謎の孤島でくり広げられる、青春ミステリー作品『いなくなれ、群青』。特に若い読者からの支持を得ており、2015年大学読書大賞を受賞しています。2019年9月には横浜流星、飯豊まりえで実写映画も公開。 そんな話題の本作を、謎の考察なども踏まえてご紹介します。ネタバレも含みますので、まだ読んでいない方はご注意ください。
捨てられた人が集まるという階段島。およそ2000人が暮らすというその島の住人は、この島にやってきたときの記憶がありません。
主人公の男子高校生・七草(ななくさ)も4日間の記憶がなく、気が付いたときには階段島にいました。自分が捨てられた理由などを推測しながら、魔女が支配しているというこの島でゆったりとした日々を過ごしていました。そんな11月のある日、彼は同級生の真辺由宇(まなべ ゆう)と2年ぶりの再会を果たすのでした。
本作は、2017年に実写映画やアニメ放送もされたライトノベル『サクラダリセット』を手掛けた、河野裕の青春ミステリー作品。初版は2014年9月発行。本作には続編があり、舞台である島の名前を冠した「階段島シリーズ」と呼ばれ、2019年4月に完結巻となる第6作『きみの世界に、青が鳴る』が発売されました。
装丁は『ビブリア古書堂の事件手帖』でもイラストを担当し人気となったイラストレーター・越島はぐが担当。階段島という謎の多い島の美しい背景とともに、どこか遠くを見つめる由宇の姿に引き付けられます。
- 著者
- 河野 裕
- 出版日
- 2014-08-28
本作のキャッチコピーは「心を穿つ青春ミステリ」であり、読者の胸を打つ登場人物たちの青春が描かれます。
「一度読んだだけではなかなか理解できないストーリーの奥深さが面白い」と、大学文芸部が選考する2015年大学読書人大賞を受賞しました。人気声優の木村良平のおすすめコメントも公開されています。
本作はメディアミックスも盛んで、2016年6月には演劇版「いなくなれ、群青」が上演されました。2018年4月には「月刊Gファンタジー」にて、兎月あいが作画を担当するコミカライズ版『いなくなれ、群青 Fragile Light of Pistol Star』が連載。1巻が4月26日に発売されました。またKADOKAWA発行の漫画雑誌「コンプエース」でも、2019年6月号より京一が作画を担当するコミカライズの連載が開始されました。
そして、2019年9月には、実写映画の公開が予定されています。キャストが公開されており、七草役を横浜流星、真辺由宇役を飯豊まりえが担当。キービジュアルはすでに公開されており、幻想的な風景の中に立つ2人の姿に引き付けられます。
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本作および階段島シリーズに登場するキャラクターをご紹介いたします。
主人公は柏原第二高等学校の男子生徒・七草(ななくさ)。物事を悲観的にとらえることが多い性格です。階段島に来る4日前からの記憶がありません。
学生寮の三日月荘で生活しており、安定した学園生活を気に入っています。由宇とは小学4年生の時に出会い、彼女が引越しをする中学2年生まで付き合いがあったため、島の謎や落書き事件の調査に協力することになります。
真辺由宇(まなべ ゆう)は、3か月前後記憶がないという高校1年生の少女。真っすぐで正義感が強く、階段島のシステムにも納得ができないでいます。真っ直ぐすぎる性格もあり、人間関係はあまりスムーズではありません。島の学校でも早々に脱出宣言をし、クラスメイトを驚かせました。七草とは、階段島で2年ぶりの再会を果たしています。
階段島の最年少・大地(だいち)は明るくて賢い小学2年生の男の子。自分がなぜここに来たのかも覚えておらず、泣き疲れて眠ってしまいます。勝負に勝つことを異常に嫌う性格をしています。
口数の少ない少女・堀(ほり)。高校1年生で、必要以上に口を開くことはありません。七草とは週1で文通をしており、長文の手紙を送ることがあります。手紙で由宇に対して警鐘を鳴らすこともありました。
そのほかにも、明るく快活で、人付き合いがとても上手な七草の友人・佐々岡(ささおか)。おでこがチャームポイントの、仕切り屋でまじめな女子高生・水谷(みずたに)などが登場します。彼らは七草と由宇の調査に協力してくれるメンバーです。
そして謎多き女性であるのがトクメ先生です。柏原第二高等学校の女教師で、七草たちのクラス担任も務めています。常に顔を白い仮面で隠している、異様な外見です。
他にも、島の郵便局に勤める黒髪の女性・時任(ときとう)、相手によって名前を変える男子生徒・ナドが登場し、作品を盛り上げます。彼らがどのような役割を持っているのかにも注目です。
階段島は地図には載っていない、捨てられた人間が行きつくといわれている孤島です。島の住人たちは、島に来る前後の記憶があいまいで、この島にいる理由を知りません。
島での生活にはお金は必要なく、学生たちは編入することで衣食住を確保でき、インターネットも使用できます。しかし電話は外に通じておらず、島から出ることもできません。郵便局やタクシー、灯台や学校もあり、皆がなんとなく毎日を過ごしているような状況です。
海を渡ればいずれ陸地につくことができます。繋がるのならば、外界から孤立しているわけではないと、住民たちも理解できるでしょう。しかし、無理やり島から出ようとするものはいないのです。出られないから出ないのか、出たくないから出ないのか。階段島のシステムと、住み続けている人々への違和感が付きまといます。
この島に辿り着き、島のことを知った由宇は、編入早々「島からの脱出」を宣言します。正義感の強い彼女は、この島を支配していると噂される魔女にも反発した態度をしていました。
そんななか、由宇と七草は小学生の大地と偶然出会います。母親と離れ泣きじゃくる彼の姿をみて、島から帰す方法を探すことになりました。そして、事件が発生します。
落書き事件です。星と拳銃を合わせたデザインのイラストに、魔女を批判するような内容の文章が書かれていたのです。住民は島に対しての疑問は抱いていても、当たらず触らずといったあいまいな態度を示していました。
そんな住民たちのなかで、真っ向から魔女を批判するような落書きがあるというのは、いささか不自然です。由宇は真正面からぶつかっていくタイプなため、犯人であるとは言いがたい様子。島の謎、住民たちの真意、そして謎の落書き事件の犯人とは……?
堀はコミュニケーションが苦手で、口数が極端に少ない少女です。七草が初めて会った島にたどり着いたとき、初めて出会った住人が堀でした。彼女の不器用で繊細でありながらも過剰な気遣いは、七草にとっても居心地がよかったのでしょう。2人は友好な関係を築き、毎週日曜日に堀の心情をつづった手紙が七草に届きました。
毎週、言葉では伝えきれない感情を長文にわたり綴られていた手紙でしたが、由宇が島にやってきてた後の手紙は違いました。
「真辺さんは危険」
(『いなくなれ、群青』より引用)
島や魔女の謎を明かそうという由宇の存在は、島での生活に浸っている人間からすれば世界を壊す人間、脅威と映るでしょう。
しかし、堀が他者に対して不必要に悪意を抱き、それを他者に進言するような人間でないことはすぐにわかります。彼女はとても気遣いのできる少女です。たった一文の手紙は、七草に危険な目にあってほしくないという堀の優しさであり、彼女の不安が混ざった、言葉では言い表せない感情だったのかもしれません。
階段島には様々な不明点がありますが、本作の最大の謎は島の支配者たる魔女の存在です。学校の裏手にあると噂される屋敷に住んでいるそうですが、そこに続く階段は、屋敷にたどり着くことがなく、階段を登り続けてしまうといわれています。
この島の住人の共通点はなく、外見的な特徴もありません。島で暮らしていて、何らかの実験や儀式に使うのかと思いきや、そんなこともありません。島にたどり着いた人間の記憶があいまいで、健康状態に異常はありません。住人を閉じ込めている状態ではあるものの、彼らが暮らしやすいように便宜が図られているのです。
外界とも通じている様子であり、島の支配者でもある魔女は島の住人にとって、絶対的な存在です。存在自体は認識されており、魔女を不思議がるような空気はありますが、脅威と感じていることはありません。
穏やかな島の暮らしという、ぬるま湯のような環境を提供していますが、島の住人が魔女の真意を図ることはまったくできない状態。姿も見せないため、恐怖というよりは不気味だと感じられます。
そんな魔女に真っ向から挑もうとする由宇。魔女の正体は暴かれるのでしょうか。そして、魔女の目的とは、一体……。
本作は青春ミステリー作品。七草をはじめとしたキャラクターは10代が多く、その言葉はまっすぐできらめいていて、時に鋭く心を刺します。心に響いた言葉を、ランキングでご紹介したいと思います。
5位
「まずはルールの方を変えないと、どうしようもない。
困っている人を順番に助けて回っても、根本的な問題は解決しない」
(『いなくなれ、群青』より引用)
由宇が階段島で起こっている様々な問題に対し、発した言葉。目の前の問題を解決しても、原因がそのままならば、問題はいつまでも解決しません。真っすぐな性格から発せられる、彼女らしいセリフが真理をついています。
4位
「でも君はちょっと極端なんだ。
正しいことの正しさを信じ過ぎている。
他の人はもっと、正しいことが
それほど正しくないんじゃないかと疑っている」
(『いなくなれ、群青』より引用)
七草が由宇の行動を咎めたときのセリフ。彼女の正しさは前述したセリフからも察せられますが、だからといって、すべてを解決するわけではありません。世の中では、正しさを押し付けたがゆえに、不用意な争いが生まれ、負の連鎖が発生することもあります。「正しい」ことは何なのか、考えてみる必要性を感じるでしょう。
3位
「真辺に悪意がないことを僕は知っている。
攻撃的な意思もない。
ただ思ったことを素直に口に出しただけだ。
でもストレートな言葉は多くの場合、攻撃的に聞こえる」
(『いなくなれ、群青』より引用)
人の悪意についての七草の考えです。由宇は真っすぐで、はっきりとものをいうタイプ。しかし、世の中は正論が人の心に響くわけでもなく、真っすぐさや正しさで人を傷つけることもあります。
由宇の正しさは、彼女の美徳だといえるでしょう。しかし、そこまで人は強くなれない。自分の発した言葉が、誰かを傷つけてしまうこともある。そんなことに、あらためて気づかされる言葉です。
2位
「ねぇ、真辺。
人は幸せを求める権利を持っているのと同じように、
不幸を受け入れる権利だって持っているんだよ」
(『いなくなれ、群青』より引用)
七草が、由宇に語った言葉です。人が幸せを求める権利は、極端に言えば憲法でも守られており、それを妨げることはできません。
しかし、それと同時に人間はそれぞれの環境で生きています。不幸から目をそらすことは簡単ですが、不幸を受け入れていかないと何も解決しません。不幸は不幸として受け入れる。そこから、道が開けるのかもしれません。
1位
「真辺由宇。
この物語はどうしようもなく、彼女に出会った時から始まる」
(『いなくなれ、群青』より引用)
セリフではありませんが、作品を表現するのに最もふさわしい言葉でしょう。真辺由宇と七草が2年ぶりに再会したことで始まる、「ボーイ・ミーツ・ガール」作品でもあるのです。
男女が出会わなければ始まらない。そんな、青春物語を象徴する言葉です。
由宇を筆頭に、階段島から脱出し、大地を家に帰そうと魔女の謎と落書き事件の犯人を探る七草たち。大地は母を嫌っており、しかしその感情を抱くことをひどく恐れていました。由宇は、大地は大地の母と会う必要があると考えていますが、七草は大地の悲しみを感じ取り、それ以上深入りしないようにします。
そんな時、七草は落書き事件の犯人が自分だと言い出しました。
魔女に連絡を取るように、管理人の三日月にかけあいます。魔女に向けた手紙は時任によって届けられ、ついに七草は魔女との接触をはたします。そして驚くべき島の真相を知ることになるのでした。
- 著者
- 河野 裕
- 出版日
- 2014-08-28
七草は最初からこの島の謎について何かを知っている様子でした。しかし積極的に動く気配は見られません。
すべてのきっかけは由宇の存在で、彼女はこの島にいていい人物ではないと断言しています。由宇にはきっとないであろうものと、七草や大地、島の住人が持っているものは何なのでしょうか。
また、彼の行動理由はすべて由宇に集約されており、彼女がどれだけ大切な存在なのか知ることができるでしょう。お互いに大切に思っていながら、主義や主張の違いにより、すれ違い気味な2人がどのような結末を迎えるのでしょうか。恋の行方も見所の一つです。
多くの謎は残るものの、階段島にまつわる鉄壁の謎の一つが解かれる本作。七草や由宇は魔女と対峙し、何を感じるのか。両極端な性格ながらも、支えあう2人の絆に胸が熱くなります。
「階段島シリーズ」は、巻を追うごとに島に関する謎が少しずつ明らかになっていきます。階段島がどんな場所なのかを知ると、より物語の意味を理解することができるでしょう。