「週刊少年サンデー」や「週刊少年マガジン」で活躍する、日本の漫画家。代表作『さよなら絶望先生』は、あるあるネタやブラックコメディ、社会風刺のある作品として有名。しかし実は、意外にも同作で成功するまでは、さまざまな変遷を経験してきた作家なのです。 今回は、そんな久米田康治について、その作品の面白さの秘密をご紹介したいと思います。
久米田康治(くめた こうじ)は1967年9月5日生まれ、神奈川県出身の漫画家です。本名は、ペンネームと同じのよう。和光大学人文学部芸術学科を卒業しています。
1990年に『行け!!南国アイスホッケー部』が、小学館新人コミック大賞で入選し、商業デビュー。
長らく既婚か未婚か不明でしたが、最新作『かくしごと』のリアルな親子描写から、娘がいるのではと見られていました。そして2018年3月、とある祝賀パーティーで彼の娘を見た、と漫画家の椎名高志らによって曝露され、妻子持ちであることが発覚したのです。
- 著者
- 久米田 康治
- 出版日
- 2016-06-17
彼はデビュー後から『かってに改蔵』までは「週刊少年サンデー」で活動していましたが、2005年に「週刊少年マガジン」に移籍する形で『さよなら絶望先生』の連載を開始。これが大ヒットとなりました。
- 著者
- 久米田 康治
- 出版日
- 2005-09-16
2007年には、同作で講談社漫画賞少年部門を受賞しました。また、その講談社漫画賞の2次会にて、本人の生前葬をおこなっています。これをおこなった理由としては、アニメ化や受賞などが続いてる代わりに不幸が訪れそう、といったことから、厄除け的な意味合いで開催したのだとか。
「絶望先生」と前後する作品から、作中のキャラデザインが洗練され、女の子などが非常におしゃれに描かれるようになりました。そのためファッションセンスの高い作家として知られています。
太陽の戦士ポカポカ 1 (少年サンデーコミックス)
近年はあるあるネタ、社会風刺、ブラックコメディなどの作風で有名。それ以前は下ネタをメインとしていましたが、『太陽の戦士ポカポカ』から別の作風を模索し始め、今に至ったようです。
同業者のパロディを持ちネタにしていますが、本気で怒られた様子がないことから(ネタの反応は別にして)、業界からの信頼篤い、真面目な性格なのでしょう。
代表作は、『行け!!南国アイスホッケー部』『さよなら絶望先生』など。また漫画以外の仕事として、森見登美彦原作のアニメ『有頂天家族』のキャラデザインも担当しています。
漫画家が長年活動し、長期連載などをしていると、初期と最新作とで絵柄がガラリと変わることはよくあります。それでも大半の漫画は個々の個性が表れるため、同一人物による作品だと判別が可能です。
しかし、久米田康治の場合は、あまりにも変化が極端なので、別人としか思えないとよく話題に上がります。
まず『行け!!南国アイスホッケー部』の初期と末期です。当初は肉体描写(特に筋肉の付き方)がやや写実的だったのですが、中期から末期にかけてアニメ的、記号的なシンプルな線に変化していきます。
これが、絵柄変化の第1段階です。
次に『かってに改蔵』の途中から『さよなら絶望先生』の間にも、劇的に変化。基本のタッチこそそのままですが、立体感のあった作画から影がなくなって、のっぺりとした平面的表現に移行するのです。
デビュー直後と最近とで、顕著に驚くべき変化が見られます。作品をみる際にはその変遷を楽しんでみるのもよいのではないでしょうか。
久米田は『さよなら絶望先生』の原作漫画およびアニメ版の大ヒットによって、非常に人気の高い漫画家となりました。ですが、その道のりは決して平坦ではありませんでした。
デビュー作『行け!!南国アイスホッケー部』こそ5年間の連載漫画となりましたが、その後の作品はいずれも1年程度で終了して、鳴かず飛ばず。『かってに改蔵』で少し盛り返しますが、それも長続きしませんでした。
- 著者
- 久米田 康治
- 出版日
- 2005-12-16
そんな折り、主に活動していたサンデーのライバル誌・マガジンの編集から声がかかります。
ちょうど読者に飽きられていると感じていた久米田は、その時、かつて栄枯盛衰を経験したMr.マリックが日本からアジアへと活動場所を移した結果、大成功を収めたというエピソードを思い出しました。
そこで、別の掲載誌なら同じことをやってもマンネリにはならない、と考えて移籍を決意したのです。それが大ヒットに繋がったわけですから、人生何が役に立つかわからないものですね。
ある意味「絶望先生」のヒットは、Mr.マリックのお陰といえるのかもしれません。
久米田の最新作の1つ『かくしごと』は、冴えない漫画家の父親が、娘に仕事がバレないように奔走するという、コメディタッチの漫画家漫画です。このタイトルは「描く仕事」と「隠し事」のダブルミーニングとなっています。
漫画家漫画といえば、古くは藤子不二雄Aの『まんが道』、最近の有名作では『バクマン。』や『アオイホノオ』など、多彩な先行作品があります。そういたこともあって、久米田本人としては漫画家漫画のネタはやり尽くされていると感じており、当初は乗り気ではなかったよう。
- 著者
- 久米田 康治
- 出版日
- 2016-10-17
しかし、担当編集からの提案で、自身の経験を反映させることを思い付いたそうです。
初期の久米田をはじめ、下ネタや一部ジャンルの漫画家は周囲を気にして、どんな仕事をしているのか隠していることが多いのだとか。つまり「隠し事」です。
そこからヒントを得て、娘に漫画家を隠しとおすという内容の、本作が出来上がったのでした。
『かくしごと』について紹介した<【アニメ化決定】漫画『かくしごと』やっぱり久米田節が面白い!作品の魅力を紹介|一部ネタバレ>の記事もおすすめです。
久米田の作風には、あるあるネタがあるのですが、その「あるある」には、ある意味でタブーともいえる漫画家の曝露話やパロディが含まれています。特に『かってに改蔵』『さよなら絶望先生』で、そういったことはよく描かれました。
その漫画家いじりの度に槍玉に挙がったのが、元アシスタントで弟子筋にあたる畑健二郎や、同業者で売れっ子作家の赤松健です。畑は弟子で、且つ同じ雑誌の気安さからかネタにして返し、赤松は日記などで「久米田の野郎!」と冗談半分に反応するのがお約束でした。
- 著者
- 畑 健二郎
- 出版日
- 2018-05-18
そういう関係を踏まえて、2018年に畑の新作『トニカクカワイイ』がサンデーで始まった際には、おそらく意図的に久米田の特別読み切りが同時掲載されることに。
読み切りは「新しい恥図」と題した実質的『かってに改蔵』で、往年のいじりがパワーアップ。畑と『トニカクカワイイ』を、名指しでこき下ろしました。
信頼関係があるからこそ出来る、漫画家同士の面白いいじり合いといえるでしょう。
もしも『さよなら絶望先生』が役者の演じる映画だったら。もしも『かってに改蔵』がフィクションドラマだったら。もしも……久米田康治作品のすべてのキャラクターが役者の演じる登場人物だとしたら、という内容の、2018年時点の最新作にして問題作です。
これは、それらのifを実現させた、メタフィクション的な物語となっています。
- 著者
- 久米田康治
- 出版日
- 2018-05-31
舞台は、日本のどこかにあるかもしれない、スターの集まる映画の街「スタジオパルプ」。ただし、そのスターというのが、1流スターではなく、B級やC級しかいないというメタで自虐的なお話です。
ここで登場するスターとは、先述した「絶望先生」や「改蔵」のキャラ達。本名を別に持った役者という設定で、いろいろな意味で「キャラ」が異なります。しかし、基本的にはそんな彼らによって、いつも通りの久米田節がくり広げられるのです。
主人公的ポジションの役者・丸ひろ子が、往年のキャラと共演していく、といえばわかりやすいかもしれません。
動かしやすいのか「改蔵」キャラが多く登場し、ネタの傾向も「改蔵」に近いので、実質的な続編漫画と考えても問題ないかもしれません。久米田ワールドのオールスターが集う、長年のファン必見の作品です。
カナダでは有名なアイスホッケー選手だった、主人公の蘭堂月斗(らんどう げっと)。度重なる姑息なプレーをしてきたせいでカナダのアイスホッケー界から追放された彼は、なんの因果か鹿児島の浜津学園高校に転校することになりました。
彼はその高校でもアイスホッケー部に入るのですが、青春の汗を部員と流していくうちに、気が付けばまったく違う液体を撒き散らすようになるのです。
行け!!南国アイスホッケー部 (1) (少年サンデーコミックス)
序盤こそマイナースポーツのアイスホッケーを中心としたコメディだったのですが、4巻を境に突然下ネタオンパレードのお下劣ギャグ漫画に大変身します。タイトルはそのままに、アイスホッケー要素は完全に消滅するのです。
「週刊少年サンデー」に連載されていたため表現的には軽かったものの、作中で暗示される性的描写はかなりの数に上りました。主として自慰関係の下ネタがお約束のように登場し、他にはゲストキャラの名前が一発ネタになっていることが、多く見られます。
連載の後期になると、後の『かってに改蔵』や『さよなら絶望先生』で見られるような、共通項を列挙する社会風刺的なネタも登場。久米田の変遷を見るうえでは、欠かせない作品となっているのです。
とある高校に、1人の教師が赴任してきます。彼の名前は糸色望(いとしき のぞむ)。名前のとおり、何もかもネガティブに、絶望的に捉える男でした。
一方、彼の受け持つクラスには絶望と正反対に、あらゆる物事を前向きの考える、風浦可符香(ふうら かふか)という少女がいました。
何もかもが正反対な2人と、あまりにも強烈過ぎる個性の生徒が巻き起こす、シュールな日常が描かれます。
- 著者
- 久米田 康治
- 出版日
- 2012-08-17
久米田康治の大ヒット作品。非常にマニアックな作家として知られたいた彼が、一躍人気作家の仲間入りを果たした代表作です。シュールなギャグ、あるあるネタ、社会風刺など、緻密に計算された作風が大いに受けて、アニメやOVAにもなりました。
コマ割りやキャラデザインなども、非常にスタイリッシュ。さらに通称「絶望少女達」と呼ばれるヒロインに相当する女子生徒も可愛いことから、評判となりました。それでいて全員が毒というか、強すぎる癖の持ち主でもあり、それが他にない魅力として読者に受け入れられたのです。
その性質上、登場人物の台詞には、インパクトのある名言が数多く出てきます。
生きる資格がないのに
教師の資格持ってる人なんてたくさんいますから
(『さよなら絶望先生』4巻より引用)
これは、主人公の自虐ネタに見せかけた教職員批判です。
1人しかいないのに(中略)
自分の意見をみんなの意見のように言う
主語のデカい人!
(『さよなら絶望先生』15巻より引用)
このように実例を想起させられて、思わず頷いてしまう名言が多数。こういった言い回しも、本作の魅力となっているのです。
また、最終回に向けてはまさかの展開で読者を驚かせたことでも話題の本作。ぜひその驚くべきしかけをご覧ください。
いかがでしたか? 人に歴史ありとはまさにこのこと。この意外な事実を知っていると、久米田康治作品をさらに楽しめるかも知れません。