恥ずかしくて人の名前を呼べない【小塚舞子】

恥ずかしくて人の名前を呼べない【小塚舞子】

更新:2021.2.9

33歳にもなって情けない話だが、私は何でも恥ずかしがってしまう。10代20代のそれならば可愛らしくもあるし、場合によっては透明感すら感じられるが、30代になると生々しく深刻だ。切実に直したいと思っているのだが、恥ずかしがっていることが恥ずかしいので人に相談したりできず、年々悪化している。

小塚舞子プロフィール画像
タレント、女優
小塚舞子
奈良県生まれ。カレー屋巡りの趣味が高じて、カレー本やカレーロケなどに度々登場している。2018年末に女児を出産、絶賛子育て奮闘中。 ■主な出演番組 ABC:「おはよう朝日です」 KTV:「発見たまご!ころころコロンブス」 TVO:「おとな旅あるき旅」 他ラジオ、CM、舞台、ナレーターなど幅広い分野で活躍中。
ブックカルテ リンク

まず、初対面で名前を覚えられない

一番困っているのは“恥ずかしくて名前が呼べない”ことだ。私は元々、人の名前を覚えるのが苦手である。一緒に仕事をする方の名前も半年以上覚えられないことが多々ある。単純に覚えが悪いというのもあるが、それ以前に初対面で挨拶をする段階で躓くことが多い。

相手が先に名乗った場合は、先手を取られてしまったという焦りと、次にこちらが名乗るべきタイミングを計ることに気を取られてしまい、名前を覚えている場合ではない。具合よくこちらから名乗れたとしても、「小塚舞子です、よろしくお願いします」という一言が、果たして笑顔で感じよく言えたのであろうかという不安と、しかしまぁ何にせよ先に言えてよかったじゃないか社会人としての務めは果たしたぞ、という低すぎるハードルの安堵で、その後に続いているはずの相手の自己紹介時には既にうわの空になっている。名前を聞いた直後に「あれ?なんだっけ?」と焦ることもあるが、当然恥ずかしくて聞き直せない。振り返ればなんて自己中心的なんだろう。恥ずかしい。

そんな具合なので、ロケ中にディレクターの名前を呼ぼうとしても名前がわからず、近くまで行って「あのぅ、すみません」と声をかけるしかないことがよくある。その際、周りに数人の人がいると違う人が返事をしてしまう可能性があるので、ターゲットの真横よりほんの少し後ろあたりを陣取り、その人をじっと見つめながら行動に移す。

肩や背中をトントンする方法が一番確実ではあるのだが、周りの人に『アッ!触ってる!やらしい!』と思われるのも、本人から変な誤解をされるのも、反対に気持ち悪がられるのも辛いので、眼力で何とかしようとするのだ。

社員証や入館証などをぶら下げてくれている場合はラッキーだ。バレないように盗み見ている。他の誰かが名前を呼ぶところに聞き耳を立て、情報を得ようとすることもよくある。しかし、そうして何とかしてその人の名前が『田中』だということに辿りついたとしても、「たなかさん」と呼べるようになるまで、時間がかかる。聞き耳でゲットした情報だと、聞き間違いの可能性を否定できない。入館証や名刺にしても、読み間違いという落とし穴があるのだ。

「たなかさん」は名前界に置いて、あまりにもメジャーで、だからこその思い込みが怖い。もしかしたら「やなかさん」かもしれないし、「たいなかさん」かもしれないし、「でんなかさん」かもしれないのだ。

田中さん事案

名前間違いの恐怖は日常生活のあちらこちらに散らばっている。

田中さん(仮名)という、わりと年配カメラマンがいた。ベテランではあるのだが、気のいい人なので皆から好かれていて、「なかさん」という愛称で呼ばれていた。愛されている人は名前を呼ばれる機会も多い。私も珍しくすぐに「なかさん」という名前を覚えたのだが、石橋を叩いて名前を呼ばずに仕事をしているうちに、資料か何かで「なかさん」ではなく、「たなかさん」が正式な名前なのだと知って、ギリセーフだった。私が愛称で呼ぶにはまだ距離があったし、年齢差を考えても失礼だった。

ある日のロケで、いつもはチームに加わっていないクライアントの女性がやってきた。年齢は私と変わらないか、少し上くらい。ディレクターとは顔見知りのようだが、他のスタッフとは初対面らしく、丁寧に挨拶をしていた。とても真面目な人で、ロケバスでの移動中は、寝ずに美しい姿勢で座っているし(私はヨダレ垂らして爆睡)ロケ中も、周りへの気配りを忘れない。言葉づかいもきれいで、社会人としても、女性としてもパーフェクトだった。

事件は移動中に起きた。だいたい想像はつくだろうが、その女性が話の流れで田中さんのことを「なかさん」と呼んだのだ。田中さんは初対面なのに愛称で呼ばれたことくらいで怒るようなタイプではなかったが、ロケバスの空気が違和感に包まれた。

この場に打ち解けての「なかさん」であれば、微笑ましいのだが、明らかにそうではない。どう考えてもただ間違えているのだ。彼女はそれまでの言動が真面目すぎたせいで、それが間違いであると言うことが露呈してしまっていた。皆が私のことを「まいまい」と愛称で呼んだとしても、彼女だけはそう呼ばなかったのだ。歳の近い同性で、しかもタレントなんかは愛称で呼んでも、何の問題もない。実際、「まいまいさん」と呼ばれることもよくあるのだが、彼女は必ず「小塚さん」と呼んだ。しかも口調もとても丁寧だった。「うちの会社」を「弊社」と言うタイプだ。

「弊社の場所をなかさんはご存知だったのですね。」

実際の会話は忘れてしまったが(恒例)、こういう種類のものだったと思う。何気なく聞けば、美しい言葉づかいだという印象でしかない。しかし名字っぽく聞こえる「なかさん」はあくまでも愛称なのだ。仮に、他の愛称に置き換えるとこうなる。

「弊社の場所をまいまいはご存知だったのですね。」
「弊社の場所をきんきんはご存知だったのですね。」

・・・いや、いっそのこときんきんくらい愛称っぽい愛称の方が、真面目な彼女が懸命にこの場に馴染もうとしているんだなぁと解釈でき、何の違和感もないのかもしれない。名字っぽい「なかさん」だからこそ、それは車内でアンバランスに響き、周りをピリつかせてしまったのだ。

『か・・・勘違いしてるぅっっ!』

誰もがそう思ったが、誰もつっこめなかった。間違いを正せば、彼女が恥をかくことになる。しかもクライアントには皆、微妙に気を使っているのだ。「なかさんは愛称ですよ。」なんて言えるはずもないし、あえて言う必要もないだろう。

しかし田中さんはこのチームの中で一番年上、つまり長である。長が随分年下の女性から名前を間違えられているという事実も相まって、それはそれは気まずい時間だった。

田中さんが普通に返事をしたことでその場は何事もなく収まったが、その後も女性が「なかさん」と発するたびに、皆は一瞬凍りつくのであった。あとは、空気の読まない誰かが「たなかさん」と口走らないことを祈るばかりだ。幸いそういった二次災害は起こらなかったものの、女性は田中さんを気に入ったのかなぜか「なかさん、なかさん」と連呼しており、皆とても疲弊した。誰も悪くない、悲しい出来事であった。

独り相撲にハッキヨイ

この事件を目の当たりにしてしまったあたりから、私は余計に人の名前を呼べなくなってしまった。石橋を割れるまで叩こうとしてしまう。この人の名前は田中で間違いない!と思ったとしても、“もしも”のことを考えると恐ろしいやら恥ずかしいやらで、ごく小さな声、ほぼウィスパーボイスに近い声で「田中さん・・・」と呼ぶのが精一杯である。そして、これもまた聞こえてしまうと『声ちっちゃ!』と思われるのが恥ずかしい。

結局のところ、何がどう転んだとしても、何かしらの“恥ずかしいポイント”を自分で探してしまい、一人で勝手に恥ずかしがっているのだ。

しかし最近、もしかしたらいつか直るのではないかという希望の光が見えてきた。娘の誕生だ。彼女が私を鍛えようとしてくれている。

当たり前だが、彼女はどこでも突然ヤイヤイ言い始める。ヤイヤイが始まると、無視できない。恥ずかしがっている場合ではなくなるのだ。スーパーのレジ打ち中に始まると、大体レジを打っている女性が「ちょっと待ってね~!」と話しかけてくれる。今までなら「ポイントカードはお持ちですか?」の問いに対しての「ハイ」の一言さえも、もはや自分でも聞こえない程だったが、それなりの音量で「すみません、ありがとうございます!」と返せるようになってきた。

バスのアイドリングストップ中。息をするのも気を使うくらい、異様に静まり返った車内でヤイヤイされるとかなり気まずい。しかし黙っているわけにはいかないのだ。全く大丈夫ではないが「だいじょうぶ、だいじょうぶ」と声をかける。これも今までなら、あんなに静かな場所で声を出すことなんて絶対にできなかった。

母は強いとよく言う。皆、強くならざるを得ない状況に追い込まれ鍛えられるのだろう。ずっと直したいと思いながらモジモジしていた恥ずかしい病も、0歳児に尻を叩かれ何とかなりそうな気がしてきた。まずは自己紹介を上手くやることからと、道のりは長くなりそうだが、堂々とした“おかん”になれるよう頑張りたい。

今まさに、娘に話しかけた自分の口が臭かったらどうしようと恥ずかしくなったことは一旦忘れよう。

「恥ずかしさ」が詰まっている本

著者
ほし よりこ
出版日
2016-09-02

嘘の涙は流すことはできても、素直に感情を表すことができないりく。その根底にはあるのは“恥ずかしい”の気持ちなのかもしれないなと思いました。りくを見ていると、奥歯がこそばいような、酸っぱい気持ちになります。ほしよりこさんが描く柔らかなタッチの登場人物の表情がとても生き生きとしていて、とても引き込まれる漫画です。

著者
若林 正恭
出版日
2015-12-25

このコラムに合う本がわからないなと本棚の前でひとしきり考えた後、久しぶりに出かけてみた本屋さんで見つけてしまいました。ええ。見つけてしまったんです。

『わかるぅっ!』と何度も声に出しました。楽しくなって赤子に朗読もしてみました。とても引き込まれる文章、笑いながらもさすが芸人さんやなぁと唸るオチ、こじらせていた若かりし頃を想って恥ずかしくなり、結果こじらせるというループ。月並みな言葉ですが、すごく面白いです。恥ずかしがってしまう人はぜひ読んでみてください。

しかしこちら、コラムをまとめた本なのですが、何だか理想的過ぎて、自分の拙い言葉を綴ったコラムが恥ずかしくなりました。来月からどうしよう。

この記事が含まれる特集

  • twitter
  • facebook
  • line
  • hatena
もっと見る もっと見る