毎年1月に開催され、大学生が熱き戦いをくり広げる箱根駅伝。そこへ無名大学が出場を目指していく青春ストーリー、それが本作『風が強く吹いている』です。 さまざまな壁を乗り越えて成長していく選手たちの1年間、そのあらすじや結末をご紹介いたしましょう。2018年10月からアニメも放送している注目作です!
箱根駅伝は正式名称を「東京箱根間往復大学駅伝競走」といい、1920年よりおこなわれている伝統ある大会です。毎年1月2日、3日に開催しており、年始の風物詩として楽しみにしているファンの方も多いのではないでしょうか。
出場できる大学は、20チーム。毎年有名校が名を連ねていることから分かるとおり、出場するだけで名誉ともいえる大会です。
そんななか、なんと無名の大学がそこへ挑んでいくことになるのでした。しかも、陸上競技未経験者もいるという、およそ無謀ともいえるチームで出場を目指していくのです。
蔵原走(くらはら かける)は、寛政大学の新1年生。高校時代は陸上部に所属し、天才ランナーと呼ばれた逸材でした。しかし、勝利至上主義の監督とそりが合わず、問題を起こして部を辞めてしまいます。それでも彼は、走ることを忘れられません。
そんな彼は、空腹のためパンを万引きしてしまい、脚力を活かして逃走。しかし、同じ大学の4年生である清瀬灰二(きよせ はいじ)に捕まってしまいます。そして成りゆきで、彼の住むアパート・青竹荘、通称アオタケに行くことになるのでした。
実はアオタケは、元々寛政大学陸上競技部の寮。住人たちは強制的に部員扱いされるのに加え、密かに灰二によって長距離ランナー向けの身体に改造されていたのです。彼の強い希望と企みにより、アオタケの住人たちで箱根駅伝を目指すことになってしまいます。
- 著者
- 三浦 しをん
- 出版日
- 2009-06-27
長距離経験者が極端に少ない寄せ集めのチームが箱根駅伝を目指していく姿を、コミカルかつ熱く描いていく本作。その大きな魅力は、キャラクターたちです。
無口で不器用なカケル、ちょっと強引で策士だけれど胸に熱いものを秘めているハイジ、知識は豊富だけど小心者のキングこと坂口洋平をはじめとした青竹荘の住人達。彼らが葛藤し、衝突しながらも自身の殻を破り、走り続けようとする姿に心が打たれるはずです。
また、箱根駅伝に出場するまでのシステムや、大会中の舞台裏を事細かに描写しているところも魅力の1つ。2009年に公開された実写映画でも、走っている選手をいかにサポートしているのかまでしっかり描写され、駅伝ファンからも高い評価を得ました。
林遣都や小出恵介、中村優一らが選手役として、水沢エレナがマネージャーとして出演。関東学生陸上競技連盟が個々のキャストに合った練習メニューを作成し、実際に駅伝部のある大学で練習して身体つくりをおこないました。林遣都は、実際にスカウトされたほどの逸材だったのだとか。
映画のユニフォームは群馬県伊勢崎市にある上武大学のものを参考に作られており、上武大学陸上部員は他校の選手として出演。撮影は大分県でおこなわれました。2009年に和田正人が出演する舞台の公演もおこなわれ、2018年10月からはテレビアニメが放送されています。
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1976年9月23日生まれ、東京都の出身です。早稲田大学第一文学部に入学。就職活動中、彼女の作文を読んだ早川書房の担当者から作家になるように勧められ、1998年より「Boiled Eggs Online」上でエッセイの執筆を開始します。
就職活動は氷河期という事もあってうまくいかず、外資系出版社の事務を経て町田駅前の大型古書店でアルバイトを開始。その様子は初期のエッセイ『極め道―爆裂エッセイ』や『妄想炸裂』などでも読むことができます。
やはり、三浦しをんは小説もさることながら、これらのエッセイがとても魅力的。彼女の日常が赤裸々に綴られ、爆笑を誘います。興味のあることはエッセイに記されていることが多く、その後小説として目にすることもあるので、ファンとしてはニヤリとするポイントでしょう。
箱根駅伝や文楽の話題も、数多く登場します。
- 著者
- 三浦 しをん
- 出版日
- 2007-02-28
そんな彼女はエッセイを中心に活動していましたが、強い勧めもあり、小説の執筆に力を入れ始めます。
自身の就職活動体験をもとにした『格闘する者に○』を2000年に発表。カトリック系女子高校を舞台にした作品、2002年発表の『秘密の花園』で自身の書きたいもの、作家としての手ごたえをつかんだと言います。
2005年『私が語りはじめた彼は』で山本周五郎賞を受賞、2006年『まほろ駅前多田便利軒』で上半期の直木賞を受賞しました。また、2012年『舟を編む』では本屋大賞も受賞しています。ちなみに本作も、2007年の本屋大賞で第3位になった作品です。
数多くの作品が映像化されており、『舟を編む』『まほろ駅前多田便利軒』のほか、『神去りなあなあ日常』『光』なども実写映画化されました。
また、オタクとしても有名。大のボーイズラブ好きとして知られており、エッセイではそんな話題も登場し、テンションの高さを見せました。
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本作は駅伝を題材としているという事もあってか、主要な登場人物は多めです。中心となるアオタケの住人達はとにかくキャラが濃く、存在感は抜群。頑張る姿を応援したくなります。物語の中心となるのは、ハイジとカケルです。
主人公・清瀬灰二(ハイジ)は、寛政大学の4年生。アオタケの住人とカケルを箱根駅伝に出場されることにした張本人です。アオタケの大家・田崎の飼い犬であるニラの世話係でもあります。
強引に巻き込みはしたものの実質的な指導役を担っており、トレーニングメニューを作成したり食事や掃除、雑用をこなすなど部員たちの日常生活もしっかりサポート。無謀を実現するための努力を惜しまず、時に厳しく部員たちを導いていきます。
しかし、作中で彼が走る描写はあまりありません。自身もランナーとして優秀でしたが、練習中に足を故障し、断念したという過去がありました。どこかとらえどころのなかった彼の本音と、その走りをが見えた時、走ることへの熱意と真摯な姿に思わず胸が熱くなります。
もう1人の主人公といえる人物・蔵原走(カケル)は問題を起こし、陸上部を辞めたまま寛政大学にやってきます。とにかく走ることが大好きです。天才的なランナーではありますが人間的には未熟で、アオタケの住人たちとも衝突して喧嘩する場面は少なくありません。
しかし徐々に部員たちを仲間と認めて、精神的にも大きく成長、箱根駅伝の本戦では名門六道大の実力者・藤岡一真の区間新記録を塗り替える力走を見せました。
また彼には、東体大こと東京体育大学に進学した高校の同級生・榊浩介というライバルがいます。カケルが過去の問題、榊とのわだかまりとどう向き合っていくのかにも注目です。
上の2人は長距離の経験者ですが、アオタケの住人が全員運動をしていたわけではありません。以下では、その他の選手をご紹介しましょう。
現実の箱根駅伝でも、毎年シード権を獲得する優勝候補の名門校が多数出場しています。本作でも、そんな名門校が多数登場。なかでも注目なのは、六道大学です。
彼らは箱根駅伝を3連覇しており、寛政大学が出場することになる本戦でも優勝候補として立ちはだかります。現実の箱根駅伝でも連覇をしている大学は少なく、4連覇以上となると、2019年第95回大会までに6校しか成し遂げていません。
4年生でエースの藤岡は、因縁浅からぬ人物。ハイジとは高校の陸上部時代のチームメイトで、ハイジが抱えている膝の故障という秘密を知っています。本戦ではカケルと同じ9区を走り、実質的な壁として立ちはだかりました。
また、榊が所属している東体大も名門校。初出場の寛政大学は、シード権を争うことに。カケルがわだかまりを抱える人物というだけではなく、本戦での直接的なライバルとなっています。
本作は無名校が箱根駅伝出場を目指す物語ですが、アオタケの住人たちの人間的な成長に重点が置かれています。そのなかで登場するセリフには名言が多く、物語の盛り上がりも相まって胸が熱くなるのです。ここでは、そのいくつかをご紹介しましょう。
「いいか、過去や評判が走るんじゃない。
いまのきみ自身が走るんだ。
惑わされるな。振り向くな。
もっと強くなれ」
(『風が強く吹いている』より引用)
過去に部で問題を起こして悪評のあるカケルが、記録会に出場することをためらっている時に、ハイジにかけられる名言。過去に囚われていた彼が走ることに真摯に向き合い、追及していくきっかけとなります。迷いのある読者の心をもそっと押してくれる言葉でしょう。
ハイジは走ることの強さについて独自の理論を持っており、そのセリフも印象的。長距離選手に対する褒め言葉は何か、とカケルに問いかけた時、「速い」という回答がきます。それに対し、ハイジは「強い」だ、と返しました。
「速さだけでは、長い距離を戦いぬくことはできない。
天候、コース、レース展開、体調、自分の精神状態。
そういういろんな要素を、冷静に分析し、
苦しい局面でも粘って体をまえに運びつづける。
長距離選手に必要なのは、本当の意味での強さだ。
俺たちは、『強い』と称されることを誉れにして、毎日走るんだ」
(『風が強く吹いている』より引用)
このセリフを胸に読み進めていくと、アオタケの面々が本当の意味で強くなっていく過程を、強く感じることができるでしょう。
最後に、こちらの勝負というものの本質を感じさせる名言をご紹介。戦いにおいて、頂点とは1位を指す言葉。しかし本作における頂点は、1位と同義ではありません。
「頂点が見えたかい?」
(『風が強く吹いている』より引用)
このセリフは、それぞれの立場から見える頂点を喚起させるもの。努力の末にある1位という意味ではない「頂点」という言葉に胸が熱くなるはずです。
箱根駅伝を目指し、努力を重ねてきたアオタケの面々がどうなったのか、気になってきたところではないでしょうか。努力実らず出場が叶わなかったわけではなく、彼らはなんとか予選会を通過。見事に箱根駅伝本戦に出場を果たします。
10区間、部員10人という少数での本戦は走者もサポートもなかなか大変で、すべてがうまくいくわけではありません。王子は区間順位こそ最下位だったものの力走を見せ、ムサは期待された力を発揮。
しかし、安定感と実力があって5区を任されていた神童がまさかの体調不良により、あわやタスキが途絶えるかというピンチに見舞われてしまいます。
なんとか翌日につなぎ、ユキやキングも期待以上の走りを見せました。仲間たちがつないできた襷を受け取ったカケルは、9区で区間新記録を更新する好タイムで次に繋げるのです。
そして10区の走者、ハイジに襷が渡ったとき、寛政大学はシード権を争う順位にいました。しかし彼は、以前の膝の故障が再発していて……。
痛みを抱えながら、それでも走りを止めないハイジ。果たして、寛政大学の運命は……。そのラストは、ぜひお手に取ってお確かめください。
最後には、この駅伝から4年後の彼らが描かれます。彼らの変わらぬ友情、そして絆が見られる結末に注目です。
本作は、長距離未経験の部員を含めた無名大学が、たった1年で箱根駅伝を目指し、ついに出場を果たしてしまうという物語です。
長い距離を走るには身体をしっかりと作らなければならず、初心者がすぐに長い距離を走れるわけがありません。この設定は、経験者から見ればありえないものに感じられたことでしょう。
しかし、三浦しをんは、箱根駅伝に出場経験のある大学にしっかりと取材をおこなっています。そのため練習の様子やインカレ、予選会といった出場までの道のり、そして箱根駅伝本戦の描写は、まさに説得力のあるものとなっているのです。
また、結果的に出場を果たしていますが、走り始めてすぐにメキメキと上達したといった描写はなく、それぞれが苦労を重ねて、長距離に対応する身体を作っていきました。
- 著者
- 三浦 しをん
- 出版日
- 2009-06-27
現実的に考えると無理のある設定というのは変わりありませんが、個々の努力には説得力があります。王子やキング、ニコチャンなどは挫折したり、逃げ出したりする描写も少なくありません。
皆が目的に向かって一直線に走るわけではなく、無理だと逃げ出す姿にこそリアリティや人間味があり、私たち読者からすると、すこしほっとする場面となっているのではないでしょうか。
アオタケの住人達は努力を重ね、箱根駅伝出場を勝ち取ります。しかし本作は、必要以上に努力を美しいものだと賛美はしていません。努力は苦しさをともなうもの。そして、その苦しさから葛藤が生まれ、仲間たちとの衝突が発生します。挫折も、越えることができない壁や限界も、容赦なく突き付けるのです。
しかし、彼らは徐々に走ることに真摯に向き合い、それぞれが答えを見つけていきます。1本のタスキを仲間たちとつなぎ、そのなかで生まれる絆や感情は、きっと本物なのでしょう。
読者は彼らの姿に胸を熱くし、自然と応援してしまいます。この、誰かを無条件で応援してしまう心こそ、本作が伝えたかったことなのかもしれません。
興味はあるけれど活字を読むのが苦手、という方もいらっしゃることでしょう。そんな方には漫画版がおすすめ。
集英社より発行されている『風が強く吹いている(ヤングジャンプコミックス)』(全6巻)です。小説とはまた違った魅力が詰まった作品となっています。
本作の大きな特徴は、漫画版のオリジナルキャラクターが複数登場すること。しかし寛政大学の面々は、キングが実写映画版同様、関西弁のキャラクターとなっているくらいで大きな差はありません。
- 著者
- ["三浦 しをん", "海野 そら太"]
- 出版日
- 2008-03-19
六道大や東体大に、藤岡や榊以外のキャラクターが登場。よりライバル校のカラーが明確になっているのに加え、2人の置かれている環境や人物像も明確になりました。また、馬背大学というオリジナル大学も登場。エースとして、オリジナルキャラクターの山科隆広が登場します。
小説版は心理描写が密になっており、走っている時に考えていること、見えている景色など実際のランナーが共感するほど真に迫っていました。漫画版では、文字では表し切れない走っている時のスピード感が味わえるところが最大の魅力。数字だけでは伝えきれない速さや力強さ、過酷さが伝わってきます。
箱根駅伝を舞台にした、無謀だけれども胸が熱くなる青春物語。若者が何かのためにがむしゃらに頑張る姿は、自然と応援したくなるでしょう。箱根駅伝ファンも、あまり見ないという方にも、手に取っていただきたい作品です。