猫とご老人の組み合わせは親和性が高く、のんびりとした様子に心がほっこりと癒される人も多いのではないでしょうか。2019年2月22日公開の実写映画作品の原作である『ねことじいちゃん』は、そんな組み合わせを取り入れた究極の癒し猫漫画。その4巻までの見所を、ご紹介いたします。ネタバレを含むので、ご注意ください。
本作は、とある島に暮らす、じいちゃんと猫の日常を描いた漫画作品です。主人公は75歳の大吉じいちゃんと、猫のタマ。タマは物語開始当初で10歳7か月のオス。人間の年齢でいうと50歳過ぎくらいで、お腹は真っ白な茶白猫です。
彼らは2人暮らし。教師だった大吉じいちゃんは、2年前に妻に先立たれており、1人息子は島を離れて生活しています。
しかし、1人暮らしを悲観することはありません。近所に住む幼馴染の厳さんや島の人々と交流しながら、料理をしたり、昔を思い出したりと、のんびりとした日々を送るのでした。
- 著者
- ねこまき(ミューズワーク)
- 出版日
- 2015-08-07
漁業が盛んな島での日常を、移り変わる季節の景色を交えて描き出す本作。形式は4コマ漫画に近く、ひとつのコマが映画のスクリーンのように、場面を鮮明に描きだします。いわゆる猫島のようで、タマ以外にも猫がたくさんいるらしく、その景色のなかには、さまざまな猫が登場するのも見どころです。
主にweb上に作品が掲載されており、水彩絵の具のような柔らかなタッチが特徴的。シンプルながら線もどこか丸みを帯び、暖かさと優しさが感じられます。書籍では一部のみカラーですが、電子書籍版ではフルカラーで読むことができますよ。
本作は、大吉じいちゃんとタマの2人暮らしの日常が描かれた作品。日常的におこなわれることといえば、食事や掃除、仕事や学校に向かうといった行動が挙げられるでしょう。大吉じいちゃんは、島の人に「先生」と呼ばれている、元教師。すでに定年退職しており、仕事に向かうことはありません。
そんな彼の日課といえば、3度の食事と散歩。日常の描写のなかでも料理の場面は多く、随所で登場します。お味噌汁に卵焼きというシンプルな朝ごはんから、季節の食材を利用したものなど、料理はさまざまです。
学生時代に自炊をしていたこともあり、料理の腕前はなかなかのもの。料理をするときは特に過去のことを思い出すらしく、子どもの頃や、亡くなった妻との記憶を思い返します。えんどう豆を貰ってまめごはんを作る際には、妻との出会いを思い出し、照れる姿も見られました。
物語の中心となっているのは、大吉じいちゃんとタマですが、島の住民たちの描写にも注目です。椅子を外に出して新聞を読むおじいちゃん、大吉じいちゃんのように散歩に出かけるご婦人。仕事をしている人も、せかせかしている様子は見られません。
のんびりと自分の時間を過ごす猫と同じように、緩やかに、穏やかに、時間が過ぎていくのです。
本作の舞台となっているのは、小さな島。猫と老人の姿が多く、子どもはあまり見かけません。日本の多くの場所と同じように、1人暮らしの高齢者の姿が目立ちます。島に住む年若い者たちも含め、互いに助け合いながら、穏やかな日常を送っているのです。
しかし、もちろんただ淡々と日々が過ぎるだけではありません。「老い」というものについて考えさせられる内容でもあるのです。
老化というのは、どこか負のイメージが付きまとうもの。今まで当たり前にできていたことができなくなり、衰えに苛立ちを感じることも少なくありません。老いは悪ではありませんが、できるならば年を取りたくないと考えてしまう方の方が多いでしょう。
しかも作中にはその老いの様子に加え、大吉じいちゃんの妻や同級生など、さまざまな人が亡くなる様子も描写されています。老いや死を語ることにためらいを感じる人も多いでしょうが、それは生まれた瞬間から人に定められた、逃れられない宿命。そんな厳しい現実すらも、ありのままに、かつ穏やかに本作は描きます。
人は生まれてから特別な何かをしなければならない、というわけではありません。少なくとも島の人たちや大吉じいちゃんが、特別な事を成した様子は皆無です。島で生まれそれぞれの時間を過ごし、生きてきた時間を穏やかに振り返りながら、終わりの時を迎えていきます。
人が生まれ、老いて、死に至るのは当たり前のこと。それならば、自身の老いと終わりを受け止め、穏やかに生きるのもいいのではないですか、と島の暮らしは穏やかに語りかけてくれます。
作中で主に語り手を務めるのは、大吉じいちゃんです。しかし、タマをはじめとした猫たちも黙ってはいません。吹き出し付きのセリフは人間にしかありませんが、「にゃー」としか口に出せない猫たちの心の声が、随所に登場します。
本作で初めてタマの心の声を見ることができるのが、第2話「吾輩はタマである」。彼らの、とある1日を描いています。タマの自己紹介から始まり、大吉じいちゃんのことを「大吉つぁん」と呼ぶ彼は、飼い主にしてしもべと認識している様子。
世話が焼けると呆れながら
「しかたがないので吾輩が面倒を見てやることにした」
(『ねことじいちゃん』より引用)
と、大吉じいちゃんの保護者のようなものだと口にするのでした。自由気ままで、大吉じいちゃんのことも、しもべと言っているタマですが、その傍を離れません。
散歩には必ずついていくし、畑仕事中も虫を追いかけながら待っているなど、行く先にはほぼ一緒についていきます。それは、タマを拾ってくれた大吉じいちゃんの妻、おばーちゃんとの約束をかたくなに守っているからなのでした。
約束を律儀に守るタマですが、普段は猫らしく自由奔放で、口調もちょっと尊大です。お風呂の回では、洗われることを断固拒否して大暴れ。さすがに、このときは人間の言葉で呟くことを忘れ、猫として盛大に抗議をしたのでした。
離島で暮らす大吉じいちゃんと、猫のタマの四季折々の日常を綴った本作。その第4巻は、ほのぼのほんわか、心温まる穏やかな日々は相変わらずで、仲のよい彼らの姿を堪能することができます。
とはいえ、事件が何もないわけではありません。タマが体調不良になるなど、ひやりとする出来事も発生。馴染の店が廃業し、夫婦が島を去るといった別れの話も登場します。
彼らの住む島は、若者よりは高齢者の多い、いわゆる限界集落。いつまでこの島で暮らせるのか、そんな不安が脳裏をよぎるのでした。
- 著者
- ねこまき(ミューズワーク)
- 出版日
- 2018-02-16
静かに、確実にやってくる老いを島全体が感じ取り、誰の胸にも、少し先の未来に対する不安がよぎる内容が描かれます。しかし、島にやってきた医者の若先生や、喫茶海猫にやってきた、料理上手ではつらつとした娘さんの存在が、島民たちの心に光をともすのでした。
触っていなかった携帯電話を何とか使いこなしてタマの写真を撮ったり、ハロウィンで仮装をしたりと、新しい事にもどんどんチャレンジする、アグレッシブな大吉じいちゃん。
そんな彼と付き合ってあげるタマの姿ももちろんかわいいのですが、見どころは動物病院で出会った90代のご婦人と、20歳くらいの猫のエピソードです。自分もこんな風に、猫との関係を築いていきたいと思わせてくれる、心が温かくなるエピソードとなっています。
穏やかな日常のなかに、老いや人生という深いテーマが不意に現れ、ドキッとする場面もある本作。恐ろしい現実は日常のなかにあり、だからこそふとした瞬間に現れて、影を落とします。しかし、辛いばかりが現実ではないことを感じられるでしょう。
さまざまな事を内包しながらも、日々を楽しむ大吉じいちゃんと、相棒のタマに癒されてください。