恥ずかしながら、見ず知らずの人にすら嫌われたくないのだ【小塚舞子】

恥ずかしながら、見ず知らずの人にすら嫌われたくないのだ【小塚舞子】

更新:2021.2.9

店員さんと話すのが苦手だ。服や化粧品を買いに行くとき、何とかして店員さんと話さずにゆっくりと商品が選べないものかと考えてしまう。そしてその拒絶っぷりは、なぜだか年々ひどくなっている。そもそも人と目を合わせて会話をするということが苦手なのだ。

小塚舞子プロフィール画像
タレント、女優
小塚舞子
奈良県生まれ。カレー屋巡りの趣味が高じて、カレー本やカレーロケなどに度々登場している。2018年末に女児を出産、絶賛子育て奮闘中。 ■主な出演番組 ABC:「おはよう朝日です」 KTV:「発見たまご!ころころコロンブス」 TVO:「おとな旅あるき旅」 他ラジオ、CM、舞台、ナレーターなど幅広い分野で活躍中。
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店員さんと話すのは苦手なクセに

洋服を買いに行くこと自体は好きだ。インターネットで買い物をすることも無くは無いが、やはり手に取って生地の触り心地を試してみたり、試着してサイズを確かめたりしたいし、素敵な品との思わぬ出会いがあったりするので、実際に店へと足を運ぶ方が楽しい。しかし、大型のファストファッション店でもない限り、大体は店員さんとの接触が必然となる。

店のショーウィンドウに目を惹かれて、ふらりと中へ入る。様々な洋服がハンガーに掛けられたり、きちんと畳まれて、棚に整列している。店内に私以外の客はいない。店員さんは二人。一人はレジで何やら計算をしている。もう一人は服を畳んでいる…と言うより、恐らくは畳んであった服をもう一度畳み直している。つまり、暇そうだ。「いらっしゃいませぇー」と、のどに何らかの細工を施したような甘い声が聞こえてくる。

この時点で私は既に身構えている。「いらっしゃいませぇー」と言われたが最後、私が店の中に入ってきたということが店員さんにバレてしまった。しかしこれは、バレない方がまずかったりする。他の客がいない店にのそのそと入り「いらっしゃいませ」も言われず、もはや存在自体に気付いてもらえない場合、店員さんからしてみれば、知らぬうちに店の中に人がいるということになる。驚くだろうし、気味悪い。

だからと言って、「いらっしゃいました!」と声をかけるのはおかしいし、「お邪魔します」も何か変だ。わざとガサゴソ音を立てるのだって威圧的な感じがするので、こういった場合の選択肢はひとつ。入ってきたときのように静かに店を出る。今こうして文章にしていると大げさな感じもするが、あの何となく気まずい空気に耐えられない。いつ怖がらせてしまうか、いやそもそも気付いているけどこの店にはそぐわない客だと無視されているのだろうかと悶々とするのも面倒だ。店員さんと話すのは苦手なクセに、こうしてしょんぼりと店を後にすることも多々ある。

余談だが、店に入った際「いらっしゃいませ」と声をかけるのは日本以外にもあるのだろうか。大体は「ハロー」とか「ボンジュール」とか、その国の挨拶で出迎えてくれる気がする。声をかけられて身構えてしまうことに変わりはないが、「こんにちは」と声をかけた方が、こちらも「こんにちは」と返せるし(実際に返せるかは微妙なところだけど)、話が弾みやすいのではなかろうか。(本当は弾まれてもこまるのだけど)。とにかく「いらっしゃいませ」という言葉に返す適切な言葉がないのも不便だし、それ自体が店員と客という立場に明確に線を引いているような気がする。『今から接客しまっせ!』という鼻息荒い意気込みのような気がしてこわいのだ。

たかだか買い物にこれほどの気力を使っている私は

さて、のどに細工を施した甘い声の続きを。「いらっしゃいませぇー」の声の主を見てみると、畳みかけの服を手にした店員さんがにこやかにこちらを見ている。少し遅れてレジの方からも「いらっしゃいませぇー」という声。どこに目線を合わせればいいものかわからない。

レジの店員さんは多分何らかの業務中だから、服を畳んでいる店員さんに向かって感じの良い微笑みと上品な会釈を返したいところだが、いらっしゃいませの主が二手に分かれた時点で目が泳いでしまい、キョロキョロと不審な動きをした後、すぐに服の棚の方に目をやる。不本意ではあるのだが、店員さんからしてみれば無視されたということになり、最も嫌な感じのする客になってしまう。しかし、さすがにまだ逃げ出すわけにはいかない。服を見たいのはもちろんだが、このタイミングで出るのは怪しすぎる。

背中に店員さんの視線を感じながら、しかし誰とも目を合わさず(合わせられず)、それでも感じの悪さだけは払拭しておきたいという気持ちから、口元に小さな笑みを浮かべて、一人カクカクと不自然な会釈をしながらゆっくりと店内を歩き始める。まずはハンガーにかかっている品を見ようと、目の前にある洋服に何気なく触れる。

…その瞬間に「それ!かわいいですよね!」と声をかけてくる。実に素早い反応だ。こちらとしては順番に服を見るためにたまたま目の前にあったものに触っただけなので「あ…いや、これはまだ…」と戸惑う。しかし満面の笑みを浮かべる店員さんに怯み、曖昧に「はぁ…」と返事をする。興味がないところで時間を取られていては前に進めないので、『今声をかけられて困っています感』をちょい出しする程度の苦笑いもつける。空気を読む店員さんはここで一歩引くだろう。しかし、空気を読めないのかマニュアルでそう決まっているのか、それでも営業トークをやめない類の人もわりといる。

「最近入ってきたばかりの新作でぇ、うちのスタッフでも買ってる子結構多いんですよぉー」
…まだしゃべっている。さすがに無視はできない。一体どの服が、スタッフがこぞって買っている新作なのかもよくわからないままに、「あ…あぁ、そうなんですかー。」と答えるが、完全にビビッているので、ものすごく声が小さくなる。ほとんど吐息だ。これ以上話を続けられたら、いよいよ逃げられなくなる。お決まりの、あのセリフを期待する。

「良かったら試着もしていただけますんでぇー」
日本において試着ができないことなんて、ほとんどない。ブラジャーだってできる。試着できることはわかっているので、むしろ試着できないときだけ教えてくれよと、ついあまのじゃくな考え方をしてしまうのだが、こういう時は「試着もしていただけますんでぇー」が、話のオチとなり「はい」と答えるとそのまま解放されることが多い。
言ってくれ。「試着もできます」。さぁ、来い。

・・・・という期待に反して、その言葉は出てこない。変な間がうまれ、店員さんはさらに営業トークを続けようとする。触っていた服からそっと手を離し、なぜか小さな声で「すみません」と謝りながらゆっくりと歩き出す。

正直、もう奥に置いてあるものなんてどうでもいい。一刻も早くこの場から逃げ出したい。しかし、背後でニコニコとしている店員さんの『逃がしまへんで』オーラがすごくて(たぶん思ってないけど)そのまま真っ直ぐ出口に向かうことができない。仕方なく店の奥へ進む。店員さんが同じスピードでついてくる気配がする。完全にロックオンされている。こうなると、意識は目の前にある商品よりも、背後に集中する。背中に目がついた状態ではあるが、振り向くのは怖いので、速からず遅からずの絶妙なスピードを保ったまま、棚を凝視しカニ歩きで店内を徘徊する。

歩いているだけでは間が持たなくなり、また服に触れたい衝動に駆られる。しかし、触れてしまえば最後、再び「かわいいですよね攻撃」に遭うことは目に見えている。ただ、あんまり暇そうに歩いていたら「今日はお仕事お休みですかぁー?」と、最も避けたい種類の世間話に持ち込まれる可能性もある。とりあえず店内を一周し、カニから徐々に人間らしい歩行に戻して店を出る。背中に店員さんの視線を感じながら。

『・・・・・・・。』

・・・・・あれ?あれあれ?
お、おぉ・・・そうか!うん、そうだよね。

私としたことが、店員さんの「ありがとうございました」を待ってしまった。もちろん何も買わなかった上に、ただの挙動不審なカニ歩きの客だったわけなので、ありがたがられることなんて何にもしていない。しかし、あんなにマンマークされていたのに最後無視はそこそこ傷つく。「どうせ自分なんて…」と卑屈な気持ちになり、そんな自分にまた悲しくなる。こんなことを繰り返しているうちに、私のショッピング拒絶反応が増していくのだ。

もっと堂々と買い物がしたいと思う反面、店員さんに対して敏感に反応しすぎやろ、と自分にツッコミたくもなる。店員さんたちも、そりゃ買ってくれるに越したことはないのだろうけど、買わずに出ていく客だって一日のうちに何十人かはいるのだと思う。そのことに一喜一憂したり、いちいち憤慨していては身が持たないはずなので、大して気にしていないだろう。きっとそうだとわかっているのに、たかだか買い物にこれほどの気力を使っている私は、恥ずかしながら、見ず知らずの人にすら嫌われたくないのだと思う。

嫌われる覚悟で街を歩けば

他人にどう見られてもいいや!と思っている人ほど、感じが良かったりするし爽やかだ。私のように、人の目を気にしてネチネチするタイプは、そのままどんどん内に入り爽やかからかけ離れていく。気にするまいと思えば思う程、逆効果なのだ。爽やかタイプの人に打開策を聞いてみたいが、恥ずかしくて聞けないし、聞いたところで気にするな!と一蹴されるだろう。

もはや、今さら直せるレベルのネチネチではないので、開き直るしか道はない。納豆はネバネバしているから美味しいわけで、あれを綺麗さっぱり洗ってしまったら納豆の良さがなくなる。納豆自体が嫌いな人はネバネバこそが嫌なんだろうけど、納豆好きにとってはあのネバネバがたまらない。

そういえば昔、事務所の社長に『嫌われてこそ、一人前のタレントだ』と言われたことがある。みんなに好かれることなんてできない。反対の意見があってこそ、世間に認知されている証拠だと。確かにそうだ。認知度がどうとかは置いておくとして、私もみんなに好かれようなんてことは考えず、納豆のように、嫌いな人は嫌い、でも好きな人は好き、という愛嬌のあるネチネチを目指したい。嫌われる覚悟で街を歩けば、景色が変わるかもしれない。

過剰な自意識をもっている人にこそ読んでほしい2冊

著者
西 加奈子
出版日
2017-01-13

“他人の目を気にする性格あるある”が存分につまっています。必要以上の羞恥心を持ち合わせていると自覚している人は、一度読んでみてください。心臓をキュウッとつかまれるような感覚と、この行動、自分もしたことある!という興奮と、こんなこと考えている人他にもいたんだという安心感に包まれると思います。

初めてのニューヨーク旅行初日にバッグを盗まれ、無一文になっても尚、周りの目を気にして助けを求めようともしない青年。窮地に立たされた状況で、自分をどう振り返り、どう進むのか。西さんのユーモアある文章で綴られた作品の数々には、いつも背中を押してもらえます。

著者
安野 モヨコ
出版日
2001-05-25

高校生くらいのときに読んでいた漫画で、それからも繰り返し読んでいた作品です。すっかり忘れていたのを久しぶりに引っ張り出してみるといつのまにか主人公・重田の年齢を大幅に越していてゾッとしました。

恋愛体質の重田が失敗を繰り返しながら幸せを求めていくお話なのですが、計算したりクヨクヨ考えたりしながらも、思うがままに進む姿がちょっと羨ましかったり。親友・フクちゃんのようなしっかり者の友達が欲しいです。

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