廃れた元風俗嬢が、憤りながらもぴゅあぴゅあな物語に心あらわれるお話。男性や恋愛にうんざりしてしまった人におすすめの本を紹介します。
誰が言ったか忘れたが、「男は頭で考えて、女は子宮で考える」という言葉を聞いたことがある。異様な違和感を覚えた。
「子宮で考える」というのは、女性の感情的なイメージや、妊娠や出産という本能的な行為をすることからきたのだろうか。また、難しい理屈で考えず、その時に抱いた直観的な感情を大切にしたほうがよい、という意味もあるだろう。動物的な勘が優れている、というプラスの意味も含まれているのかもしれない。
一方の男性は、理性的で、なおかつ論理的に考えてから行動するという。これにはまったく納得がいかない。
以前私は、風俗嬢だった。お店を介してお客さんと会い、あれやこれやをして最終的にぬく、いわゆるヘルスのお仕事だ。一般的なアルバイトの時給の10倍ほどが手に入る。色んな理由があってこの仕事をしていたのだが、何百人はたまた何千人という男性を相手にして私が感じたことは、男性こそが本能に忠実で、理性を抑えられないということだ。
ヘルスなので本番行為は禁止されているが、大半の客は当たり前のサービスのように要求してきた。断ると、必死な顔をして一通り攻めてきた後、私の足の間から顔をあげ、上目遣いで「いい?」と聞いてくるのだ。
そもそも私たちは、お金をいただいているから決められたサービスをしているだけで、本来は好きでもない人に触られたくはない。それなのに、自分のテクニックで風俗嬢を満足させられると思っていることや、その結果本番ができると思っていること、すべて間違っているのだ。「女は子宮で考える」どころではない。当時は、男はちんこに脳みそが入っているんじゃないかと憤った覚えがある。
風俗に通うような男性だから特別なわけではない。彼らは、大半が本当にどこにでもいる普通の人たちだ。結婚して子どもがいる人も多いし、見た目も普通のサラリーマン。会社の同僚にいたとしても、まったく不思議ではない。だから怖い。
その一方で、同じお店で働く女の子たちも、働く前のイメージとはまったく異なり、普通の、おとなしそうでかわいい子が多かった。彼女たちはどんな事情であれお金が必要だから働いているわけで、自分に損になることはしないし、対価以上のサービスもしない。
基本的に残り時間を考えながら行動するし、なんなら喘ぎ声を出しながらその日の給料勘定をするし、接客相手の来店頻度や選ぶコースによって対応を変える。
常に計算しながら動いていて、冷めてもいたが、男性よりもよっぽど理性的だと思った。
風俗で働いたこと自体は後悔していないが、奥さんと子どもの写真を携帯の待ち受けにしながら意気揚々とホテルで待っているあの姿を知っているから、恋愛や、その先に待っている結婚に対して期待する気持ちがなくなってしまった。
そもそも男性を相手にしてお金を稼げることがわかっているから、どんな相手がいるかもわからない飲み会に行くより、お店に出勤したほうが得だと思ってしまう。
そんな、どうせ男なんてという気持ちでいっぱいになった時、読み返す小説がある。恋愛ものはそんなに得意ではないが、これだけは別だ。
名作すぎるので知っている人もたくさんいると思うけど、だからこそまだ読んでいない人に全力でおすすめしたい。完全に自虐だけど、風俗嬢の廃れた心ですら、あらってくれるのだ。
- 著者
- 川上 弘美
- 出版日
- 2004-09-03
37歳の独身OLツキコと、彼女より30歳ほど年上のセンセイの物語。ふたりは高校時代の教師と生徒という関係で、十数年ぶりに居酒屋で偶然再会するところから恋心が動き出す。
もういい大人だけど、ふたりはほとんど触れ合うことすらない。おいしい肴でビールや日本酒を飲み、相手の歩幅にあわせて歩く。同じものを食べておいしいと感じ、同じ景色を見て綺麗だと感じる。相手もそう思っていることを感じる。
ゆるやかな時間のなかで、感覚を繊細に研ぎ澄ませ、お互いを尊重しているのだ。私にとってはまるで幻想世界のお話のよう。男と女がいて、こんなにも情緒のある関係を築くことができるなんて。
それでも、ふとした時に、自分を抑えきれないほど感情的になってしまうことがある。そこまでの気持ちを抱けることがうらやましい。
お金が絡まない、計算もしない、人を好きになるという感情の尊さを教えてくれる物語だ。
今の私はまだ、この先こんな恋愛をするとは到底思えないけど、主人公のツキコの年齢がだいぶ上なのも救いをくれる。この文章を読んでいる人に風俗嬢は少ないかもしれないが、恋愛に希望をもてない人、男性にうんざりしてしまっている人に、少し光をみせてくれるはずだ。
困シェルジュ
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