事故で母親を失い、突如幼い弟と父親の3人暮らしをすることになった拓也。面倒見も聞き分けもいい彼が、よい兄、母の代わりであろうと、持てる愛情を弟・実に一心に注いでいきます。 この記事では、拓也の家を始め、多くの家庭の家族愛を描いた『赤ちゃんと僕』について、作中に登場する名言たちを中心にご紹介。長年愛されてきた本作に散りばめられた名言は、グッと心に刺さるものがありますよ。
事故で母親を失ってしまった榎木一家。父の春美、兄の拓也、弟の実は、母親がいないことの重大さを噛み締めながら、家族として全員で支えあっていくことを決意。
しかし彼らのなかで、母親のいない現状をもっとも突きつけられたのは、小学生の拓也でした。
学校や近所、実の通う保育園で母親がいないことの大変さを痛感させられます。そのなかで彼は、あらためて実の愛しさや家族の大切さを思い知り、自らの意思で弟の世話や家事をやるようになるのです。
- 著者
- 羅川 真里茂
- 出版日
- 2001-12-01
この記事では、文庫版全10巻をもとに、それぞれの巻の名言を紹介していきます。現在、『赤ちゃんと僕』は通常の単行本版、文庫版、愛蔵版の3種類があり、愛蔵版には描き下ろしのイラストとコメントがあります。単行本には、読みきり漫画や巻末おまけ漫画などが収録。
この記事で紹介する文庫本版は、本編のみが収録されたシンプルなものです。その分、より本作の世界へと入り込むことができます。
本作には魅力的な登場人物、家族が多数登場します。
拓也
本作の主人公。聞き分けがよく、しっかり者でわがままを言わないお兄さんです。
実
拓也の弟で、お兄ちゃんが大好き。甘えたい盛りの保育園生です。
春海
拓也と実の兄弟愛を見せつけられ、疎外感を感じながらも、いつでも2人の味方でいてくれる優しいお父さんです。
昭広
拓也の同級生。6人兄妹という大家族の4番目で、優しくクールな少年です。
一加
昭広の妹で、実のことが好きなおませさん。
正樹
通称「マー坊」。藤井家の末っ子で、口が達者ですが、一加によく振り回されています。
ゴンちゃん
拓也のクラスメイト。家が酒屋を経営しているため、よく妹のヒロの世話をしています。がさつそうでありながら、心根の優しい少年です。
ヒロ
ゴンちゃんに顔がそっくりな、無口な女の子。実に恋心を抱いていて、一加の恋のライバルです
木村さん夫婦
榎家の向かいに住んでいる夫婦です。息子の成一とその嫁である智子、その二人の間に生まれた孫の太一と一緒に住んでいます。
成一
やんちゃをして長いこと家を空けていたものの、根は善い人。
智子
おおらかな性格で面倒見のいいお姉さん。
その他にもさまざまな家族や拓也の同級生など、多数のキャラクターが登場します。また、江戸前をはじめとした春美の会社の人々も度々登場します。
2ヶ月前に事故で母親を亡くした、榎木拓也。父の春美と、弟の実の3人暮らしを余儀なくされた彼は、仕事で忙しい父の代わりに、弟の面倒を見ることに。
自分でもまだ母親の死を受け入れきれないまま、明確な意思疎通が図れない実にやきもきとしつつ、兄として、母代わりとして、弟を守っていくことを決めました。
- 著者
- 羅川 真里茂
- 出版日
- 2001-12-01
1巻の名言は、藤井が拓也にかけた言葉です。拓也は、実が1人でいろいろできるようになったことを喜ぶ反面、変わっていく寂しさを感じていました。弟の世話をしなければと強く思っていたからこそ、自分の役割がなくなってしまったかのように感じたのかもしれませんね。
そんな胸の内を藤井に話していたとき、上級生に絡まれて喧嘩沙汰に。なんとか追い返したあと、藤井がこう言ったのです。
実が一人で何でも出来るようになるってことは
誰かがそれを教えてあげてる証拠なんだぜ?
(『赤ちゃんと僕』1巻より引用)
まだまだ実には拓也が必要なのだと教えてくれる、いい言葉ですよね。
読者としても大人になってから、もう1度この言葉を思い返すと、親や兄・姉のありがたみがわかりますね。人間誰しも1人で大きくなったわけではなく、きちんと行儀や作法を教えてくれる人が近くにいたことを再認識させてくれます。
子どものころは、親が言うことは口やかましく思いがちですが、それは生きていくうえで欠かせないものである場合も。そういった当たり前だけど大切なことを思い出させてくれる言葉です。
町内の運動会に出ることになった榎木家。そこにはお向かいの木村さん夫婦や、藤井、ゴンちゃんなどたくさんの知り合いが。気合を見せる春美を尻目に、拓也は穏やかに、実もマイペースに運動会を楽しんでいました。
そんななか、運動会に出るつもりがなかった藤井が、突如リレーのアンカーをすることになり、拓也と争うことに。
- 著者
- 羅川 真里茂
- 出版日
- 2001-12-01
2巻の名言は、家族旅行中に拓也が思ったこと。拓也が地元の青年から「車に傷をつけられた」と言われたとき、春美はすぐにそれを否定します。
何も見ていなかったにも関わらず、自分の無実を信じてくれた父に対し、拓也はこう思ったのです。
パパが僕のパパでよかった
(『赤ちゃんと僕』2巻より引用)
これは、拓也の素直さもさることながら、小学5年の息子にそう思わせる春美も素晴らしいですね。親にしてみれば、自分の親でよかったと思ってもらえることほど、嬉しいことはありませんよね。
どれだけ一緒に暮らしていても相入れないことはあります。特に同性の親であれば、反発心が生まれることもあるでしょう。そんななかでも、拓也が自分の春美を誇れるのは、彼が父親の人となりをきちんと理解しているという証拠です。また、春美が愛情を持って拓也を育てたという証明でもあります。
長いこと家を空けていた向かいの木村家の息子・成一が帰って来ました。しかし、「自分の家には帰れない」と榎木家へ居候することになった彼。
拓也は、過去に彼から何をされたかを覚えておらず、警戒はしつつも普通に接していましたが、周りの人間からは悪い噂ばかり聞くように。そのなかで、拓也は彼が本当はどういう人間なのかを、自分の目で確かめることにしました。
- 著者
- 羅川 真里茂
- 出版日
- 2002-03-01
3巻の名言は、春美が言ったセリフです。拓也たちの前に、突如、母・由加子の叔母を名乗る人物が訪ねて来ました。親戚は誰もいないと聞かされていた彼らは驚きますが、その叔母はあらゆる手を使い、拓也と実をたらし込んでいきます。
実は、彼女は亡き息子と由加子の代わりに、家を継いでくれる子どもが欲しかったのです。拓也たちを自分たちの家へと連れ帰ってしまった叔母に対し、春美は自分の想いを伝えました。
この子達は僕の生き甲斐なんです
(『赤ちゃんと僕』3巻より引用)
この直前、春美と拓也はちょっとしたすれ違いから喧嘩をしてしまうのですが、どんな言葉を投げかけあっても、決して消えることのない家族の絆を感じさせる名言です。あらためて子どもの大切さを噛みしめた春美が放ったこの言葉に感動する読者も多いでしょう。
親にとって子どもは愛しく、大切なものだと気付かせてくれる一言。シングルファーザーになって苦労も多いはずの春美からこの台詞が出ることで、なおさら心に響きます。
夏休みの絵日記という形で、拓也一家と成一一家の旅行の話を展開。運転する予定だった智子が車を乗りこなせず、途中でペーパードライバーの春美が運転を変わることに。
いつもは優しい春美の、ちょっと怖い一面を拓也たちは知ることになるのです。
赤ちゃんと僕 (第4巻) (白泉社文庫)
2002年03月01日
4巻の名言は、飼っていた老犬を置き去りに引っ越してしまった飼い主が、あらためてその子を引き取りに来たときに、拓也に放った言葉です。拓也は、雪も降る寒いなか、空き地となった場所に取り残された犬・コロに、時間があれば会いにいっていました。そんな彼に、はじめは飼うことを反対していた春美が折れ、飼うのを許可した当日の出来事でした。
コロは置き去りにした家の奥さんが結婚前から飼っていた犬で、夫と子どもによって引っ越しを機に捨てられてしまいました。無責任にそんなことをしておいて、また身勝手にコロを連れて行こうとするのです。
でも大人を責めないでね
現実を見るのって案外残酷なのよ
(『赤ちゃんと僕』4巻より引用)
このエピソードは、現実を見るからこそ冷徹になりがちな大人と、自分の気持ちひとつで行動しようとする子どもの対比になっているのですが、この飼い主の言葉は、そんな大人の冷たさや身勝手さをよく表しているように思います。
たしかに現実は残酷で、気持ちひとつではどうしようもないことも多く、何かを切り捨てなければいけない場面も多くあります。そんな現実のなかでも大事なものを必死に抱えながら生きようとする、大人の苦しさが感じられる言葉です。
拓也がおたふく風邪を引いてしまい、実と一緒にいさせるわけにはいかないと、1人で拓也の面倒と、実の世話をすることになった春美。仕事を途中で抜けて、ご飯を食べさせては仕事に戻るという忙しい日々をなんとか乗り越えたと思った矢先、今度は実がおたふく風邪に。
春美は実の面倒を看る分、寝る間も惜しんで仕事をする生活になってしまいました。
- 著者
- 羅川 真里茂
- 出版日
- 2002-06-01
そんななか、春美が会社にいる女性・安西と再婚するのではないかと、心配で会社まで押しかけた拓也。しかし、それは彼の勘違いで、自分には旦那も子どももいるし、春美とは年が離れているからと彼女ははっきり否定します。
そんな安西は、勘違いで怒ったことを素直に謝ってくる拓也に感動し、こんなセリフを言います。
本当にいい子なのは成績がいいとか手がかからないとかそんなことじゃなくて
人の痛みを分かることができる子なんだわ…
(『赤ちゃんと僕』5巻より引用)
実は彼女は、会社ではお局扱いで疎まれ、家では旦那や娘にぞんざいな扱いを受け、心身ともに疲弊している状態でした……。辛い境遇の彼女だからこそ、出てきた言葉であると同時に、読者の心にもずしっとくる一言です。
人の気持ちを理解するというのは簡単なようで、とても難しいもの。「できた人間」とは、相手の立場に立ち、その苦しみなどを理解できるような人ではないでしょうか。
彼女のこの言葉は、そんな当たり前でありながら、ついつい見落としてしまいがちなことをあらためて考えさせてくれます。
熱を出した藤井から連絡を受け、一加・マー坊の相手をすることになった拓也。お互い、相手はなんでもそつなくこなす子だと思っていましたが、実際にはそうならなければいけない環境で育ってきたのだということを、あらためて実感します。
2人の友情がどんどん深いものとなっていきます。
- 著者
- 羅川 真里茂
- 出版日
- 2002-06-01
ハワイ旅行へ行った拓也一家の前に現れた、アメリカ人兄妹。兄のクリスは、亡くなった実父にそっくりな春美に対して思うところがあり、ついつい八つ当たりをしてしまいます。
クリスの実父はあまりいい父親とはいえなかったものの、最後は「愛している」という言葉を残し、彼の目の前で亡くなりました。クリスはその経験から毎晩のようにうなされるようになり、父親や自分の本当の気持ちがわからなくなってしまいました。
泣きたい時に泣けない
それは君が作った君の感情だ
(『赤ちゃんと僕』6巻より引用)
1人悶々と悩み続ける彼に、春美が投げかけた言葉です。子どもは、大人が思っている以上に繊細で、たくさんのことを考えています。しかし、その環境によっては、思っていることや感じていることを素直に出せなくなってしまう場合も。
クリスはまさにその状態ですね。しかし、自分を見失いそうになるという事実こそ、「自分がいる」という証拠なのだと気付かされるのです。
拓也が成一にレストランに行くと言われて、連れてこられたのは競馬場。しぶしぶ彼に付き合って中に入ると、以前会ったサラ金の男性と再会します。
そして拓也は、1度は気づかないふりをしたものの、いつの間にか彼の逃亡を手助けすることになりました。
- 著者
- 羅川 真里茂
- 出版日
- 2002-09-01
人間嫌いな人は人に裏切られてきたんだと思うから
優しく接しなさいって言ってたよ
(『赤ちゃんと僕』7巻より引用)
この言葉は、再会したサラ金の男性に拓也がかけた言葉です。男性は、同僚に刺されたところで拓也たちを見つけ、競馬場から出ていきました。しかしなんだかんだ人のいい成一たちは放っておけず、彼の目的地までついていくことに。
実はその男性は、実家のある北海道に帰ろうとしていました。成一たちは空港に着くと、人目を避けながら、男性の傷の手当てをしました。そんな彼らに男性は、もっと人を突き放せるような人間になるよう忠告をしますが、それに対して拓也が投げかけたのが上記の言葉です。さらに拓也はこう続けます。
嘘の優しさは反対にキズつけるから
本当の優しさで接しなさいって…
(『赤ちゃんと僕』7巻より引用)
これは、由加子が彼に教えたことでした。いくら教えられているからといって、それを実行できるとは限りません。人に優しくするというのは、案外難しいものです。
「相手の立場に立ち、相手のこれまでの経験を考える」という本当のやさしさを子どもに教えた由加子は、とてもよい母親ですよね。
春美の会社の後輩たちとともに、湖に釣りにやってきた拓也たち。ボートに乗りながら楽しく釣りをしていたものの、地元のおじいさんだと思われる人に、行ってはいけない場所があるときつく注意されてしまいます。
幽霊でも出るのかと怯える人を傍目に、江戸川と拓也・実は再びボートで湖に出て……。
- 著者
- 羅川 真里茂
- 出版日
- 2002-09-01
家事も子育ても少し手抜きしよーよ
完璧な子育てなんてあるとは思わないもん
(『赤ちゃんと僕』8巻より引用)
子育てに悩む若妻・史穂に対し、智子が言った言葉です。これは江戸川たちの勝手な行動に端を発し、出てきたものです。
智子もおちゃらけてはいますが、子どもに対しては非常に優しく、丁寧な対応を見せています。ただ、自分も成一も完璧ではないとわかっているからこそ、こんな言葉が出てきたのではないでしょうか。
育児について頼れる人が周りにいなければ、「自分が何か間違っているのか」「子どもが泣き止まないのは自分のせいなのか」と、いろいろ考え込んでしまいますよね。そんな人にとって、この言葉は救いのようにも感じられるのではないでしょうか。
子育てや家事、会社での苦労などは、夫婦がお互いに理解できていないと、ちょっとしたことで大きなすれ違いが生まれてしまいます。
彼女のこの言葉は、これから母親になろうとしている人や、すでに子育てをしている人を勇気づける言葉であると同時に、「手抜きを許されるような環境を作るべき」という夫婦に対するメッセージのようにも感じられますね 。
『オオカミと7匹の子ヤギ』を実に読み聞かせる拓也。しかし、春美からの電話により、急いで会社に行かなければならなくなりました。智子ともに家に残された実。
お昼寝から覚めた実には、まるで絵本のような展開が待ち受けていたのです。
- 著者
- 羅川 真里茂
- 出版日
- 2002-12-01
両親の離婚によって、父親と2人暮らししなければならなくなった同級生・宮前に、家のことや弟のことでいろいろと言われ、胃炎になってしまった拓也。しかし彼は、春美の負担になることをためらい、宮前に言われたことや、自分が傷ついていることを相談することができませんでした。
そんな彼に対し、以前拓也たちの学校で働いていた教師・寛野が投げかけた言葉です。
投げられたボールは今度は受け取る人が必要となる
その相手がボールを取ってくれるか放り投げられるか逸らされるか
それは投げてみないと分からないだろ?
(『赤ちゃんと僕』9巻より引用)
これは、「拓也の考えていること、身の回りで起きたことを話された春美が、それを聞いてどう思うかは、言ってみないとわからない」という意味のセリフになります。このお話のもう1人の主人公・宮前家にも当てはまる言葉です。
宮前の父親は、自分たちが離婚した原因を言わず、また宮前は両親の離婚が悲しいことを言えずにいました。「人の気持ちや思い、考えは言わなければわからない」という単純でありながら実行に移すのが難しいことを、うまく例えられているように感じます。
正面から「思っていることは言わないとわからない」と言われるより、このようなたとえ話をされたほうが納得できる人もいるのでは。一歩を踏み出す勇気をもらえるような言葉です。
ひどい二日酔いに悩まされ、寝込む春美。彼は寝込んでいる間に、さまざまな夢を見ます。
西部劇のような舞台、幼いころの両親との思い出、宇宙などが登場するハチャメチャな夢のなかで、彼は大切な出会いをたくさん思い出していました。
- 著者
- 羅川 真里茂
- 出版日
親だって一己(いっこ)の人間だ
万能な訳ない
(『赤ちゃんと僕』10巻より引用)
本作の最終話、最大の危機であり、見どころである場面で、春美の友人・朝日が言った言葉です。
ちょっとしたことがきっかけで喧嘩をしてしまった、拓也と実。拓也は追いかけてくる実を無視して、どんどん先に進みますが、その途中で実が車に跳ねられてしまう大事故が起こりました。
大人でも即死してしまう車との事故。手術によって一命はとりとめたものの、幼い実にとっては予断を許さない状態でした。拓也も、自分のせいで弟が瀕死になったことに大きなショックを受け、精神的にギリギリの状態です。
両親、妻を事故で亡くした春美は、拓也や見舞いに来てくれた人々を励ましながら、この残酷な運命にいっぱいいっぱいになっていました。拓也や他の人の前では「親」として振る舞わなければいけない春美ですが、彼だって苦しい思いを抱えていることに違いはありません。
「親」という立場で自分自身を追い詰めそうになった彼にとって、この言葉は救いになったのではないでしょうか。大切なものが失われそうになっているとき、そこに立場や役割は関係ありません。辛いと思うことも、最悪の事態を考えることも当たり前なのです。
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深い家族愛と、人とのつながりを描いた『赤ちゃんと僕』。人間が生まれて初めて身をおくコミュニティーである「家族」と、成長するために欠かせない「他人との接触」を成長途中の子どもの視点から描くことで、家族の大切さや人との絆をより一層感じさせる作品です。
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