三島由紀夫『美しい星』をどう読む?多彩な表情の名作小説を解説【ネタバレ】

更新:2021.11.17

自分たちが宇宙人だと気づいた、ある一家。彼らは地球を救うために、戦うことを決意したのでした……って、なんだ、このあらすじ?そんな異色のSF小説が本作『美しい星』なのです。 SF、ヒューマンドラマ、恋愛、政治……。本作はさまざまな読み方ができます。そんな魅力的な小説『美しい星』について解説。どのように読めるのかということや、亀梨和也主演で2017年に映画化した作品についても触れていましょう。

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『美しい星』あらすじ。2017年に亀梨和也をキャストに迎え映画化!

大杉家の家族4人は、自分たちが宇宙人であることに気づきます。しかし、急に宇宙人になったのではありません。

もともと宇宙人だったのに、そのことを忘却していたのです。そしてUFOを見たことによって、その記憶が戻ってきたのでした。

彼らの使命は「地球を守ること」

そんな荒唐無稽で意表を突く始まり方をするこの物語は、中盤の彼らと敵対する「地球を滅亡させたい宇宙人」の登場によって、ますます混乱していきます。

著者
三島 由紀夫
出版日

 

しかし本作は、「地球を守りたい宇宙人」と「地球を滅亡させたい宇宙人」の戦いという単純なお話ではありません。

長女・暁子の恋模様や、父・重一郎が娘を思う苦悩、息子・一雄が父に反発する姿が詳細に描かれているのです。

また、「地球を滅亡させたい宇宙人」である羽黒たちが酔って気が大きくなる姿や、彼の仲間の床屋が家族を大切にしている姿も描かれているので、「宇宙人」たちのあまりにも人間的な姿にどちらに感情移入をしていいのか、とまどいを覚えてしまう人もいるかもしれません。

そんな人間的な宇宙人たちは、それぞれのアプローチで地球や地球人たちを変えていこうとします。彼らのアプローチが正しいのかどうかは、誰にもわかりません。最終的に「地球を守りたい宇宙人」と「地球を滅亡したい宇宙人」が激突したとき、地球は、大杉家はどうなってしまうのでしょうか。

この奇妙で、でも愛おしくなる物語は、2017年に映画化もされました。三島が「大島渚か市川崑でなければダメだ」と言った映画化が、彼の死後47年も経ってから実現したのです。父・重一郎をリリー・フランキー、息子・一雄を亀梨和也が演じたことでも注目が集まりました。


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映画と原作の違い、それぞれの魅力を解説

 

映画『美しい星』は、時代が現代になっています。そして、大杉家の人々の活動がとても派手です。原作は、彼らがひそやかに活動しているところが魅力でした。旧家のお金持ちである大杉家の人々の「目立たないように」という育ちゆえの美意識が、大いなる魅力だったのです。

映画では、大杉家の人々には職業や立場があります。そして、それを生かして、地球を救うためにけっこう派手に活動するのです。

たとえば、父・重一郎は天気予報士です。その職をいかして、彼はテレビで天気予報を伝えるときにUFOを呼ぶポーズを披露しました。娘はミスコンに参加し、息子は政治家をめざし、さらに母は詐欺まがいの水を買い占めます。

特に原作では他の登場人物にうなづいているだけのことが多い母は、映画では詐欺まがいの水を買い、最終的に騙されたと気付くという活躍を見せました。

原作よりもカラフルでパワフルな映画ですが、さまざまな捉え方ができる点は原作と同じです。それぞれのよさがあるので、ぜひこちらも合わせてご覧になってみてはいかがでしょうか。

 

『美しい星』の読み方1:SF小説として読む

 

本作は、登場人物たちの言うことをすべて肯定的に捉えると、SF小説として楽しめます

そもそも、「地球を守りたい宇宙人」対「地球滅亡させたい宇宙人」という図式や人類滅亡は、SFでよく取り扱われるものですね。ただし、そこに地球の住人である人間がまったく登場しないのが、この物語の特殊なところ。

また、よくあるSFなら「地球を守りたい宇宙人」と人間は仲がよいものです。しかし本作では、「地球を守りたい宇宙人」は人間たちの危機感のなさや美意識の欠如を軽蔑しています。そうすることで三島は、自分のSFを単純な特撮物のストーリーとは違う高みへと押し上げたのでした。

もっともSF小説っぽいのは、「地球を滅亡させたい宇宙人」の出身の星が、白鳥座61番星であること。

アメリカのSF映画『スタートレック』シリーズでは、白鳥座61番星にテラライト人の母星テラーがありました。アイザック・アシモフの『ファウンデーション』シリーズでは、白鳥座61番星に人類の起源とされる惑星があるとされていたし、『帰ってきたウルトラマン』第45話には、白鳥座61番星人エリカが登場しました。

白鳥座61番星というのは、昔からSF界では、宇宙人が住んでいるものなのです。

 

『美しい星』の読み方2:ヒューマンドラマとして読む

 

自分は宇宙人として目覚めた……というのが妄言だったらと考えると、本作は一気にヒューマンドラマの様相を呈します。特に大杉家の家族4人のうち誰か1人だけが本当に自分を宇宙人だと信じており、周りの人間がそれにあわせているのだとしたら……。

あわせる理由はたった1つ。「思いやり」です。

そして、大杉家の面々には「もしかしたら自分を異星人だと思っていないのでは?」と読者に考えこませる瞬間がいくつもあります。

また、大杉家の娘・暁子の恋愛の結末にうろたえる父・重一郎の姿は、世の中の多くの父親たちの共感を呼ぶことでしょう。違う星で生まれた者同士なのに、深い絆と思いやりで結ばれた大杉家の人々は、間違いなく家族なのです。

地球だ宇宙だと壮大な言葉は使っているけれど、本作は深い家族愛の物語。それぞれの想い・悩みを抱えながら家族で支え合う姿は、まさにヒューマンドラマといった内容なのです。

 

『美しい星』の読み方3:政治的世相批判として読む

 

本作では、大杉家の人々が「核兵器から地球を救うこと」を掲げています。そして、水爆実験をおこなったソ連を批判し、そのソ連に何も言わない日本政府を否定しているのです。

彼らの会話には、地球を守ることのできない政治のあり方に対する不満や、政治をおこなう者の愚かさを嘆く言葉で満ち溢れています。

彼らは「宇宙人」として目覚めているので「地球を守ろう」と言いながらも、地球人を見下しています。「地球人たちにはわからないだろうけれど……」という言い方がたくさん出てきますが、それは彼らをとおして三島が、その当時の政治や世の中のあり方を批判しているのかもしれません。

また大杉家と敵対する羽黒の「地球滅亡論」には、政治だけでなく人間すべてを否定する言葉があふれています。羽黒の言葉はあまりにも理路整然としているので、地球人として反論できる人は誰もいないかもしれません。

うっかり「羽黒の言うとおり、地球は滅亡するべきだ」と思わされてしまうほどの「批判力」が、彼にはあるのです。

 

『美しい星』の読み方4:三島由紀夫作品として読む

 

発売当時から「三島文学としては異色のSF小説」などと評されている本作。しかし、言葉遣いの美しさや、三島特有の美意識がありとあらゆるところに散りばめられています。

特に大杉家の娘・暁子の美貌に対する描写や、大杉家の人々の美意識は、三島文学そのもの。「人間のきまぐれ」を美しいとする発想は、三島由紀夫にしか許されないものだといえるでしょう。

 

著者
三島 由紀夫
出版日

 

ついに日は雲をつんざいて眩ゆい顔を出した。
この最初の一閃を受けて、投げられた矢を発止と受けとめるように、
西南の富士の頂きの雪は、突然薔薇色に変貌した。
(『美しい星』より引用)

こんな一節が書けるのは、まさに三島由紀夫だけではないでしょうか。

また、彼自身がドストエフスキー作『カマラーゾフの兄弟』の「大審問官」に影響を受けていると述べた、羽黒と重一郎の舌戦シーン。そこには、書き留めておきたくなるような名言がたくさんあります。ぜひ注目していただきたい場面です。

 

「宇宙人として目覚めた」という登場人物たちの言葉を、どう捉えるか。それによって、本作『美しい星』の見え方は変わります。あなたは、どう捉えますか?

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