋を開けてみると、ファブ・フォーがこのような挑戦的なことを始めたのは単なる野心からではなく、ビートルズと競い合うことを志したからでした。
ビートルズの先を行くことで本物のビートルズを刺激し、本来の歴史では存在しない214曲目の曲を作らせることが出来るのではないか。ファブ・フォーのベーシスト鳩村真琴はそのように考え、ビートルズファンだったメンバーの蜂矢翔らを説得したのです。
果たしてファブ・フォーの思惑通り、ビートルズはさらなる飛躍を遂げるのか。それともビートルズの上を行くと自負するファブ・フォーが世界を席巻するのか。どちらが「本物」なのか。物語を通して、かわぐちかいじは「オリジナル」とは何かを問いかけます。
200X年日本。海上自衛隊所属イージス艦「みらい」は南米エクアドル争乱に伴う在住日本人の安全確保のため、僚艦3隻と共に海外派遣されました。日米新ガイドラインによる初の派遣は、憲法違反の指摘もあって、順風満帆の船出とは言えないものでした。
ハワイへ向かう途中のミッドウェー沖で、みらいは予報外の暴風雨に見舞われます。その影響で僚艦との連絡が途絶、衛星通信も不通に陥りました。そして嵐の直後、みらいの乗組員は信じられない光景を目にします。山のようにそびえる超弩級戦艦「大和」の威容。彼らの眼前に現れたのは大日本帝国海軍の大艦隊でした。
みらいは1942年、ミッドウェー海戦直前の太平洋にいたのです。俄には信じられない事態。彼らは史実通りに南雲機動部隊が壊滅する様を目撃し、タイムスリップしたことを確信します。そんな中、撃墜された零式水上観測機を洋上に発見。みらい乗員は歴史に干渉することを恐れますが、副長の角松洋介が草加拓海少佐を救助してしまい……。
- 著者
- かわぐち かいじ
- 出版日
- 2001-01-20
もし現代艦船が第2次大戦時の軍艦と戦ったらどうなるか。兵器に興味がある人なら、戯れにこんなことを考えたことが1度はあるはずです。かわぐちかいじもそんな1人だったのでしょう。本作は戦史モノを得意とするかわぐちによる架空戦記漫画です。
架空戦記とはいえ、リアリティ溢れかわぐちの切り口は健在です。物語冒頭で海外派遣の是非が問われる様子は、自衛隊の対応が議論される現実の光景に重なります。みらい乗員達は現実同様に極力戦闘を回避し、専守防衛。ところが敵対する軍は構わずみらいを攻撃してきます。そこで戦争というものに対する現代の認識、意識の差が如実に描かれます。
角松に救助された草加は、未来の日本敗戦を知り、それを避けるべく行動し始ます。歴史改変を自ら招いてしまった角松は、草加を追い、そしてみらいは歴史の大きな渦に飲み込まれていきます。
その過程でみらい乗員の心境に変化が生じます。自衛隊が日本を守るためにあるなら、みらいは敗戦国となる日本を救うべきではないか、という葛藤。果たして、守るべきは歴史=未来の日本か? それとも過去の日本か?
嵐の中、漂流者と思われる3人の漁師が尖閣諸島南小島に上陸しました。彼らは海上保安庁の救助を拒絶、尖閣諸島は中国の領土だと主張し始めます。男達は漁師に偽装した工作員でした。工作員と海保が睨み合いが続く中、中国海警局艦船が領海侵犯し、それを止めようとした海保巡視船と衝突するアクシデントが起こります。
青島基地から出港していた空母「遼寧」は、国民救出とアクシデントへの介入を名目に艦載機を発進。海保の応援に来ていた護衛艦2隻との間で一触即発の事態に突入します。護衛艦に向けて威嚇のミサイルが発射されたことを知った日本政府は、中国政府に折れて工作員を海警局に引き渡す決断をしました。
この事件を機に日中軍事衝突が現実味を帯び、世論は日本の危機管理や領土問題を懸念する声が噴出。その声に押される形で、以前より計画されていた新型護衛艦就役と新設護衛隊群の予定が前倒しされました。自衛隊初の空母となる艦載機搭載型護衛艦「いぶき」の誕生です。
- 著者
- かわぐち かいじ
- 出版日
- 2015-09-30
現実問題として、2012年の尖閣諸島国有化と前後して、日中間で緊張が高まったのは周知のことと思います。日本は対外的に、尖閣諸島に関して領土問題は存在しないという立場を取っていますが、それに異を唱える中国の領海侵犯が常態化しているのも事実。本作は尖閣諸島を巡って、もしも中国と軍事衝突が起こったら、というifに基づく仮想戦記漫画です。
かわぐちは本作の執筆に当たってかなりのリサーチをしたようです。劇中で起こる出来事や政治的判断のシーンには真に迫るリアリティがあります。産経新聞社発行の月刊「正論」上で行われた小野寺五典(元防衛大臣)、伊藤俊幸(元海将)、潮匡人(軍事ジャーナリスト)の鼎談では、本作の描写と展開が絶賛されました。
兵器のリアリティにも目を見張ります。現実では様々な制限によって海自は空母を保有していません。ですが「いずも」型ヘリコプター護衛艦は艦載機を載せていないだけで事実上の空母。いぶきはこのいずも型を改良したという設定です。実際、いずもは小規模の改装でF35Bなどの垂直離着陸機の運用が可能とも見られており、非常に現実的。
徹底してリアリティにこだわった本作。日本の空母保有への国際的な風当たり、中国との摩擦はどうなるのか、日本の近い将来を占う意味でも目が離せません。
『空母いぶき』については<漫画『空母いぶき』の魅力を最新12巻まで全巻ネタバレ紹介!【映画化】>の記事で紹介しています。気になる方はぜひご覧ください。
米ソ対立が深刻化する世界情勢の中、海上自衛隊の潜水艦「やまなみ」がソ連の原子力潜水艦と衝突するという事故が起こります。やまなみ乗員76名の生死は絶望的。しかし、海江田の同期である深町洋は、この事故に疑問を抱きました。果たして海江田ほどの力量のある男が、よりによって衝突などというミスを犯すだろうかと。
深町は事態究明のため部下に音紋テープを調べさせますが……。深町の予想は的中、やまなみ乗員は生存していました。件の事故は日米共同で極秘建造された原子力潜水艦「シーバット」へ秘密裏に乗務させるための偽装工作だったのです。
核攻撃可能な世界最強の最新鋭潜水艦シーバットは、日本が巨費を投じて建造されました。乗員は全てやまなみから乗り移った日本人。それにも関わらず所属はアメリカ第7艦隊でした。海江田はある思いを胸に、シーバット試験航海中にアメリカ海軍の監督下を離脱します。
その後、海江田は第7艦隊に対して、シーバット改め「やまと」の独立を宣言します。潜水艦やまとは軍拡を続ける世界に対し、核抑止力をもって平和維持を目的とした戦闘国家となりました。
- 著者
- かわぐち かいじ
- 出版日
本作の連載が開始されたのは1988年、米ソ冷戦末期のこと。当時すでに2国間で関係修復が行われていたものの、全面核戦争の恐怖がまだ現実的な時期でした。今でこそ戦争は回避され、ソ連は崩壊してロシアとなったことは周知の事実ですが、それが連載当時のリアルです。
かわぐちかいじも核保有大国の戦争の気配を肌で感じたことでしょう。それをフィクションの世界に落とし込み、政治、戦闘を劇中で見事に描き出しました。息を呑む戦闘シーンは圧巻です。
やまとはいずれの国にも与せず、完全に独立した存在として、核抑止力を主とした武力による平和維持を掲げます。これは物語の展開や舞台こそ異なりますが、小澤さとる『青の6号』の設定に近いです。小澤は潜水艦漫画の先駆者として海洋SFに多大な影響を及ぼしたので、かわぐちが影響されていてもおかしくないでしょう。
海江田は劇中で、世界平和のために武力を用いた平和維持を語ります。もし彼の言う通りならば、核抑止力で世界は見かけ上平和になることでしょう。果たしてそれを真の平和と呼ぶことが出来るでしょうか? 核兵器の脅威と世界平和について改めて考えさせられますね。
『沈黙の艦隊』について紹介した<『沈黙の艦隊』で考える個と世界の付き合い方。名作漫画を全巻ネタバレ考察!>の記事もおすすめです。
いかがでしたか?かわぐちかいじと言えば戦争モノのイメージがあります。しかし、そこにあるのは戦争賛歌ではなく、相対的な平和な日常への問いかけです。政治にしろ、タイムトラベルにしろ同じこと。かわぐち作品は普段の日常を振り返る極上のスパイスなのです。