『有害都市』は、漫画やアニメに表現規制がかかった世界を描いた、筒井哲也の作品です。作品の面白さを追求する漫画家の主人公が、有害指定制度の槍玉に挙げられて、様々な現実を目の当たりにして苦悩するストーリー。近未来日本の、表現のあり方を考えさせられるセンセーショナルな内容です。 本作はスマホの無料アプリでも読めるので、気になった方はぜひご覧ください。
漫画家の主人公・日比野幹雄(ひびのみきお)が、ホラー漫画を連載させるところから物語は始まります。
その物語は、1件の交通事故から始まります。深夜の交差点でのバイク事故。原付バイクの持ち主が、事故後に何者かによって、身体を食い荒らされていたという点でした。
これだけではなく、同様のことが次々起き、世間は騒然とします。人間が理性をなくして屍肉をむさぼる伝染病なのでは、と世間ではまことしやかに囁かれ出しました。日常に潜む隣人が感染者かも知れない、そう考えた人々の間で恐怖と混乱が巻き起こっていく、というあらすじの漫画「ダーク・ウォーカー」。
編集者からの評判は上々。連載も開始しようというなかで、「健全な青少年の育成」というお題目の下に、苛烈な規制が敷かれているのでした。漫画家も編集者も、ただ面白い作品を作りたいと思っているだけなのに、まもなく東京オリンピックが開催される日本の出版業界は、表現規制の波に呑まれようとしているのでした。
この後、詳しくご紹介していきますが、本作は非常にリアリティのある設定で描かれていきます。東京五輪に向けて進む規制と、その規制に立ち向かう現場の苦悩が、『有害都市』をとおして、ありありと見て取れるでしょう。
業界の外側から見られないやりとりは、規制側の視点でも、作家・出版側の視点でも興味深い見所となっています。
- 著者
- 筒井 哲也
- 出版日
- 2015-04-17
作者の筒井哲也(つついてつや)は、1974年10月17日生まれ、愛知県出身の漫画家です。2002年に「月刊少年ジャンプ」に『最弱拳銃士ルービック』が掲載されて商業デビュー。その後は自身のホームページで公開していたウェブコミック『リセット』が話題となり、「ヤングガンガン」(当時は「ガンガンYG」)で連載されました。
この『リセット』や、他作品『ダズハント』、『マンホール』は、フランス語版が発売されており、当該国で人気を博しました。
- 著者
- 筒井 哲也
- 出版日
- 2005-08-25
代表作は寄生虫による怪奇ホラー『マンホール』、そして表現規制へ問題提起した、今回ご紹介する『有害都市』です。これらが発表されてからの作品は、ホラーやサスペンスものが特に知られていますが、いずれの作品も真に迫ったドラマチックな展開が魅力です。
あまりにも真摯に表現を突き詰めることから、それが問題視される事態にも発展しました。たとえば『有害都市』第7話のアメコミ論争です。表現規制の前例として出てきたアメリカの「コミックス・コード」にまつわる話が、賛否両論の激論となって炎上してしまいました。
筒井は『マンホール』が長崎県で有害図書指定を受けたことから本作を着想したと言っており、その点でも興味深い作品となっています。
『有害都市』は、いわゆる漫画家漫画です。漫画家漫画とは、古くは藤子不二雄Aの『まんが道』、有名どころでは大場つぐみと小畑健の『バクマン。』に代表される、漫画家という仕事の実像を描いた職業漫画、あるいは業界漫画のことです。
センセーショナルな内容と炎上が評判となってしまいましたが、『有害都市』に登場する漫画家と編集者、そしてそれらを規制する有識者会議は、人物1人1人をとっても緻密に設定されています。
夢に燃えて邁進しつつ、理想と現実の板挟みとなる主人公の日比野幹雄。彼の姿は、表現規制を目の当たりにした漫画家の反応をダイレクトに表現しており、漫画家の苦悩と混乱を読者にわかりやすく伝えてくれます。
日比野の担当編集者、比嘉忠岑(ひがただみね)。日比野の理解者であり、出版社と規制の間に立って、日比野や漫画家のために解決策を模索する当事者の1人です。
そして「有識者会議」の憎たらしい面々。特に故寺修(ふるでらおさむ)は典型的な官僚気質で、討論で問題点をズラし煙に巻く食えない人物です。
善悪はともかくとして、それぞれの視点による漫画表現へのアプローチが本作の見所となっています。
『有害都市』の舞台となる日本は、青少年の健全育成の見地から、また来る東京五輪へ向けた環境浄化政策の一環として、「有害図書類指定制度に関する新法案」(通称・健全図書法)が施行された架空の世界です。
この法案により、国家指定の有識者によって一方的に有害図書が決定されてしまいます。事実上、作品が政府の独断により社会から抹殺されるディストピア状態となっています。
規制対象は多岐に渡り、エログロ表現はもちろんのこと、公園にある小便小僧のオブジェすら「教育に良くない」と破壊されてしまいます。
規制側の主観により有害図書の作者も度が過ぎる場合には、人格矯正プログラムにかけられるという、非人道的なことすら行われるのです。
矯正プログラムは別として、表現規制については、「東京都青少年の健全な育成に関する条例」の改正案として、現実の日本でも近いものが制定されかけたことがありました。架空の話の中にも、現実の延長のような設定が語られるところも本作の魅力でしょう。
本作は、全編で迫力ある物語が描かれていきます。これまでご紹介してきたように、緻密な設定に説得力があるというも理由の1つですが、それに形を与える作者の画力の高さも読者が物語に没入できる要因となっています。
登場キャラも背景美術も、リアルで写実的なタッチで表現されているのです。これによって残酷な展開はよりつらく、耐えがたい結果として読者の心に届きます。
美麗であれがゆえに作中漫画『ダーク・ウォーカー』の怖さも伝わるのですが、皮肉なことにそれは逆に読者に「有識者会議」と同じように表現物への危機感を与えることにもなっています。
規制は正しいのか?表現の自由は正しいのか?作者の高い画力も、本作のテーマに繋がってくるのです。そして作品の構成や作画によって漫画とは思えない没入感を体験できるでしょう。それはまるで、映画かドラマを観賞したような心地になるのも、本作の魅力の1つといえます。
日比野は社会の逆風の中、「ダーク・ウォーカー」を描き続け、やがて有識者会議に名指しされて弾劾されることになりました。有識者会議での故寺の言い分は全て正論でした。口当たりのよい答弁によって、日比野は追い込まれていきます。
- 著者
- 筒井 哲也
- 出版日
- 2015-12-18
結局、日比野への処遇は覆りませんでした。世間は健全図書法に傾き、表現はどんどん狭められていきます。物語はハッピーエンドを迎えることなく、悪い方へ、悪い方へと進んでいくのです。
ですが、最後に希望は提示されます。その希望は、まだあやふやで、形をためしてすらいないため、規制の波に潰される可能性もあります。それでもそこには漫画のあるべき姿、表現の本質が込められているのかのように思えるのです。本作のラストは、そんな風に、読者に余韻を残して締めくくられます。
結末がどうなるかは、ぜひお手にとってご覧ください。
いかがでしたか? 規制する側とされる側、どちらにも言い分と理があります。果たしてどちらが正しいのか、よりよい方法はないのか。そんなことを考えさせる作品となっています。
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