こんにちは。
あなたがどなたか存じ上げませんが、あなたはこのスマホの持ち主のご友人ですか?それともご両親でしょうか?
私、このスマホを拾ったんです。
それで連絡帳にこのアドレスしか登録されていなくって、それで淋しいような羨ましい様な気持ちになってしまったんですけれど。
あぁ、すみません。話が逸れてしまいました。
これって交番に届けるべきですよね?でもそれが出来ないんです。
私いま砂漠に居て、砂漠の真ん中からこのメールを打っているんです。スマホが砂の中から半分だけ顔を出していたところを拾いました。
見渡す限り、人っこ一人いない砂漠です。岩やサボテンなんかもありません。真っ青な空の下の何も無い砂漠ですので、見当たるのは狐色の砂と、真っ黒な私の影ぐらいです。
このスマホを見つけた時、私「よかった」って安心したんです。なぜなら今日に限って自分のスマホを家に置いて来てしまったものですから。それで気が付いたらこんな何も無い砂漠まで来てしまっていて、空は見た事もない位に晴れ渡っていますし、どうしようって。来た道もわかりません。無計画な自分にちょうど嫌気がさしていた所だったので「あぁ、これで誰かと連絡が取れる」って思いました。でもうっかり忘れて来た訳じゃないんです。わざと置いて来ました。今日はスマホを持って家を出たくないなって日、ありませんか?私にはあって、そういう時私は、その気持ちに従って自宅にスマホを置いたまま家を出ます。
物心がついた時から私、自分の存在がまるでパズルのピースみたいだなって思う事があるんです。
急にごめんさない変な話で。
でもこの社会の中で、私型のピースが当て嵌まる、私型の穴がいつも同じ場所に空いていて、私は毎朝そこに自分自身をきちんと嵌め込む事で、社会の中に「自分」が居る事を認識できたり、赦せたりする訳ですけれど、そういういつの間にか出来ていた私型の穴とか、なんというか「自分」そのものから、そういう所から私自身をもっと無関係の遠い場所へ、放り投げてしまいたくなるんです。でもそうはいかないから一日だけ、たまの一日だけ、自分を脱ぎ捨てるみたいにして、スマホを置いて家を出ます。
つくづくよくわからない話をしてしまっていますよね。ごめんなさい。というかそろそろこのスマホで110番しましょうか。
私、迷子なんです。実は。さっきまで実家の近所の見知った道を歩いていたはずなんですけれど。おかしいな。顔を上げたら砂漠でした。だいぶ前から足元の視界がやけに砂ばかり続くなと、頭の片隅では思っていたんですけれど。考え事をしていたもので。本当に間が抜けていて、嫌になります。そうですね。
でもすみません。もう少しだけ、ここにこうして文章を打ち込む事を続けても良いですか?
だいたい110番なんてこんな簡単に掛けて良いものなのかもわかりませんし。
なんだかそんな気分です。
私はフリーターの実家暮らしです。あなたがどんな方なのかわからないので、と言ってもこのスマホの持ち主が唯一名前を登録していたあなただから、きっと誰より思慮深くお優しい方なのだとは思うのですけれど、一応具体的な事はここには書かないでおきますね。それであなたに迷惑が掛かっても困りますし。いえ、何があるかわからない世の中ですから。お互いのためにも。私にとって誰だかわからないあなたに、あなたにとって誰だかわからない私から、一通だけ、メールが届く。そういうのも不思議で、そんな関係ってなかなか無いですし、なんだか良いと思いませんか?
ここまではふと思いついたままに言葉を書き連ねてきたんですけれど、これから書こうとしているお話はあまり人にした事のないお話で。誰だかわからないあなただから、話してみたくなりました。
聞いてくれたら嬉しいです。
私は小さい頃から、私が居るこの世界の事があまり好きではありませんでした。
苦手な事が多すぎて、周りのみんながどうやって当たり前みたいに「周りのみんな」で居る事ができているのか、私には見当も付きませんでした。わかりますかね?わかりませんよね。
何だか私だけが毎日みんなとは違う成分の空気を吸わされていて、それで生命を繋げている、周りとは違う種類の生き物みたいな。自分に対してそんな感覚を持っていました。
私も「周りのみんな」の側に入れて貰いたかったんですけれど、つくづく上手くいかなくって。
だから私はこの世界とは別の世界を、自分の内側に作る事にしました。みんながみんなで居る間、私は私の世界のみんなと居ました。
小さい頃から空想する事が好きだったんです。色んな世界で色んな私になって、酸いも甘いも経験しました。
本を読む事も好きでした。本の世界で自分に目隠しをして。
そのせいで学年で一番最初に眼鏡になりましたけど。
だから将来は小説家とか、そういう職業に就きたいし絶対それしか無いって思っていました。
そうやって現実の世界をやり過ごして。でも大丈夫、いつだって私は自分で自分を目隠しする事ができる。無敵。
家ではずっと小説を書いて、自分が作った世界の中を旅していました。
来る日も来る日も。この日々は私を「物語を作る人」の人生へ導いてくれる道だと。私を「芸術家」という形のピースに変えてくれる道だと。私の思春期はそんな日々に終始していました。
そしてそうこうしている内にある時目隠しが外されて、それで顔を上げてみたらそこにはなんと、就職活動という四文字がそびえ立っていたのです。
その時初めて実感を伴った将来、自分のこれからと向き合わされたんです。
あれ?私、物語を作る人になるんじゃなかったっけ?
そこでやっと顧みた自分の周辺には、自分を社会の中で「芸術家」たらしめてくれるものなんて、何一つ転がってはいませんでした。
もちろんそれまで自分が書き上げた小説を新人賞のようなものに送った事はありました。なんせ目隠ししていないと生きてはいけませんから。私の私による私の為の物語はいくつも完成していました。
でもそれは、ただそれだけの事で。何にもなりませんでした。
私の物語は一体どこに向かって投げ込まれていったのでしょうか。そもそも誰かの元へ届いていたのでしょうか。誰も居ない洞穴の中で、無様に投げ捨てられた私の物語が誰の目に触れる事もなく、密やかに朽ち果てていく様が頭をよぎります。
私を救ってくれた物語を私以外の誰かが必要としてくれるような事は、どうやらこの世界では起こり得なかったみたいです。
あぁそうか、私、働かなきゃいけない。
その時、初めてそんな事に気が付いたんです。
それで必死になって自分でもなんとかやっていけそうな業種の会社を探して、いくつか面接も受けました。
結果は散々でした。やっぱり私はこっちの世界では、これっぽっちも上手くやれません。久しぶりに引きずり出された現実の世界の中で、私のピースの形は相変わらず平凡に劣っていて、むしろ時間が経って色褪せて、もっとも収まりの悪い形になり果てていました。
今はフリーターで、アルバイトをしながら実家で暮らしています。
あれだけ熱中していた小説とも、めっきり遠ざかってしまいました。書く事とも読む事とも。
私の人生において、小説が私を輝かせてくれる何かでは無かったとわかった途端、小説に向かおうとする気力が、これっぽっちも湧かなくなってしまったんです。そこにあったのは、ただのがらくた。
何かを創る人でありたかった。何かを創る事で社会と繋がれる人に、私はなりたかった。
久しぶりに文章らしい文章を書いている今、改めてそんな事を自覚しています。
でもやっぱり文章を書いている間は、ほんの少しだけ、呼吸をすることが楽になった様な気がしています。
知らないどこかの誰かの身の上話を、身勝手に送り付けられるあなたの立場になると、申し訳が立ちませんが。
こうして何かについて書いている時間は、私が唯一自分で自分に優しくしてあげられる時間なのかも知れません。
もしそれがこれまで何度も心を擦り減らしてきた、私と社会とのズレの、辻褄を合わせてくれるような代物にはなり得なかったとしても。
この砂漠から無事家に辿り着くことができたならまた、お話を考えてみようかな。私。
もう、どこに行ったって関係ないのかも知れない。
こんな砂漠の真ん中で、特別な名前を持たない私が、なんの値打ちもつかない文章を書くことに、微かでも、確かな喜びを感じているのですから。
芸術家。とにかくそういうものになりたいって私は思って。そしてその入り口で唯一手を伸ばせたものが、小説を書く事だったんですね。
私以外の誰もが、フリーターとか、そういう言葉ででしか私を見つける事は出来ないんでしょうけれど。
私は自分で自分の人生を愛するという、そんな芸術を、やっていこうと思います。
例えば砂漠で迷子になってしまう事のその中に隠されたたった一粒の輝きや、そういう小さな物事の、大きな美しさにとらわれたり。その物の眠った価値を自分で見つけ出して、愛おしいものとして手に取っていく、それってとっても、芸術的じゃないですか?
私は一生を掛けて、自分の人生を愛する。という芸術を成し遂げたいと思います。
このメールも、もしもあなたに読まれなくっても、それでも良いんです。
このメールを打っている間、子供の頃から使い古されていつの間にか止まっていた私の心臓が、胸の内で、確かに脈打ち始めました。
他者の目では見つけられないものだとしても。私は私の中の芸術を、続けるので。
私にしか知り得ない芸術を。
誰にも知られることのない芸術を。
透明な、芸術を。
※この岡山天音はフィクションです。実在する岡山天音はスマホにロックを掛けています。
【#15】※この岡山天音はフィクションです。/ズバリ言うわよ
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【#14】※この岡山天音はフィクションです。/足りない時間が足りない
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【#13】※この岡山天音はフィクションです。/証言
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※この岡山天音はフィクションです。
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