『天然コケッコー』などで知られる、くらもちふさこの少女漫画作品。クラシック音楽を主軸としたドラマチックなストーリー展開で、1980年代から長く読み継がれてきた漫画です。2018年にはNHK朝の連続ドラマ小説『半分、青い。』の劇中漫画として登場し、再注目されました。 この記事では、40年近く愛されている不朽の青春漫画である『いつもポケットにショパン』のあらすじ・魅力を紹介します。
有名ピアニスト・須江愛子(すえ あいこ)の娘・麻子(あさこ)。小学生の彼女は、学校でもピアノ教室でも、何をするにも幼馴染み・緒方季晋(おがた としくに)、通称「きしんちゃん」と一緒でした。
そんな2人は、ピアノに関してはライバル。上達が早く優秀な季晋に時に嫉妬を感じながらも、麻子は彼の弾くピアノがたまらなく好きなのです。彼の母・華子(はなこ)を慕い、実の母親より母親らしい「おばちゃま」と季晋とともに過ごす日々は、麻子にとってかけがえのない宝物でした。
しかし、別れは突然訪れます。季晋が中学進学前に、音楽留学でドイツへと渡る事になってしまったのです。彼は宝物の腕時計を麻子に残して旅立ちます。
その後、中学生になった麻子は彼からの手紙を心待ちにしていましたが、音信はなく、落胆する日々が続きます。ところが緒方親子の消息は、意外な形で知るところとなりました。偶然見た新聞に掲載されていた、ドイツでの列車事故の記事。そのなかに、2人の名前があったのです。
事故によって負傷し、季晋に失明の恐れがある事、そして華子が亡くなった事を知り、驚愕する麻子。いつも厳格な母・愛子の動揺ぶりから、それが事実なのだと察します。そして季晋はその後、消息不明になってしまっていたのでした。
その後高校生になった麻子は、いつかドイツへ渡って季晋を探す事を望みながら、白河音楽学園に通います。昔から親らしい愛情を示してくれなかった母との関係は相変わらずよそよそしく、寄越された手紙は開封もせずに溜まっていくばかり。しかし、その事が季晋に関する情報を見落とす原因となってしまうのです。
なんと彼はすでに帰国しており、堂園音楽学園へと通い、学園の「三羽ガラス」として知られる若きピアニストの卵となっていたのです。その事を知らず偶然、彼と再会を果たした麻子ですが、季晋はまるで別人のように冷たい態度で彼女に接します。麻子は困惑し、深く傷付きます。
「弱虫で泣き虫」を演じるかつての強かな少年・季晋の変化、まるで麻子を憎んでいるかのような態度、その理由は一体……?
- 著者
- くらもちふさこ
- 出版日
- 1981-08-25
2018年上半期のNHK朝の連続ドラマ小説『半分、青い。』。本作は、この朝ドラへの関わりから再注目されました。主な登場は「故郷・岐阜篇」「東京・胸騒ぎ篇」となっています。
ヒロイン・鈴愛(すずめ)が高校時代に衝撃を受け、彼女が漫画家を目指すきっかけとなった作品。それが『いつもポケットにショパン』をはじめとする、くらもちふさこの漫画作品だったのです。
少女漫画家・秋風羽織(あきかぜ はおり)名義の少女漫画として劇中に登場してネットを沸かせた他、秋風役を豊川悦司が演じた事でも大きな反響を呼びました。
『いつもポケットにショパン』『アンコールが3回』『ハリウッド・ゲーム』……売れっ子漫画家・秋風の作品は、すべて実在するくらもちの作品です。
脚本を担当した北川悦吏子が大ファンだというくらもちの漫画。それが大きな役割を持ってこのドラマに登場した理由としては、制作統括の勝田夏子が「鈴愛の青春時代である80年代にも、ドラマを放送している現代においても、常に憧れを抱かせる『ホンモノ』でなければなりませんでした」というコメントに集約されているでしょう。
そんな不朽の名作、『いつもポケットにショパン』がマンガアプリで読むことができます。すでに本作が気になっている方は、下のボタンからダウンロードできるので、ぜひご利用ください。
1955年生まれの少女漫画家。1972年、高校在学中に『メガネちゃんのひとりごと』でデビュー。以来、第一線で活躍し続けています。
1980年代を中心に少女漫画界に大きな影響を残した人物としても知られており、多田かおるや羽海野チカなど、彼女から影響を受けたと公言する漫画家も多く存在します。
当時の漫画の主流だったスポ根ものや西洋ファンタジーなどの「非日常」の世界ではなく、「日常」の世界を描く、くらもちの作品。
「普通の女の子」を主人公として読者の共感を誘い、日々の繊細な心理描写、人間関係を描いた叙情的なストーリー展開が魅力です。
- 著者
- くらもち ふさこ
- 出版日
- 2010-08-19
主な受賞歴としては、1996年『天然コケッコー』で講談社漫画賞受賞。この作品は2008年に夏帆主演で映画化もされています。そして2017年『花に染む』で手塚治虫文化マンガ大賞を受賞。
また、妹・倉持知子(くらもち ともこ)も漫画家で、バスケ漫画『青になれ』や『うなぎんぢ』で知られています。
朝ドラ『半分、青い。』でくらもちの漫画が使用され、ツイッターのリアルタイムトレンドワード3位に「くらもちふさこ」が入るなど再注目された作者。現在でも、多くのファンを持つことが伺えるでしょう。
デビュー45周年を迎えた2018年には、いくえみ綾とともに原画展「くらもちふさこ・いくえみ綾二人展『“あたしの好きな人へ”』」が東京パルコミュージアムにて開催されるなど、精力的に活躍し続けています。
今回ご紹介する『いつもポケットにショパン』は、そんな彼女の作品入門編としても実におすすめです。文庫版全3巻と分量も読みやすくなっているので、ご興味がありましたら、ぜひお手にとってみてはいかがでしょうか。
くらもちふさこのおすすめ作品を紹介した<くらもちふさこのおすすめ漫画ランキングベスト5!世界観にハマる>もおすすめです。あわせてご覧ください。
小学生の頃に行方不明になった幼馴染み・季晋と再会してから、さまざまな出来事を経て成長していく麻子。彼女の成長は、物語の大きな見所の1つです。
麻子は「ミュージカル同好会」の伴奏を引き受けるも、前夜に夜更かしして本番当日寝過ごしてしまいます。そのうえ練習不足で弾けない部分があるのです。そんな状況を新任教師・松苗(まつなえ)に指摘されても素直になれず、つい反発をくり返してしまいます。
このように、当初はまだ幼さの残り、自己中心的な考えが前に出る少女でした。しかし、いくつもの出会いが彼女に少しずつ変化をもたらしていきます。
- 著者
- くらもち ふさこ
- 出版日
慕っていた季晋の母の真実、冷徹だった母の愛情を知った事、死んだと聞かされていた父親の存在、そして変わってしまった季晋との関係と、変わらないところも垣間見せる彼を信じたいと願う気持ち……。
さまざまな出会いと経験を経て、子供だった時には見えなかったものが1つずつ見えてくるたびに、麻子は成長していきます。間違うことがありながらも、ひとつひとつそれを自覚し、正解を見つけて大人になっていくのです。
嫌いだと思っていたピアノへの愛情、季晋への想いを自覚し、前を向く麻子。幼い少女の成長は、読者にかつての自分を思い出させてくれたり、今まで気付かなかった事を教えてくれたりするのです。
漫画なのに「音が聞こえる」と評される事がある、くらもちの作品。特に本作はクラシック音楽を主軸としたストーリーである事もあり、さまざまな場面で「音」を感じる事が出来るのではないでしょうか。
- 著者
- くらもち ふさこ
- 出版日
- 1981-10-30
一部の演奏シーンでは、擬音語を無くして演奏者の表情と指の動きだけで曲を表現し、その印象的な演出、意識的な無音が、逆に「音」を感じさせるような構成になっています。
日常のすべてのものが「音楽」を奏で始める、という言葉が出てくるのが非常に印象的です。
本来、漫画からは「聞こえないはずの音を聞く」という楽しみ方もある本作。きっと読者ごとに違う音が、そこには流れているのでしょう。自分だけの音を感じながら読んでみるのも面白いかもしれません。
この物語のキーパーソンともいえる登場人物・緒方華子。季晋の母親で、かつては麻子の母・愛子のライバルであった女性です。彼女は幼い麻子にとって「母親より母親らしい」人物で、季晋を大袈裟なほどに心配する優しい「おばちゃま」でした。
「ほんとうにパパに似てきたわね」と麻子に笑いかける、ふっくらとした笑顔。しかし、その裏で、彼女の中には1人では抱えきれないほどの憎しみや、複雑な感情が渦巻いていたのでした。
- 著者
- くらもちふさこ
- 出版日
- 1981-11-25
物語中盤、麻子は再会した季晋から、とある真実を聞かされます。そして、その事実を知ってしまうと、華子が麻子に口癖のようにかけていた冒頭の言葉が、まったく違う意味になるのです。この時の衝撃は言い知れません。
その事実は、麻子と季晋、彼らの両親に関することでした。そこには簡単には言い表せない、愛情と憎悪が渦巻いていたのです。
しかし、なぜでしょうか。それを知ってもなお、麻子と同じく華子の事を嫌いになる事が出来ないのです。
本作に深みを与えてくれている、華子という女性。凄まじい心持ちを抱えたこの女性に注目して、物語を読んでみるのもおすすめです。
小学校以来、行方不明だと思っていた季晋との再会、そして明かされていく事実……麻子と季晋、母親から続く因縁に否応なく振り回されていく2人。
季晋は母の抱えていた憎しみと麻子への親愛のはざまで葛藤を抱え、麻子は迷いながらも真っ直ぐに昔のような季晋を取り戻そうとします。
その後、母と同じく腱鞘炎の悪化を抱えた季晋は、ピアノが弾けなくなる危険を承知しながらも麻子との直接対決へと挑む決意をしました。
「季晋が麻子を超えるピアニストになる事」、それが麻子の母・愛子に敗北し続けてきた華子の心の支え、死ぬ間際まで願い続けた望みだったのです。2人の決着は、毎月新聞主催の「音楽コンクール」へと向かっていきます。
彼らの対決は、そして納得しきれず悩み続けた過去の因縁は、どのような結末を迎え、どのような未来を描き出すのでしょうか……?
- 著者
- くらもち ふさこ
- 出版日
見所は、なんといっても最終話でしょう。コンクールですべてを吹っ切った麻子がピアノを演奏する場面は、ひとつの終着点ともいえます。
彼女は今出来る全身全霊のピアノで、かつての自分たちと、季晋の母・華子への純粋な思いを込めて、ショパンの「ソナタ」を弾きました。その場面で彼女の思いを表す言葉は、物語冒頭のモノローグを受けて、鮮やかにこの物語のすべてを思い出させてくれるのです。
その演奏を聞いた季晋もまた、母への想いと麻子への想いに、自分なりの答えを見出すのでした。
冒頭のエピローグから繋がる、この物語のラストのモノローグは、確かな未来への希望と愛を抱かせてくれるのです。
不朽の名作と言われる本作、おすすめです。