
ロシア疑惑とは何か、簡単に解説
2016年におこなわれたアメリカの大統領選挙に、ロシアが干渉したのではないか、また一連の出来事にトランプ陣営が関与していたのではないかという疑いを「ロシア疑惑」といいます。
この疑いがもたれるようになったのは、選挙まであと1ヶ月となった2016年10月のことです。民主党のコンピューターがサイバー攻撃を受け、アメリカ国土安全保障省が「ロシア政府によるものだ」という声明を発表しました。
これを受けて、当時の大統領だったバラク・オバマは調査を命令。2017年に、司法省からモラー特別検察官が任命され、捜査にあたっています。その後、トランプ陣営とロシアの接触があったことが明らかとなり、疑惑はさらに深まっていきました。
さらにトランプ大統領は、2017年5月にFBIのコミー長官を解任。これが大統領による司法妨害であるとして、ロシア疑惑をめぐる報道はさらに過熱していくことになります。1972年の大統領選挙中に起きた盗聴事件「ウォーターゲート事件」になぞらえて、「ロシアゲート」と呼ばれるようになりました。
2019年3月、モラー特別検察官は、400ページにわたる最終報告書を提出。トランプ陣営とロシアの共謀は立証されなかったと結論付けられました。一方で捜査妨害については、完全には否定できないとしています。今後も議会でロシア疑惑をめぐる攻防が続くことになりそうです。
ロシア疑惑、目的は何?
上述したとおり、大統領選挙に対するロシアの干渉はなかったとして、共謀の罪は立証されませんでした。そもそもロシアの目的は、トランプ大統領を誕生させることではなく、対抗馬のヒラリー・クリントンが大統領になることを阻止するためだったという説があります。
ヒラリーは、大統領選以前から、ウクライナ問題などロシアの対応を批判する反ロシアの立場をとり続けていました。そのため彼女が大統領になってしまうと、ロシアの国益上有益でないという判断から、トランプを利用したのではないかと考えられているのです。
ロシア疑惑の目的が何であるかは明らかになっていません。ただロシアにとってはヒラリーが大統領になることは望ましくなかったこと、共謀の有無はさておき、トランプ陣営を手助けするような形で大統領選に干渉したことは間違いないといえるでしょう。
ロシア疑惑の経緯を説明。始まりはサイバー攻撃
2016年10月にロシアによるサイバー攻撃があったと断定され、発覚することとなった「ロシア疑惑」。具体的には、2016年の春頃からヒラリー・クリントン陣営に対するハッキングがくり返され、民主党のメールが流出する騒ぎがありました。
またロシアはフェイスブック上に大量のアカウントを作成し、民主党に不利なフェイクニュースを多数発信して大統領選に影響を与えたと指摘されています。
このような報道がされるなか、トランプ大統領は自分たちがロシアと接触したことはないと主張していました。
しかしその後、トランプ大統領の長男、ジュニア氏が2016年6月にトランプタワーで、ロシア政府と繋がりのある弁護士と面会していたことが発覚。さらに2017年2月には、大統領補佐官だったマイケル・フリンがロシア駐米大使と連絡をとっていたために辞任するなど、ロシア疑惑は拡大しています。
ロシア疑惑の重要人物を解説!コミー、ローゼンスタイン、フリン、コーエン、ウィテカー
では、ロシア疑惑に関する報道でよく登場する重要人物を紹介していきます。
ジェームズ・コミー
2013年、当時のオバマ大統領によってFBI、連邦捜査局の長官に任命。2016年の大統領選中もFBI長官を務めていました。
2016年10月、ヒラリーが国務長官を務めていた際に、私用メールで機密情報をやり取りしていた問題の再捜査を発表。これが彼女に対するネガティブなイメージを拡大させ、大統領選の敗北に影響したともいわれています。
2017年5月に、トランプ大統領によってFBI長官を解任。その後アメリカ上院情報特別委員会の公聴会に出席し、ロシアが大統領選に関与したことは間違いないと証言しました。
また後述するフリンについて、トランプ大統領から「彼はいいやつだ。捜査から手を引くことを望む」と言われたことを、捜査中止の指示と受け止めたと述べています。これは、トランプ大統領による捜査妨害だとして、ロシア疑惑の大きな論点となっているのです。トランプ大統領は解任理由について、「目立ちたがり屋で、組織を混乱させていた」と述べ、ロシア疑惑が原因ではないと主張しています。
マイケル・フリン
トランプ大統領の就任後、国家安全保障問題担当の大統領補佐官に就任した人物です。しかし就任直後の2017年2月には、大統領補佐官を辞任することとなりました。
その理由は、就任前からロシアの制裁問題について、ロシア駐米大使と話しあっていたことが判明したから。後に、FBIに虚偽の供述をしたとして追訴され、2017年11月には、ロシア駐米大使との接触はトランプ陣営の幹部の指示によるものだったと述べています。ロシア疑惑において重要な人物だといえるでしょう。
マイケル・コーエン
大統領選挙以前からトランプ一族が経営する企業の代理人を務め、2017年からはトランプ大統領の顧問弁護士に就任した人物です。トランプ大統領と緊密な関係を築き、その忠誠心から「ピット・ブル」と呼ばれていました。
しかし2018年12月、脱税や選挙資金法違反、ロシア疑惑をめぐる連邦議会への偽証の罪で、禁固3年の実刑判決を言いわたされています。その過程でコーエンは、大統領選の最中に「ロシア連邦で信用があると自称する人物」と接触したことを認めました。そのほかモスクワにトランプタワーを建設する計画を協議し、ロシアとビジネス関係が構築されていたことも証言しています。
彼の証言が事実だとすれば、トランプ大統領も何らかの罪に問われる可能性があります。フリンと同じく、ロシア疑惑の解決において重要な位置にいる人物です。
マシュー・ウィテカー
2018年11月にジェフ・セッションズ司法長官が更迭された後、2019年2月まで司法長官代行を務めた人物です。元々はセッションズの首席補佐官を務めていて、当時からロシア疑惑を調査するモラー特別検察官の捜査を批判していたことで知られています。
後任の司法長官となったウィリアム・バーとともに、ロシア疑惑の調査に批判的な人物。トランプ大統領を擁護しています。
ロシア疑惑の今後
2019年3月、ロシア疑惑を調査するモラー特別検察官によって400ページにもおよぶ捜査報告書が提出されました。
報告書を受け取ったバー司法長官は、全文を公開せず、4ページの要約文を公開しています。それによると、トランプ陣営とロシアの共謀については「証拠が見つからなかった」として認定されることはありませんでした。一方で捜査妨害については、「大統領が罪を犯したとの結論には至っていないが潔白ともしない」という曖昧な表現にとどまっていました。
これに対しトランプ大統領は、「完全に潔白だ。私を陥れようとする試みは失敗した」と述べ、ロシア疑惑については潔白が証明されたと主張。
しかし野党である民主党は、引き続き疑惑を追及する構えを見せ、捜査報告書の全面公開を要求しました。そして2019年4月9日付のロイター通信で、バー司法長官は捜査報告書を1週間以内に公表することを明らかにし、4月18日に公表。記者会見もおこない、捜査妨害について「証拠不十分」と結論づけたことを明らかにしたのです。
さらに、ホワイトハウスは捜査に全面的に協力したと擁護し、不正な意図はをなかったという証拠の方が極めて重いという認識を示しました。その後トランプ大統領は「ゲーム・オーバー」とTwitterに投稿するなど、勝利宣言をしています。
ただ報告書は「犯罪行為がなかったと明確に否定できない」とする意見もあり、今後も内容をめぐり議会は紛糾していくでしょう。
ロシア疑惑の全貌を提示、トランプとロシアの関係に切り込んだ労作

作者 | 小川 聡, 東 秀敏 |
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出版社 | 文藝春秋 |
出版日 | 2018年08月20日 |
「読売新聞」アメリカ総局長と、ロシア研究者の共著です。これまでの評価に左右されず、各自の視点からロシア疑惑に揺れるアメリカの実態をまとめています。
特徴は、トランプ陣営の問題点を取りあげる一方で、反トランプ陣営の問題点も指摘しているところでしょう。
まさに「トランプ劇場」といわれるほどさまざまなことが起こるトランプ政権。日本の報道だけでは見えてこない、ロシア疑惑の全体像を知れる一冊です。
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