紛争地域の平和実現を促す国連の活動「PKO」。冷戦終結後は日本も参加するようになり、各地に自衛隊が派遣されています。この記事では、概要と歴史、具体的な活動内容、日本の関わり方、問題点や「PKO協力法」などをわかりやすく解説していきます。あわせて理解を深めることができるおすすめの関連本も紹介するので、チェックしてみてください。
第二次世界大戦後の1945年に設立された「国際連合」。多国間の協力による平和と安全の維持を目的とした国際機関です。「PKO」は、その国連がおこなっている活動のひとつ。「United Nations Peacekeeping Operations」の略称で、日本語では「国際連合平和維持活動」といいます。
主な活動は、紛争地域の平和を実現するため、停戦や軍事組織撤退の監視、平和を脅かすような偶発事件の拡大を防ぐことです。そのために各国の軍隊から構成される「国際連合平和維持軍(United Nations Peacekeeping Force:PKF)」が組織され、紛争地域に派遣されています。
最初に実施されたPKOは、1948年の「第一次中東戦争」の停戦監視。このために「国際連合休戦監視機構」が設立され、今日まで継続されています。
この原則を守ることで、PKOは国際社会の信頼を得て、一定の実績を挙げ続けることに成功しているのです。
冷戦が終結して以降は、国家間の紛争だけでなく、民族紛争や地域紛争が頻発するようになったため、PKOの担う役割も変化してきました。近年では、停戦監視に加えて難民や行政の支援など多彩な任務を務めています。
かつては国家間の紛争を防ぐことに主眼が置かれていたため、当事者同士が再度衝突することを未然に防ぐ「停戦監視」が活動の中心でした。
しかし冷戦の終結後に多発するようになった民族紛争や地域紛争は、停戦監視だけでは平和と安全を回復することが困難なため、新たな取り組みの必要が生じています。具体的には「人道支援」や「市民保護」、「施設警備」などです。
これらの任務の特徴は、「国際連合平和維持軍(PKF)」が市民の保護やインフラの整備、食料の供給などを実施すること。紛争が発生する地域は政府の基盤がぜい弱で治安維持が困難な場合が多いので、PKFが警察機能など政府の役割を一部肩代わりすることで、平和回復を図ろうとしているのです。
また紛争地の政府再建を支援するため、PKOとして行政事務の援助や難民の帰還支援、選挙の監視などを実施することもあります。
このようにさまざまな活動が組み合わさっているため、「多機能型PKO」と呼ばれることもあるのです。
第二次世界大戦後、日本は国際貢献を念頭に外交を展開し、世界平和を確かなものにするために国連の活動を支援する「国連中心主義」をとってきました。一方で、日本国憲法の前文や第9条で「平和主義」を掲げていることもあり、長らくPKOに参加することはありませんでした。
しかし1990年に勃発した「湾岸戦争」をきっかけに、日本も参加するべきだという機運が盛り上がります。これを踏まえて1992年に「国際連合平和維持活動等に対する協力に関する法律」、いわゆる「PKO協力法」が成立しました。
日本は同法にのっとって、内戦が生じているアフリカのアンゴラに3人の選挙監視要員を派遣。これを皮切りに、カンボジアに600人の自衛隊を派遣するなど実績を重ねてきました。
外務省が発表している「国際平和協力法に基づく我が国の国際平和協力業務の実績」によると、2019年現在でのべ1万人以上を派遣しています。
ただ紛争地域は危険と隣りあわせでもあります。1992年に実施されたカンボジアへのPKOには、自衛隊に加えて警察からも75人が派遣されました。そして高田晴行警部補が、現地の武装勢力に銃撃されて亡くなってしまう事件が起きています。
PKOに関する問題として、自衛隊を海外に派遣することに対する批判が挙げられるでしょう。法的根拠となる「PKO協力法」では、日本が参加するために満たすべき条件として、「PKO参加5原則」を定めています。
この5原則は、日本国憲法第9条に違反しない範囲で自衛隊を海外派遣するために設定されたものです。
その一方で「PKO協力法」は、数度の改正により徐々に活動領域を拡大しています。2015年の改正では、特定区域の保安業務に従事する「安全確保業務」に、他国軍兵士などが襲撃された場合に救援に駆け付ける「駆け付け警護」が追加され、その任務遂行のための武器使用も認められました。
しかし、仮に自衛隊が「駆け付け警護」を実施して武装勢力と交戦する事態になった場合、交戦権を認めていない憲法第9条に矛盾してしまうことが懸念されています。何より、自衛隊員が命を落とす可能性も指摘されているのです。
このような問題点を踏まえ、今後どのような形で日本が国際社会に貢献していくのか、その在り方を定めることが課題となっています。
- 著者
- 旗手 啓介
- 出版日
- 2018-01-18
上述した高田晴行警部補の殉職についてまとめた作品です。2018年の「講談社ノンフィクション賞」を受賞しました。
カンボジアにPKOとして派遣された警察官たちは、日本政府と国連の板挟みにあい、現地で苦闘を続けることを強いられました。高田警部補が亡くなった後も、国内での報道はすぐに下火になり、また政府も十分な検証をしていないことが指摘されています。
事件から20年以上経ち、ようやく表に出てきた事実。記録としても貴重な一冊で、また今後のPKOの在り方を考えるうえでも価値のある作品でしょう。
- 著者
- ロメオ ダレール
- 出版日
- 2012-08-01
1994年、ルワンダで実施されていたPKOの司令官を務めていた、カナダの軍人ロメオ・ダレールの回想録です。
当時のルワンダではフツ族とツチ族の対立が激化していました。最終的にフツ系の政府と過激派により、50万人から100万人のルワンダ国民が虐殺されてしまいます。数ヶ月前からPKOの部隊が現地に入っていたにもかかわらず生じてしまった悲劇。ダレールは司令官の立場から、事の顛末を語っています。
当事者でなければ語れない真実。なぜ国連は、PKOは、ルワンダを救うことができなかったのでしょうか。そして現在にルワンダの教訓を活かすことができているのか、考えさせられる一冊です。