蝶のなかでもピカイチの美しさを誇る「オオムラサキ」。高貴で煌びやかなイメージですが、実は意外な生態をしています。この記事ではそんな彼らの特徴や驚くべき行動、幾度となく姿を変える一生、飼育の方法などをわかりやすく解説していきます。あわせておすすめの関連本も紹介するので、ぜひチェックしてみてください。
チョウ目タテハチョウ科に分類される大型の蝶です。オスよりもメスの方がやや大きく、翅を広げるとオスは10cm前後、メスは12cmにもなります。
日本のほか、朝鮮半島や中国、台湾北部、ベトナム北部にも分布しています。日本では、1956年に蝶として初めて切手のデザインに採用され、翌年には日本昆虫学会の提案で「国蝶」と呼ばれるようになりました。
そんなオオムラサキの最大の特徴は、やはりその美しい翅でしょう。
黒褐色の表面には、白色や黄色の斑紋が散らばり、オスの翅は青紫色に輝いています。裏側は黄白色から灰白色をしていて、南方に生息する個体ほど白っぽく、北にいくほど黄色味が増すそうです。また表面の斑紋は、南に生息する個体ほど模様が複雑になる傾向があります。
幼虫の間はエノキの葉を食べ、成虫になるとクヌギやナラ、ヤナギなどの樹液を吸います。なかには腐った果実や動物の排泄物の汁を吸うものもいるそうです。
日本では北海道から九州まで全国各地の雑木林に生息しており、特に山梨県の山間部では多くの個体を観察することができます。炭焼きが盛んな地域で、炭の原料となるクヌギ林が群生していることや、八ヶ岳高原周辺の水辺にエノキが多く生えていること、冬場に適度な雪が降り乾燥が抑えられることなど、よい条件が重なっているためです。
しかし近年では、土地開発によって森林が伐採され、特に都市部近郊では生息域が徐々に狭まっているとのこと。よりいっそう環境保全に取り組む必要があるといえるでしょう。
毒や針など身を守る術はもちあわせていないオオムラサキ。しかしスズメバチのような危険な相手と戦うことがあるそうです。
オオムラサキは、成虫になってから約2週間しか生きられません。その間に交尾をし、産卵を終える必要があります。この期間はまさに子孫の存続をかけた戦いそのものです。栄養をたっぷりと摂る必要がありますが、甘い樹液にはスズメバチやカブトムシも集まってくるため、エサの争奪戦になってしまいます。
これらの敵との戦いでオオムラサキが発揮するのが、「飛翔能力」です。
一般的な蝶は、翅をひらひらとはためかせてゆったりと飛びますが、オオムラサキはひと味違います。猛烈な勢いで翅をはばたかせ、縦横無尽に動き回ったかと思いきや、グライダーようにスーッと滑空することもあります。飛ぶスピードはときに時速20kmを超え、鳥類にも匹敵するそうです。
もともとオスは縄張り意識が強く、他の昆虫が近づいてくると容赦なく攻撃します。バタバタと羽音が聞こえるくらい激しい争いになることもあるそうです。
オオムラサキの一生は、エノキの葉に産み付けられた卵から始まります。
卵の大きさは直径1mmほどで、6~10日で孵化し「1齢幼虫」が誕生します。長さ数mmの体は葉の色に似た緑色で、角などは見られません。
1週間くらい経つと、最初の脱皮で「2齢幼虫」になります。頭部に2本の角が生え、背中には4対の突起物が見えます。脱皮がうまくいかなかったり、アリに食べられたりして、個体数が激減するのもこの頃です。
さらに20日ほど経過すると、2回目の脱皮で「3齢幼虫」になります。寒い地域に生息している個体はほどなくして越冬の準備に入りますが、暖かい地域では、さらにもう1回の脱皮で「4齢幼虫」になってから越冬します。体色は落葉色に近い茶色です。
越冬中はエノキの木の根元で、落ち葉に張り付いて過ごします。暑さや乾燥に弱く、動きは少なめで、越冬期間は6か月くらいです。
5月頃になると、幼虫はエノキの木を登りはじめます。うまく登ることができない幼虫も多く、この時点でさらに個体数が減少します。生き残るのは6割程度だそうです。
木登りに成功した後は20日ほどで脱皮をし、「5齢幼虫」になります。自ら吐く糸で台座を作り、そこで休むようになります。食欲が旺盛となり、1日に1mm以上大きくなることもあるそうです。
2週間すると再び脱皮をして「6齢幼虫」になります。しだいに体が大きくなるため、鳥に見つかって食べられてしまう個体が増えてくる時期です。1か月弱でエノキの葉の裏に新しい台座を完成させ、頭を下にしてぶら下がる姿勢をとります。これが「前蛹」です。
前蛹が2日ほど続くと、最後の脱皮で「蛹」になります。メスはオスより10日くらい遅れて蛹になるそうです。
2週間強で羽化し、背中の部分から成虫が出てきます。オスはメスを見つけると交尾を開始しますが、数時間におよぶ交尾のすえに産卵を終えた蝶は、最期の時を迎えます。
個体数が減りつつあり、準絶滅危惧種に指定されているオオムラサキ。法律上は、捕獲や飼育を禁止されていないので飼うことができますが、とても難しいそうです。
オオムラサキを飼う場合は、エノキの木がある庭や裏山に、網などを張った広い空間を用意しましょう。飼育中は、エノキの葉が枯れないようにすることが大切です。
大量飼育に成功した例もありますが、自然に育つに越したことはなく、なんとか環境保全に努めたいものです。
- 著者
- 日本チョウ類保全協会
- 出版日
日本に生息する蝶類全種を掲載した、オールカラーの完全ガイドブックです。
2012年に刊行された「日本のチョウ」の改訂版で、新しく分類された5種を追加し、日本に生息する蝶全種と外来種の合計268種を網羅しています。
オスとメスそれぞれの表と裏の写真、種類を特定するポイント、分布図や生息状況などを掲載しており、この1冊でかなりの情報が網羅できるでしょう。オオムラサキを含む蝶を自然のままに撮影し、標本では味わえない美しさも楽しめます。
ハンドブックサイズなので持ち運びにも便利です。
- 著者
- 今森 光彦
- 出版日
- 2014-06-20
「チョウの記憶」という章で始まる、まるで文学作品のような写真集です。
オオムラサキをはじめ、蝶の美しさを最大限に生かした紙面デザインに加え、かわいらしいイラストを使った解説文には基礎知識が十分に盛り込まれており、著者の知的センスが光ります。
さらに各ページの見出しや、名前の紹介に使われているフォントもオシャレな明朝体です。細部まで美へのこだわりを感じる本書は、アートが好きな人にもおすすめです。