自由貿易を推進するために、1994年に発効されたNAFTA。近年はアメリカのトランプ大統領の発言などで、その行く末が注目されています。この記事では、協定の概要や日本に与えている影響、メリット、再交渉に関するアメリカとメキシコの思惑などをわかりやすく解説していきます。あわせてもっと理解が深まるおすすめの関連本も紹介するので、ぜひご覧ください。
日本語の正式名称は「北米自由貿易協定」といい、NAFTAは英語名の「North American Free Trade Agreement」をとった略称です。
前身は、1988年に成立したアメリカとカナダの「自由貿易協定」。その後この枠組みにメキシコが加わり、1994年にNAFTAが発効されました。
目的は、国家間の関税をなくして自由貿易を推進することです。NAFTAの発効後は、ほとんどの関税が廃止されただけでなく、円滑な貿易をおこなうため金融や投資の自由化など、さまざまな変化がありました。メキシコとアメリカの貿易は大幅に拡大し、両国の経済関係は日本を含む世界各国に影響を与えています。
ところが、2017年1月にドナルド・トランプ がアメリカ大統領に就任すると、彼はNAFTAからの離脱も視野に入れて「再交渉」を宣言。その背景には、NAFTAがアメリカ人の雇用を奪っているというアメリカ国内の反発がありました。
再交渉の結果、NAFTAに代わる新たな協定として「アメリカ・メキシコ・カナダ協定(USMCA)」を結ぶことで、三ヶ国間の同意が成立。この協定が批准されしだい、NAFTAの枠組みはUSMCAへと引き継がれることになっています。
先述したとおり、NAFTAを結んでいる三ヶ国間ではほとんどの関税が撤廃されています。このことは、日本企業にもさまざまなメリットをもたらしました。
たとえばメキシコは、日本やアメリカなどの先進諸国と比べると人件費が安価です。さらにアメリカへの輸出に関税がかからないため、メキシコに生産拠点を作ってアメリカに製品を輸出をすれば、日本で生産してアメリカに輸出するよりもはるかに有利な条件で貿易ができます。
そのため、NAFTAが結ばれて以降メキシコに生産拠点を移転する日本企業が増加。外務省作成の「外交青書2018」によると、2018年現在メキシコに進出する日本企業は1100社を超えるそうです。
こうしてメキシコは、日本にとっても中南米最大の経済拠点として重要な地位を占めるようになりました。
しかしメキシコからアメリカへの輸出が増大したことが、トランプ大統領の「再交渉」を招くこととなってしまったのです。
メキシコから大量の自動車が輸入された結果、アメリカ国内の自動車産業は打撃を受け、労働者の雇用に多大な影響を与えました。
トランプ大統領の主な支持層は、困窮する国内の労働者層だといわれています。トランプ大統領は彼らの雇用を改善するために「アメリカ・ファースト」を掲げ、「TPP(環太平洋パートナーシップ協定)」からの離脱やNAFTAの再交渉を宣言することとなったのです。
一方でメキシコにとっても、NAFTAは必ずしも良い影響だけをおよぼしたものではありませんでした。たしかに国際的な成長拠点の地位を築くことはできたものの、産業の担い手は外国企業で、地場産業の成長には結びついていません。
また農業においては、アメリカ企業のメキシコの市場への参入が進んだことで、メキシコの小規模農家は競争に敗れてしまい、生活が困窮する事態を招いています。
そのためメキシコ国内にもNAFTAへの反感があり、再交渉の結果がアメリカ優位になるようなものであるならば、NAFTA自体が解消される可能性がありました。
このような状況で、2018年7月にメキシコの大統領選がおこなわれたのです。当選したオブラドールは12月から大統領に就任しました。
前任のペニャニエト大統領は、政権終了前に外交実績としてNAFTA再交渉を妥結させたいという考えをもっていました。一方のオブラドールは国内問題に力を注ぎたいため、再交渉の早期回解決を望んでいたのです。
両者の利害が一致した結果、アメリカとメキシコの交渉は一気に進展し、2018年8月末に再交渉の合意が成立することとなりました。さらにこれを踏まえて、10月にはカナダも交えたUSMCAの合意が成立したのです。
トランプ大統領がNAFTAからの離脱も視野に再交渉を宣言した際、日本をはじめとする世界中の企業に衝撃がはしりました。
もしもアメリカが離脱した場合、メキシコからアメリカへ製品を輸出する際に関税が適用されることとなり、その結果メキシコからの対米輸出が大きく後退してしまう可能性があったのです。
幸いなことに再交渉は妥結されましたが、日本の自動車輸出をめぐる情勢は、楽観視できない状況が続いています。USMCAの同意により、メキシコでの自動車生産にいくつかの規制がかけられることになったからです。
たとえば「台数」。メキシコからの自動車輸出が250万台を超えると、超過分の自動車には25%の関税が課せられます。
そのほか「時給条項」も新設され、自動車を構成する部品の40~45%を、時給16ドル以上の地域で生産することも取り決められました。これは、メキシコへの工場流出を阻止して、アメリカ国内で自動車生産を続けるための規制だといわれています。
このようにNAFTAがUSMCAへと移行することで、メキシコとアメリカの関係が大きく変わることが予想されています。日本自動車界の海外戦略も、見直しを迫られるかもしれません。
- 著者
- エリザベス フィッティング
- 出版日
- 2012-08-01
メキシコのトウモロコシ農業に着目し、その現状を関係者の証言や検証を通じて詳細にまとめた研究書です。
トウモロコシは、メキシコ社会を根底から支える重要な作物です。しかしNAFTAが成立したことにより、アメリカ産のトウモロコシがメキシコに大量に流入。農家が大きな打撃を受けるだけでなく、メキシコの文化や社会の解体につながっているそうです。
自由貿易の拡大はメリットだけをもたらすわけではないということを、考えるきっかけになる一冊でしょう。
- 著者
- 松原 豊彦
- 出版日
実はカナダもまた、NAFTAによって大きく変化した国だといえるでしょう。本書は、近年生じているカナダの農業の変化に、NAFTAやWTO(世界貿易機関)などのグローバルな枠組みがどのような影響を与えているのかを論じた作品です。
NAFTAは関税の撤廃だけでなく、金融や投資などさまざまな分野で自由化を促進しました。その結果、多くの多国籍企業がカナダに進出し、これらが影響力を増していくことが問題を引き起こしているそうです。
カナダの事例を見ていくと、自由貿易には弱肉強食の側面があることを実感できるでしょう。