ノンフィクション作家の登竜門として知られている「開高健ノンフィクション賞」。従来の枠にとらわれない作品を募集するとし、毎回優れたノンフィクションを世に送り出しているのです。この記事では、歴代の受賞作のなかから特におすすめのものを厳選してご紹介します。
1930年に大阪で生まれた開高健(かいこうたけし)。1957年に発表した『裸の王様』で芥川賞を受賞するなど、日本文学の歴史に名を刻んできた作家です。
優れた文学作品を発表していく一方で、ベトナム戦争の初期から現地に滞在して書き記した『ベトナム戦記』や、アマゾンで怪魚や巨魚を求めた釣行記『オーパ!』など、「行動する表現者」としてノンフィクションの分野でも傑作を発表しました。
そんな彼が、日本のノンフィクション界に残した足跡を記念して作られたのが、集英社が主催する「開高健ノンフィクション賞」です。未発表もしくは未刊行のノンフィクション作品を対象にしていて、応募資格はプロアマ問いません。ノンフィクション作家の登竜門に位置付けられています。
中国の福建省で生まれ、アジアの現代美術界で十指に入るといわれる蔡國強(さいこっきょう)と、福島県いわき市で小さな会社を経営する志賀忠重。ふたりは1980年代の終わりに出会いました。
蔡が書いたスケッチを、志賀とその仲間たちが頭脳を使って形にするという体制をとり、数々の美術品を生み出します。
本書は、ふたりが駆け抜けた30年を追いながら、美術や文化とは何なのか、人との出会いとは何なのかを問いかけるルポルタージュです。
- 著者
- 川内 有緒
- 出版日
- 2018-11-26
2018年に「開高健ノンフィクション賞」を受賞した作品。作者の川内有緒は、ユネスコに勤務した後フリーランスの作家となり、バングラデシュの吟遊詩人たちをテーマにしたノンフィクション『バウルを探して 地球の片隅に伝わる秘密の歌』で「新田次郎文学賞」を受賞している人物です。
本書では、芸術の天才と、商才のある中年男性の出会いと友情を追いかけています。無名時代の蔡國強と信頼関係を育み、何とか支援していこうと労力を惜しまずに行動する志賀の姿が見どころのひとつでしょう。
アートに特別な関心のあるわけではない一般人の志賀は、なぜ30年にもわたって蔡國強のアーティスト活動を支えたのでしょうか。ふたりの物語が無駄のない文章で綴られ、読者に人との「縁」というものを強く感じさせてくれる一冊です。
7000m級の山に囲まれたチベットの奥地、ツアンポー川流域に「空白の五マイル」と呼ばれる前人未踏の地がありました。地図にも詳細が載っていない、まさに秘境中の秘境です。
本書は、数々の探検家たちが挑んでは失敗してきたツアンポーにある幻の滝を求め、探検家の角幡唯介が単独で臨んだ冒険を描いています。
- 著者
- 角幡 唯介
- 出版日
- 2012-09-20
角幡唯介は、冒険家として知られるだけでなく、その高い筆力で数々の賞を受賞しているノンフィクション作家です。
2012年に雪男探しをテーマにした『雪男は向こうからやって来た』で「新田次郎文学賞」と「新潮ドキュメント賞」を、犬1匹を連れて太陽が昇らない極夜に挑んだ『極夜行』で「ノンフィクション本大賞」を受賞。そして本書では「開高健ノンフィクション賞」のほか、「大宅壮一ノンフィクション賞」「梅棹忠夫・山と探検文学賞」も受賞しています。
厳しいツアンポーにチャレンジしながらも命を落とした先人たちについて解説しつつ、何度も死の危険にあいながらも冒険を続けた壮絶な記録。見どころしかないといえばいいのでしょうか。なかなか目的地にたどり着くことができない記録に、ハラハラしながらもページをめくる手を止めることができません。
冒頭に添付されている地図を見ながら読み進めるのがおすすめ。ツアンポーの風景が眼前に広がってくる圧巻の筆力を堪能してください。
国際霊柩送還士という職業をご存知でしょうか。異国の地で亡くなったご遺体を、国境を越えて家族のもとに届ける仕事だそうです。
本書は、日本初の国際霊柩送還の専門会社で働く人々と、彼らに遺体を届けてもらった関係者へ取材をした記録。日本人の死に対する思いや、人を弔うというのはどういうことなのかを考えます。
- 著者
- 佐々 涼子
- 出版日
- 2014-11-20
2012年に「開高健ノンフィクション賞」を受賞した作品です。取材先のエアハース・インターナショナル株式会社は、日本初の国際霊柩送還専門会社で、2003年に設立されました。スマトラ島沖地震、パキスタン邦人教職員殺害事件、ミャンマー邦人ジャーナリスト射殺事件、アフガニスタン日本人拉致殺害事件などに携わっています。
どれも事件自体は報道されていますが、彼らの仕事ぶりを詳しく知る人は少ないです。それは、彼らが扱うのが「遺体」であり、彼らの仕事が徹底した裏方だからでしょう。
知見を広げられるだけでなく、それぞれの仕事の意義や込められている想いに触れ、心を動かされる一冊です。
日中戦争の最中、旧満州(現在の中国東北部)に「満州建国大学」という最高学府がありました。そこでは「五族協和」の実践を目的に、日本や朝鮮、中国、モンゴル、ロシアから集められた優秀な若者たちが、寝食をともにしながら、6年間国家運営の基礎を学んでいたそうです。
しかし敗戦にともない満州国が崩壊すると、スーパーエリートである卒業生たちはそれぞれの国に戻り、帝国主義者として弾圧を受けることになります。
本書は、戦後の彼らを取材し、満州建国大学の実態に迫るドキュメントです。
- 著者
- 三浦 英之
- 出版日
- 2017-11-17
2015年に「開高健ノンフィクション賞」を受賞した作品です。満州建国大学の卒業生たちは、取材時点で80~90歳代。すでに亡くなった方も多く、作者の「今取材をして書かなければ」という切迫した思いが伝わってくるでしょう。
学びたいという向上心をもっていた生徒たち。終戦後に彼らが受けた弾圧は、戦争の理不尽さをこれでもかと読者に突きつけてきます。これが事実だということが、何より重くのしかかってくるのです。
彼らがどこの国の出身かによって、戦後に受ける待遇がまったく異なることも興味深いところ。戦争のひとつの側面として、読んでおきたい一冊です。
当時26歳だった作者が、バックパッカーとしてユーラシア大陸を横断し、イスラム圏の国々を越えてアフリカ大陸へ旅した2年間の記録です。
モンゴルから中国、チベット、マレーシア、カンボジア、タイ、ミャンマー、インド、中近東各国、そしてアフリカと、計47ヶ国を684日間をかけて単身でめぐり、各地で出会った人々とのエピソードを語ります。
- 著者
- 中村 安希
- 出版日
- 2013-01-18
2009年に「開高健ノンフィクション賞」を受賞した作品です。
3年間働いた貯金を元手に、できるだけ多くの国を回ろうと陸続きの国を選んだ作者。公共交通機関のない場所も多く、現地の乗り合いバスやトラックを値段交渉しながら利用したり、安全そうな人を選んでヒッチハイクしたりしています。
特筆すべきは、作者が女性であるということでしょうか。女性のひとり旅で危ない橋をわたることもありますが、彼女が見聞きした各国の表情はとても新鮮です。実際に現地の人々と触れ合っているからこそ、説得力をもって読者に伝わってくるのでしょう。
文章は淡々としていながらもすっきりとして読みやすく、おすすめです。