「いらっしゃ~い!」という診察室らしからぬ声に招かれて伊良部精神科に一歩足を踏み入れたが最後、あなたは予想だにもしなかった目に合うこととなります。太った色白の注射好き医師・伊良部と、ミニスカートで太もも丸出しの美人看護士・まゆみちゃんがあなたを出迎えて……。 映画化やドラマ化、アニメ化もされた『イン・ザ・プール』は、とにかく面白いの一言。読み始めたら、やめられなくなること間違いなしです。今回の記事では、そんなの本作の魅力をご紹介していきましょう!
色白で、カバのように太っていて、親のコネを最大限に利用して医師となったことを恥とも思わず、患者の私生活にズカズカ踏み込んでくる……。
こう書くと、ずいぶん嫌なヤツを想像するでしょう。しかし、それらすべてが当てはまる精神科医・伊良部一郎は、なぜだか憎めない特異なキャラクターなのです。
そんな彼と、セクシーで美人なマユミちゃんという看護士がいる精神科には、さまざまな不調を訴える患者が訪れます。そんな患者たちは皆、まず伊良部に対して「本当に医者か?」という感想を持ちます。でも、なぜか皆、快方へと向かっていくのです。
コミカルで、型破りで、斬新な本作は、短編が5つで読みやすいうえに、読むだけでなんだかスッキリする読後感を味わえます!サクッと読めるので、忙しい人にもおすすめです。
- 著者
- 奥田 英朗
- 出版日
- 2006-03-10
原作があまりにも軽妙で面白いので、映像化は難しいのでは?と思われていましたが、2005年に伊良部役に松尾スズキを迎え、映画化されました。
陰茎強直症と診断される田口役にオダギリジョー、プール依存症の大森役に田辺誠一、マユミちゃん役にMAIKOがキャスティングされ、監督は『時効警察』シリーズの三木聡が務めました。これを機に、原作を知らなかった人からも広く親しまれたようです。
さらに『Dr.伊良部一郎』というタイトルで、2011年1月から同年3月までテレビ朝日系列の「日曜ナイトドラマ」として放映もされていました。
本作を読んで気になった方は、ぜひこれらもチェックしてみてください!
岐阜県岐阜市出身で、コピーライターや構成作家を経て、1997年『ウランバーナの森』でデビュー。
その後『邪魔』で大藪春彦賞、『家日和』で柴田錬三郎賞、『オリンピックの身代金』で吉川英治文学賞と数々の作品で文学賞の受賞を果たします。さらに『サウスバウンド』や『ララピポ』など、多くの作品が映像化。超がつくほどの人気作家となりました。
- 著者
- 奥田 英朗
- 出版日
- 2004-03-15
奥田英朗は『マドンナ』や『ガール』『ナオミとカナコ』など、どうしてそんなに女性の気持ちがわかるのか?と不思議になるような作品から、『最悪』のように「このミステリーがすごい!」に選出されるような作品など、幅広いジャンルで、確実に読者を満足させる作品を生み出している作家です。
本作『イン・ザ・プール』から始まる伊良部シリーズの第2作目『空中ブランコ』では、直木賞を受賞しました。
先述したように、色白で、カバのように太っていて、親のコネを最大限に利用して医師となり、患者のプライベートに土足で踏み込んでくるのが、主人公・伊良部一郎です。
そのうえマザコンで、好奇心旺盛。注射フェチで、訪れる患者には必ず注射を打ちます。35歳で当然独身かと思いきや、まさかのバツイチ。おそろしく派手な水着でプールに現れてみたり、男性患者に「一緒にディズニーランドに行こう」と提案してみたり……。
時には犯罪スレスレ(というか、完全に犯罪)の行動まで起こしてしまう彼。そんな破天荒すぎる振る舞いが許されるのは、性格があまりにも「無邪気」だから。子どものように純粋で、患者の側が「仕方がないから付き合ってあげよう」という気になってしまうのでした。
そして彼の奇行に付き合ってやった患者たちは、なぜか皆、快方に向かっていきます。
もしかすると伊良部は、大人になってしまった患者たちのなかの「子ども」の部分を呼び起こし、解き放ってくれているのかもしれません。
……が、あまりにむちゃくちゃすぎて、そんな深読みをしたことがバカバカしくなってしまう人の方が、きっと多いことでしょう。そこもまた、伊良部の魅力なのです。
伊良部のいる診察室で、彼に負けないくらい異彩を放っているのが、看護士のまゆみちゃんです。
茶髪で、美人で、無愛想で、露出好き。
伊良部のもとを訪れる患者たちのうち、男性患者が伊良部のもとを何度か訪れてしまうのは、このまゆみちゃんにも責任があるのでした。スリットの入ったセクシーすぎるナース服。そこから露わになる白い太ももが、男たちを魅了してしまうのです。
ただし、彼女がこのセクシーなナース服を着るのは、自分自身のため。別に男に媚を売りたいわけではないのです(実際、言い寄ってきた男に対し、めちゃくちゃ痛い注射を打ったりします)。
自分に正直で、友達がいなくとも平気で自由に暮らす彼女。そのさまはとてもかっこよくて、男性ならずともファンになってしまいますよ!
いつでもケータイを手放せない高校2年生の津田雄太が出てくるのは、「フレンズ」というお話。いつ誰から連絡がくるかわからなくて、携帯を片時も離せず、手放すと震えがとまらなくなってしまう彼。あまりにも度が過ぎると心配した両親からの提案で、伊良部のもとにやってきました。
しかし、伊良部がまともに診察するわけはありません。
彼は携帯をやめなさいと言うどころか、自分が携帯のとりことなり、「これからお風呂に入るよ」などとくだらないメールばかりを雄太に送るようになるのです。
雄太ほど極端ではないにせよ、携帯が手元にないと不安という感情は、現代では誰もが理解できる感情かもしれません。
でも、なぜ携帯がないと不安なのでしょうか。このお話は、そんな根源的な部分に疑問を投げかけてきます。
すぐに連絡しないからといって仲良くできないのは、果たして友達だといえるのでしょうか。また、友達って本当に必要なのでしょうか。
伊良部も、まゆみちゃんも、実はその答えを知っています。
あなたは、知っていますか?
ルポライターの岩村義雄は、自分はどうやら強迫神経症らしいと精神科へやってきます。彼は出かける際に、タバコを消したかどうかが気になって、出かけられなくなってしまったのです。
いつものことながら、伊良部は彼の話をまじめに聞きません。岩村がルポライターだと知ると、ライバル病院の悪事を記事にしてほしいなどと言うばかり。
さらに岩村の不安をかきたてるように、「タバコの火だけじゃなくてさあ……」と、ガスの元栓や電気の危険性などを告げてくるのです。そんな言葉に踊らされて、どんどん不安を強めていく岩村……。
ついには、出先から「自宅が燃えていないか確認してくれ」とご近所さんに電話をしてしまったり、同じアパートの住人で段ボールを外に出している人に、「燃えるから片付けてくれ」と頼んでしまったり……。
挙げ句の果てに映画版では、水槽のレンズで直射日光が凝縮して、飼っているカブトムシが発火して火事になることを心配してしまう始末。「そんなことあり得ない」とわかっているはずなのに、自宅が火事になっている妄想が頭から離れず、奇行に走ってしまうのでした。
- 著者
- 奥田 英朗
- 出版日
- 2006-03-10
そんな彼に、伊良部はある提案をします。治療だと言われたその方法ですが、完全に伊良部の私的な恨みに関するもので……。
あまりにも破天荒すぎるその治療がまさかの奇跡を呼び、さらに伊良部を満足させ、しかも岩村自身は表彰されるような結果を呼ぶのです。
あまりにも破天荒でスリリングな治療は、読んでいてハラハラしますが、爽快の一言!
また岩村が強迫神経症になってしまった原因も出てくるのですが、その意外な内容に、精神病の奥深さを感じることができるかもしれません。
読んでいる側のストレスも、なぜか解消されたような気分になる本作。しかも、妙な感動だって味わえます。
ご紹介したエピソード意外にも、本作は奇想天外に面白いものばかり。ぜひご自身でご覧ください!
『空中ブランコ』も本作同様、精神科医・伊良部一郎を主人公とする短編集です。直木賞を受賞し、アニメ化までされていますが、本作とテイストはまったく変わりません。
表題作である空中ブランコが怖くなったサーカス団員の話から始まり、今回も多彩な患者ばかりが登場。
そして当然、伊良部の破天荒さもますますパワーアップします。空中ブランコに伊良部自身がチャレンジしたり、医学部学部長のかつらを脱がせる計画にノリノリになったり……。
- 著者
- 奥田 英朗
- 出版日
- 2008-01-10
フジテレビノイタミナ枠ほかにて放送されたアニメでは、『空中ブランコ』の全エピソードが紹介されました。空中ブランコをする伊良部も、医学部長のかつらを取ろうとする伊良部もアニメで見た!という人もいるかもしれませんね。
アニメでは、伊良部が演出上3つの姿(大・中・小)に変身するという、原作にはない要素が含まれていたことも話題となりました。3つの姿のうち2つが、声優の三ツ矢雄二だったことでも注目されていたようですね。
原作からどうインスパイアされたか、どちらも見ていただきたい内容です。
面白くて爽快で、でも実は繊細な筆致が魅力の本作。読んでいて、思わず笑ってしまう面白さです!とにもかくにも楽しみたい方には、ぜひおすすめといえるでしょう!