落ちぶれたダンサーの青年と、記憶喪失の少年が出会いから始まるSFファンタジー作品。地球人類の存続に関わる波乱、そして2人に直面する悲劇とは……。美しすぎる悲劇として、今なお語り継がれる名作です。 本作はスマホの無料アプリで読めるので、気になった方はぜひどうぞ。
舞台は1980年代のアメリカ、ニューヨーク。
様々な人が夢を求めて集まるその街に、ダンサーのアート・ガイルという青年がいました。実力はあるものの主要な役に抜擢されず、アルバイトも上手くいかず、くすぶっていました。
ある雨の日、むしゃくしゃした気分で車を運転していると、交通事故を起こしてしまいます。間一髪で車道に飛び出した少年に気づき、接触事故こそ免れますが、建物に激突して怪我を負いました。少年の方は無傷でしたが、事故のショックからか記憶を失っていました。
家も名前も分からないという少年。事故の負い目もあり、アートは少年にジミーという名前をつけ、彼を引き取ることを決めます。物覚えはいいのに、常識を知らない不思議な少年・ジミー。彼との生活が、アートの日常を変化させていきます。
ジミーには地球の存続が関わる、ある重要な秘密があるようで……?はたして彼は何者で、アートの生活はどうなっていくのでしょうか。
- 著者
- 清水 玲子
- 出版日
『月の子 MOONCHILD』というタイトルの意味は、読み進めていくとしだいに明らかになっていきます。
清水玲子(しみずれいこ)は東京生まれ、熊本育ちの女性漫画家です。萩尾望都に影響されて漫画家を志し、熊本商業高校を卒業後に一度は就職するのですが、退職してあらためて漫画家となりました。
1982年、第9回ララまんがハイ・スクールで『フォクシー・フォックス』が佳作に輝き、翌年1983年に『三叉路物語』でデビュー。代表作は、今回ご紹介する『月の子 MOON CHILD』と、『秘密 ―トップ・シークレット―』などがあります。
- 著者
- 清水玲子
- 出版日
- 2015-12-18
『秘密 ―トップ・シークレット―』は近未来の日本を舞台として、最先端技術で事件を追いかける若き捜査員達が、凄惨な事件と犯人の実像に迫っていくという内容のサスペンス作品となっています。殺人事件が頻出するため、猟奇的でグロい話ではありますが、人の心の闇を映し出した真に迫る内容が見所となっています。
作者の作品は、SF色が強いものが多いですが、非常に読みやすいのが魅力です。また、繊細なタッチで美しく描かれる絵柄も、ファンから支持されている特徴といえるでしょう。
清水玲子のおすすめ作品を紹介した<清水玲子のおすすめ漫画ランキングベスト5!名作「かぐや姫」「秘密」など>の記事もおすすめです。気になる方はあわせてご覧ください。
主人公のアート・ガイル。10代のころは天才と呼ばれたダンサーでしたが、スターダムから転落した不遇の男です。普段は粗暴な言動が目立ちますが、捨てられた動物や記憶喪失のジミーを放っておけないなど、実は思いやりのある人物です。
重要人物となるジミー。実はおとぎ話『人魚姫』に登場する人魚の末裔です。人魚族の繁殖のため、人間社会に出てきた3つ子の1人。当初の性別は男ですが、人魚の性質により後に女性化します。そして、次第にアートに惹かれていくことに。無垢な少年から、目を見張るほどの美女へ変貌していきますが、この変化が悲劇を呼ぶことに……。
彼らの運命に関わってくるのが、人魚族のショナ、ティルト、セツの3人です。
女性化したジミーと結ばれる運命の人魚族の男・ショナは、やや独善的な性格をしています。ティルトとセツはジミーの3つ子の兄弟で、3人ともそっくりな外見をしています。
しかしティルトはジミーを嫌い、セツに好意を寄せています。そしてセツはショナに横恋慕している、という複雑な関係。彼らの気持ちが複雑に絡みあいながら物語は進んでいきます。
主人公以外にも複雑な設定があり、1人1人が重要な役割を持っているのが本作の特徴です。
ティルト、ショナ、ジミーは、かの有名なアンデルセンの童話『人魚姫』の末裔として描かれます。原典は人魚姫は王子と結ばれない、悲劇の物語として知られています。モチーフとした本作も、『人魚姫』に迫るほどの悲惨な出来事がくり広げられるのでした。
物語が進むにつれ、ジミーはアートを愛するようになり、そして少年の姿から美しい女性へと変化していきます。しかし、人魚族の長老の予言によると、2人が結ばれることは許されません。もしも彼らが結ばれることがあれば、地球が滅びるとまで言われてしまいます。
登場人物達の複雑な恋愛関係も、悲劇に拍車をかけます。女性化したジミーと、ショナを好きなセツと、ジミーを求めるショナのすれ違い。さらにティルトは、彼らの影で暗躍する中で、リタという女性霊能力者との間に歪んだ愛が芽生えていきます。
根底にあるのは人を愛する気持ちだけ。しかしそれが悲劇に繋がっていくという、残酷な物語。美しく繊細なタッチで描かれることで、より切なさが際立ちます。
物語は、着実に破滅へと向かっていきます。長老に予言された地球の滅亡や、人類や人魚の消滅……それは、1986年に起きた歴史的事故をきっかけとして描かれます。
事故によって大気は汚れ、広大な土地が汚染されました。そこからドミノ倒しのように、数々の歴史的事件や事故が引き起こされていきます。その果てにあるのが地球温暖化と、人類の滅亡です。
この事故は、ティルトの計画の暴走として描かれます。誰かを愛し、思いやるがゆえの悲劇。劇中の展開が皮肉な結果になったように、現実に起きている事件や事故も、思いやりの行き違いによって生じているのかもしれません。そんな考察ができるくらい、とてもリアルに、鮮明に描かれているのです。
しかし本作は、悲劇のまま終わるのではなく、未来への希望も提示してくれます。ショナの愛によって事故は回避され、ジミー見た「夢」だったと明かされるのです。そこでアートはジミーを落ち着かせ、怖い夢を忘れるように言います。
このラストが意味するのは、愛によって悲劇は起きるが、同様に愛によって悲劇を回避することも可能だということでしょう。現実の絶望的なことも、希望の未来に変えられるというメッセージです。
萩尾望都は、清水玲子に多大な影響を与えたSF漫画の巨匠です。清水作品の源流とも言える漫画家なのですが、実はこの萩尾が『月の子』文庫版の最終巻に解説を寄せているのです。
- 著者
- 清水 玲子
- 出版日
- 1999-03-01
萩尾はまず本作の美しい絵を「線の音楽」と例えて絶賛し、登場人物の行動理由をそれぞれの視点で解説していきます。この説明が非常に理路整然としており、まるでこの解説自体が本編の一部であるかのように思えるのが凄いところです。
そして本作の展開には、「現代人が現実に起きている諸問題に対して、見て見ぬ振りをすることで、間接的に環境破壊の一翼を担っている」ということを示唆していると警鐘を鳴らします。
萩尾の解説は文庫版にだけ収録されていますが、ただのラブストーリーで終わることなく、環境問題など色々なことを考えさせられるのが『月の子』の凄さであり、魅力といえるでしょう。
いかがでしたか? 本作はSF作品でありながら、現実とリンクしていることもあったりと、人類が直面した問題について考えさせられる作品です。ぜひ物語を通して自分なりの考えを巡らせてみてください。