「戦略」に関わる本は、数え上げればきりがありません。Amazon.co.jpで「戦略」でキーワード検索したところ約2万件の本がヒットしました。またGoogleでは4,100万件のページがヒットします(ともに2015年8月時点)。それだけ現代社会で戦略が重視されていることの表れでもありますが、そもそも戦略とは何のことでしょうか。実際には、きちんと意味を持って使われていないことも多いのではないのでしょうか。今回は「戦略」という言葉が内包する意味を、代表的な本から見ていきたいと思います。
「戦略」という言葉が戦争から生まれたことに疑いの余地はありません。しかしその後、 企業経営においても使われる言葉となりました。軍事戦略論の名著も最後に紹介しますが、まずは企業経営の戦略について見ていきましょう。これを極めて平易かつ体系的に解説しているのが、経営コンサルタントの波頭亮氏による本です。
- 著者
- 波頭亮
- 出版日
- 2013-04-18
一般に、経営コンサルタントによる著書は、実務的あるいは自己啓発的なものが多いですが、この本はアカデミックに近い内容になっています。本書の構成は、前半で経営戦略理論の歴史を紹介し、後半にそれらを現在の企業が直面している課題(イノベーション、グローバリゼーション等)にどう活かすかを模索している本ですです。
本記事では、前半にあたる経営戦略論の歴史について触れていきます。
また、一般に経営学の祖とされているのは『科学的管理法』(ダイヤモンド社)を著したフレデリック・テイラー(1858-1915)です。ファヨール、メイヨー等もそれぞれ経営理論を組み立てていきました。これらは、生産をいかに効率的に行うかという企業内部組織についての理論でした。
その後、組織外部に目を向け、初めて経営学に「戦略」という言葉を持ち込んだのが『組織は戦略に従う』(ダイヤモンド社)を著したアルフレッド・チャンドラーです。
また市場が飽和してくると、シェアの奪い合い、つまり競争になります。そこで登場したのが、マイケル・ポーターの『競争の戦略』(ダイヤモンド社)です。市場の競争状況を分析して自社が市場に対してどのような「ポジション」をとるかを決定すべきとし「コストリーダー戦略」「差別化戦略」「集中戦略」を提案しました。またマーケティング論のフィリップ・コトラーも市場に対する自社の位置づけを行う理論を提案しています。
一方、そういった経営理論 とは異なる立場をとったのが『戦略サファリ』(ダイヤモンド社)のヘンリー・ミングバーグです。「経営環境は不確実性が高いので計画通りにいくわけがない」という身もふたもない主張を元に「まずはやってみてから、その場の状況に応じて修正を加えていくべきだ」という立場をとりました 。
またJ・バーニーは『企業戦略論(上)(中)(下)』(ダイヤモンド社)で「自社の経営資源」に着目する考え方である「Resource based view(リソース・ベースト・ビュー)」という概念を作り出しました。これは自社の経営資源を「価値・希少性・模倣困難性・組織」の観点から分析し戦略を立てるものです。またハメル、プラハラードによる『コアコンピタンス経営』(日経ビジネス文庫)も、そのタイトルの通り「中核となる競争力」を中心に戦略を立てるべきという主張であり、バーニーと似た概念です。
経営戦略論は以降も次々と出版・提案されていますが、経営戦略について考えるときに重要なのは「競争に勝つこと」だけではなく「できるだけ(不利な)競争をしないこと」を目指している点です。キム、モボルニュ『ブルーオーシャン戦略』(ダイヤモンド社)、山田英夫『競争しない競争戦略』(日本経済新聞出版社)などはタイトルからしてそれを表しています。
さて戦略について考えるとき、もう1つ欠かせないのが「ゲーム理論」です。
例えば、エール大学の講義を元にした『戦略的思考とは何か』および『戦略的思考をどう実行するか』(ともにCCCメディアハウス)、あるいは梶井厚志『戦略的思考の技術』(中公新書)などの本が出版されていますが、これらはいずれも副題に「ゲーム理論」が含まれています。
「ゲーム理論」は経済学のうち「ミクロ経済学」の中の一分野ですが、一般的な「経済学」のイメージとはやや異なるものです。むしろ数学に近い面があります。
ここでいう「ゲーム」は将棋やチェスなどをイメージすると良いでしょう。そもそも将棋やチェスは、駒を兵士に見立て、戦争をゲーム化したものです。実際、ゲーム理論は国際政治論などにも使われています。例えば、岡田章『国際紛争と協調のゲーム』(有斐閣)、石黒馨『入門・国際政治の分析‐ゲーム理論で解くグローバル世界』(勁草書房)など があります。
ゲーム理論は、「あるゲーム設定(=状況)」において、自らがプレイヤーとしてどのように行動するべきか、あるいは相手プレイヤーのどういう行動が予想されるかについての理論です。ビジネス書にも登場する有名な「囚人のジレンマ」は、このゲーム理論において「お互いが自身の利益を求めて最適な行動をすると、お互いの利益が最大とならない場合がある」という問題です。
ゲーム理論に関する本はたくさん出版されていますが、ここでは理系レーベルの新書「講談社ブルーバックス」から刊行されている初心者向けのものを紹介しましょう。
- 著者
- 川越 敏司
- 出版日
- 2012-08-21
本書はゲーム理論だけでなく、行動選択に関する様々な理論も登場します。
また最後のほうには「囚人のジレンマ」を解消できるという「量子ゲーム理論」も登場しますが、これは難解な上、数学の「虚数」と同じように現実的に扱うには難しいので、現実問題である「戦略」を考えるときにそこまで理解する必要はないでしょう。
さて、ゲーム理論が示唆するのは「自分がプレイヤーとして有利か不利かは、そもそもゲーム設定の段階で決まっている」という点です。ビジネスにおいては「市場や競合との関係」がゲーム設定に当たると言えるでしょう。直面しているゲーム設定がそもそも自分に不利な場合、気合いや根性で補って相手に対抗するというのは、極端に言えば単なる精神論でしかありません。
ではどうすればいいのでしょう。今のゲーム設定が自分に不利なら、ゲーム設定そのものを変えてしまえば良いのではないでしょうか。
- 著者
- 内田 和成
- 出版日
- 2015-01-24
本書は、既に述べたような「ゲームの設定そのもの」を変えることによって優位に立った企業を「ゲーム・チェンジャー」とし、「プロセス改革型(Arranger)」「市場創造型(Creator)」「秩序破壊型(Breaker)」「ビジネス創造型(Developer)」に分類・分析すると共に、それに対する対抗策を提案する本です。具体的には以下のような企業・事業が登場します。
●プロセス改革型(Arranger)
アマゾン、ネット証券、セブンカフェ、ゾゾタウン、俺のフレンチ、スーパーホテル
●市場創造型(Creator)
アクションカメラ、電子書籍、JINS PC、東進ハイスクール
●秩序破壊型(Breaker)
LINE、スマホゲーム、ネスカフェアンバサダー、リブセンス、コストコ
●ビジネス創造型(Developer)
価格.com、カーシェアリング、MOOC
これらはいずれも競争における「ゲームのルールそのもの」を変えてしまった企業・事業です。
例えば、ネット証券やネット保険会社は、店舗や人員が少なく低コストで運営でき、手数料等を低く設定することができます。一方、既存の企業はそれまで強みだった店舗や人員が逆に足かせとなり、手数料等での対抗は難しくなってしまうのです。
「ゲーム・チェンジャー」の出現は、既存のプレイヤーにとっては極めて恐ろしいものです。本書でも、それに対する有効な対抗策は十分に明確に示されているとは言えません。
さて、最初に述べたとおり戦略が戦争から生まれたことに疑いの余地はありません。
最後は、野中郁次郎氏を中心とした軍事戦略の研究者がその名著を厳選・解説している本を紹介します。
野中氏は、第二次世界大戦の日本軍組織行動を分析したベストセラー『失敗の本質』(中公文庫)の執筆者の一人であり、経営における「ナレッジマネジメント」という概念を生み出した『知識創造企業』(東洋経済新報社)の著者としても有名です。
- 著者
- 野中 郁次郎
- 出版日
- 2013-04-24
最初に紹介した「経営戦略」もそうですが、戦略論はその内容だけでなく、それが生まれた時代背景を知ることも重要です。以下では本書で紹介されている12冊について、かいつまんでみていきましょう。「『本の紹介』の紹介」となってしまいますがご容赦ください。
孫武『孫子』(紀元前5世紀ごろ)
言わずと知れた戦略論の古典であり「彼を知り己を知れば、百戦して危うからず」や、「百戦百勝は善の善なるものに非ざるなり。戦わずして人の兵を屈するは善の善なる者なり」(いわゆる「戦わずして勝つ」)はあまりにも有名です。
2.マキアヴェリ『君主論』(1513年)
君主論は、政治職を追われたマキアヴェリが、フィレンツェを支配していたメディチ家のために執筆したものです。当時のイタリア半島は都市国家として分裂していました。それを統一する君主とはいかにあるべきかについて書かれたもので、「愛されるよりも恐れられるほうが良い」「時には狡猾さも必要だ」など、善悪を抜きに「統治」のために行うべきことを冷徹に述べたリーダーシップ論です。
3.クラウセヴィッツ『戦争論』(1831年)
『孫子』と並び有名な軍事戦略論の古典で、執筆されたのはナポレオン戦争の後です。クラウセヴィッツは戦争を「政治目的達成のための1つの手段」としており「政策」→「戦略」→「戦術」という階層で分けます。各戦術で勝利を収めても戦略で劣っていれば負けてしまい、戦略面で勝利しても政治目的を達成できなければ本当の勝利とは言えません。
さて、以降で紹介される本については一般に知られていないものも多く、日本語訳が出版されていないものもあります。だからこそ、それらを紹介している本書『戦略論の名著』には大きな意義があるでしょう。
4.マハン『海上権力史論』(1890年)
マハンは日本でいう幕末に船で世界を巡りました(本書によれば日本で「鳥羽伏見の戦い」で逃げ延びた徳川慶喜を救ったこともあるそうです)。そういった経験から、それまで重要視されていなかった海洋における支配力=「シーパワー」の重要性を説いたのが『海上権力史論』であり、これは最後に紹介する現代の「宇宙戦略」にまで影響を及ぼすことになります。
5.毛沢東『遊撃戦論』(1938)
本書は中国の立場から、日本を敵国としてどのように対処すべきかを論じたものです。毛沢東の認識は「日本は強いが、兵数・資源に乏しい」「中国は弱いが、兵数・資源は豊富にある」というものでした。よって「負けないための持久戦」と「弱いものが強いものに勝つための遊撃戦」を唱えました。
6.石原莞爾『戦争史大観』(1941年)
石原莞爾(かんじ)は異色の軍事戦略家です。「世界最終戦争」という終末論的な思想を持っていた一方、戦後は軍備の放棄を提唱し「最終戦争の回避」を目指しました。
7.リデルハート『戦略論 間接的アプローチ』(1954年)
リデルハートは、戦争の形は歴史と共に変化していくと考えました。中世では騎士や傭兵だけが戦う戦争、フランス革命以後は徴兵制による国民総力戦、世界大戦では兵器による犠牲が巨大化し、核兵器の出現により「戦争で得るものより失うもののほうが明らかに大きい時代」に入りました、そして冷戦のように、事実上は全面戦争が不可能な「カモフラージュされた戦争の時代」となり、核兵器による戦争の抑止=「間接的アプローチ」を唱えました。
8.ルトワック『戦略―戦争と平和の論理』(1987年)
ルトワックは「戦争の逆説性」に注目しています。戦いに勝利して敵の陣地に攻めれば攻めるほど、補給路は長くなり、兵士は消耗し、戦力は弱まります。核兵器はそのあまりに強大な破壊力により「使用しない限りにおいて効果がある逆説的な兵器」とし、究極の逆説として「勝ち続けることは最終的に自らを滅ぼす」としています。
9.クレフェルト『戦争の変遷』(1991年)
クレフェルトも、リデルハートやルトワックと同じく核兵器を「使用できない兵器」と考えました。そして冷戦時代に今後はテロやゲリラのような小規模な戦いへと変化していくことを予言し、現在の世界情勢を見事に言い当てています。
10.グレイ『現代の戦略』(1999年)
一方、グレイは核兵器を使用することを念頭においた「核兵器戦略」について構想をしました。クラウセヴィッツを崇拝し、その戦略論を、より先鋭化しました。
11.ノックス&マーレー『軍事革命とRMAの戦略史』(2001年)
「RMA」とは「Revolution in Military Affairs」の略で、やはり「軍事革命」という意味です。ここでいう軍事革命とは経営学におけるイノベーションの概念に近いものです。中世の長弓から、その後の鉄道や電信、レーダー、そして現代の情報技術まで、新しい軍事技術とそれに最適化された組織により、戦略も変化していくことについて論じています。
12.ドールマン『アストロポリティーク 宇宙時代の古典地政学』(2001年)
「地政学」とは、地球上の国の立地状況についての学問です。例えば四方を海に囲まれた日本と、逆に四方が他国と陸続きになっている国とでは行うべき対外政策も変わります。
ドールマンは、この地政学の範囲を宇宙にまで広げました。「4.」で紹介したマハンの「シーパワー」と同じように「スペースパワー」について構想し、海洋戦略における海流と同じように、宇宙における星の軌道を考慮しました。そしてアメリカが宇宙の統治権を握るべきであることを主張しましたが、出版当時の2001年では現実的に思えても、2015年現在のアメリカや世界の情勢を鑑みれば、それは困難でしょう。
(以上。本記事で取り上げた本は以下のリンクから一覧できます。)
http://honcierge.jp/mitsudahiroki