手塚治虫の作品のなかでも、異常性欲のを持った主人公を描いて、狂気にも似た作風で知られる本作。手塚の持つ信念が垣間見えるような本作は、2019年に実写映画の公開が決定。 今回は、そんな本作『ばるぼら』の魅力をご紹介しましょう。
売れっ子の耽美小説家・美倉洋介(みくら ようすけ)と、彼の前に現れた少女・ばるぼら。美倉は女性以外のさまざまなものなどに対して性欲を抱いてしまう、異常性欲者でした。
一方、彼の家に出入りするようになったばるぼらは、アルコール中毒なうえに美倉の金を勝手に使いこむなど、自堕落な少女。
しかし、大人の女性へと成熟していく彼女に、一般的な性欲を抱かないはずの美倉もしだいに惹かれていくのです。
しかし、ばるぼらは、ただの少女ではありませんでした。彼女は、芸術の女神・ミューズの娘であり、魔女だったのです……。
- 著者
- 手塚 治虫
- 出版日
- 1982-02-12
魔女や黒魔術といったオカルト要素に加え、美倉の抱く歪んだ欲求を描く本作は、時に狂気とも思える独特の世界観を持っています。
そんな本作を原作とした実写映画が、キャストに稲垣吾郎と二階堂ふみをダブル主演で迎え、2019年に公開予定。しかも監督は、本作の作者・手塚治虫の息子である手塚眞ということもあり、注目度も抜群の映画になりそうです。
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本作の主人公である美倉洋介は、売れっ子の耽美派小説家です。その実力は折り紙付き。それは、その人気や実力目当てで、出版社の社長令嬢や政治家の娘との縁談を持ちかけられるほどでした。もちろん世の中の女性からの人気も高く、一見すると富も名声も手に入れた男です。
しかし、そんな彼には、人知れず抱えている重大な秘密がありました。それが、異常性欲です。
それは精神的なものであり、肉体的には何の問題もありません。しかし、だからこそ世の中から理解を得ることは難しく、もしも秘密が漏れれば笑いものにされる、と彼は恐れていたのでした。
しかも、その異常性欲というのは、人間の女性に対して欲情するものではありません。彼の場合は、女性以外のものに性欲を抱くのが特徴なのです。たとえば、マネキン人形や犬と行為におよんだり、さらに近親相姦や放火、自ら作った幻影を追い求めたりするなどの奇行をくり返すのでした。
猟奇的、場合によってはオカルト的なエピソードからは、読めば読むほど目が離せなくなっていくでしょう。
本作のヒロインである、ばるぼら。美倉と彼女の出会いは、彼女がアルコール中毒で町中をうろついていたところを、美倉に拾われたのがきっかけでした。
美倉に拾われて以来、彼女は彼の家に出入りするようになります。この頃のばるぼらは、酒に酔い、美倉の金を使い、さらに平気で裸になるなど羞恥心に欠けた少女。しかし物語が進むにつれ、少しずつ彼女の正体が明かされていくことになるのです。
そんな彼女の正体は、芸術家を成功へと導く女神(ミューズ)の末っ子であり、魔女でした。彼女と出会った人は、必ず成功を収めることになるのです。
美倉はすでに売れっ子ではありましたが、彼女が側にいる時に書いた小説はベストセラーとなり映画化もされるなど、大きな成功を収めています。
魔女ということで、その姿も自在に変えることができるらしく、これも物語の進行に深く関わってくるポイント。ぜひチェックしておいてください。
ばるぼらは、ミューズの娘であり魔女……そんな彼女と関わることになった美倉は、しだいに黒魔術の世界へも足を踏み入れていくことになります。
最初のうちは、アルコール中毒で町をうろついていた浮浪者のようなばるぼらでしたが、美倉と過ごすうちに美しい女性へと成熟していきます。
そんな彼女に対して結婚願望を抱くようになった美倉は、黒ミサ式の結婚式をあげようとしました。ちなみに黒ミサとは、ローマ・カトリック教会に反対するサタン崇拝者の儀式のこと。神を冒涜するためにおこないます。この式は結果的に失敗し、2人の別れのきっかけともなってしまうのです。
本作では、こういったオカルト的な要素も多く登場し、本作の世界観を作り上げる1つの要素となっています。
また、それだけではなく、美倉が異常性欲者だという設定をはじめ誘拐や殺人、近親相姦といったあまり見たくないと思ってしまう部分を真正面から描いていたり、黒魔術や神、悪魔といった、目には見えなくても人間の生活とは切り離せないものなど、本作でしか味わえない独特なものが描かれているのもポイントです。
手塚は、さまざまな漫画を生み出した漫画家です。彼の作品に共通するのは、ありのままの人間が描かれている、ということ。それも、普段は見たくなかったり気が付いていなかったりする、人間の奥底の部分を描き出しているのです。
多くの作品のなかでも、本作は手塚がその深い視点で人間、そして人間が生み出す芸術をえぐりだしたような作品といえるでしょう。本作を読んだ方は、E.T.A.ホフマンという名前を思い浮かべることもあるかもしれません。
ホフマンとは18世紀から19世紀にかけて活躍した作家で、その独特で不気味な作風から「幻想文学の奇才」と呼ばれている人物です。本作で描かれるオカルト部分は、彼の作品を彷彿させる部分も確かにあるので、気になる方はチェックしてみると面白いかもしれません。
本作を深く考察していくと、ばるぼらの存在する意味や、それを追い求める美倉の行動に、手塚治虫の芸術的な考え方が含まれているようにも思えてくるでしょう。芸術家にインスピレーションを与える存在である、ばるぼらが何を表現しているのか、ぜひさまざまな視点から考えてみてください。
美しく成熟したばるぼらに結婚願望を抱いた美倉でしたが、黒ミサの失敗の後、彼女は行方不明になってしまいました。その後、美倉は別の女性と結婚して子供も授かりますが、ばるぼらのことを忘れられません。
やがて、彼は彼女と再会。衝動を抑えきれず、遂に彼女を誘拐してしまうのでした。
そこに至るまでには、美倉が、彼女の存在こそが自らの執筆に力を与えていたのだ、ということを自覚していく様子が描かれていきます。
- 著者
- 手塚 治虫
- 出版日
- 2011-10-12
ばるぼらを誘拐した彼は、その逃亡中に彼女を死なせてしまいます。その死体とともに知人の別荘に身を隠した彼は、ばるぼらの死体を前に小説を書き始めました。
飲まず食わずで書き続けた、その小説の内容とは……。ミステリーのようなホラーのような、不思議で衝撃的なラストは、ぜひご自身の目でお確かめください。
クライマックスから最終回はまさに怒涛の展開で、読み始めたら最後まで目を離すことができないでしょう。
いかがでしたか?さまざまなことを突き付けられ、考えさせられることの多い本作『ばるぼら』。異常性欲、芸術の葛藤、そして歪んだ愛などが描かれた本作は、常に不穏な空気をまとっています。しかし、だからこそ味わえる独特で重厚感のある世界観は、まさに唯一無二。
手塚治虫ファンの方もそうでない方も、ぜひこれを機会にチェックしてみてはいかがでしょうか?