素直になれないあなたへ贈る『永い言い訳』

更新:2021.11.17

何年も前のことを思い出しては、その時の行動を後悔する、なんてことが未だにあります。あの時こうしていれば、こうしなければ。散々思ってきたはずなのに、今もそんなことを思っては、またしても同じことをくり返しているのでした。 どうして、何度も同じ後悔をくり返してしまうんだろう。その明確な答えはなくとも、この本を読めば、どうすべきかはきっと見えてくるはずです。

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素直になれなかったことで、高校時代を棒に振りました。

 

私にとって、高校時代はまさに暗黒期。遅れてきた中二病を満喫していた頃でした。

大声で話している奴らが気に食わない、仕切りたがる奴らが気に食わない、感情をすぐに出す奴らが気に食わない、すべてに本気でぶつかっていく奴らが気に食わない、誰かと付き合っては別れてをくり返している奴らが気に食わない。

 

なんで、そんな話で盛り上がれるんだ?何がそんなに面白い?どうして笑う?

すべてを斜に構えながら見下し、関わりを避け、そして数少ない友人のみと交流していた私。少しの友人と、本、漫画、音楽、テレビ、そういったものさえあれば満足でした。そして、こういった価値観を共有できる人とだけ付き合えればいいし、そういった出会いにだけ価値がある……と、自分に言い聞かせていたのです。今、思えば。

今だったら、わかる。そんな決めつけには何も意味がなくて、こっちにプラスなることは1つも無いということが。本当はみんなの輪の中に入りたかった、大声で叫びたかった、リーダーシップを取れる人たちが羨ましかった。

それなのにも関わらず行動に移せなかったのは、自分のプライドが邪魔をして、どうしても素直になれなかったからなのでした。

著者
西川 美和
出版日
2016-08-04

本作『永い言い訳』に登場する主人公・衣笠幸夫は、頭がよく、顔もよく、女性からモテる人物。さらに作家としての成功も納め、彼の人生はまさに順風満帆。

しかし、この彼、あまりにもプライドが高すぎるのです。元プロ野球選手・衣笠祥雄と同姓同名であることを気にして、作家としての名前もわざわざ「津村啓」なんてオシャレな名前に変えています。そんな気にしいな彼なので、自分のブランディングは完璧。クイズ番組に出る時は、それ相応の立ち振る舞いを見せてくれるのです。

そんな、すべてが完璧なように思えたある日、彼に予想だにしていなかった出来事が襲い掛かります。妻の夏子がバス事故に遭い、何の前触れもなく亡くなってしまったのです。しかも、彼が愛人と会っている最中に。

本作で描かれているのは、タイトル通り「永い言い訳」です。仕事のせいで、周りのせいで、そして自分のせいで、夏子という1人の女性をしっかりと見つめることができなかった幸夫の、そのことに対する長い長い言い訳。

私は本作を読みながら、この幸夫に自分自身を重ねていました。くだらないプライドを持っているところも、後になってから後悔するところも、そして、その後悔すらも気づかないフリをしようとしているところも、まるで自分を見ているようでした。

自分を正当化することは、虚しい。

幸夫は、夏子が亡くなってからマスコミの取材にも応じ、彼女の死を悲しんでいる姿を見せます。しかし、実際の彼は違いました。悲しいという感情は無く、なんだったら突然いなくなった彼女に対して怒りすら感じているのです。

じゃあ、何のために悲しんでいる姿を晒すのでしょうか。それは自分自身を正当化するため以外の何者でも無いように、私は感じてしまったのです。俺は妻の死にこれだけ悲しんでいる、だからよい夫であったのだというポーズを世間に晒し、自分のこれまでの行動を正当化していたように。

自分を正しいと思い込むことは、物凄く心地がいいことです。ピエロに徹して周りからの同情を集めることもできれば、周りを罵るだけ罵って、だからあんな奴らとは違うのだと、自分の素晴らしさを誇示することもできます。

でも、ふと我に返った瞬間に感じるのは、どうしようもない虚しさ。高校時代の私は、座ったままで気づいたら2時間が経っていた、というようなことが多々ありました。自分ではどうしようもない虚しさや寂しさを感じた時、その気持ちにフタをするために空想の世界に逃げていたのです。

そんな状態になってもなお素直になれなかったのは、私も幸夫同様、言い訳を重ねていたからなのでした。

物語が進むに連れて、幸夫は徐々に変化していきます。自分を覆っていたプライドの皮は剥がれ、言い訳で塗り固めた壁も崩れ、感情が露わになっていくのです。この変化を見る度に、そんな彼がダサくて、みっともなくて、そして物凄く羨ましく感じるのでした。

素直になることは難しい。簡単そうに見えて、本当に難しい。幸夫は自分の気持ちを隠していたというより、まるで気持ちがわからないようでした。

「自分自身のことは、自分が1番よくわかる」なんて言いますが、あんなものは嘘だと私は思っています。きっと本当は幸夫と同様に、自分の気持ちがわからない人が多くいるはずなのです。だから、何が自分の素直な気持ちなのかもわからず、行動を移せない人も多くいるのではないでしょうか。

くだらないプライドが高くて、自分を正当化し続け、しかも妻の死の際に愛人と寝ていたような、ロクでもない男。そんな彼の永い言い訳と、その成長を、ぜひ見届けてみてください。

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